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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第三章 囚われの姫と終末の氷華
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第三話 囚われの姫Ⅲ



(フローラが()(しょく)の塔に勾留されたのは、()()()()が終わってからだ。直後に捕まったとしても、まだ三日目。……いや、もう三日目、か)

 あの事件――ボルグルック子爵邸で起こった煉獄の茶会事件から、すでに三日。あの日、無事にエーデルワイス邸に戻ってからフローラは捕まったはずだから、義蝕の塔に幽閉された期間は長くとも三日だろう。短い、とは思えない。

 見た目は十三歳の少女だが、中身は成人をすでに迎えた歳の女性……とは言っても、劣悪な牢屋に幽閉されて苦痛を感じていないはずがない。早く助けなければ――と、焦燥がリオンを掻き立てる。

(義蝕の塔は、重犯罪者や曰く付きの奴が入れられる特殊牢だ。基本的に入れられた人間との面会は不可能だけど……王族なら、(ある)いは)

 そう考えたリオンは、王族の友人――すなわちメルウィンのもとへやって来ていた。

「……なるほど。つまりキミは、僕に義蝕の塔まで連れて行って欲しい訳か」

 部屋に入るなり頭を下げたリオンの説明に、メルウィンは溜息交じりに言う。

「あぁ。……無茶なことなのは分かっている。でも――」

「彼女に会いたい、か。熱烈だね」

 茶化すように言って、けれどメルウィンの瞳は真剣だった。

 仮にも王子という立場にいる人間だ。そう簡単に、リオンの言葉に頷く訳にはいかない。彼らは――上層部が引き合わせた結果なのだが――親友同士で、できる限り便宜を図りたいと思っていようとも、今の情勢で下手に動くことはできなかった。

 それが分かっていてなお、リオンは彼に頭を下げる。

「…………」

 沈黙が降りる。緊張なのか、それとも断られる恐怖からか、或いは焦燥からか。(はや)る心臓の鼓動が、妙に()()()い。

 痛いほどの静寂を破ったのは、果たしてメルウィンだった。

「そもそもの話だけどさ」

 重苦しい空気が部屋を包み込む中で、彼は努めて明るい声音で続ける。

「僕は今、謹慎中なんだよね」

「……え?」

 予想外の答えに、リオンは呆けたように声を漏らす。

 そんな親友の反応にメルウィンは苦笑して、

「ほら、僕、あの事件で『()(もん)』の魔術を使っちゃったでしょ? それも父上の許可もなしに」

「それは……そうだが。でも、あれがなければ、俺達は死んでいた」

「それでもね、一応、体裁ってやつがあるからさ。国家最終兵器をただの王子がポンポン使うのは不味いんだよ」

 五権紋章(サンク・エトワル)を用いて発動する魔術は、国王の許可なしに発動してはならない。四大公爵家の当主であれば事後承諾でも状況によっては許されるが、しかしメルウィンはまだ王太子ですらない王子という立場なのだ。当然、どのような状況であれ、罰は下る。

 とはいっても、数日の自室謹慎ならば罰としては随分軽い。恐らくレティーシャや皆を助けたかったという彼の思いと、危険な事件の状況から判断した結果だろう。

 しかし、そうなれば状況はさらに悪い。頼みのメルウィンは謹慎で駄目、あと仲の良い王族と言えばアイリーンだが……彼女は今日、学園だ。頼る以前に、接触すら難しい。

「ぐぅ……」

 思わず呻き声を漏らすリオン。それほどまでに、精神が追い詰められていた。

(もういっそ、強引に義蝕の塔に乗り込むか……? いや駄目だ。それだと余計な罪が生まれてしまう)

 フローラは冤罪だが、ここでリオンが無許可で義蝕の塔に乗り込めば、リオンは不法侵入で捕まってしまう。下手をすればリオンはギルガメシュの使徒だと判断され、会いに行こうとしていたフローラはギルガメシュの使徒で間違いない、とされてしまうだろう。それは駄目だ。

