第二十四話 たとえキミが拒んでもⅤ
お久しぶりです。言い訳は後書きでします。
【第三章のあらすじ】(※不必要であれば読み飛ばし可)
国家(世界)反逆組織ギルガメシュの使徒との関与を疑われたフローラは、王国随一の堅牢さを誇る義蝕の塔に囚われていた。これが原因でリオンはフローラとの婚約を解消しなければならなくなるが、リオンはフローラの疑惑が解けることを信じて父親を説得し、猶予期間を貰う。
その後、リオンは親友である王子・メルウィンとメイドに擬態する隠密部隊所属のシア(前章ではエルシーと名乗っている)の力を借りて、義蝕の塔に囚われるフローラに会い、必ず救い出すと約束する。
しかし、フローラはギルガメシュの使徒に属する少年・グラハムに連れられ、脱獄してしまう。これにより、王国は完全にフローラをギルガメシュの使徒側と判断、フローラの生家エーデルワイス家はフローラを家系図から抹消する。
「救って欲しい」と言いながら自ら状況を悪くするフローラの真意が見えず、リオンは混乱。だが状況は待ってくれず、グラハムが国王へ宣戦布告をしたという知らせがリオンに届く。
一方、グラハムについて行ったフローラは、彼の仲間である魔術師のアディと傭兵のクルトラを紹介され、さらに捕まっていた兄・ダリウスと再会する。兄妹はグラハムの命令で(一方的に)争い、エーデルワイス家の奥義が刻まれた魔術紋章・華紋をグラハム側に渡すこととなる。が、フローラはそこへ介入し、本来別の人が担うはずだった華紋の改良(血に囚われず、誰でも使えるようにする)の役目を勝ち取る。なお、フローラによって半殺しにされたダリウスは、密かにクリステルの手で救出された。
襲撃予告当日。メルウィンの護衛(という名の同時保護)に就いていたリオンは、メルウィンに発破をかけられ、襲撃に参加すると予想されるフローラを探すことを決意する。が、その途中、フローラの容姿に酷似した少女の魔術にかかり、意図せずフローラの過去――実験施設で育ったこと、何らかの改造魔術を施されたこと、実験を行っていた組織の手駒として殺しをしていたこと、魔術実験の果てに死んだこと――を知ってしまう。しかしリオンは、そのことで己の弱さを見つめ直し、フローラを救う覚悟を今一度固め直すことができた。
そして、フローラ達に破れたアイザックを助け、彼からグラハム達の情報を聞くと、リオンは決戦の地となる王座へと向かう。
一方フローラは、グラハム、アディ、ミナヅキと共に、王座へ踏み込もうとしていた。
【簡易キャラ紹介】(※今回を読むだけなら、ロデリックまで把握していれば問題ありません。ほとんど忘れている方はその下もご確認ください)
・フローラ:主人公。主に氷を操る魔術師。原作には家名だけ登場する(一応存在は確認できるが、名前は無い)キャラに転生した。前世の名は花園月葉。原作知識あり。
・リオン:フローラの元・婚約者。原作乙女ゲー攻略対象であり、ギャルゲー版主人公……に転生した凡人魔術師。破壊魔術を扱うが、剣の方が得意。前世の名は秋里春斗。原作知識は前世の妹から聞かされた部分しかない。
・グラハム:原作乙女ゲーラスボスで隠し攻略対象。原作より幼いため、まだ原作と違ってギルガメシュの使徒のトップには立っていない。妾の子であるため、家族から冷遇された過去を持つ。フローラの前世を知っているような言動をしたが……?(第三章六話)
・アディ:魔術師。グラハムの教育係だった。グラハムに好意を寄せている。
・ミナヅキ:フローラ付きの侍女。フローラから見て、狂っている。以前からギルガメシュの使徒に所属していた。
・アダルバート:ワイズレット王国国王。メルウィンの父。
・ロデリック:王国騎士団団長。リオンの父。現在、王の護衛についている。
・クリステル:ギャルゲー攻略対象……に転生した原作シリーズのシナリオライター・間宮ツムリ。リオンの義妹。神霊タンムズと契約している。風を操る魔術師。ダリウス救出後、数日の潜伏期間を経て、ギルガメシュの使徒に襲われるメルウィン達を助けるために登場。
・メルウィン:第一王子。原作乙女ゲー攻略対象。リオンの親友。原作と違い、婚約者であるレティーシャとは相思相愛。現在は城の一室で、姉たちと一緒に守られている。
・アイリーン:第一王女。ギャルゲー攻略対象。現在は城の一室で、弟たちと一緒に守られている。
・レティーシャ:公爵令嬢。原作乙女ゲーライバルキャラにしてギャルゲー攻略対象。原作と違い、メルウィンとは相思相愛。現在、城内にはいない。
