異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑩
まだ日が昇っている間にグラムは森の奥に降りるように言った。
「ちょっと先に調べておきたいことがあるんだ。知り合いがいるから、北の様子を聞いてみる。」
そこはグラムの故郷に似ていた。湖はないが川があり、畑があり、花が咲いている。家の形も似ている。しかし、家の数が少ない様な気がした。ヨシヤは開けた場所を選んで降りた。
「オタから来たグラムだよ。オンスの叔父だ。」
集まったグラムと同じ顔のディンバァ達は、向き合い、ぽそぽそと何かを言い合う。敵意はないが、ヨシヤに警戒しているようだ。
「グラム。久しぶりだ。」
かきわけ出て来たのはグラムそっくりだが、若干彼より身体が大きく見えた。
「キャッキさん。久しぶりだね。驚かせてごめん。」
グラムが言うと、キャッキはグラムと抱き合った。
「僕は今彼らの新婚旅行の案内をしているんだ。オンスにいい場所がないか相談したくて。」
キャッキは目を丸くしてヨシヤとルツコを見た。
「ドラゴン族様と、マアナム……じゃないね、少し違うようだ。ああ、失礼しました。私は、この集落の長をしているキャッキです。」
深々と頭を下げられ、ルツコも頭を下げた。
「ルツコです。グラムさんにはお世話になっています。」
ルツコが頭を下げると、周りがざわざわと顔を寄せ合う。
「オンスの家は変わってませんか? 」
グラムが言うと、キャッキの顔が曇った。
「せっかく来てくれたんだが……。」
気の毒そうに言った。
「オンスは故郷に戻ろうとして、なんというか……王都に連れていかれた。今はもう、あそこは私たちの故郷じゃなくなってしまったのにオンスは、どうしても離れられないと言って……。」
グラムが驚いた。
「そんな、いつの話ですか? オンスは……。」
言い淀んだグラムの背中が泣いているように見えて、ルツコはなんと声をかけていいのか分からなかった。するとヨシヤがぐっと頭を伸ばした。グラムの頬にすり寄る。グラムは小さな手でその頭を抱いた。
グラムが、はっと顔を上げた。皆振り返った。そこに、一人のディンバァがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
「グラムおじちゃん。」
「オンス。」
ぽてぽてっと足音を立てながら走ってきたディンバァが転んだ。グラムも駆け寄ろうとして、転んだ。二人とも玉のように丸くて、ころころ転がってから、抱き合った。
「久しぶりグラムおじちゃん。嬉しいな。」
グラムよりもずっところんとした体つきで、少し小さなオンスはにっこり笑った。
「オンス、早かったな。」
さっきの雰囲気から察するに、投獄されたのかと思っていたがそうでもないようだ。皆驚いたように集まってくる。
「久しぶりにグラムが来たのに、会えないかと思ったよ。」
「珍しいこともあるもんだ。」
オンスはヨシヤとルツコを見上げて、目をぱちくりさせた。
「オンス、このご夫婦は僕が案内している方達だよ。それより、君、連れていかれたって聞いて心配したよ。」
オンスははっとした。
「そうだった。またお城にいかないと行けないんだ。家に帰って、本を取ってから戻らないと、お仕置きされちゃう。」
「どういうことだい。」
オンスはなんでもないように言った。
「私、王様の愛妾なの。王様がおじちゃんからもらった花の図鑑を見たいっておっしゃるから、取りに帰ったの。」
グラムが固まった。
「オンス、グラムがご夫婦の新婚旅行の相談をしたいんだと。今日は城に行くのはやめたらどうだ。」
キャッキに言われてオンスは悲しそうに言った。
「ごめんねおじちゃん。でも、ちょうどよかった。今私のおうちに、お友達がいるの。おじちゃんも知ってる人。」
固まったグラムの手をオンスが嬉しそうに引っ張った。
小さな家の前には揺り椅子があり、庭では誰かが水を撒いていた。鼻歌を歌っているが、音程がおかしいように聞こえた。
「ファルさん、グラムおじちゃんが来てくれたよ。」
