異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑫
集落のそばには森があり、小さなディンバァの子供達も一緒にやってきた。ルツコを見上げて、それからファルを見た。
「魔法使いさん、今日もお城に帰らなくていいの? 」
「怒られない? 」
「お仕置きされちゃうよ。」
子供たちが心配そうに言った。
「私はディンバァとハシェルの外交という仕事をしているのさ。お仕置きされないよ。」
ファルが胸を張ると子供たちはよくわからないけれどそうなのかという顔をしていた。ルツコはまだ会って一時間ほどだが、この魔法使いがどういう人なのか段々分かってきた。
「お仕置きされるのはいやだね。」
「オンスおねえさん、間に合ったといいね。」
子供たちは薪をカゴにいれながら言った。
王に処罰されるのだから、よほど厳しいのだろう。グラムは足が遅いが、彼女はそれよりもさらに遅かった。送ってあげたほうが良かったのではないかとルツコも気になった。
「時に、ヨシヤの奥方。シラータの話を聞いていいかな? 」
「え、あ、はい。答えられることでしたら。」
すっとファルは真面目な顔をして言った。
「ヨシヤの母君は、シラータではマアナムのような姿で、しかも胸部がかなり豊満というのは本当かね? 」
さっき人妻には興味がないと言っておきながらなんてことを尋ねるのか。
「いや、これはコロがあまりにも自慢するので気になってしまってね。シラータにいるどの女性よりも美人だと。ドラゴンでも美人だが、とか言うので。」
「え、あー……そうですね。聞いた話によると、柔道部……私たちの国で言う格闘技のようなものをずっとされていたそうなので、女性にしてはたしかに、がっしりとして豊満な方です。」
肝っ玉母さんという言葉がよく合う、てきぱきとした気持ちの良い女性だった。噂では花を盗みにきた泥棒を投げ飛ばして捕まえたという話しもある。彼女も今ルツコを心配してやきもきしているのだろうかと思うと、申し訳ない。
ファルは深いため息をついた。
「いや、悔しくなんかない。悔しくなんかないぞ。」
グラムとヨシヤの塩対応の理由がなんとなくわかった。
「ファルさんも、大切な人がいるんです、よね? 」
ルツコが言うと、ファルはとたんに目を輝かせた。
「聞いてくれるかい? いや、私は彼女のことは一晩かけても語りつくせないのだがね、グラムは何かしながら聞くと言って一言も聞いてくれないしヨシヤはもういいとか無礼な態度を取るし。」
押してはいけないスイッチを押してしまったと、ルツコは感じた。ファルは意気揚々と語りかけた瞬間、表情を変えた。
「子供達、集まりたまえ。ヨシヤの奥方も。」
薪を拾っていた子供たちがきょとんとする。ルツコも訳が分からないが、ファルの表情を見て子供たちの背中を押してファルのそばにいった。
「よしよし、全員いるね。私のそばを離れるんじゃあないぞ。」
がさがさと茂みから何かが出てきた。
黒い髪を長く伸ばしたなにかが出てきた。ルツコと同じくらいの背丈で、黒いローブのようなだぼだぼとした袖と裾は、身体に合っていないように見える。その手には石のような骨のようなものが埋め込まれた不思議な杖を握っていた。
「お師匠様、またお仕事をおさぼりあそばせてこのようなところに。わたくしとてもとてもがっかりです。」
無表情に、生気のない声で言う。少年の声だった。白い青ざめた肌も人形を通り越して、夜道で目を合わせたくない顔をしている。
「リッカ。私の目を欺くとはやるじゃないか。集落を迂回してここまで来るなんて気づかなかったぞ。」
「お褒めいただき、きょうえつしごく。」
少年の目が瞬きもせず、暗い穴のようにこっちを見る。
