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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第三章 囚われの姫と終末の氷華
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第十話 見えない真意Ⅳ

 久々にお兄様のターン!



 ()(りょく)(とう)一つだけが頼りの地下室。その中心で瞼を閉じ、足を組んで、堅く冷たい石材の床の感触を意識的に遮断しつつ、ダリウス=エーデルワイスは一心に瞑想する。

 その燃え盛る火炎の如き深紅の髪は碌な手入れをされず傷み、布で拭くことすら叶わなかった肌には汚れが目立つ。しかし、彼の細身ながらもがっしりとした体付きは衰えることはなく、体に満ちる魔力も力強くなっていた。この部屋に監禁されてから、ずっと鍛え続けてきたからだろう。

 先日、フローラの魔道工房(アトリエ)で、彼女の従者ミナヅキと戦った際に傷ついた魔力回路は、ここ数日の瞑想のおかげで大分回復してきた。とはいえまだ万全とは言いがたく、この部屋すら脱出することはできそうにないが。

「…………ふぅ」

 三時間にも(のぼ)る瞑想を終え、ダリウスは短く息を吐いた。堅くなった体を(ほぐ)すように捻り、立ち上がる。

 ――と、そこで、食事と勧誘以外の時間には決して開くことのない重厚な金属扉が、ガチャリと解錠の音を鳴らした。

「……誰だ?」

「僕だよ、ダリウス」

 返ってきた声に、ダリウスは舌打ちを(こぼ)した。その明らかに歓迎されていない態度に、扉を開いて顔を見せた声の主は淡く苦笑する。

 緑髪(すい)(がん)が特徴の、幼い顔立ちの美少年。ダリウスをこの部屋に監禁する組織《ギルガメシュの使徒》において年齢に見合わぬ地位に就き、王都で密かに暗躍する子爵令息――グラハム=ラルディオ。

 自分の妹と同じ十三歳とは思えない野望とそれを成すだけの才を秘めた少年に、ダリウスは鋭い視線を向ける。

「何の用だ。言っておくが、何度来ようとも『()(もん)』は渡さんぞ」

「ふふ、強情だなぁ。ま、今回はそのことじゃない。ちょっとついてきてくれ」

「……なに?」

 監禁されてからずっと、この部屋から出されたことなど一度もない。そしてグラハムが直接ダリウスのもとに来る時は、エーデルワイス家の秘奥の魔術式が刻まれた徽章――『華紋』をダリウスから奪おうとする時のみだった。

 監禁から数日経つのに『華紋』を隠し続けるダリウスに痺れを切らしたのだろうか? そう疑うダリウスだが、しかしこのタイミングでグラハムに逆らうメリットはない。背を向けて歩き始めた彼の後を、おとなしくついて行く。

(……こいつ、背後から襲われるって考えはないのか?)

 本調子ではないとはいえ、不意を突けばグラハム程度拳一発で事足りる。妾の子だからとあまり食事を与えられていなかったのか、グラハムの体は――一応服の上からは気付きにくいようにはなっているが――細くて脆い。細身ながらも無駄の無い筋肉の付き方で引き締まった肉体を持つダリウスが軽く殴っただけで、いくつもの骨を折って吹っ飛んでしまうだろう。恐らくグラハムは魔術師だろうからある程度の肉体強度はどうとでもなるとはいえ、仮にも魔術師の名門エーデルワイス家の長男であるダリウスを警戒しない理由はない、はずだ。

 けれどもグラハムは、ダリウスが背後から襲いかかることなど微塵も気にしていないかのような態度で歩いている。彼の異様な余裕が妙な圧をダリウスに掛け、ダリウスは握り締めた拳をなかなか無防備に見えるその背中に放てない。

 と、ダリウスが独りぐるぐると悩んでいるうちに、それほど距離はなかったようで、グラハムの目的地へと到着してしまった。

「僕だ。入るよ」

 通りがかりに目にした部屋の扉よりも一回り大きな扉へグラハムは一声掛け、慣れた調子で開け放つ。

「――っ」

 久しぶりに飛び込んできた光に、暗所に慣れきった網膜が痛みを発する。だが光を遮ろうと下がる瞼を根性でこじ開け、ダリウスはその部屋の全容を目に映した。

「ここは……」

「会議室だ。さ、キミは一番近い席に座ってくれ」

 広い一室の真ん中に、目立つ円卓。そこには、大きな円卓とは正反対に少数の人間が腰掛けていた。

 出入り口を背後にする下座にダリウス。相対の上座にはグラハム。この場の支配者たる彼の隣には、質素で小綺麗な会議室には似合わぬ傷跡が無数に刻まれた巨体の男と、部屋に入った時からずっと鋭い眼光をダリウスに向けてくる黒いフードマントを羽織った女性が、彼を守るように座っている。

