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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第三章 囚われの姫と終末の氷華
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第十一話 見えない真意Ⅴ



「――ッ!?」

 唐突なホワイトアウトの直後、ダリウスの体を凄まじい衝撃が襲う。

 それは横薙ぎの嵐。万象を根こそぎ吹き飛ばす、暴力の化身。

 それが(さい)(ひょう)が集まって形成された吹雪だと気付いたのは、背中を会議室の壁に(したた)かに打ち付けてからだった。

「ご、は――ッ!?」

 肺や胃が潰れて押し出された空気と胃酸が、痛んだ内臓が(こぼ)す血液とともに吐き出される。昼食はほぼ無かったようなものなので、胃液に固形物は混じっていない。監禁生活に初めて感謝した瞬間だった。

「ひゅぅ、ノーウェイトでブッパかよ。ヤバイな、嬢ちゃん」

「僕はキミの口調の方がヤバイと思うよ、アディ。……それ、何語?」

「カザマキとかナンソウの辺りから流れてきた読み物に書かれてた言葉だ。意味はなんとなくでしか分からんけど」

 まるで見世物を見ているかのような気楽さで会話に興じる外野。事実、彼らにとってはその程度の認識なのだろう。

 憎き敵の命令で始まる、(きょう)(だい)の壮絶な殺し合い。血の繋がった互いを思い合いながら、(ある)いは隠した恨み辛みを爆発させ、絶望の中で相手の命を奪う――彼らが見たいのは、そんな興行(ショー)だろうか。

 ――そんな物語(ストーリー)に乗って堪るか。自分達は道化師(ピエロ)などではない。

 けれど――ダリウスの思いと、フローラの思想は、一致しない。

「【舞い踊る氷刃の小夜曲アイシクル・セレナーデ】――」

 フローラの矮躯に魔力が巡る。ダリウスとは比べものにならないほど無駄なく精密で、綺麗とまで表現される魔力操作。その稀代の魔術師が、魔術を紡ぐ――。

五本精製(cinq créer)

 呪文を(うた)い終えると、銀髪の魔術師の周囲に氷でできた武装が生み出される。長剣、長槍、(せん)()(いくさ)(がま)(おお)(つち)――一つ一つが強力なそれらが、まるで弓矢のようにフローラの指示一つで飛び出す。

「お、ぉぉおッ」

 ダダダダダンッッッ!! という衝撃音は、遅れて耳に届いた。

 反射的に壁を蹴って部屋の中央へ逃げていなければ、今頃ダリウスは氷製武装によって全身を引き裂かれていたことだろう。

 一発一発が必殺、それを五発も。――間違いなく、フローラはダリウスを殺す気だ。

「止めろ、フローラ! グラハムの言葉に従う必要なんてねぇッ!」

 返事は、亜音速で飛来する氷の長剣だった。

 咄嗟に身を捻って回避を試みるも、コンマ一秒足りない。ダリウスの左腕を深く削るようにして、長剣が(くう)を駆け抜ける。

「ぐっ――ふ、ろーら……っ!」

 ぽたり、ぽたり、鮮血が床を塗らす。

 実の兄に向けるフローラの視線は、冷え切っていた。なんの感情も映っていない。(ある)いは、ここではない『何か』を見ているような――そんな空虚さが、そこにはあった。

「あれ、反撃しないのかい? キミ、いくら十全ではないとはいえ、多少の戦闘に支障はないだろう?」

 外野の脳天気な声が、ダリウスを苛立たせる。思わず舌打ちしていた。

 これが多少の戦闘に見えるのなら、グラハムはいったいどんな戦いなら凄まじい戦闘とするのだろう。――そんな無益な疑問を抱く余裕があったことに、ダリウスは驚きつつ、自嘲気味に苦笑した。

「反撃……か」

 しなければ死ぬ。というかしても、たぶん死ぬ。

 けれど、少しでも生き残る可能性があるのは反撃することだけだと、とっくに理解していた。

 ――だが。

 それでも。

「……できるわけ、ねぇだろうが」

 ――ほんの一瞬、見間違いかと思うほどの刹那、フローラの体が硬直した。

 けれど見逃さなかったダリウスは、そのおおよそ厳ついと表現される顔に、似合わないほど柔和な笑みを貼り付けて。


 ――直後、血の花が咲いた。


「が、あ――っ?」

 気付けば、ダリウスは仰向けに倒れていた。

 体中が熱い。けれど腹部だけが、妙に冷たい。まるで氷を当てられているような――()()()()()()()()()()()()()()。ぽっかりと。空虚なそこから、ドクドクと命が(こぼ)れるのだけがはっきりと感ぜられる。