「王はお怒りで、お師匠様のせいかと。急ぎ戻られたし。」
少年が杖をふるうと、薪がかたかたと音を立てた。
「何があったのか説明はなしかい? 」
「言わずとも。」
薪が一斉に宙に浮いた。少年の目がぎょろりと動いてルツコを見た。
「余所者、王はお怒り。新たな戦火を運ぶ。」
ルツコを見たまま、一歩踏み出した。ルツコめがけて薪が飛んできた。避ければ子どもたちに当たる。ルツコは目をぎゅっと閉じた。
「リッカ、私の友人の奥方に無礼だぞ。」
薪はルツコにぶつからず、カタカタと震えた。少年はぐっと口を閉じた。
「私が帰ればいいのか? ならば帰ろう。せっかくディンバァと打ち解けたのに、嫌われたくないんだよ。」
薪を素通りし、ファルは少年の方へ歩く。彼はじりっと下がった。
「お前は優秀だが、もう少し自分で考えるようにしなくては。」
宙を漂っていた薪は全て籠に戻った。まるで巻き戻したかのように、もともとあった場所に一つも間違えず戻った。
少年の背後から武装した男たちが出てきた。彼らは皆同じ鎧を付け、アインザーグとは違い、訓練されたような気迫を感じた。髪は黒く、目は爬虫類のようにどこか無機質で、肌には刺青なのかと思ったが、よく見ると鱗のようなものが見えた。
子供たちが互いの手をとりあう。恐怖に震える。
ルツコは子供たちをとっさに抱きしめた。何があっても、この子たちを守らないといけない。
「私は戻ると言っているだろう。子供たちを怖がらせるな。」
ファルは今までになかった低く厳しい声で言った。
「良いか、悪いかは、王が決めること。」
少年が怯えを押し殺すような声で言った。ファルは手を上げかけたが、何かに気付いたように下した。
「父親に似て短気だな。」
突然風が強く吹き、子供たちがルツコにしがみ付いた。はっと顔を上げるとヨシヤがルツコのそばに降りた。
兵士たちが一瞬少年を見たが、すぐに刃を向ける。少年はさすがに震えていた。
「リッカ、指揮をとっているのはお前か? どうするんだい? 」
意地悪くファルが言った。
「じゃ、邪竜の……末裔……。」
ヨシヤは兵を睨みつけルツコのそばに降りた。
「大丈夫だよ。安心して。」
怯えた子供たちに微笑み、ルツコはさりげなく子供たちをヨシヤの足元に移動させた。
「刃をしまえ。」
低い声がし、ヨシヤの後ろに馬、というか鹿というか、角が二つあるスリムな生き物に乗った青年が言った。
兵士たちと同じ、黒髪に白い肌、鱗のうっすら見える肌をし、短いモヒカンのような頭には刺青がある。厚い唇と二重のエキゾチックで端正な顔をしている。
「争いに来たわけではない。」
兵士たちは全員頭を下げひざまづいた。少年も震えながらひざを折る。
「これはこれは、愛しのヘディーチャ王子。」
ファルが恭しく膝をついたが、少年が杖で叩いた。
「お師匠様、とってもとっても無礼、どうして、どうして、どうしてそんなことおっしゃる。」
「こらこら、師匠を殴打するんじゃあない。」
青年が乗り物から降りると、その後ろにグラムがいた。グラムはぴょんっと跳ぶと子供たちのところに来た。
「怪我は? 」
子供たちが首を横に振る。安心したのか、グラムに抱き着いた。
「お前たちは引き続き森を探せ。リッカ、この男を見張れ。」
兵士たちは再び森に戻った。
「王子、自国の魔法使いに対して信用なさすぎでは? 」
「グラム殿、子供たちを集落に。」
存在していないかのようによどみなく無視をした。
「無礼を許していただきたい。私はハシェルの第二王子ヘディト。彼らは私の部下だ。ドラゴン族とハシェルは争いたくはない。」
ヨシヤとルツコを見て言った。
王子、と呼ばれているので王子なのだろうか。服はずいぶんくたびれていて兵士たちとそう変わらない格好だが、身に着けている指輪や、よく見ると高貴な印象の顔立ちをしている。モヒカンも様になっている。
