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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第一章 檻の屋敷と紅薔薇の庭
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第六話 食人薔薇は宝石部屋に咲く

 リオン視点です。

 この時はまだ、前世の記憶は取り戻していません。



 その日――彼は、一輪の白百合に恋をした。


 陶器のように白い肌。処女雪の如き白銀の髪。紫水晶アメジストの瞳。幼くも可憐な容姿を持つ彼女は、まさに天使のようなという表現に相応しい少女だった。

 作り物染みたその美貌を秘める彼女は、そのまま成長すれば誰からも一目置かれる絶世の美女になる事だろう。

 しかし彼女の容姿を褒め称え飾り立てる言葉は数多にあれど、自然と彼女を象徴する言葉はただ一つだった。


 すなわち――白百合の姫、と。


 気づいた時には、彼はすっかりその白百合の姫に目を奪われていて――つまるところ、一目惚れだったのだ。

 この世界の彼も、前の世界の彼も。どちらの感性が主として立っていたのかも曖昧な頃だったが、彼女に恋をしたのは、両方だった。

 だからこそ、彼は彼女を手に入れると――この世界で初めて、魂を燃やすほどの目標を掲げたのである。


   ◆ ◆ ◆


 リオン=スプリンディアという名前に違和感を覚えたのは、もしかすると産まれて初めて両親に名を聞かされた時からだったのかも知れない。

 とはいえ別に名前に不満がある訳でもなく、何か言い表せないもやもやとしたものが頭の中にへばりついているような、奇妙な『予感』を感じていたのだろう。

 とはいっても、そんな抽象的で意味不明な現象を周りの人達に説明出来る訳もなく、独り胸の内に溜め込んだまま封印していた訳だったのだが、結果的に、その謎が氷解したのは九歳の時だった。


 その日は、婚約者との顔合わせを行う日だった。

 婚約の打診自体は二年前よりスプリンディア公爵側から幾度も行っていたが、それが実を結んだのはつい最近の事。どうやら相手方は随分と過保護なようで、娘が自分からOKを出す事が条件と言いながらそもそも娘に婚約の打診を伝える回数が数えるほどしかなく、必然的に娘もなかなか了承しなかったのだ。

 娘も娘でまだ八歳、婚約はまだ自分には早いと思っていたらしい。――貴族の間ではその歳での婚約は別段珍しくないのだが、彼女の感性はどうやら普通の貴族とは違うようだ。別に悪い事ではないので、両親も特に直す気は無かったようである。

 スプリンディア公爵家からの婚約の打診が今回になって了承された理由は良く分かっていないのだが、どうやら娘が関係していると噂されている。――切っ掛けは他の人達には分からないだろうが、恐らく記憶が戻り始める兆候だったのだろうとのちのリオンは推測している。フローラ本人はどうやら記憶に残っていないらしいが。

 さて、根気強く婚約の打診を繰り返していたのは、勿論リオンが「あいつ意外は絶対に嫁にしない」と両親に宣言していたからだ。で、二年の歳月を経てようやく婚約にこじつけたリオンは狂喜乱舞し、両親に抱き着き喜びを表す事数十回……、待ち望んだ顔合わせの日は朝からハイテンションで家族からウザがられていたほどである。

 が、しかし、物事は往々にして予定通りには進まないもので――。

「すまない、リオン。急用が入った。どうやら北の砦に不穏な動きがあったらしくてな。俺はそっちに顔出さなきゃならないから、顔合わせはソラと二人でやってくれ」

 騎士の家系らしく立派に近衛騎士団の団長を務める父・ロデリックは、ワイズレット王国の防衛の要である。北方には長年小競り合いを繰り返しているバフアリード帝国がある為、そちらに動きがあればすぐに出なければならない。

 それは双璧の片割れ、即ち婚約者フローラの父である宮廷魔術師団団長アイザック=エーデルワイスも同じだ。流石にまだ決定的な出来事が発生していないうちに最強の二人を同時に同じ場所へ固めるような真似はしないが、何があっても早急に対処出来るようアイザックは王都に出勤する事になっていた。

 そうして母と子だけの顔合わせになったのだが――。

「ああ、リオンちゃん。今、ルクレーシャ様から連絡がきたのだけれど、どうやら体調を崩されてしまい、フローラちゃんだけで来るみたいよ」

「え、何故に参加人数が減っていく……?」

 謎の連鎖が起こり、顔合わせに参加する人がどんどん減っていく。

 因みにルクレーシャはエーデルワイス公爵夫人、即ちフローラの母親の事だ。体が弱いという話は聞かないが、馬車酔いでもしたのだろうか――。

 ともあれ、顔合わせはリオンとリオンの母であるソラ、フローラの三人だけとなった。勿論護衛や侍女はいるだろうが、なんとも寂しい事である。まぁ本来大勢でやるようなものでもないので問題ないのだが。

