第五話 イレギュラーと魔術結界
私の実力不足のせいで魔術の説明が少し分かりにくいかも知れませんが、今は「そういうもんなんだー」と大雑把に理解してもらえれば大丈夫です。
拙い説明で読者様に苦労をお掛けしてしまい、本当に申し訳御座いません。
秋里春斗も、花園月葉と同じで一般人ではない。
もはや一般人とは何か、と思いたくなるものだがそれは置いておくとして、春斗は月葉と同じ魔術師だった。
所属は〝黄金の夜明け団〟――通称、『書庫』と呼ばれる組織。月葉の所属する〝聖星教会〟とは仲の悪い魔術組織だった。
◆ ◆ ◆
「それで、リオン様。何故わたしが転生者だとお思いになられたのですか?」
リオンのゲイ疑惑が何とか収束し、すっかり温くなってしまった紅茶を啜って気分を落ち着かせてから、フローラがやっとこの質問を口にした。
先ほどまでの騒ぎで精神的に疲弊しきってしまったリオンは、ティーカップの中で揺蕩う琥珀色の液体を喉の奥に流し込むと、滑りの良くなった舌で唇を一舐めし、次いで問いの答えを発する。
「お前が死んでいないから。――それだけだ」
「……わたしが、死んでいないから……ですか?」
意味が分からない。
確かにフローラはゲームのシナリオ上、あの紅薔薇の庭で死んでいなければならなかった。だがしかし、そこで生き残ったとしても、ここが現実である以上ゲームと何らかの差異があっても不思議ではないのだ。であれば、死亡フラグの回避=転生者と結びつけるのは些か強引が過ぎる。
怪訝な顔を見せるフローラの心中を察したのか、はたまた元々フローラが納得出来ない事を分かって言っていたのか、リオンは即座に補足する言葉を重ねた。
「奴――ああ、フードマントを被った男の事な。奴はこの屋敷に結界を張っていたんだよ。屋敷の敷地内に居る、俺を除いた人間全員を殺す魔術結界だ。――でも、お前は死んでいない」
「『リオン様を除いた全ての人間の殺害』の魔術結界……ですか?」
魔術結界――一定範囲の空間に魔術の効果を及ぼす技法の事だ。魔術式に組み込む設定によっては人払いに使ったり対象を閉じ込めたりする事も出来、また今回のような『範囲内の指定人物を除いた全ての人間の殺害』を命令として打ち込む事も出来る。
しかしその魔術結界には、問題があった。
まず、今回のような屋敷の敷地全体という広範囲に渡って効果を及ぼす大掛かりなものとなる場合、魔術の発動・維持に必要な魔力量は爆発的に増加し、個人で扱える限界を容易に超えてしまう。魔石や霊装などに溜め込んでおいた予備の魔力を使えば話は別だが、金銭的にも楽ではない。
それに、もう一つ原因を上げるとすれば――これが恐らく最も重要だ。
「……というか『リオン様を除く』はともかく、『範囲内の全ての人間の殺害』などという命令で、発動するのですか? 摂理に反し過ぎていますよね? そんなもの魔術ではありません、もう神理術ではないですか。……まさかあのフードマントの男が、神に到達せし者だとでも言うのですか?」
神理術――それは魔術を極め、『総ての根源』を読み解き理解した魔術師が、自ら神理を創り超常の現象を引き起こす事を可能とした術の事だ。
魔術は神理という神の創った世界の理法に干渉し、その一部を改変する事で超常の現象を引き起こしているが、摂理という神理の修正力に反しすぎていると発動をキャンセルされてしまうのだ。
摂理に抗う為には大量の魔力か、効率の良い魔術式か、もしくは『総ての根源』と呼ばれる神理の根幹を解読する必要がある。そして『総ての根源』を理解し尽くせば、己だけの神理を創る事が出来、晴れて神に到達せし者となって――人間と神の魔力量の差はどうにもならないので、この段階ではまだ限定的にだが――神と同等の力を振るえるようになるのだ。