「紹介するよ、ダリウス。こっちの大男が傭兵のクルトラで、猫みたいに威嚇する女性が魔術師のアディだ」

「……宜しく頼む」

「だ、誰が猫だっ!?」

 いつもダリウスと相対する時に見せる作り笑顔でも、悪辣非道なことを考えている際に浮かべるにやにや笑いでもなく、自然な微笑みを浮かべるグラハムの紹介に、傭兵クルトラは素っ気なく、魔術師アディは声を荒げてグラハムに詰め寄った。

「猫みたいじゃないか。ダリウスに威嚇しているところが」

「い、威嚇なんてしてねぇッ! オレはただ、オレや坊ちゃまのために、コイツが信用できんのか確認してただけだっ!」

「坊ちゃま呼びはいい加減止めてくれないかな……。とまぁ、この通り、可愛いところがあるんだ。多少暴力的に突っかかってきても、大目に見てくれ」

 顔に熱を上らせて否定するアディを軽く躱して、坊ちゃまことグラハムはダリウスに笑いかける。

 その、あまりにアットホーム(?)な光景に、ダリウスは今までとの温度差に若干気圧されつつ、思わず頷き返してしまう。

「……いや待て、信用できるのか……ってどういうことだ?」

 勢いに流されてしまったが、なんとか気を取り直し、低い声で訊ねる。

 対してグラハムは、今までの自然な笑顔から意図した作り笑顔に変えて、

「キミを仲間に引き込んでも大丈夫かって話だよ」

「っ、それは断ったはずだッ!!」

 ガダンッ! と(したた)かな衝撃音が打ち鳴った。ダリウスが椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、円卓を感情のままに叩いたものである。

 その音に反応して、クルトラが傍に立てかけていた(せん)()を取り、アディが体内の魔力を湧き(おこ)す。いつでも戦闘に移れるようだ。これだけ速く動けるのは、よほどの手練れか、完全にダリウスのことを信頼していなかったのどちらか、或いはその両方だろう。……まぁ、まだ信用されていないのは、当たり前と言えば当たり前だ。もとより仲間になる気など毛頭ないので、信用されずとも問題ないが。

 ふと、額から流れ落ちる雫に気付く。いつの間にか、玉のような冷や汗をかいていたようだ。――それは、目の前の強敵に対する緊張と恐怖からくるものだと、ダリウスは数秒で悟る。

(相手は、俺を一対一で下した人間が所属する組織の……恐らく上位役職の奴だぞ? そんなのが二人……いや、グラハムも合わせて三人いるところで、俺が勝てるのか……?)

 答えは、否。不可能だ。死ぬか、辛くも生き残って牢屋へ直行だろう。――いや。

(俺を殺す気なら、もうとっくにやってるはずだ。だから死ぬことはない……だろうが)

 ここで万全ではない体を酷使するのは、悪手だ。それに気が変わる可能性もある。

 昂ぶった感情に伴って活性化した魔力回路を落ち着け、ダリウスは無言で倒れた椅子を戻し、座る。その様子を確認したクルトラとアディが、警戒は緩めぬまま戦闘態勢を解いた。

 そんな皆の様子を薄い笑みで眺めていたグラハムが、肘をついて手を組んだ上に顎を置いた体勢で呟く。

「うん、良い感じでやっていけそうでなによりだ」

「どこを見てそんな風に思ったんだよ……」

 アディが呆れを多分に含んだ吐息を(こぼ)した。

 と、その時。会議室の大扉がノックされる。

「入ってくれ」

 誰が来たかの確認も取らずに、グラハムは許可を出した。隣のアディが何か言いたそうに表情を歪ませたが――しかし、入室した存在を目にした瞬間、その視線は鋭く変化する。

「お嬢様をお連れしました」

 凜とした声音、一介の使用人にしては整いすぎた美貌、そして何より見慣れた公爵家の使用人服――ダリウスを魔術戦で下した黒髪の少女、ミナヅキ。

 彼女を目にした瞬間、アディに続いてダリウスの視線も鋭くなる。けれど彼女の後ろに続いた存在に、余計に切れ味が増したアディとは違い、ダリウスは驚愕と絶望で瞠目することとなった。

