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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第三章 囚われの姫と終末の氷華
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第七話 見えない真意Ⅰ



 ――フローラ=エーデルワイスが脱獄した。

 その知らせがメルウィンの耳に入ったのは、緊急で開かれた王国議会でフローラは『黒』との裁定が下ってからのことだった。

「そんな訳ないわ……フローラちゃんがギルガメシュの使徒と繋がっていたなんて、何かの間違いよっ!」

 荘厳な王城の廊下を、王女としてはしたないと(たしな)められるギリギリの速度で歩きながらのアイリーンの言葉に、メルウィンは肯定も否定も返せない。ただ、数秒間思考してから、

「……でも、実際にフローラ嬢はあの場所から消えてしまったんだ」

「それはっ……そう、だけれど」

 そう――いかな手段を用いてか、フローラはあの難攻不落の()(しょく)の塔から脱出していた。いくらメルウィン達がフローラのことを信じていようとも、その事実は揺るがない。

「……少なくとも、昨日の昼までは居たはずなんだけど」

「え? どうして貴方がそんなことを知っているのかしら?」

「あ……いや、その。ちょ、ちょっと侍従を使って……?」

 今はアイリーンに付き添うため――という名目のもとで――外に出ているが、メルウィンは現在、絶賛自室謹慎中だ。だから昨日、リオンに頼み込まれて義蝕の塔に赴いたことを、たとえ信頼する姉上であってもバラす訳にはいかない。

 目を逸らして歯切れ悪く答えるメルウィンにアイリーンは不審な表情を見せたが、しかしすぐにその表情を消す。今は些細な疑問よりも、優先すべきことがあるのだ。

 と、そうこうしているうちに辿り着いたのは、王の執務室。緊急の要件でも無い限り、事前に予約をしなければ入れないそこに、堂々と王子と王女は立つ。

「火急の用があるの。入れてくださるかしら?」

「は、はいっ!」

 護衛と受付を兼ねて執務室の扉の前に控えていた兵士に、アイリーンが普段よりも鋭い態度で声を掛ける。その覇気に威圧された兵士は一瞬怖じ気づきそうになるもなんとか取り直し、扉を小さく開けて中の部屋の主に急いで確認を取る。

「許可が下りました。どうぞご入室くださいませ」

「ありがとう。行くわよ、メルウィン」

「は、はい、姉上」

 平時より幾分か低い威圧的なアイリーンの声音にメルウィンは気後れしつつ、なんとか堂々と入室する彼女の後に続く。

 財産の示威のための装飾を含みつつも機能性が重視された、王国最高権力者の仕事部屋。いつ入っても慣れないそこに足を踏み入れたメルウィンは、緊張をなんとか押さえ込みながら、部屋の主が向かう机の前、アイリーンの横に並んだ。

「お父様。お話があります」

 (あで)やかな蜂蜜の髪を長めに整えた碧眼の男。冷たい雰囲気を纏い、見た目二十代に見えるその男は、メルウィンとアイリーンの父親――すなわちワイズレット王国国王・アダルバート=フォン=ワイズレットその人だ。

 声を掛けられたアダルバートは、素早く動かすペンを止めず、書類に何事か書き込みながら一言、

「……なんだ」

 低い声で、そう問いかけてきた。

 国王は忙しい。特に問題が次々発生する今の時期は格別だ。だから耳だけでも傾けてもらえるだけ好待遇だ。もっとも、実の息子と娘が相手だから、だろうが。

 ともすれば冷たく思える父の対応に、しかしアイリーンは気にせず要件を口にする。

「フローラ=エーデルワイスのことです」

「……それか」

 娘の口から飛び出た名に、彼は一瞬ペンの動きを止めたが、すぐに仕事を再開する。そして数秒の間を置いて、

「その娘のことならば、もう裁定は下った。議会の八割が『黒』と唱えた。私も含めてな」

「それは間違いですっ! フローラちゃんは、ギルガメシュの使徒なんかと関わりはありません!!」

「証拠がない」

 国王の言葉は簡潔だった。

 父の即答に、アイリーンは一瞬()()され顔を歪めるも、しかしなんとか取り直す。

「……なら、『黒』と断ずるに足る証拠もないでしょう」

「『白』と主張するよりかは現実的だ。言ってしまえば、『黒』寄りの『グレー』だな」

「でしたら、まだ判決を下すのは早計です……っ!」

 なおも食い下がるアイリーンに、初めてアダルバートは顔を上げ、娘と目を合わせた。

 その(あお)の瞳は酷く冷徹で、見据えられただけで心の底まで凍えてしまうようだ。視線を向けられていないメルウィンにすらそのように感ぜられたのだから、直接目を合わせるアイリーンはそれ以上のものを恐怖として感じ取っていることだろう。

 絶対支配者の唇が、おもむろに言葉を紡ぐ。

「『グレー』、というだけで議会は十分なのだよ。小娘一人、いかようにも()()できる」

「そんな――っ」

 罪が確定していない者を裁くなど、確固たる法律が定められている国としてあってはならないことだ。

 しかし国家の理念に背いてでも対処しなければならないものなのだ。ギルガメシュの使徒という集団は。

「……話はそれで終わりか?」

 あまりに非情で非道な議会の実態に硬直してしまったアイリーンに変わり、メルウィンが父に問う。

「フローラ嬢は……これから、どうなるんですか?」

「あの娘の生家、エーデルワイス家はあの娘を家系から除名することを決断した」

 すなわち、フローラはすでにエーデルワイスの性を取り、平民へと落ちたのだ。

 それだけで、普通の貴族の令嬢にとっては死を意味する。もっとも、あの魔術師の少女に至ってはそのような軟弱さは晒さないだろうが、しかし精神的な損傷は酷いだろう。家族から見放されたのだから。

 しかし彼女の処分はそれだけではない。アダルバートは冷然とした態度で続ける。

「各領地に連絡を回し、捕縛命令を下した。あの娘は、すでに立派な指名手配犯だ」

「――――」

 地位を失い、逃げ場を防がれた。小さな少女がどうこうできるような事態ではなくなっている。

 そして――ただの王子や王女に解決できる範囲はとうに超えた。

 勿論、四大公爵家の次期当主候補であろうと、どうにもできない。もう、その段階に入っている。

(……リオン)

 恐らく一番ショックが大きいであろう親友のことを思い、蜂蜜王子は顔を歪めた。

 あの黒髪の少年が思い詰めてしまわないよう祈ることしか、メルウィンにはできない。それが酷く、苦しかった。



 次回も宜しくお願いします。

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