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異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
17/26

異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑰

 王妃の離宮は用水路が流れる静かな場所で、城から少し離れた、草木の多い場所に会った。離宮は城と同じ土をくりぬいて作ったような形だった。明るい月明かりの下、水が反射し花が揺れているのが見え、ヨシヤは何か大きな石板のようなものの前に降りていた。 

 キャッキはその前に立ちつくしていた。石板をじっと見上げている。グラムもそこに駆け寄って石板を見た。

 文字がずらりと並んでいる。ルツコは、キャッキとグラムの様子からただならぬものを感じた。

「ここは私たちの故郷があった場所です。もう焼けてしまったんだけど、王妃様が荒らされないように塀で囲んで、離宮をそばにおいてくれたの。」

 オンスがルツコとヨシヤに言った。

「ポリー……イザの名前も……。」

 オンスはルツコに本の中に挟んでいたものを見せた。

「スダーンにいた時は、紙はすっごく高価だから持てなかったんだけど、本は薬草を育てるときに必要だからって。私の宝物。」

 オンスの見せてくれた本には、絵葉書ほどの大きさの髪に、ディンバァの家族が描かれていた。赤ん坊を抱えた、四人の家族だ。

「お父ちゃんと、お母ちゃんと、お兄ちゃんたち。」

 オンスは少し寂しそうに言った。

「これ、オンスさんの家にあったのと、似てる……。」

 オンスの家にあった絵と、似た筆圧とクセのある線に王子二人も驚いている。

 キャッキは石板にすがりついて泣いていた。グラムが肩を抱く。

「あの絵描きさん……王は……約束を違えなかった。ハシェルはディンバァを傷つけないと。」

 グラムは石碑を見上げた。

「兄さんから、時々絵描きさんが来るって聞いた。ハシェルの人だと。僕たちの祖母にお世話になったから、そのお礼にって。この大きさなら本に挟めるだろうからって、一人一人の絵を描いてくれたんだ。」

「今は、大きな紙に描いてくれてるの。皆の家に一枚ずつあるんだよ。」

 オンスが微笑んだ。

「父の乳母にディンバァがいたと聞いた。ファルの与太話かと思ったが……。」

 コディトが呟いた。

「ずっと見守ってたんだな。」

 ヨシヤが言うと、オンスが嬉しそうに大きくうなづいた。

「我らがあと一歩早ければ、そこに名のある者は今もそなたらのそばにいたのだろう。」

 悔し気に言うコディトの拳にキャッキは両手で触れた。

「コディト王子たちが一歩遅ければ、私たちの名もここに刻まれていました。オンスも。ありがとうございます。」

 優しく微笑むキャッキはヘディトにも微笑んだ。

「ヘディト王子が見守ってくださらなければ、戦後私たちは穏やかに暮らせませんでした。ありがとうございます。」

 固い無表情のヘディトが、顔を伏せた。

「王妃様に御許しをいただければ、皆もここに来たがるでしょう。」

 キャッキがしみじみ言った瞬間、城の方で一際凄まじい光が放たれた。雷鳴のような音と青い火花を散らし、

「おお……あれは、攻撃特化魔術の光……古に失われた力と言われていたが、まさかこの目で見ることになるとは……。」

 キャッキが物語の随所で力のすごさを語る長老のようなことを言った。さらに、怪獣のような咆哮が轟いた。

「効いておらぬとみえる。首狩りの戦王女サディー。一晩で敵将の首を全て狩り獲り首飾りにしたという腕は今だ衰えぬか。」

 コディトが広間の方を見上げた。

「それを相手にしてまだ戦い続けるのであれば、巨兵殺しのジョハールもいまだ健在のようだ。」

 ヘディトも同じ方向を見る。

 とても夫婦喧嘩を語る言葉ではない。ファンタジー巨編のクライマックスのような戦いがあの一室で繰り広げられているのだろう。

「城崩しの魔法使いがいるから大丈夫だと思うけど、これ以上壊されると補修費用が大変なことになるから止めに行こう。」

 グラムが雑に言ってヨシヤの背に乗った。



 日の出まで続いた夫婦げんかの結果、ディンバァ達の中から希望者全員が王女の離宮に来ることが許された。オンスは愛妾から王妃サディーの侍女になり、その代わり王はディンバァへの集落に度々画家として向かっていたことは不問となった。

「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。」

 サディーは昨日と変わらずクロコダイルだった。控えめに言うと、二本足で手が器用そうなクロコダイルだ。ドレスも似合う。ディアラも似合う。ルツコが今まで見たワニの中で一番大きく一番美しいクロコダイルだった。