 痛み。痛み? 痛みは、ない。いや、遮断されているのだろうか。とにもかくにも、腹部とそれ以外の温度差が尋常ではない。

「……凄いね、キミの魔術」

 変声期の少年が発する、賞賛の声。

「一発一発が、必殺……コイツ、貴族令嬢じゃなかったのか?」

 ハスキーボイスの女性が発する、困惑の声。

「戦力としては限りなく最上だ。素晴らしいな」

 聞き慣れない、渋い男の声。……たぶん、この会議でようやっと二度目の発言だろう。

「さすがはお嬢様。慈悲無く氷の魔術を操るお嬢様は、とても美しいです!」

 まるで狂信者のように度を超した信頼に満ちた、少女の高い声。

「……どうもです」

 少しだけ。ほんの少しだけ、悲しそうな色が含まれた声。けれどその感情に、他の四人が気付いた()()りはない。

 だけれど――ダリウスは、それを聞き取っていて。

(あぁ――どうしてなんだ、フローラ――)

 妹の手で腹に大きな風穴を穿たれた兄は、その疑問だけを抱いて。

 意識は凄絶な死の感触の前に、溶けて消えた。


   ◆ ◆ ◆


(『()(もん)』……これ、ですか)

 フローラは、腹部から止めどなく血液を流し続ける兄の体をまさぐって、シャツの裏に縫い付けられていた公爵家の徽章を取り外す。魔術で保護されていたようだが、フローラの実力であれば造作もない。――もっとも、グラハム達には不可能だったようだが。

 目的のものを手に入れると、フローラは用済みとばかりに兄から意識を離して――しかし。

「…………」

 一瞬、脳裏に『あの少年』の顔がよぎった。

「……どうしたんだい、フローラ?」

『華紋』の受け渡しを待ち望むグラハムが、不思議そうに声を掛けてくる。

 しかしフローラはそれに反応せず、数秒間目を伏せていた。

「……おい? どこか怪我でもしたのか?」

「お嬢様……? すぐに手当てします」

 怪訝な声音で訊いてくるアディと、フローラを心配して救急箱を取り出すミナヅキ。けれどフローラは、二人に「……大丈夫です」とだけ返す。

 ――ややあってフローラは目を開くと、心臓の近くに隠していた宝石を取り出し、ダリウスの腹部に当てる。それは、赤黒い血液よりも幾分か明るい赤を持つ宝石――フローラの切り札の一つ、至上最高の治癒魔術である【天上の奇跡(サクラメント)】に似せた魔術を搭載した、紅玉石榴石(カーバンクル)だ。

 ()(しょく)の塔を出てから、なぜかギルガメシュの使徒側にいたミナヅキの手で公爵家から持ってきてもらったフローラの道具の一つ。ストックは無いのでこれでラストだ。だから、ここで使うのは間違っている。分かっていて――それでも、なお。

「なにを……?」

 眉を顰めるグラハムとクルトラ。しかし魔術師であるアディは紅玉石榴石(カーバンクル)に刻まれた常識外の魔術式に気付いたのか、瞠目して顔を青くしていた。

「なんだ、こりゃ……? ありえねぇ、ありえねぇよ……ッ!」

 アディの知識では、恐らく半分も術式の意味を理解できていないだろう。けれどその効力をいくらか推測し、そして認められず、子供のようにいやいやと首を振る。

 その反応を尻目に、フローラは意識を宝石へ、そして目の前で()()()()()()()兄へと向けた。

(La )やして(guérison.)――」

 かけ声は必要ない。あった方がやりやすい、程度のもの。けれど人の命が関わっているのなら、用心するに越したことはない。

(……そういえば、前もこれ、他人に使っていましたっけ……)

 煉獄の茶会事件の時。フローラ達に呪いを掛けて用済みになったシア(エルシー)が自分の首をナイフで貫いた際、彼女がそのまま死ぬことを良しとしなかったリオンが、彼女を治すために使った。