 現れた瞬間、部屋を彼女一色で染めてしまうほどの存在感。けれどそれは決して派手なものではなく、凍える冷気と妖美な月光が構築する永久凍土へ気付かぬうちに塗り替えられていたかのような、静かなれど根本から覆してしまう圧倒だ。

「……な、ぜ――」

 腰まで届く艶やかな銀の髪を揺らし、薄く瞼を開いて紫苑の瞳を覗かせる少女は、酷く儚げな印象を抱かせる。まだ(よわい)十三でありながら『白百合の姫』などと称される絶世の美貌、それを自覚してかしないでか、無防備に振りまく彼女の魅力は、血が繋がっていると分かっていてなお目を奪われるほどだ。

 ――けれど、ダリウスが驚いたのはその少女の美貌などではなくて。

「なんでお前が、ここにいる――フローラ!?」

 あまりの衝撃で調子外れの声になりながらのダリウスの問いに、しかし少女――フローラは答えない。一瞬だけこちらへ視線を向けたが、何の反応をするでもなく、すぐにグラハムの方へ視線を向けてしまった。

 視線を受けたグラハムは、彼もまたダリウスの反応を無視し、フローラににこりと笑顔を向けて、

「さあ、空いている席に座ってくれ。キミの兄の隣が良いだろう。……あぁ、でももう家名はなくなったから、兄とは呼べないんだっけ?」

「……そう、ですね」

 その呟きからは、何の感情も読み取れない。ただ寒々しい空虚さだけが、彼女の鈴を転がすような声を支配している。

(家名が、なくなった……?)

 彼らの会話の内容に違和感を覚え、眉を顰める。しかしその疑問に答えが出る前に、会議は始まった。

 広い円卓に揃ったメンバーを眺め、グラハムはおもむろに口を開く。

「――僕は今日、王国に宣戦布告をした」

「――ッ!?」

 一発目からぶっ飛んだ議題を打ち出したグラハムに、各々違った反応を示す。

 地下室に閉じ込められ何も外部から情報が入ってこなかったダリウスは思わず円卓に身を乗り出すほど驚愕し、考えの読めない目をするフローラはじっとグラハムを見詰め、ミナヅキはただフローラだけを視界に映し、クルトラはにやりと獰猛に笑んで、アディは両の拳を胸の前で打ち付ける。五者五様の反応を前に、グラハムはおかしそうにくすりと笑った。

「準備はもうほとんど整っている。レクイエス五百体を地下に忍ばせているし、使徒達の士気も高い。あとは決戦に臨むのみだよ」

 レクイエスなるものが何を示すのか、ダリウスには分からない。けれど話の流れからして、何らかの兵器と考えるべきか。

「五百……ッ! そんな数、どっから調達したんだ?」

 一体の強さが分からないので五百という数がどれほどの脅威なのか計れないが、アディの反応を見るに、かなり強大だと見るべきだろう。

 自然、視線が険しくなるダリウス。チラリと横を見ると、今まで何の感情も宿していなかったフローラが、少しだけ鋭い空気を纏っていた。グラハムとアディの会話から、ダリウスと同じように危険を感じたのだろう。いや――(ある)いはこの妹ならば、レクイエスのことも知っているのかもしれない。

「……なあ、フローラ。レクイエスって、何か分かるか?」

 本当は、なぜここにいるのかなども訊きたい。けれど答えてくれないであろうことは、彼女の表情と雰囲気から察せられる。だから、これなら答えて貰えるであろう問いを慎重に選び、ダリウスは口にした。

 果たしてフローラは、沈黙を返す。しかししばらくすると、こちらに視線も向けずに、意識を傾けねば聞こえないほど小さな声で囁いた。

「わたしも詳しいことは分からないんですが……ギルガメシュの使徒が保有する魔道生物のことだと思います。確か、〈安らぎを喰らう自鳴琴プレデター・レクイエム〉なる(れい)(そう)によって操るとかなんとか言っていたような……」

「魔道生物……」

 五百体の魔道生物。どの程度の大きさかは分からないが、しかしそれだけ数を揃えるには、大量の『素材』を必要としただろう。果たして犠牲になったのが、害獣である魔獣だけであれば幸いなのだが――。

 と、フローラと話しているうちに、グラハム達の会議は進んでいたようで、

「さて、と。本当はあの人が来ていないうちにお開きにするのは不味いんだけど……」

「あのいけ好かねぇ胡散臭い薔薇好きのことなんざ忘れようぜ、坊ちゃま」

「だから坊ちゃま呼びは止めてくれよ、アディ。ま、第一座・二位マスター・オブ・セカンドのことなんて忘れようってのは大いに賛成だけどね。……僕がトップの座についた暁には、あの野郎もこき使ってやる」

