第二十二話 たとえキミが拒んでもⅢ
以下、シナリオ担当である間宮ツムリのPCに保存されたデータファイルより抜粋。
◆ 【高貴なる純潔の白雪】について
五権紋章の一つで、魔術の名門エーデルワイス家の紋章でもある右肩の二番星・『華紋』に、エーデルワイス家の血が流れる者が魔力を注ぐことで発動。ただし、他に四つある紋章の魔術と同様に国の最終兵器なので、王の許可がなければ使用できない(が、王家の【全てを喰らう獅子王】と違って、緊急事態においては当主の自己判断で使用可能)。
使用条件は、『エーデルワイス家の血筋の者』であり、『対象が国に仇なす敵と王家、或いは使用者が認識する』こと。【全てを喰らう獅子王】よりは軽い。
制作者がエーデルワイス家を興した希代の魔術師であるため、現在の魔術師ではその術式を読み取れない。ゆえに解析が一向に進まず、量産も不可能となっているが、その威力と効果は他の四つの紋章の魔術を圧倒的なまでに凌駕する(ただし、王家のものは例外)と言われるほど優れているので、安易に量産しない方向でエーデルワイス家は話を進めている。
※効果については省略。
◆ ◆ ◆
やがて吹雪が晴れ、白銀に塗り潰された世界は色を取り戻す。
【氷】の魔術のエキスパートであるフローラをして圧倒されるほどの氷嵐。もしこれが自分に向けられた攻撃だったのなら、無事ではいられなかっただろう。そんな超威力の猛吹雪の余波を防護系の魔術で防ぎきったのは、グラハムに仲間と認識されている者――すなわちアディ、ミナヅキ、フローラの三人だけであった。
「……す、ごいな」
城門の鈍色の石畳は降り積もった白雪によって純白に染め上げられ、磨き上げられた宝石の如く陽光を反射している。ほんの数秒前とは似ても似つかぬ光景に、アディが感嘆の声を漏らしていた。
混戦状態であったため、王国騎士や宮廷魔術師と戦闘を繰り広げていた木っ端の使徒やレクイエスは吹雪に巻き込まれて凍結し、雪に埋もれているのがほとんどだ。フローラ達もグラハムの近くにいなければそうなっていただろう。
そして――真正面からこれを受けた魔術師は当然、生き残っている訳がない。
「素晴らしい――」
アイザック=エーデルワイスは国――いや、大陸一の炎熱系の魔術の使い手であったため、骨の髄まで凍り付いている訳ではなさそうだ。その証拠に、防護結界でも張ったのか彼の周囲の雪は溶けかけている。けれど……やはりというべきか、彼の魔術であっても王国の切り札には勝てなかったようで、アイザックは地に倒れ伏し、びくともしない。
この国に住む魔術師であれば誰しも一度は憧憬を抱いた、或いは嫉妬した力を持つ魔術師の敗北を前に、彼を下した緑髪の少年はその口元に大きな弧を描く。
「実に、実に素晴らしい! 『華紋』の魔術がこれほどの威力を秘めているとは思わなかったよ! これが、この力があれば……僕は、僕達は、この国を落とせる……ッ!」
強く言い切る彼の瞳には、燃え盛る昏い情熱の炎があった。その一歩後ろに控えるアディは、先ほどの魔術に多大な畏怖を覚えながらも、己の使える主であり、(本人は認めないだろうが)思い人であるグラハムの表情を目にし、何か言いたそうに口を開きかける。が、何か言うでもなく、彼女はそれを飲み込んでしまった。
そして――彼らの姿を紫紺の目を細めて眺めるフローラは、先ほどの魔術を思い浮かべる訳でもなく、倒れ伏す己の肉親に視線を注ぎ、小さく呟く。
「……さようなら、お父様」
死亡確認をしっかりと取った訳ではない。けれどアイザックが生きていようが死んでいようが、ここが今生の別れ。彼に魔術を放ったあの時――いやそれ以前に、エーデルワイスの家系図から抹消された時点で、フローラはもう、アイザックと会うことはできなくなったのだから。……少なくとも、平和的には。
だから別れの言葉を口にして、小さく父親へと頭を下げる。本当はきちんと埋葬してやりたいけれど……そんな暇はないし、なによりそのような行為は許されない。王国側も、グラハムも、きっと許さないだろう。
フローラは、裏切り者なのだから。
「さぁ、行こうか。王の座を奪いに」
眩しいほど晴れやかな笑顔で、グラハムはフローラ達を振り返った。アディが「おう」と頷く。フローラとミナヅキは何の反応も示さなかったが、気に障った様子もなく、グラハムは勇敢なる番人達を失った門を潜って城内へ歩みだした。
フローラもそれに続く。その一歩後ろに控えるミナヅキの存在を背に感じながら。
――王城は、酷く騒がしかった。