「ふふふ、楽しみね。リオンちゃんが一目惚れした女の子に合えるなんて」

「母上、貴女はフローラ=エーデルワイスを着せ替え人形の如く飾り立てたいだけでしょう」

「あら、そんな事はないわよ。……あ、こっちのサファイアはどうかしら。でもパールのネックレスも外せないし……トパーズっていう手もあるわね」

 東方の島国出身のソラは、リオンと同じ艶やかな濡れ羽色の髪を揺らしながら、幾つもの宝石箱を開けてコレクションを物色している。

 ソラは綺麗なものが大好物なのだ。美しい指輪、煌びやかなネックレス、豪奢なティアラ――そう言った飾りも大好きだが、何より好むのは大粒の宝石である。

「母上……また、宝石商を呼んだのですか? 七つも増えてますよね」

「八つよ、リオンちゃん。ロデリックが付けていたブローチも新しく買ったルビーよ」

 あれ、見送りした時は付けていなかったような……という言葉は辛くも飲み込んだ。代わりにリオンは呆れたような表情で、

「買いすぎです。ダンジョンの宝物庫でも作る気ですか、貴女は」

「あら良いじゃない。使っているのは私の稼いだお金なのよ」

「まぁそうですけど……置き場所、無くなりますよ」

「心配ないわ、この家無駄に広いから。それに無かったら新しく作れば良い話よ」

 ソラは独自の商会を持っている。東方の島国出身という立場を存分に活用して、閉鎖的な傾向の島国家であるカザマキの国と貿易を行っているのだ。カザマキの国は閉鎖的なのでソラの商会以外はなかなか取引が捗っていないようで、かなりぼろ儲けしている。

 元より宝石好きだったソラは金が入った事により宝石収集に拍車をかけ、今では広さが自慢の公爵邸の一部屋が完全に埋まる量の宝石類が輝いている。更に月に三、四回は宝石商を屋敷に呼ぶので、リオンや侍女が止めなければ際限無しに宝石を買い集めてしまうのだ。因みにロデリックは妻に甘い為、どれだけ買っても苦言を口にしたりはしない。別に家の金を勝手に使っている訳でもないので問題ないのだが、無駄に高価で豪華な装飾が増えると、目が疲れるし感覚がおかしくなりそうだった。

 肉親の悪癖の結果出来上がった宝石部屋の惨状をジト目で眺めつつ、リオンは「ともかく」と口にする。

「フローラ=エーデルワイスとは一応初対面なんですから、初っ端からかっ飛ばして宝石部屋このへやに連れ込まないでくださいよ。引かれるのはまぁまだ許容範囲としても、変な癖に目覚められたらエーデルワイス公爵相手にどう責任を取るんですか」

「ふふふ、その時はフローラちゃんが自分で稼げるようにしてあげれば良いのよ、私みたいにね。それにリオンちゃん、貴女こそ部屋に連れ込んだりしては駄目よ。今はゆっくり愛を囁く段階なのだから、ベッドの上のコミュニケーションはまだ早いわ」

「アンタ九歳の子供に何言ってんだ!?」

「言葉遣いが崩れているわよー」

 からかいながらも底の尽きる事のない大量の宝石を取り出し吟味しているソラのペースに、完全に翻弄されるリオン。全く母の趣味は理解出来ないが、往々にして女性の趣味というものは男性には分からないものであるので仕方がない。一度深呼吸して荒れた息を整えると、咳払いを一つ零して話題を変える。

「で、フローラ=エーデルワイスはいつ来るのです?」

「……貴方、そのフルネーム言うの疲れない? もうフローラちゃんで良いんじゃないかしら?」

「初対面から『フローラちゃん』なんて言える訳ないでしょう。それに挨拶の時にそのネタ使えるんですから、今はこれで良いんですよ」

「あらあら息子が策士で嬉しいわー。というか私、ただのヘタレかと思っていたわ」

 初対面から名前+ちゃん付け出来る猛者ではないが、だからといってヘタレ呼ばわりされるのは心外である。

 むっとした表情を浮かべていると、いきなりソラがリオンに抱き着いてきて「うちの息子かーわーいーいー!」と悶え始めた。どうやら親馬鹿なようである。リオンは与えられる愛を甘受するのではなく、その豊富な胸に圧殺されそうになって必死にもがいていたが。

