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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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エピローグⅡ -Or Prologue-



 危機的な状況ほど落ち着け。理不尽に見舞われた時こそ冷静さを()くな。しかし許しがたき事態への激情を忘れてはならん。

 そう教えてくれたのは、尊敬する父・現宮廷魔術師団長アイザック=エーデルワイスであった。

(……、ここは)

 ダリウス=エーデルワイスが目を覚ましたのは、薄暗い石造りの一室。明かりは、魔力を(そそ)ぐことで(ろう)(そく)(ともし)()ほどの明るさで発光する()(りょく)(とう)が重厚な鉄製扉の隣に一本あるだけで、それ以外の光源は窓から差し込む陽光さえなかった。

(……地下室か?)

 ダリウスの記憶にあるのは、フローラの御付きの侍女・ミナヅキと魔術戦闘をしたこと。覚えている最後の光景と目の前の風景が一致しないため、別の場所にでも運ばれたのだろう。

 冷たい石の床に寝そべっていた体を起こし、固い肉体を(ほぐ)す。立ち上がると、軽く()(まい)がした。

 体の(だる)さの原因は敗北時に負った怪我にもあるだろうが、一番は体内に保有する魔力が一気に放出された()()だろう。ミナヅキが放った小太陽に対抗するために魔術を使った時は、魔力回路を過剰気味に酷使し、焼き切れる覚悟をしていた。その反動だろう。

 いくらか時間が経っているのか魔力は回復しているし、一時的に鈍いだけで魔力回路も使えるので、副作用としては軽いものだ。しかし今ミナヅキレベルの敵に遭遇したら、非常に不味い。

 と、

「――あぁ、目を覚まされましたか」

 声。やや幼さを残しつつも大人ぶった落ち着きを孕んだそれの主を、反射的にダリウスは見た。

 見る角度によっては目元まで隠れる(りょく)(はつ)に、翠玉(エメラルド)の瞳の少年。あどけなさは拭い切れないが、どこか鋭いものを持った容貌は将来万人が目を見張るほどの美男子なることを予感させた。

 けれど身に纏う(くら)さは(あや)うい。ともすれば憎き相手を目にした途端刃物を突き付けかねないほどに、重苦しい憎悪を腹に抱えている。

「……誰だ?」

 スッと目を細め、固い声で問うダリウスに、緑髪の少年は薄い笑みを貼り付けて答える。

「グラハム=ラルディオと申します。以後お見知りおきを、ダリウス=エーデルワイス様」

 ――その名前だけではピンとこない。そもラルディオ子爵家はさほど有名な家でもなければエーデルワイス公爵家と交流がある訳でもないので、偶然パーティーで会ったとかでなければ接点がないのだ。覚えようがない。

「ご存じないようですね、まぁ当然と言えば当然でしょうけど。……あぁ、そういえば、先日のパーティーでは(いもうと)(ぎみ)に挨拶させて頂きましたよ」

「フローラに?」

「えぇ、非礼を承知で僕から話しかけさせて貰いました。良い女性ですね、彼女。僕がこんな態度でも顔を(しか)めないし、何より妾の子である僕が話しかけても普通に応対してくれる」

「…………」

 今の言葉で大体の事情は察せた。彼は、大分酷い扱いを子爵家から受けているのだろう。

 フローラは、肉親であるダリウスから見ても、堅いところがある。一線を引いている、と言えば良いのか。とにかく、どこか打ち解け切れていない印象があった。

 だから、本当の意味で『誰に対しても平等に』接するのだろう。家族にも、友人にも、他人にも。例外があるとすれば、自分や自分が大切に思う者の命を脅かす敵か――(ある)いは、婚約者の少年か。