 頭を限界まで回し、方法を思案するリオン。苦しげに歪められた彼の横顔に、ふっと笑みを漏らす人物がいた。

「……メルウィン?」

「いや、ごめん。悪い意味で笑った訳じゃないんだ」

 蜂蜜色の髪の王子様は、堪え切れないと言った調子で笑みを浮かべている。親友の挙動に、リオンは眉を顰めるしかない。

 ひとしきり笑ったメルウィンは、もう一度謝罪を口にすると、柔らかな表情で続けた。

「キミ、本当にフローラ嬢のことが好きなんだね」

「っ、……当たり前だろう。どれだけアタックして、婚約者の立場を得たと思っているんだ」

「そうだったね。キミはとても熱い人だ。親友である僕がよく知っている」

 彼は酷く嬉しそうにそう口にすると、腰掛けていた高価な椅子から立ち上がった。そして勧められても頼む立場だからと(かたく)なに椅子に座らなかったリオンの前まで来て、王子様は晴れやかな笑顔と共にこう言い放った。

「じゃあ、行こうか、リオン」

「……は?」

 唐突な言葉に、思わず素で返すリオン。やはりメルウィンはくすりと笑うと、リオンの手を掴む。そしてその手を引いて、こう告げた。

「だから、キミの愛しの婚約者のところへ、だよ」

「え……ってお前、謹慎だって……っ!」

「ふふっ、分かっているよ。でもね」

 メルウィンは、世の女性を虜にする悩殺スマイルを同性の親友に向けて、続ける。

「頭まで下げられたのに動けないなんて、親友失格だろう?」


   ◆ ◆ ◆


「分かっていると思うけど、義蝕の塔の警備は堅い。そう簡単に連れ出すことはできないよ」

「別に連れ出す気はない。まずはアイツと話してから、きっちり冤罪を晴らすために動くさ」

 アウトドア派ではないため動きのやや遅い王子様を先導するリオンは、振り返らずにそう返した。

 メルウィンが謹慎する私室から抜け出すこと自体は難しいことではなかった。生まれ育った我が家である王城の構造に熟知しているメルウィンと、前世の魔術師としての活動から隠密行動にも慣れているリオンの技術を合わせれば、警備の目を()(くぐ)ることは()(やす)い。

 いや……容易かったのだが。

「冤罪を晴らすために王子誘拐と不法侵入の罪科を背負うのだから、(あるじ)(さま)も救いがたいほどにド阿呆ね」

 誰かに聞かれれば不敬罪で引っ捕らえられるであろう台詞をけろりと吐いたのは、暗色系の色合いで控えめな装飾が施されたメイド服に身を包み、リオンの二歩後ろでさりげなく周囲に視線を巡らせる少女。彼女の暴言にメルウィンはぎょっとするが、リオンは慣れたもので溜息一つ吐くだけだ。

「……否定はしないけどな、シア。人目があるんだからもうちょっとマイルドにしようか」

「あら、主様は激しい方がお好みじゃなかったかしら? あんなにも真剣な目で熱烈に私を求めたくせに」

「人聞きの悪いことを言うなっ」

 流し目で見てくる少女――シアに、思わず声を荒立てそうになるリオン。唇に人差指を当てるシアに無闇に音を立てるのは不味いと気付き、言い足りないがぐっと堪える。

 王城を脱出した段階で、リオンとメルウィンは彼女に見つかってしまったのだ。まぁ彼女はリオンが個人で所有する隠密部隊の一員であり、リオンのことを終始影から護衛している人間なので、どれだけリオンがこそこそ行動しようとも見つかってしまうのだが。王子と行動する以上ある程度の実力を持つ護衛がリオン以外にも必要だったので、ちょうど良かったと言えばちょうど良い……ということで一緒にいるのだ。

 いたずらが成功した子供のようににやりと笑うシアから目を離して再び前を向き直しながら、リオンは刺すような視線を向けてくるメルウィンに説明する。

「メルウィン、コイツは……まぁ俺の『影』に所属するメイドだ」

「どうもー、王子サマ。シアです。リオン様を主様と呼んで慕う、健気なメイドちゃんですよー」

 王子に対してノリが軽いのと、主に対しても大分非礼なのが大問題な少女だ。あと健気には見えない。

 しかし礼を失するメイド少女に対し、メルウィンは毛ほども気にした様子もなく、むしろ感心すらしたような調子で、

「へぇ……『影』でメイド、か。てっきり愛人なのかと……」

「違うから。本当に違うからやめろ」

 純粋なぽわぽわ蜂蜜王子様のことだから、シアの言葉を真に受けていたのだろう。彼が誤解したままだとアイリーンやレティーシャに『リオンはメイドに愛人がいる』と即行で広まってしまいそうだったので、リオンは素早く誤解を解いておく。