 ――そんな平和な日常風景が少しずつ崩れ始めたのは、直後の事だった。


 ウヴン、と。

 虫の羽音のような、低い振動音が耳を掠めた。


「……母上」

「うん? どうかしたの、リオンちゃん?」

 声のトーンを下げ、警戒を顕わにするリオンに、ソラは困惑気味だ。

 リオンは騎士の家系故に、四歳の時から剣を握っている。その為、九歳ぽっちである今でも優れた気配察知技術を身に着けていた。

 だがこれは、それだけで気付けるようなものではない。

 魂の奥底に刻まれた習慣的な技法で以ってして、ソレに気づけたのだ。

「これは……まさか、魔術……?」

 父の知り合いに魔術師がいる為、何度か目にした事はあった。だから魔術が発動した時に感じる魔力の動きは何となく覚えているし、その気配も幾らか掴めるようになっている。

 しかし、今感じたものは、今まで感じた事のないタイプだった。

「誰か、外を確認なさい。それと、屋敷に詰めている兵士に連絡を。警戒態勢はBで」

 リオンの呟きを拾ったソラが、素早く侍女に指示を下す。手慣れた様子なのは、公爵家という他国からは勿論、自国の敵対派閥から狙われやすい家に嫁ぐにあたって、それ相応の能力を身に付けさせられたからだ。

 これと同じ事をリオンも出来るのだが、今回ソラに任せたのは、感じた違和感が脳を徐々に侵食し、鈍い頭痛を引き起こしていたからだ。意識が逸れ、知らない場所に立っているような歪な感覚を味わう。

(なんだ……これは)

 カチッ、と。一瞬フラッシュをくように視界に映った情景は、今まで見た事のない不可思議なものだった。

 鉄で作られた家、石畳とは違う材質のものが敷かれた道、見上げるほど高い鉄骨の塔、林立する太く大きく高い鉄の建物――。

 それら、覚えが無い筈のものが何故だか懐かしく感じて――だが、リオンの感慨を嘲笑うかのようにすぐに搔き消えてしまった。

「リオンちゃん」

 その時、ソラの声がかかる。

 お陰で精神の深くに潜らせていた意識を現実へと帰還させる事に成功すると、リオンはすぐさま思考を切り替えた。今は良く分からない白昼夢のような景色について思考するのではなく、屋敷を襲った違和感の解明に力を注ぐべきだと。

 集中し始めたリオンの姿にソラは薄く微笑むと、すぐに自分も真剣な表情に戻し、

「良くない事態よ」

「はい、感じています。屋敷に魔術が掛かったのでしょう」

「それもあるけれど」

 一度ソラは言葉を区切ると、窓の外へと視線を向けた。

 釣られて窓の外を見ると――そこでは、三台の馬車が屋敷に入ってきているところだった。そのうち、一際ひときわ大きく豪華な作りの馬車より、あの少女が降りてくる。

「フローラ=エーデルワイス……」

 遠くからでも見間違える事のないまばゆい白銀の髪に、リオンは目を細めた。

 だが、何故これが良くない事態なのか――と、怪訝な表情になるリオンに、ソラは近くの侍女に指示を出しつつ答えを与えた。

「まずはフローラちゃんを庭園に案内して差し上げなさい。お茶会の準備はしてあるわよね? お菓子は甘いものを中心にして適当に、お茶はラフリアーセから取り寄せた奴を出しなさい。――それで、リオン。拙いのは、危険があるかも知れない状態で、公爵家の令嬢を相手にしなければならない事よ」

「――――」

 それは確かに拙い。

 想い人を危険に晒す訳にはいかない。であれば、すぐに彼女のもとへ行き、守らなければ――。

 そう、思った時だった。


 ギシャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ! と。

 産毛が一斉に逆立つ奇声を上げて、リオンの目の前に薔薇が咲いた。


「――――は?」

 薔薇。

 植物界被子植物真正双子葉類バラ類バラ目バラ科バラ属の美しい花。六月の誕生花で、季語は夏。花言葉は『愛情』だが色や本数、組み合わせで変化する。栽培用が主だが、花弁から精油を抽出して香水の原料に使ったり花弁や実をジャムにして食したりと確かに多種多様な使い方がされる有名な植物ではあるが――。


 それでも。

 人を食わせる為に使われる薔薇は、希少種ではなかろうか。



 次回も宜しくお願いします。

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