簡単に言えば、神に到達せし者の神理術は『俺がルール』状態。片手を振れば業火が森林を焼き払い、水を乞えば山脈を津波が洗い流し、暑さを嘆けば大海が凍る。
それはもはや神の所業。まさに、神に到達せし者なのである。
『範囲内の全ての人間の殺害』などという直接的に生物の存在を否定する命令は、摂理の修正力が最大と言って良いほどに強く働いてしまう為に魔術では実現不可能だ。それを可能とするのは、神理術だけだろう。
まさかフードマントの男が、そんな次元の違う存在だったのか――その考えに戦慄しながら問うフローラに、リオンは呆れたように息を吐いた。
「んな訳あるか。……そもそも、そのまんま『範囲内の全ての人間の殺害』なんて効果にする訳ねえだろ。奴の得意な魔術は【具現】と【植物】だ。俺は現場を見たんだが、屋敷のいたるところで薔薇が人の血肉を食っていたところから推測するに、恐らく結界の効果範囲内に食人薔薇を大量に生やして『人間を喰らえ』って命令にしてたんだと思うぞ。それなら摂理に抗う力も少なくて済むんだしな」
「あ……」
あまりに間抜けな間違いを犯していた事に気づかされ、ぽかんとアホ面を晒すフローラ。その顔が面白いのか、リオンがクスクス笑みを漏らす。
羞恥で顔に熱が上るのを感じ、それを誤魔化すように咳払いを一つ。フローラは無理やりにでも平気な顔を作り、話を先に進めた。
「え、えっと……それで、結局どうしてその魔術結界で死んでいないから、わたしが転生者なのだと? 無理がありませんか? たまたま運が良かったから、という可能性も有ると思いますけど」
「いや、それは違う」
フローラの疑問に、リオンはきっぱりと断じてみせた。
「お前は食人薔薇に食われそうになっていた。けど、それをお前が全部吹き飛ばしたんだよ。――俺が記憶を取り戻した時と同じように、体内の魔力を周囲に撒き散らしてな」
「……体内の魔力を周囲に撒き散らした、ですか?」
「ああ」
どれだけの魔力を放出すれば食人薔薇を吹き飛ばす事が出来るのだろう。非物質である魔力で物質に干渉するなど並の量ではない。どれだけ放出したのか予想が付かないが、それよりも――。
「わたし……そんな事した覚え、無いのですが」
そう、フローラが記憶を取り戻した時、既に周囲は血肉の紅薔薇が咲いていた。食人薔薇が周囲で蠢いてなどいなかったし、何より魔力の放出など記憶を取り戻してから一度も行っていない。
だからこそ、フローラはリオンの言葉が信じられなかったのだが――リオンはフローラの様子にどこか納得出来るところがあったのか、うんうんと何度も頷いていた。
「だろうな。多分、前世の記憶が戻ったショックで、その前後の記憶が飛んでいるんだろ。脳に負担が掛かるんだから当たり前だよな」
「記憶が……なるほど。確かに、この屋敷に着いた辺りから全く覚えていません」
「ああ、そこからなのね」
結構前からだなー、と苦笑いのリオン。フローラ的には苦笑いでは済まない事なのだが。
脳に過負荷が掛かっていた事は実感している。本気で神経が焼き切れるのではないかと思ったのだから、恐らくそこら辺で脳がおかしくなり、記憶があやふやになってしまったのだろう。
魔力の放出がどの程度の被害を引き起こしていたのかフローラには分からないが、意識が正常に戻った時には既に周囲が落ち着いていた事から、脳内で行われた前世の記憶の処理は体感的には数秒だったが、本当は何分も経っていたのかも知れない。
意識が飛んでいた間に命の危険があったのだと自覚すると、途端に恐怖を感じ、体を震わせてしまう。直接危険に対峙している時は恐怖を気力で捻じ伏せられるものだが、「意識は無かったけど、あの時もしかしたら死んでいたかも知れなかったぞ」みたいな事後報告的に言われると酷く恐ろしく感じるものだ。
蒼褪めた顔色になっているフローラに少し心配げな表情を向けながら、リオンは続ける。