・ヴァネッサ:伯爵令嬢。ギャルゲー攻略対象。フローラの騎士。ダリウスに思いを寄せている。現在、アイリーンの護衛についている。
・ダリウス:次期魔術師団長候補。フローラの兄。雷を扱う魔術師。ヴァネッサを好いている。クリステルに助け出された後、ヴァネッサを守るため、クルトラに立ち向かう。
・クルトラ:グラハムの仲間の傭兵。魔道生物レクイエスを操る魔術霊装を所持する。
・アイザック:宮廷魔術師団団長。フローラの父。炎を扱う魔術師。フローラ、及びグラハムに敗北し、リオンに救出された。現在は救護室で気絶している。
・ドゥブル:フローラの影法師。魔術実験により色彩が変化する前の花園月葉の姿を取ってリオンの前に現れ、フローラの過去を夢の魔術を使って見せた。
・レグナント:フローラのもう一人の兄。レティーシャ誘拐を含む『煉獄の茶会事件』の犯人。第二章で敗北、第三章一話で義蝕の塔へ幽閉。転生者で、独学の呪術を扱う魔術師だった。原作知識無し。
・モルドバーグ:伯爵。『煉獄の茶会事件』のもう一人の犯人。第二章最後、レグナントから投与された薬により化け物となり、クリステルとタンムズの手で退治された。
【キーワード】
・五権紋章:王家と四大公爵家に伝わる紋章、及びそれによって発動する切り札の魔術のこと。王家の『獅紋』、エーデルワイスの『華紋』など。
・【全てを喰らう獅子王】:『獅紋』で発動する王家の切り札。第二章二十一話でメルウィンが使用した際は、二体の獅子王を召喚し、【昏き業炎の監獄】によって生み出された炎の巨人達を蹂躙して見せた。ただし、これは完全ではない。
・【高貴なる純潔の白雪】:『華紋』で発動するエーデルワイスの切り札。現在、『華紋』は正当な担い手たるアイザックの他、ダリウスから強奪したグラハムの所有が判明している。第三章二十一話でグラハムが使用した際は、城門とその周辺を埋め尽くすほどの猛吹雪を喚んだ。しかし、アイザックはこれを『本来の魔術効果が足りていない』と評した。
・【昏き業炎の監獄】:第二章でモルドバーグが用い、猛威を振るった魔術。外界との繋がりを断った中規模の結界を構築し、内部を炎が躍る灼熱の国に変える。閉じ込められた標的は炎の体を持つ巨人によって焼き殺される。
「さぁ――王の座を、貰いに行こう」
襲撃の中であってもなお圧迫するような荘厳さと美麗さを失わない王座への扉に手を掛け、グラハムが嗤う。
「……、」
その背後で、フローラは腰に差す刀に手を置いた。
抜きはしない。今のフローラに、これを抜く勇気はない。ただのルーティンだ。
「お嬢様……? どうかなさいましたか?」
心配げに覗き込んでくるミナヅキから目を逸らし、フローラは頷く。
「大丈夫ですよ。少し、緊張していただけです」
「まぁっ! お嬢様でも緊張することがあるのですね。でも大丈夫ですよ。お嬢様に迫るクズは私が排除しますし、大方グラハムが処理しますから」
「……、」
ミナヅキはギルガメシュの使徒としてグラハムの下に付いているはずなのだが、どうしてグラハムのことを呼び捨てにするのだろう。疑問に思うが、しかしそれを訊いている暇はない。
恐らく時間稼ぎのためだろう、扉に仕掛けられていた魔術結界はアディの手で解かれ、その威容を放つ大扉がゆっくりと開く。
「そうだ、フローラ」
ふと、扉が完全に開く直前、グラハムが振り返らずに名を呼んだ。
「なんですか?」
「一つキミに、見せておきたいものがあるんだ。僕がこの世界で唯一尊敬する師匠から教わった技術を注ぎ込んで作った、僕の最高の術をね」
言いながら、グラハムは半歩後ろに立つアディから握り拳大の宝石を受け取る。紅玉の輝きを持つそれには濃密で大量の魔力が封じられており、内部で脈動する魔力の波動が少し離れた位置にいても伝わってきた。
「モルドバーグにも貸し与えていたんだけど、本来はあんな不出来なものじゃないんだ。仮にも異世界の神話を組み込んだ術式が、王国に伝わる術式を使ったとはいえたかだか初心者の魔術に早々食い破られるなどあり得ない」
――そういえば、『煉獄の茶会事件』の時から気になっていたことがあったのだ。
結局あの事件にはギルガメシュの使徒は関わっておらず、彼らの王都の隠れ家の一つを潰した際に入手した情報は何の役にも立たなかった。レティーシャの誘拐はモルドバーグ=ベルクリムとフローラの兄・レグナント=エーデルワイスの仕業だったし、彼らの下で活動していたのもただの盗賊団でギルガメシュの使徒とは無関係だった。
けれど本当に、ギルガメシュの使徒は全く関わっていなかったのだろうか?