「……というか、お前一応、コイツに会ったことあるぞ?」

「え、そうなのかい?」

 まぁあの時は名前が違ったけどな、と言ってリオンは続ける。

「ほら、煉獄の茶会事件の時、お前にレティーシャ嬢からの偽手紙を渡した侍女。それがコイツだよ」

「えっ……ちょ、ちょっと待って。その人って確か、レグナント側だったって話じゃ……?」

 メルウィンを()()ためにレグナントらが作成した偽の手紙をメルウィンに渡し、そしてリオン達に伝達不可ワーニング・キャンセルの呪いを掛けた人物――つまり、敵だった人間。王宮使用人として王族周りで活動していた重罪人として、事件後は殺処分されたはずだ。少なくとも、()()()()

 しかし、過去にエルシーと名乗っていたその少女は、その頬に朱を差して、どこか濁ったような視線をリオンへと向ける。そして今はシアと名乗るメイドは、こう語った。

「あの事件の後、私は主様とお姫様に服従し、献身することを条件に処刑を逃れたんですよ。勿論、表向きには消えてますがね。あのお方……レグナント様の従順な駒だったエルシーは重罪人として死に、王宮使用人として働いていた元・伯爵令嬢ローレンシア=フェボットは失踪した……とかなんとか。それで今、ただのシアとして主様の駒になっているんです」

「…………、そう、なのかい」

 メルウィンが言葉に詰まったのは、罪人が生きているからか。それとも自分や親友、なによりも愛しき婚約者であるレティーシャを貶めた人間の仲間だった奴が目の前にいるのが、たとえようもない激情を湧き上がらせてくるからか。

 義蝕の塔へ向かう歩みは止めず、蜂蜜王子は顔を伏せる。リオンはそんな彼を、ただ無言で見守ることしかできない。言葉など、掛けられない。

 やがて、義蝕の塔の威容が目の前まで迫った、そんな時に。優しいヒーローの王子様は立ち止まると、冷たいものを宿した双眸を少女に向けて、低い声音で言い放った。

「リオンの下に付くと決まったなら、僕が文句を言うべきじゃないだろう。でも……次にリオンや姉上、そして何よりレティーシャを傷つけたら……僕は絶対に、キミを許さない」

「……、はい。承知しました、メルウィン殿下」

 普段の彼からは想像もできない切れ味すら宿した視線を全身で受け止めたシアは、最上級の礼で(もっ)て答える。その所作は流麗で美しく、伯爵令嬢であった頃の高度な教養が窺えた。

 そんな、いずれ主君として仰ぐ少年の一面を目にし、リオンは胸中でそっと呟きを(こぼ)す。

(やっぱり、王家の血筋か。(アイツ)が語った蜂蜜王子の印象とは大分違うけど、将来は王になるんだからな。こういう一面があってもおかしくない、か……)

 けれど、彼にはやはり、蜂蜜のように甘ったるい笑顔が一番似合う。今のような鋭利な表情は、自分達臣下の仕事だ。

 そんなことを考えながら、リオンは視線を王子とメイドから、目の前に(そび)え立つ巨塔へ向ける。

 乙女ゲーム『世界を愛で救う為に True Love // World End』や美少女ゲーム『世界は愛に崩れゆく Angel // Fall in Love』、そしてノベル版やアニメ版であっても高確率で出現した舞台。特に美少女ゲーム版では、物語に重要なエンキドゥの聖印と呼ばれる紋章の、第三画目を調べるために訪れるのだ。ある意味、美少女ゲーム版の主人公であるリオンにとっては因縁の場所と言える。

「……フローラ。今、行くからな」

 囁き、少年は再び歩き出す。王子とメイドも、やがてそれに続いた。



 次回も宜しくお願いします。

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