 殺意すら乗せてそう呟くグラハム。ギルガメシュの使徒の内部のことなど王国側にもダリウスにもほとんど情報がないので、第一座・二位マスター・オブ・セカンドが何を指す単語なのか――恐らく特定の人物なのだろうが――分からないが、どうやら組織である以上、軋轢はあるらしい。

「……うん、まぁそれはいいや。どうせ後になってひょっこりやって来るよ。来なくて良いんだけど」

 作戦には参加しないんだし、と続けるグラハム。アディは何度も頷いて同意を示し、クルトラも顔を顰めて首肯していた。どうやら第一座・二位マスター・オブ・セカンドなる人物は、グラハム達に嫌われているらしい。

「薔薇好きの、第一座・二位マスター・オブ・セカンド……?」

 と、不意に耳に届いた呟きは、隣に腰掛ける少女のもの。フローラはその端正な顔を困惑に染め、何やら考え込んでいるようだ。

「まさか……でも、氷漬けで……たはず……ゲームでは…………ううん、もしかして……」

 時折呟かれる言葉を拾うが、ダリウスには何のことか全く理解できない。恐らく第一座・二位マスター・オブ・セカンドに関することなのだろうが、なぜギルガメシュの使徒に属する人間のことにフローラが心当たりがあるのか謎だ。

 深刻な情報不足のために分からないことだらけのダリウスが眉を顰めていると、ぱん、と手を叩く音が会議室に響く。その一打で、騒がしくなっていた会議室が一瞬で静寂に包まれ、全員の視線が音源――グラハムへと向かう。

 視線を集めた緑髪の美少年は、にこりと笑顔――ともすれば邪悪にすら見えるそれを端正な顔に貼り付けて、

「さて、僕はそろそろ良いと思うんだよね、ダリウス」

「……? なにが、だ……?」

 ぞわり、と悪寒が背筋に走った。

 その唐突な動揺を悟られぬように取り繕いつつ問い返すダリウスに、グラハムはすっ……とダリウスの胸の辺りを指して、告げる。――まるで、遊戯を楽しむかのような気楽さで。

「キミの大事な大事な『華紋』。そこに、あるんだろう――?」

「――ッ!!」

 ガゴンッ! と一度目より大きな音と衝撃が円卓を揺らす。今度はダリウスは立ち上がっただけでなく、円卓を蹴りつけてバックステップしたのだから当然の反動か。

 クルトラとアディが敵意を瞳に宿してダリウスを睨み、各々の武器を手に取る。クルトラの巨躯に良く似合った戦斧の(きょ)(じん)がギラリと鈍く煌めき、アディの長杖の先端に嵌め込まれた紫水晶(アメジスト)が濃密な魔力を宿して周辺空間を歪める。その威嚇だけで、ダリウスは二人とやり合って生き残る未来が見えない。

 しかし強者達の示威を止めたのは、彼らの上司たるグラハムだった。

「待って、二人とも」

「何でだよ坊ちゃま、どうせコイツは――」

「いや、まだ価値があるんだ」

 アディの言葉の続きにぞっとしないが、しかしグラハムの言葉の方が、ダリウスにより恐怖を与える。

 まるで物を見るかのような――いや、実際に己の利益になるか否かで考える貴族なのだから不自然でもないが――視線でダリウスを射貫き、グラハムは囁いた。残酷で、けれど相手側からすれば愉快で有用な、その指示を。

「フローラ」

「……、なんですか?」

 にっこりと、もはやお決まりのように邪悪な笑みを浮かべるグラハム。

 いずれ世界に(はん)(ぎゃく)する狂人集団のトップの座を我が物にする第二座・五位(サブ・クインティア)の少年は、道化師(ピエロ)見世物(ショー)を楽しみにする子供のような声音で、こう告げる。


「ダリウス=エーデルワイスから、『華紋』を奪え。あぁ、別に殺しても構わないよ」


「――は?」

 言葉を失うダリウス、しかし――。

「……はい」

 聞き間違いかと思うほど小さな――或いはダリウスがそう思いたかった一言が、少女の口から零れ出て。

 ――直後。

 ゴッッッ!! という轟音とともに、ダリウスの視界が白く染まった。



 次回も宜しくお願いします。

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