異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑪
「それはお前だろ、グラム。オンスは王都にある故郷も大事に思っている。」
ファルはグラムのカップにお茶を注いだ。
「オンスは、ずっと泣いてた。僕がオタに連れて帰ろうかと言ったけど、ここを離れたくないって泣いていた。タッフィも気にかけてて、まさか、こんなことになるなんて。そもそもこの集落のディンバァは王都に行く用事もなければ必要もない。あそこに行ってみ仕方ない。オンスは何をしに行ってるんだ? 」
グラムは少し強い口調で言った。
「昔は故郷懐かしさだったけれど、今は王の寵愛を受ける愛妾だ。愛妾は王を楽しませるものだろう。あのころころとした可愛いらしい姿をとてもお気に入りらしい。王妃が外交で空けるのをいいことに夜も離さない。」
グラムは頭をかかえた。
「そういえばタッフィいないね。置いて来たのかい? あんなに凄腕の傭兵なのに。」
ファルは今更ながら尋ねた。
「今回は治安の悪い場所には行かないからね。ともかく、オンスのことは分かった。この旅行が終わったらすぐタッフィと戻ってくるよ。」
ヨシヤとルツコは、同時にグラムを見た。アインザーグと同じことが起きるような予感がする。
「ところでファル。最近北の方の噂を何か聞いていない? ドラゴン族とマアナム族が何かあったって話を。」
ファルは内緒話をするように顔を寄せた。
「私が聞いたのは魔法使いだ。何族かは知らないけれど、おそらく二本足には間違いない。ヨシヤの奥方は……染めてるわけでもないね。珍しい種族だ。見たことないな。」
「君でもだめか。」
グラムはがっかりと肩を落とした。
「だめって、なんだい。答え合わせしてくれないのかい? 」
グラムがファルに顔を近づけた。
「君から口づけしてくれるなんて珍しい。」
「何族か分からないんだ。」
ファルの冗談を無視してグラムは言った。ファルは目を見開いた。
「え? もしかして……え? なになに、君奴隷出身かい? いや、その割には擦れてなくて綺麗な手をして……。」
ファルの顔をグラムが叩いた。かなり強めだったのか、手の跡が残った。
「ごめん。神殿に監禁されてた系か。」
「彼女の種族が分からないと正式な婚姻届けを出せない。」
「ピンヤーに聞けばいいじゃないか。あそこにはアズガルダの全ての種族の記録が……。」
ファルが何かに気付いたように、グラムを見た。そしてヨシヤを見た。ヨシヤが目をそらした。
「まさか、シラータから? 」
グラムが沈黙したので、ファルは正解したことを喜ぶように両手を左右に開いて肘を曲げて拳を握った。
「いやいやいや、喜んでいる場合じゃない。種族が分からないと帰せないじゃないか。」
ファルの顔はさしづめドン引きといった表情だった。
「君、本当コロの息子らしいうっかりなことしでかしてくれるな。見た目はお母さんそっくりなのに中身頭の中が綿になっている父親そっくりだ。あれ? 娘いたよね。娘はどっち? 娘も中身コロだったらやばいよ。」
ひどい言いようだがヨシヤは罵詈雑言に耐えていた。
「マリはそうならないようにヤエと僕とで一生懸命教育中だよ。そんなことより、彼女の種族が分からないと困るんだ。君の魔法の力である程度わからないかい。」
「占い程度で良ければ。」
ファルはポケットから何かを撒いた。それは透明な石と骨だった。
「方角は北。旅はこのまま続けた方が良い。しかし大きな困難……成長? 誕生? まさか出産じゃないと思うけど……まぁ行ってみたらいいんじゃないかな。」
「ファルさんの占いほんっとガバガバだな。金貰ってやってたらゴリスに掴まるぞ。」
「言うねぇ。」
耐え切れず言ったヨシヤに、ファルは口笛を吹いて言った。
「しかし、いくら夫婦でも情報規制対象だったらどうするんだい? 幽閉された彼女のところに通うのかい? 」
「そうなる前に彼女をシラータに帰したいんだよ。」
「おや? ピンヤーに逆らう気かいグラム。」
ルツコはグラムを見る。そうだった。のんきにしている場合ではない。自分のせいでヨシヤもグラムも処罰されるかもしれない。
「君がそう思うなら、この子はそういう子なんだろうね。」
ファルはさっきまでとは違う、思慮深く優しい笑顔を見せた。
「ファルさん、あの子誰も止めないのか? ハシェルの王様ってディンバァじゃないんだろ? ディンバァって同一種としか結婚しないじゃないか。」
ヨシヤが言うとファルは肩をすくめた。
「止めてるけど、知っての通りディンバァは他者を尊重する一族だ。」
グラムの眉間に皺が寄った。
「ヨシヤ、オンスのことは僕がなんとかする。君たちの新婚旅行が終わったらね。」
「だけど先生。」
すくっとグラムはお茶を下げるために立ち上がった。自分の家のように、井戸水を汲んで流し場に持って行った。
「この家、絵があるな。」
ヨシヤが言ったのでルツコも窓から見た。
壁には絵が飾ってあり、油絵なのか綺麗な花畑の絵がある。あまりに鮮やかなので写真かと思った。その隣に鉛筆なのか、黒い線で描かれたオンスの絵がある。
「この集落によく画家が来るんだよ。絵具はさすがに高価だけれど、木炭の絵は集落全部の家にあるよ。」
「全部、ですか? 」
グラムの集落に比べると家は少ないが、それでもそこそこ数がある。
「ディンバァは描きやすいからね。」
ファルはからかったように言うが、オンスの絵は彼女の柔らかく愛らしい表情がにじみ出ていて、そんな単純な理由には見えなかった。
「キャッキさんに手伝うことがないか聞いてみる。北の話もなにかわかるかもしれない。」
洗ったカップをなおし、グラムは立ち上がる。離れているが、この集落の人々はグラムにとっても大事な人たちらしい。
「俺も行く。力仕事がなんかあるだろ。」
「君が行くと目立つけど……まぁ、お願いするよ。」
「わ、私もなにかできませんか? 」
ルツコが手を上げて言うと、ファルがその手を取った。
「じゃあ私と一緒に薪集めに行こう。大丈夫、私の心はもう別の女性のものさ。君のようなお子様……ではなく、人妻に手は出さないよ。」
「ファルさん巨乳にしか興味ないもんな。」
「ヨシヤ、それ以上私の評価を下げることはやめてくれたまえ。」
ルツコは、ぺったりとした自分の胸部を見てなんとなく寂しくなった。
「ルツコ、うるさかったら無視していいから。」
「グラムまでひどすぎない? 」
かくしてルツコはジェ間にされている魔法使いと供に薪集めに行くことになった。