――答えはたぶん、否だろう。
その答えが導き出せたのは、盗賊団の魔術師の言葉とレグナントの使用する魔術体系――そして今、グラハムが口にした言葉。
もしかすると、あの魔術は彼が齎したものだったのではないか? と――。
「さぁ、塗り潰せ」
グラハムが正面に掲げた宝石が、彼の唄う呪文に呼応し魔力が動き出すと、眩い赤光を放つ。『火』の属性を持つ魔力の熱か、或いはこれより放たれる魔術の兆候か。グラハムの足下が陽炎のように揺らめいた。
「この場は偉大なる黒い巨人が門を守りし世界の南端」
完全に開かれた扉の先には、メルウィンから優しさを抜いて冷酷さをふんだんに詰め込んだまま年を取ったような人物――すなわちワイズレット王国国王・アダルバート=フォン=ワイズレットその人が。そして彼を守るために己が身を盾にする騎士達に、彼らを率いる騎士団長・ロデリック=スプリンディア、入室する逆賊を焼き払うために魔術を展開する魔術師達が揃っていた。
けれど、王国のほぼ――宮廷魔術師団の団長と副団長がいないため、『ほぼ』なのである――最高戦力を前にして、グラハムは怖じ気づくどころか好戦的に嗤った。
――或いは、力を示すのにうってつけとでも思っているのか。
「創始より栄えし灼熱の国である――ッ!!」
そして。
宝石の光が閃光となり、視界を赤一色で塗り潰す。
世界が切り替わり、一瞬にして王座の間は灼熱地獄へ姿を変える。国家の品性と財力を示す煌びやかな装飾は赤橙の火炎が取って代わり、跪く臣民の代わりに炎の巨人が膝をつく。豪奢な絨毯は既に炎に嘗め取られた後だ。
肌を炙る熱風には濃密な魔力が籠もり、術者の背後だというのにその熱量は人肉を溶かすほど。発動前に防護結界を展開していなければ、今頃融解した肉体を焦げた眼球で見下ろしていたことだろう。
しかし、業火が放たれた前方はそんなものでは済まない。
グラハムの侵入に備え攻撃魔術を準備していた宮廷魔術師達は防御が間に合わず、ローブに付与した魔術耐性を貫通して肉体ごと灰燼に帰す。騎士達の鎧は悉く融解し、その下に守られる肌を、肉を、骨を、余すことなく飲み込む――。
辛うじて防御が間に合った優秀な者達も、しかし体のあちこちが焼け爛れ、或いは炭化し、無事で済むことはあり得ない。
惨い。
嗚呼、なんて残酷な魔術だろう。
凄惨な煉獄を前に、フローラは僅かに目を伏せる。
けれど、目の前の現実から逃避している暇はない。
「あははッ、はははははは――ッ!! 凄い、凄いよ! やっぱり師匠の魔術は最高だ!!」
グラハムは嗤う。眼前に広がる惨状に恍惚の表情を浮かべながら、王の間から溢れ出す熱を両の腕に抱き、心魂から湧き出る興奮に溺れて。
しかし――直後、その熱に水が被せられた。
「それが、貴様の自信の素か」
真っ赤に染まる王座で、尊き主君は問いかける。
反逆者の哄笑は止まった。あり得ない。彼が小さくそう呟いたのが、フローラの耳に届いた。
あれだけの魔術を受けて、無事でいるはずがない。今もなお燃え盛る部屋の中、悠然と構えて襲撃者に問いかけるその男は、異常と言う他なかった。
だが、勿論タネはある。
国王アダルバートの前に膝をつく、半壊した鎧に身を包む騎士団長。そして同じく膝をつき、或いは倒れながらも辛うじて生を繋ぐ彼の優秀な配下十数名が、守るべき主君を身を挺して庇ったのだ。
騎士のあるべき姿を体現した者達。彼らを視界に収め、グラハムは舌打ちを零す。
「……王国騎士の鎧ごときで、師匠の魔術を耐えた? まさか。運が良かっただけだ」
出した答えは、偶然による産物。
(……本当に、偶然耐えられただけなのでしょうか)
フローラは、自分の内側に問いかける。
勿論運も絡むだろうが、おそらく彼らは数多ある魔術に対する汎用的な耐性を得るのではなく、炎熱系統に焦点を絞って強化していたのだろう。そうでなければ耐えられない。生きているはずがない。