 王妃の離宮に招かれ、彼女の周りには王子達の兵士と同じように、キンブディカやキンブの侍女がたくさんいた。その中でオンスは一番小さく、動きも遅いが、侍女ではなくマスコット的な扱いなのだろう。

「王妃、もし許していただけるなら、ジョハール王にあまりお仕置きをしないでいただきたいです。コディト王子が商人を向かわせてくれていたのも、とても助かっていました。ディンバァは誤解が解けた今、彼らのことがとても好きなので。」

 グラムが言うと、王妃はふむっとうなづいた。

「我が夫はあれしきで政務を怠るような軟弱ものではありません。」

 これはデレと受け取っていいのだろうか。王妃はちらりと、窓から見える、花を供えたり、家族の名前を確認して泣いているディンバァ達を見た。

「夫が羨ましい。私は、敵将の首を狩り獲ることは知っていても、戦のない世で国民を喜ばせることはできません。」

 オンスは小首をかしげた。

「私は、王妃様に文字を教えてもらって本が読めるようになりました。リッカさんも、王妃様が文字を教えてくれたから、魔法書が読めるようになったと言ってましたよ。戦で王妃様がいなかったら、私は本が読めなかったし、リッカさんも魔法使いにはなれなかったかもしれません。」

 王妃は大きな手でオンスの両頬を挟んだ。オンスが嬉しそうに笑った。

「夫の乳母は、ディンバァでした。厳しいけれど、彼女は他者を貶めるようなことは決してしない方だったと。」

 サディーの指した方向には絵が飾ってある。

 幼い王子と王女とサディー。椅子に座ったサディー。サディーとたくさんの子供達。実物に劣らないその迫力は、怪獣映画のレトロなポスターのようだった。

「夫は、絵を描く間決して動くなと。オンスは活発な子でしたから、苦痛でしかありませんでしたね。王子たちもそうでした。」

 それにしてはサディーの絵は多い様な気がした。壁にはいくつも、彼女の絵がかけてある。彼女は苦痛ではなかったのだろう。

「すぐインダットへ? 」

「はい。少々、治安の面で不安があるのですが。」

 グラムの言葉に、ルツコを見た。

「奥方は、それが本当の姿ですか? 」

 ルツコはきょとんとした。

「はい。」

 グラムが言うと、サディーはじっとルツコの目を見る。

「ならば国に入れないかもしれませんね。」

「彼女はマアナムでも魔法使いでもないのですが。入れませんか? 」

 サディーはうなづいた。

「ディカとマアナムは例外なく全て立ち入りを禁じられています。その姿があなたの真の姿でなければ、別ですが。」

 ルツコはグラムを見た。自分の姿が偽物だとは思わなかった。

「王妃様は、彼女の姿が偽りだと? 」

 サディーはじっとルツコを見た。

「偽りなのか、封じられているのか、私には分かりません。しかし貴方のその眼を、私は戦場で見たことがあります。」

「い、いくさば? 」

 ルツコは、失礼とは思いながら聞き返してしまった。

「彼女のような、その、髪や目をした者が、戦場に? 」

「いいえ。彼女のような華奢な身体では一瞬で腰と腹が離れるでしょう。」

 想像したくないことを王妃は言った。

「貴方と同じ目をしたものは、戦場に時折現れます。種族は違えども、皆強い信念を持つ戦士でした。」

 ルツコはグラムをもう一度見た。グラムは顎に手をそっと触れて、少し考えた。

「王妃、それはいつくらいのことですか? 」

「最近は見ませんね。三百年以上前のことです。」

「どちらの地方で? 」

「どこでも。獣のようなもの、我らキンヴのようなもの、マアナムのようなもの、特定の種族ではありません。どんな種族でもその眼をする者は、命を懸けて戦うものでした。」

 ルツコは自分の手を見た。小さくて、細くて、王妃とは違う。

「魔法使いさん。」

 オンスの声に顔を見上げるとファルがいた。

「失礼いたします、王妃。我が友人たちから贈り物を預かってまいりました。」

 ファルは丸い銀のお盆の上に置いた、マンゴーのような黄色く丸い果実と、赤い花を乗せたものを見せた。そこには小さなメモ紙のようなものがあり、小さくて可愛いイラストが挟んである。ゆるキャラというようなタッチで描かれた、ティアラを付けた可愛いワニのイラストだった。