「ま、彼女のことは今は良いんです」

 と、自分から話題にしておきながら話の軌道を曲げるグラハム。ダリウスは硬い表情のまま、密かに視線だけ動かして脱出経路を探っておく。

 その警戒を承知して、グラハムは口を開いた。

「さて、と。まず始めに、一つ訊いておきましょう」

「……なに?」

 眉を(ひそ)めるダリウス、対してグラハムはにこりと笑って、


「ダリウス=エーデルワイス。僕の(さん)()に入れ」


 勧誘。

 ただし、ちょっとお茶会に誘うような気楽なものではない。

「……お前の、傘下?」

「そうだよ。団体としてはギルガメシュの使徒。今はギルディアとかいう男がトップを張っているけど、あと五年……いや二年あれば、僕が全てを握れる」

 敬語を取り去ることで自分が優位にいると暗に示すグラハムに、ダリウスはすっ……と目を細めて、

「……そうしてお前がトップになったら、その駒として俺を使う、と?」

「勿論、主権を握る過程でも使わせて貰うよ」

 笑みを浮かべる少年は、どこまでも悪意に満ちていて、なおかつ純粋さを失っていなかった。

 つまりは、純粋な憎悪。

 ただただ憎い者を蹂躙するためだけに、世界最大の反逆者団体を乗っ取ると宣言してみせる。

 大物だと拍手を送るか、大馬鹿野郎と(ののし)るか。ダリウスにはどちらもできず、沈黙を保つばかりであった。

 詐欺師が標的を追い詰めるように、或いはセールスマンが商品のアピールポイントを嵐の如く列挙するように、グラハムはさらに言葉を並べる。

「あぁ、当然だけど君にも利点があるようにするつもりだよ。まぁ命を拾えることが一番のメリットだと思って欲しいけど……後はそうだね、魔術研究の環境は最先端のもので整えるよう手配するよ。世界を再構築した後だけど、いくつかの国もあげる。僕には必要ないからね。他には――」

「……もう黙れ。そんなものはいらない」

 (こら)え切れずに、ダリウスは冷たい声でグラハムの言葉を切り裂いた。

 損得勘定もできず青い感情を叫ぶ訳でもないが、奴の言葉は聞くに()えない。そもダリウスにとって、再構築された世界など欠片も興味が無いのだ。自分が大切に思う者達が傷ついた結果の先にある世界など、憎悪以外の感情が湧いてこない。

「……そうか」

 短く呟いたグラハムには、僅かな落胆はあったが、さほど(こた)えた様子もない。(なか)ば予想通りだったのだろう。

 気を取り直して、とでも言わんばかりに(から)(せき)を一つ打つと、グラハムはこちらに向かって手を差し出してきた。

「……なんだ? 手を取る気はないぞ」

「違うよ。これは勧誘ではなく、()()()()()

「……要求?」

 何を求めるつもりだ、と黄金の瞳を鋭く光らせて睨み付けるダリウス。

 自分が持っているもので、彼の利益になるようなものなど何もない。あるとすれば魔道技術くらいだが、それは先ほど勧誘を拒んだことで拒絶することは分かり切っているはず。荷物は既に没収されているし――いや、まさか。

「お前……狙いは、『()(もん)』か?」

「ご名答。流石は次期公爵家当主様だ」

 ――ワイズレット王国を作り上げた『始まりの五家』と呼ばれる、王家と四つの公爵家には、特別な紋章が代々引き継がれている。国家最終兵器であり、国王の許可がなければ使用できない『切り札』の魔術が刻まれた、五権紋章(サンク・エトワル)だ。

 全てを統べる王家には、国の守護獣たる幻獣・(そう)()()と、その中央に覇者の象徴である黄金の(せん)()が立つ『()(もん)』。

 軍事関係を一手に引き受けるスプリンディア家には、誠実なる剣と盾、その周りを暖かき花々が彩る『(しゅん)(もん)』。

 代々宰相位を務めるセルディオン家には、金に輝く天使の片翼が描かれる『(てん)(もん)』。

 国の流通を操るアルヴェンド家には、銀の杯と、そこに(そそ)がれる(そう)(ぎん)の液体が描かれる『(ぎん)(もん)』。

 そして――国の魔道技術を司るエーデルワイス家には、高貴なる純白の花を中央に飾る『()(もん)』。

 その、敵対者を抹殺する広域殲滅魔術が仕込まれた魔術師の名門家の証を寄こせと、子爵家の妾の子は言うのだ。

「誰が渡すかッ! あれは、決して他者に渡せぬ秘術でもあるんだぞ!」

 無くしたり()られたりしたら大問題なので、ダリウスはいつも魔術を使って『()(もん)』を隠して所持している。魔術師の名門家の長男であるダリウスが施した魔術による隠蔽が解けなかったためにグラハムは問答無用には奪えず、こうして自ら差し出すように促しているのだろう。