そして、相手の使う魔術属性にメタを張れたということは――情報が漏れていた証だ。
真実はわからない。
けれど、騎士達が強力な炎熱耐性を獲得しているのなら、グラハムと騎士達の相性は最悪だ。
「クソッ。――巨人達よ、有象無象の騎士どもを叩き潰せ!」
煉獄の世界より生まれた炎の巨人が、グラハムの命令に従って足を踏み出した。ゴウン、と一歩一歩進むたびに床が揺れ、炎と煙が舞い上がる。
「王をお守りしろッ!」
己が命に代えても。騎士達は心の底から叫び、盾を構える。
いくらその鎧と盾に炎に対する耐性を付与していようと、炎が形作る巨人の前には無力だろう。グラハムはそう判断して嗤い、魔術師としてはグラハムよりも優秀なアディも「無理だろ」と小さく零していた。
フローラも、不可能だと判断を下した。
――彼の言葉がなければ、だが。
「我は獅子王の輩なり」
その声は、或いは神に捧げる祝詞のようだった。
「我が臣民よ。我が盾となり、剣を振るう者達よ。その目は誰がために前を向く?」
「――我らが王のために」
答えたのは、騎士団長ロデリック。
王は満足そうに頷いて、
「なれば、我が望むのは勝利のみ。けれど汝らは非力なり。――故に」
王がおもむろに手を振るえば、彼の足下から魔方陣が広がる。
読み取れる模様は、向かい合う獅子と、中央に立つ黄金の戦斧。
この国に住む者なら誰もが知るその紋様が、騎士団長と十数名の騎士の足下まで広がると、黄金の閃光を迸らせた。
「我らが獅子王の加護を受け取れ。さすれば汝らは一時、天下無双の獅子となるだろう」
「お前、何を……ッ」
グラハムの問いは、騎士達の雄叫びにかき消される。
双獅子が象徴するのは、ワイズレット王室。つまり王が用いた魔術は、王国の秘技【全てを喰らう獅子王】だろう。
メルウィンが使ったものと違い、二体の獅子王は現れない。
けれど、戦況の変化は劇的だった。
一人の騎士がいた。鎧は解けてその機能を完全に殺し、剣には刃こぼれが見える。誰が見ても満身創痍で役に立たないと評するであろう彼は、しかしボロボロの剣を振るい――実体無き炎の巨人の腹を切り飛ばした。
常識ではあり得ない。
けれど、彼らを包み込む黄金の魔力が、その非常識を現実のものとしていた。
それは、獅子王の力。或いは加護。
(……獅子王を召喚するのでなく、騎士達に獅子王の力を分け与え、強化した……ということでしょうか?)
「ちぃ。怪我人はおとなしくしておけよッ!」
グラハムが腕を振るうと、炎の巨人達がその拳を振り下ろす。轟ッ! と炎が舞った。けれど騎士達は倒れない。むしろ、そよ風だとばかりに火炎の中を踏み歩く。
「くそが……これがあったから逃げなかったのか!」
「まさか。国家の象徴たる王が、この場で謁見を求める臣下を待たぬなどあり得ない」
確かな瞳で、王は静かに逆賊を見据える。
対して裏切りの臣下は、己が喚んだ炎の巨人で主君を焼き潰さんとするが、しかし数多の忠臣がそれを阻む。
最初に業火で薙ぎ払った時はただの雑魚でしかなかった騎士達が、今は屈強な盾として己の道を妨げる。その事実に、グラハムは苛立ちを募らせていた。
「ふざけやがって。雑魚は寝てろぉぉおおおおッ――!」
「無理だ坊ちゃん、奴ら並の炎熱耐性じゃない! 坊ちゃんの魔術じゃ相性が悪いッ」
アディの指摘にグラハムは青筋を浮かべるが、目の前の光景が彼女の言葉の正しさを証明する。グラハムは舌打ちを零し、頭を乱雑に掻き乱しながら、
「ぐ……くそッ。アディ、フローラ、ミナヅキ! お前達が騎士どもを殺せ!!」
……ただ炎熱耐性が高いだけではないだろう。けれど、グラハムの魔術が効かないことは明白だ。であれば、フローラ達が相手をする他ない。
「了解だぜ坊ちゃん! ――そら、特別製の闇を食らいやがれッ」
一番に反応したアディが杖を振るうと、先の見えない濃密な闇が彼女の足下から這い出し、騎士達の足に食らいついた。相手の魔術耐性が並であれば、闇に取り込まれた足は消失していただろうが――しかし黄金の魔力を纏う騎士は邪悪を弾いてしまう。