振り返ったその人は、人間に見えた。人間に見えたが、帽子を外すまでは油断できない。しかし帽子をはずすと金髪がさらりと揺れた。農作業をするつなぎのような恰好に長靴のような布製の靴をはいているが、顔だけは場違いに美しかった。
「ドラゴンが来たと思ったらお前だったのか。久しぶりだな、グラム。」
ヨシヤの姿を見ると皆驚いた顔をするが、彼はそうではないようだ。グラムははっと顔を上げた。
「ファル、君はハシェルの王都にいるんじゃないのか? どうしてオンスの家に? 」
白い肌に水色の目をした美しい顔立ちをしたファルは、喋らなければ女性かと思うほど華奢で美しかった。
「おっとー? 君の可愛い姪っ子の家にいるからって心配しないでくれたまえ。私にはもうとっくに赤い花を贈った人がいるんだよ。」
「それより、オンス。愛妾ってどういうことだい。」
ファルを押しのけるグラムをかまっていられないのか、オンスはささっと家に入って本棚の手前にある本を取り出した。
「やれやれ、君はまた城に行くのかい? あんな王ほっといて恋の一つでもしたらどうだい。」
ファルは状況を察しているのか言った。
「王様はお花の好きな優しい人ですよ。私は大好きです。」
本を持ち出すオンスをグラムは後ろから捕まえた。
「待つんだオンス。ダメだ。愛妾なんて、君はまだ若いんだぞ。」
「離しておじちゃん、私行かないと。」
ぬぅっとヨシヤが二人の間に入った。
「いつまでに戻ればいいんだ? 」
「わぁ! 」
驚いたオンスが力を抜いたので、グラムと一緒にまたころんと転がった。
「ドラゴン族様が、喋った。」
ぽかんとする。
「あの、えっと、日が沈むまでです。私、足遅いから。王様が、日が沈むまでに戻らなかったらお仕置きだって。」
「じゃあ俺が送って行けば間に合うな。そうだろ、先生。」
グラムが立ち上がった。
「……いいや、それはできない。ファル、君が代わりに説明してくれるかい? 」
急に冷静になってグラムが言うと、ファルはウィンクした。
「オンス、僕はまたここに、君に会いにくるぞ。」
厳しい口調で言うと、オンスはぎゅっと図鑑を抱きしめた。そして振り返らず、ルツコよりも遅い足で走って去った。
「お茶を淹れよう。大して長い話じゃないが私は飲みたいのさ。そして、君が連れてきたお嬢さんも気になる。」
ファルはレジャーシートのように厚い布を敷き、カップを四つ並べた。
「珍しいお茶だね。」
グラムはお茶の匂いを嗅いで言った。ルツコも嗅いで見たが、スパイスの香りが少しする、甘い匂いだった。
「ここの集落に商人がよく来るんだよ。そろそろまた来る頃だ。」
ファルはヨシヤには大きなどんぶりのようなものにお茶を淹れた。そしてストロー代わりなのかわらをさした。
「まずは自己紹介だ。私はファル。グラムの友人だ。君は? 薄紅の髪をしたお嬢さん。」
「ルツコです。」
「ヨシヤの奥さんだよ。」
グラムが言うと、ファルは一瞬ぽかんと口を開けてそれから美しい顔に似合わない、大きな声で笑った。爆発したような笑い声だった。
「おっどろいた。どうするんだい、その大きさでそんな小さなお嬢さんを。」
「それよりオンスの話をしてもらっていいかい。」
グラムがむすっとして言った。
「このディンバァの集落はハシェルという国の隅にあるんだ。元の国、スダーンはひどい国だった。ディンバァたちの耕した土地で良い薬草が採れるから、大人を無理やり畑に閉じ込めて薬草を作らせて他国に高値で売っていた。」
グラムはルツコに説明した。
「ディンバァたちの作るものは多くの種族の間で重宝される薬が多くてね。」
ルツコは蜜のことを思い出した。
「スダーンは段々薬の金額をつり上げて、しまいには土地まで要求しだした。さすがに怒った隣国、ハシェルに攻め滅ぼされた。その時やけを起こした兵士たちが国のあちこちに火をつけて……オンスの家族は彼女以外全員亡くなった。」
グラムはつらい記憶も一緒に飲みこむ様に、お茶をぐいっと飲み干した。
「ディンバァはみんな王都に近づかない。悲しい思い出がある。」
グラムの眉間には眉間に皺が寄ったままだ。