「とりあえず……俺の主観になるけど、『あの時』の事、教えてやるよ。もしかしたら、話しているうちに思い出すかも知れないしな」
そう前置きして、リオンは彼の知る『あの時』――フローラがこのスプリンディア公爵家の屋敷に来た時の事を、滔々と語り始めた。
『補足:魔術について・Ⅱ』(さらっと読み飛ばし可)
◆神理
神様が創った世界の理。
実は、神理と言っても一つではなく複数あり、上位とか下位とか影響力・絶対性によって序列がある。が、魔術師が言う神理は一番目の神理と呼ばれる、上から二番目の影響力を持つものの事。
◆摂理
魔術によって改変された神理を、元に戻そうとする働き――つまり修正力の事。
◆『総ての根源』
神理の根幹となるもの。これが理解できれば、人間でありながら神様みたいに神理が創れる……と、言われている。(一番目の神理より上の影響力を持つ、始まりの神理に含まれた、真っ新な神理の基のようなもの)
◆魔力
魔術・神理術を使う為のエネルギー。厳密には体内魔力と純魔力があるが、それはまたいずれ(というより、本質はどちらも変わらない)。
魔術の場合、『摂理に抗う力の代償』と『質量・エネルギーへの変換』に魔力が消費される。必要な分の魔力が支払えない場合、魔術は完成しない。不発、もしくは弱体化での発動となってしまう。
神理術では『摂理に抗う力の代償』の分が不要となるので、その分を『質量・エネルギーへの変換』にまわす事ができ、魔術より強力な現象を引き起こせる(そうでなくても魔術と違って殆ど制限が無いから元々滅茶苦茶強力だが)。
◆魔術
神理を改変して超常の現象を現実に引き起こす術の事。
神理に記された『自分という存在』を『人間ではない』と書き換え、『神に等しき魔の術理』を引き起こす『疑似天魔』だと誤認させる事で、魔術式という論理立てた道筋を通して引き起こせるようになる。(大体の魔術師は、書き換えの過程をほぼ無意識で行える。なお、これは魔道因子が無ければ行えない)
要は、世界の法則を騙して有り得ない現象を引き起こしてるだけ。つまり詐欺師。(これを伝統が大好きなプライドの高い魔術師に言うとマジギレされる)
◆神理術
『総ての根源』を理解し、神の理を改変するのではなく自ら神理を創りそこに自身の存在を定着させる事で、既存の法則に縛られず超常の力を自在に振るう術。
言ってしまえば『俺だけのオリジナルルール』に則って好き勝手にできる術。つまり、やりたい放題のチート。
……だが実際はそんな簡単な事ではない。そも、自分の神理を創るにも、既存の神理(魔術師達がいつも干渉していた一番目の神理と呼ばれるもの)よりも上位の神理(始まりの神理と呼ばれるもの)があるので、そちらにあまりに反した神理は作れない。つまり、結局のところ、ある程度の縛りはあるという事。
なお、他にも、神理術にも引き起こす現象の大小によって必要とする魔力量が変わるので、神に到達せし者であっても『人間』という生物の枠から抜け出せていない以上、世界崩壊レベルの力を気楽に扱える訳ではないという問題もある。それ相応の代償として、大量の魔力を手にしなければ神理術も意味がないのだ。
神様はその辺、とある理由からほぼ無限に近い量の魔力を有しているので無敵。(いえ、やりようによっては殺せま……ゲフンゲフン)
本来、これらは全て作中で説明しなければならないのですが、私の力不足で過不足無く説明する事が出来ないと判断したので、ここに補足させて頂きました。
これからは出来るだけ作中で説明しきれるようにしたいと思いますので、後書きでの補足はどうしてもという時など、最低限に留めるようにします。
次回も宜しくお願いします。
◆ 2017年 08月07日:後書きの魔術・神理術についての情報を一部修正。(本編には殆ど関係ありません)