攻撃としてはあまりに渋い結果。けれど、足止めには十分だ。
「【舞い踊る氷刃の小夜曲】――五本精製」
フローラの魔術で作り出された氷の剣が、騎士達の腹を刺し穿つ。
本来、黄金の魔力を貫通するほどの威力は、【舞い踊る氷刃の小夜曲】には無い。だがアディの闇への抵抗に魔力が割かれていたおかげで、少しばかり薄くなった防御をなんとか貫くことができたのだ。
「ミナヅキ」
「承知しました、お嬢様。――風よ」
風の弾丸が騎士の兜を弾き飛ばし、その無防備になった頭部へ続く二射目が襲う。黄金の魔力が防御したため貫通することはなかったが、衝撃までは殺しきれなかったようで、脳を強く揺さぶられた騎士はその場に頽れた。
(非物質的な攻撃より物質的な攻撃が有効……なのでしょうか? いえ、単純に魔術の強さ……或いは魔力の多さでしょうか)
単純な魔術としての強さなら、フローラの【舞い踊る氷刃の小夜曲】はグラハムの【昏き業炎の監獄】に及ばないだろう。だとすれば、考えられるのは物理的か否かになる。
であれば魔術に頼らず肉弾戦を挑む方が良いのだろうが、生憎と王の周囲を固める役目を負った騎士達に敵うとは思えない。
「わたしが騎士達を倒します。ミナヅキとアディさんは援護を」
「はい、お嬢様」
「……それが有効みたいだな。いいぜ、やってやる!」
現状、騎士達を守る黄金の魔力を突破できたのはフローラのみ。それを理解しているから、二人はフローラの言葉に従って援護に努める。
しかし、
「とろいわッ!」
闇を蹴飛ばし、風を殴りつけ、氷剣を斬り裂き走るのは――騎士団長ロデリック。
「化け物かよッ」
アディの悪態を聞き流しながら、フローラはさらに数を増やした氷剣でロデリックを切り刻まんとする。しかし王国最強の騎士は、氷の剣舞を己の技量のみで打ち破ってみせた。
いや、彼の剣の腕が素晴らしいだけではない。
(黄金の魔力には、肉体強化の効果もあるみたいですね)
人体が可能とする動きの上限を超えた速度で、弾丸のように飛ぶ氷剣を斬り落としているのだ。
魔術師としての力を使って全力で身体能力を引き上げたリオンでも、このような動きは不可能だろう。
或いは今の騎士団長様なら、下級天使レベルに手が届くかもしれない。
――でも。
「二十本精製」
それだけだ。
天使を殺せる人間なんて、地球に居た頃、山ほど戦った。
そんな正真正銘の化け物を殺すための術は、いくつもある。
そして――次の瞬間、剣の嵐が騎士団長を飲み込んだ。
「こ、んなものォォォオオオォォオォオオオォオオォォオオオオオ――ッ!!」
まるで獣のような咆哮。
直後に舞ったのは、割れた氷の粒と――血飛沫。
黄金の魔力による防御が効かなかったのではない。防御が間に合わないほどの密度で、速度で、氷の剣舞が圧倒してみせたのだ。
「……、終わりです」
膝をつき、こちらを睨む騎士団長の瞳は、リオンと同じ空の青。それに気づいたフローラは、反射的に目を逸らしてしまう。
けれど今まで培った技術から、見なくとも確実に魔術は当たるだろう。
黄金の魔力は徐々に復活しつつあるが、この一撃を防ぐほどの力は戻っていない。
だからこれは、必殺の一撃――。
そのはずだった。
「ようフローラ。ターゲットをちゃんと目で見なきゃ、飛び道具は当たんないぜ?」
氷が砕ける音とともに現れたのは――夜空色の髪を持つ、少年騎士だった。
一年と半年ぶりです。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありません。なんとか生活が落ち着いてきたので、更新を再開します。
とりあえず……年内に第三章は終わらせます。あと十話以内に終わる予定ですけど。でもエピローグが長そう(なおキャラが増えたのが原因)。
次回も宜しくお願いします。