「果実はコディト王子、こちらはヘディト王子からです。」

 あの無表情な王子がどんな顔をしてゆるキャラ王妃を描いたのか、想像もつかない。

 王妃はそれらを眺めてから、赤い花をそっと取った。ちらりと王妃がファルを見る。

「連れて行きますか? 役に立たないかもしれませんが。」

「サディー殿、ひどすぎでは? 」

 グラムはすっと膝をついて恭しくお辞儀をした。

「大変申し上げにくいのですがご辞退いたしたく存じます。不要な災いを招くやもしれません。」

「なんだい、グラムまで。ヨシヤよりは働いただろう? 一家離散かつ一国の内乱の危機もふせいだし。」

「その危機はファルさんが黙ってたら多分起きなかったと思う。」

 ヨシヤが正直に言った。

「ファルが来ると治安が悪くなるから本当にやめて。」

「そこまで言う? 」

 グラムの言葉にファルは納得がいかない顔をした。

「ファルさん、おじちゃんと一緒に行くの? 」 

「行きたいけど、ドラゴン族とは反りが合わなくてね。例外はいるけど、冗談が通じないし。」

 オンスが尋ねるとファルは肩をすくめ、ルツコにウィンクした。

「すまないね奥方。私がいなくて心細いだろうが、気を強く持ちたまえ。」

「全然大丈夫です。」

「言うねぇ。」

 ルツコからは見えないが、今にも噛みつきそうなヨシヤの顔がグラムとファルからは丸見えだった。

「そもそも今は私も国には入れてもらえないさ。それにすることもある。不安定な弟子がやっと図書室から出て来たことだし。」

「ファルさんの教え方がいけないんじゃないのか? 」

 ヨシヤが言うと茶化すかと思ったが、ファルは少し考えてから言った。

「そうやもしれません。王妃、この度第二王子に連れられた我が弟子はなかなかの働きをいたしました。今後ディンバァ達の集落は王の配下も見守りに来られるのとか。第二王子が出陣される際にはいかがですか? 」

 王妃はふふっと笑った。

「良いのか? ヘディトはそなたを討つものとしてリッカを研ぐやも知れぬ。」

 あの震えていたリッカには難しいかもしれないが、王妃の目はどこか狡猾そうだ。

「中々第二王子は私を信用していただけない。この度も王子のために働いたのですが、悲しいですな。」

 わざとらしく袖で涙を拭って見せる。王妃はオンスにヘディト王子のイラストをしまうように渡し、花を胸に刺した。

「気まぐれに救うものは、気まぐれに滅ぼす。王の友人であれど、それ以上でも以下でもなし。ヘディトは御しきれないものは懐に置かぬ。」

 グラムはふむっと顎に手を置いた。

「日頃の行いが悪すぎたね。」

「さすがに泣きそうだ。」

 オンスがぽてぽてと歩いてきて、ファルの前に立った。

「王妃様、魔法使いさんはいい人ですよ。私が留守の間、おうちの中をお掃除してくれたり、お庭に水まきしてくれたり。村の皆のお手伝いをしてくれました。」

 オンスが一生懸命言うと、ふふっとサディーは微笑んだ。そして彼女を手招きを、そっと膝に抱き上げて乗せた。

「我らが怯えさせないように気を遣っていたがそのあいだ魔法使いがディンバァの世話を焼いてくれたか。」

 オンスには頭をなでなでされながら抱っこされているので、王妃の目に殺意がこもっているのが見えない。優しく甘い声なので、眼力と合わさると凄味が増した。

「城の仕事の合間に大変だったであろう。褒美を遣わそう。」

「王妃、できれば痛くないものでお願いします。」

 深々とファルが頭を下げた。



 その後ディンバァの集落に戻り、ハシェルを出る準備をした。引き止められたが、グラムは新婚旅行の途中なのでと言ってまた来る約束をした。

「落ち着いたらぜひまた遊びに来てください。今度はドラゴン族様でも泊まれるように、お宿を用意しておきます。」

 キャッキがヨシヤに言うと、ヨシヤはぐっと頭を伸ばした。

「宿はいいよ。俺はまだまだ背が伸びる。またご馳走してくれればいい。」

 ディンバァ達は嬉しそうに笑った。

「グラム、ありがとう。また是非来てほしい。」

「もちろん。マチルダや他の子たちも一緒に連れて来るよ。オンスに会いたがっているからね。」

 別れを惜しむ様に二人は抱き合った。

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