当たり前だ。こちらは招かれざる蛮族で、それを殲滅するために騎士や魔術師が引っ切りなしに現れるのだから、剣戟や魔力の衝突の音が絶える時間など数秒たりともありはしない。
けれどアイザックほどの実力者はおらず、全てフローラ達四人の放つ魔術で対処できてしまう。
だから少し気が抜けた――という訳でもないのだが、ふと気付いたら、フローラはミナヅキに声を掛けていた。
「……ミナヅキ」
「どうかなさいましたか、お嬢様?」
グラハムに義蝕の塔から連れ出された後、王都のエーデルワイス邸の地下に作ったフローラの魔道工房から荷物を回収する際に活躍した、フローラのお付きの侍女。彼女はグラハムの指示で、フローラがギルガメシュの使徒に協力するという返事をする前から動いていた。つまり彼女は、フローラのお付きの侍女という最も信頼される立場にいながら、ずっとフローラを裏切っていたのだ。
「貴女は……」
最初に頭に浮かんだのは、『いつから裏切っていたのか』という問い。
けれどフローラはそれを飲み込んで、別な問いかけを口にした。
「貴女はなぜ、ギルガメシュの使徒になったんですか?」
果たしてフローラが最も信頼していた黒髪の少女は、無邪気な微笑みでこう答える。
「私の行動は全て、お嬢様のためでございます」
その瞳は残酷なほどに真っ直ぐで、彼女の言葉に偽りはない。それゆえに、フローラの疑問は深まるばかりだ。
「……どういうことですか?」
疑問を呈するフローラに、ミナヅキはどこか恍惚とした表情で語り出した。
「お嬢様。この世界は、腐っています。国は民を酷使し、自然を貪り、神秘を蹂躙する。そんな状況が続けば、世界はより腐敗し……やがて残酷な形で崩壊するでしょう。それはひとえに、『資格』のない人間が愚かにも万象を支配しようとしているからです」
「…………」
「そんな世界は間違っています。この世を統べるのはあのお方であり、他の誰でもない。あのお方こそが王であり、神なのです! ――そしてお嬢様は、あのお方の伴侶となるに相応しい『資格』を持っています」
「……『資格』?」
何らかの事物を指す隠語なのか、或いは何らかの条件が存在するのか。いずれにせよ、そんなものはゲームでも現実でも聞いたことがない。
眉を顰めるフローラに、ミナヅキは柔らかく微笑んでみせた。
「はい。全てが原初の美しさを取り戻した『正しき世界』に生き、本来の『自然に支配される』生き方を思い出した新人類達を統率することを神に許された証。それが『資格』です」
「そんなもの……わたしには、ありません」
いや、自分だけではない。どこの国の王にも、どんなに強大な力を有した魔獣にも、或いは世界を漂う精霊にだってそんなことは許されない。
本来、世界……或いは星界は生物が支配するものではなく、超越者たる神々――それも原初の神が創りし、言わば『天然の神』とも言える存在が管理するものなのだ。ちっぽけな底辺の霊格しか有さない人間種であるフローラにも当然、世界を統治する権利などありはしない。
けれどミナヅキは――いや、《ギルガメシュの使徒》という反逆者は、己の信じる存在を疑うことなどあり得ないのだ。信仰を止める時はすなわち、主が世界の再生を諦めた時だけなのだから。
「まさか! そんなことはありません、それはお嬢様が自覚なさっていないだけです。神が創り給うたが如き可憐で美麗なお姿。才気溢れる数多の魔術師を凡百に落とし込む天賦の才。一を知りて十を理解する秀逸な頭脳! 凡庸な人々に天才や秀才などと称される出来損ないなどではない、『本物』であらせられるお嬢様に『資格』がないはずがありませんっ!」
「……、わたしは……そんな大した存在なんかじゃ、ないです」
過大評価だ。だって、フローラはただの人殺しで――道を踏み外した凡百の魔術師なのだから。
「ふふふ、謙遜は美徳とも言われますが、お嬢様は『資格』ある、言わば上位者なのです。下々にその存在を知らしめるためにも、お嬢様は堂々とその才気をお示しくださいませ。そしていずれ、世の神秘を身に秘め、精霊の力を写し、天に届く神聖を手にするあのお方の隣にお立ちになり、浄化された新しき世界を統治してくださいませ」
「…………」
恍惚と語るミナヅキの瞳は、どこか『言わされている』ように見えて――フローラは返事もできず、ただ俯くだけであった。
ミナヅキは、これでもフローラを思っている、らしい。
もはや妄信的とも言えるほどフローラを持ち上げて、それでも彼女の思想はギルガメシュの使徒のもの。その、どこかチグハグな思考回路は、フローラには少しの衝撃で崩壊してしまいそうなほど脆く映った。
次回も宜しくお願いします。