 当然、渡す訳がない。反逆者集団に属する人間に国家最終兵器を渡すなど、たとえ相手が力を使える訳がないと分かっていたとしても、やってはならないことだ。

 槍のように鋭い殺気を放つダリウス。しかしグラハムは涼しい顔で返す。

「だからこそ、だよ。使わなくては勿体ない」

「なにぃ……ッ?」

「そもそもこれは要求とは言っても『お願い』ではなくて、『命令』だよ。君、自分の命が握られてるって分かってる?」

「…………」

 分かっている。けれど、それでも家宝を、最終兵器の(キー)を、渡す訳にはいかなかった。

 沈黙し、なおも強く睨み付けるダリウス。それを正面から見返すグラハムも、僅かに殺気を(にじ)ませ始めていた。

 ひりつくような緊張感が場を支配し、双方とも(こう)(ちゃく)する。

 互いが睨むのは互いの目。鋭い圧を放つ双眸を突き付け合い、決して逸らすまいと力を入れる。

 一分、二分。――五分経って、ようやっと睨み合いは終わりを告げた。

「……ま、いいや。まだまだ時間はあることだし」

「……あ?」

 先に矛を収めたのは、グラハムであった。

 存外にあっさりとした退()き方に眉を(ひそ)めるダリウスであったが、グラハムは話はもう終わりとばかりに(きびす)を返す。石造りの部屋で唯一鉄製の重厚な扉を押して外へ出ると、締め際、重量のある扉が発する鈍い音を割るようにして彼は告げた。

「そういえば――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 特に、君の弟さんとか、妹さんとか」

「……なに?」

 直後、腹に響く重い音を立てて、鉄製扉は閉じてしまった。

 慌てて駆け寄り、ドアノブを回すも、鍵を掛けられてしまったようで開かない。魔術的施錠も強固なものを掛けられてしまい、魔力回路が傷ついて本調子ではなく、補助する道具も無い現状では開けられそうになかった。

「……くそっ」

 吐き捨て、()さ晴らしに扉を乱暴に殴りつけるダリウス。当然ながら堅牢な鉄製扉には(へこ)みの一つもできず、ただ突き出した右の拳がじんじんと痛むだけだ。

 武器を取られ、魔力回路の不調で魔術も満足に使えない公爵令息は、冷たい石の床に座り込んで、ただただ自身の無力さを嘆くばかりであった。


   ◆ ◆ ◆


 ボルグルック子爵邸で起こった事件、通称『煉獄の茶会』事件の翌日。

 フローラは、魔力を使い切ってへとへとになった体を、お気に入りの庭園で紅茶を(すす)りながら休めていた。

「……当分は、戦闘なんてしたくないですね」

 ギリギリまで魔力を使ったので、一日二日休めただけでは本調子にはほど遠い。一週間は魔術研究も休んでしまいましょうかね、などと呟きつつ、ぼんやりと考え事に(ふけ)る。

 これで、事件は解決した。

 ――本当に? なら結局、ギルガメシュの使徒はなんだったのか?

 今回、余計な情報を提示されて踊らされたような感じが否めなかった。いくら警戒を重ねても無意味だったし、逆にノーマークだったところから痛撃を喰らわされている。

「もう少し……ゲームでは関係のなかったところにも、目を向けないと駄目ですね」

 と、そんなことを呟いた時だった。

「あ、ここにおられましたか、お嬢様!」

 ゲームの世界だからか、丈の短めなメイド服を着た使用人が、何やら封書を手にして駆け寄って来た。

「……どうかしましたか?」

 尋ねたフローラに、使用人は「お嬢様(あて)にです」と言って封書を手渡してくる。

 自分宛の手紙ということは、リオンからだろうか? そう予想して視線を封書に移すと、しかしそこには予想外の(いん)が押されていた。

 向かい合う(そう)()()に、(たけ)(だけ)しい黄金の(せん)()。――(まぎ)れもない、ワイズレット王国を象徴する王家の紋章である。

「……王家から、ですか?」

 全く心当たりが無いが、王家からならば早々に中身を確認する必要がある。使用人が用意したナイフで封を破り、フローラは香りの付いた紙を取り出す。

 そこに書かれていた内容は、簡潔なれど、ようやっと落ち着いた現状を粉砕するに十分な威力を持っていた。


『フローラ=エーデルワイスは、ギルガメシュの使徒との関与が疑われるため、()(しょく)の塔に一時的に拘束する。なお、これは王命であり、拒否は一切許されない』


 ――新たな波乱が、巻き起こる。

 いや――(ある)いは、まだ()(たび)の騒動は終わっていなかったのかもしれない。



 これにて第二章終了となります。

 第三章のプロットを整える関係で、暫く更新できません。申し訳ありません。……年内中には更新できるよう頑張ります。

 もしかしたら、番外編的なものをちょろっと書いたり、人物紹介を入れたりするかもしれませんが……予定は決定ではないので、どうなるかはまだちょっと分かりません。……書きたいのはあるんですけどね。フローラとリオンの日常風景とか、レティーシャとメルウィンの蜂蜜ホイップレベルの糖度のイチャイチャとか、クリステルとタンムズとセシルのニヤニヤできる絡みとか。


 ともあれ、次章も宜しくお願いします。

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