「奥方、伝えていただいていいだろうか。」
ファルに言われて、ルツコははっとした。
「あの、えっと、彼は怒っていません。大丈夫です。」
何が大丈夫なのかと自分でも思いながら、もっと賢そうな言葉選びができるようになりたいと思った。
「奥方、僕の言葉も伝えてくれるかい? どうして王子がこんなところにきたんだって。どうやら王子には僕の言葉は聞こえていないようなので。」
ヨシヤもそれが気になっているらしく、ルツコを見つめる。
「あの、も、もし……彼も気になっているので。」
「グラム殿の姪が行方不明になり、我々は探している。この魔法使いの悪知恵かと思ったがそうではないらしい。」
「オンスさんが? 」
ヨシヤも身を乗り出すと、エリザが小さく悲鳴を上げてファルにしがみ付いた。
「さっき、会って本を持って帰って行ったんですけど。いないんですか? 」
「彼女がうっかり転んでどこかの窪みにはまっていないか、リッカに透視させているのだがうまく見えない。」
リッカはぎゅっと唇を噛んだ。近くで見ると、さっきまでの不気味さが消え大きな目の愛らしい顔立ちに見えた。手首もルツコより細く見えた。
「リッカは攻撃は得意だけど探し物はド下手だからな。」
「う……。」
目に涙をためて少年が杖を握る。
「魔法使いの基本分野は透視なのに、何故かコツがつかめなくて。いや~申し訳ない王子。」
「ふ、ぇ……。」
登場の際のホラー映画の幽霊のような表情がどこへやら、可哀想になってきた。
「ファルさんだって魔法使いのくせに占いガバガバだろ。弟子いじめんなよ。」
「言うねぇ。」
ヨシヤが喋ると王子は驚いた。少年は目を開き、ガタガタ震えた。
「し、し、喋ったぁぁぁぁ! あ、あ、え、え、詠唱? ほぁ、炎の? 防御? いえ、ここは攻撃こそ最大の防御! 」
杖を振り回して怯える。ファルは少年の前でぱんっと手を叩いた。少年がペタンと座り込んだ。目を回しているのか、口をぽかんと開けたかと思うと、ぱたりと倒れた。
「驚かせたね、奥方。リッカは小心者で怖がりなのだが力だけは城の魔法使いの中では私の次に強い子でね。」
ファルは意識がないのを確認していた。
「王子、こんな不安定な魔法使いを連れて来るのは感心しないぞ。」
ヘディトが、一瞬だが、とてもめんどくさいものに絡まれたような顔をした。
「我が城にいるはずの魔法使いがいつの間にか城を空け、どこぞで油を売っていたようで、未熟ながらと志願したリッカを連れてきた。」
「言うねぇ。」
王子はとても疲れたようなため息を吐いた。
「正直なところ、なにか適当な罪状を付けて処刑したいくらいだが、今役に立たずにいつ役に立つ? 」
今だ。今まさに普段の素行の悪さを挽回するときだ。しかしファルはよほど働くのが嫌なのか、にこやかに言った。
「王子、もう少し私の気分がよくなる命令の仕方ができないだろうか。」
この非常事態に、とさすがにヨシヤが口を開きかけたがヘディトはすっとファルに近づき、足払いをしてバランスを崩したファルの腕をひねりあげて背中から羽交い絞めにした。レスリングで似たような技をみたことがある。ファルの口からさすがに悲鳴が出る。
「早くやれ。殺すぞ。」
「あだだだだだ! 分かった! 王子、なにか外れる! 私の、大事な何かがっ。」
ヘディトは解放してから気を失ったリッカをひょいと抱えて乗ってきた生き物に乗せた。
「ひどい王子だ。まったく君は、彼女にそっくりだ。昔は可愛かったのに……いや、君は彼女そっくりの交渉という名の武力行使をしてくる子だった。」
遠い目で何か言いながら、ファルは目を閉じて胸の前で手を組み、肘を水平にした。
「あー……あ、れ? 」
組んだ手を額に当てて、目を開いた。