 本来この紅玉石榴石(カーバンクル)は非常に貴重なもので、おいそれと他人に使用して良いようなものではない。もしもの時に、自分に使うためのものなのだから。

 けれど――。

(……人のこと、言えませんね)

 シア(エルシー)を治そうとしたリオンにフローラは呆れたが、フローラもこの様では人のことを言えない。

 いや、肉親と赤の他人という点では随分と違うが、殺すつもりだった人間、というか実際に自分で死の(ふち)まで追いやった人間を助けているのだから、フローラの方がよほど馬鹿か。

 淡く、脆くて儚い笑みを浮かべる。幸い、フローラの表情の変化に気付いた者は、この場にはいなかった。

 (しゃっ)(こう)が収まり、魔力が枯渇した宝石は砂のように風に乗って消えた。男爵家の資産に匹敵するものが消えたにしては、酷く質素な終わりだ。

「……まさか、治したのかい?」

 ぽつりと、零すようなグラハムの呟きが会議室に響く。

 それを無視して、兄の前に膝をついていたフローラは立ち上がり、呆然とする緑髪の少年と目を合わせると、

「この『華紋』を改良して、誰にでも扱えるようにするんですよね?」

「――ッ!? なぜ、それを……? いや、ミナヅキか?」

 グラハムは抱いた疑念のままにミナヅキへ視線を向けるが、ミナヅキも驚いた表情を浮かべていたので、彼女ではないと判断したようだ。――それはそうだ。フローラの勝手な推測で、鎌を掛けただけなのだから。

 しかし無表情での言葉には異様な力を感じたらしく、グラハムはやや引き攣った笑みを浮かべて首肯する。

「そう、だよ。どこでそれを知ったのかは分からないけど……いや、公爵家の令嬢だから予想できたのかな? まぁいいや」

 グラハムはそこで言葉を句切ると、一度室内を見渡して、続ける。

「本当はあの人にやってもらうつもりだったけど……」

「ケッ。あの薔薇男は来てないよ。坊ちゃま、だからオレが――」

「いや、キミでは無理だっただろう? 実際それで、大事な『(ぎん)(もん)』が駄目になったじゃないか」

「うぐ……それは、そうだけど……」

『銀紋』は確か、アルヴェンド家だったか。乙女ゲーム『世界を愛で救う為に True Love // World End』において、俺様系攻略対象だったアルフリード=アルヴェンドの生家だ。どうやらそこの切り札が奪われていたらしい。

 しかし――この会議に出席するほどグラハム陣営の中で有力なアディでも、『華紋』は弄れないらしい。そのことに、フローラは僅かばかり驚き――そして光明を見いだしていた。

 すぐ隣で侍るミナヅキにも気付かれないほど小さく、深呼吸。意を決し、フローラは口を開く。

「あの……『華紋』の術式改造、わたしがやりましょうか?」

「――、は、はあ? テメェにできる訳ねぇだろうが。つぅか任せられる訳がない」

 真っ先にアディが反応し、敵意に満ちた視線を投げつけてくる。が、無視してグラハムだけを見る。

 するとグラハムは、数秒感思考する素振りを見せて、

「……良いよ、分かった。キミに任せる」

「ぼ、坊ちゃま!? なぜ失敗の許されない大役を、あの小娘に……ッ!?」

 アディの心中を代弁するならば、「自分がやりたい」「ポッと出の小娘に手柄を取られたくない」「信用できない」といったところだろうか。

 しかしグラハムは、一度出した決定は取り下げない。しかし勿論アディも納得するはずがなく、仕方なく出された案は、アディがフローラを見張るというものだった。

「フローラは問題ないかな?」

「はい。信用できないというのは、分かっていますから」

「そっか。なら良いよ」

 横でミナヅキが「お嬢様を無条件で信頼しないとか……こいつらは脳が沸いているんですかね」などと頭のおかしい台詞を吐いていたが、黙殺。

 見張られるのは構わない。視線を無視して集中する程度は容易だし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

(……頑張らないと)

 敵愾心満載の視線で刺してくるアディを横目で見つつ、フローラは心の中で、そう呟いた。



 次回も宜しくお願いします。

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