第二十四話 呪いを唄う愚か者Ⅱ
実は執筆ソフトを変えたので、文章に少しだけ今までとの差異があります。(ほんのちょっとですが……)
例えば「そんな事か」と書いていたところが「そんなことか」になったり、「〝聖星教会〟所属だ!」と書いていたところが「《聖星教会》所属だ!」になっていたりします。
気にせずお読み頂ければ幸いですが、もし読みにくく感じてしまったら申し訳ありません。
まずやらねばならない最優先事項は、アイリーンらを逃がすことだ。
呪いの効果があるためレティーシャのことが口にできなくとも、今問題になっているのはそれだけではないので、エーデルワイス邸に居るであろう魔術師団長・アイザックに非常事態を告げることはできる。そして助けが要請できれば、状況はグッと好転するはずだ。
(――まぁ、助けが来る前にわたしの手でぶちのめしたい気持ちは多少なりともありますけど)
あの思い上がり男は、野放しにしていると周囲に害悪を齎すだろう。なまじ家格が高いのとある程度の魔術技能を持つだけにその影響力は軽視できなく、さらに他国やギルガメシュの使徒などに接触されると非常に不味い。調子に乗りやすい気質が見え隠れしているし、何やら物騒なアイテムまで所持しているようなので、放っておくと内側から国を切り崩されかねない。
だから、ここで止める。
殺す必要は無い。聞きたいこともいくつかあるし、流石に公爵家の令嬢が兄を殺したという噂が社交場に流れるのは問題だ。下手をすれば勘当されるかもしれないので。
「――【蒼き氷麗の世界】」
まるで津波のように襲い来る式神の群れを、細氷の吹雪で迎え撃つ。相手の数が多いので対抗して多分に魔力を注いだフローラの固有魔術は、器がただの紙でしかない式神どもをズタズタに引き裂き、穿ち、蹂躙していく。
申し分ない威力、けれど討ち漏らしは当然出てくる。
それを叩くのは、騎士の役目だ。
「力を喰らえ、〈復讐に狂う者〉」
リオンの持つ長剣型の霊装に仕込まれた魔術は、【復習の刃】か【血華進盛】。どちらなのかはフローラは詳しく知らないが、共通する効果は『魔力・魔術を吸収する』というもの。
彼は自分の魔力を〈復讐に狂う者〉に叩き込み、喰らわせたのだ。
いわば銃弾の装填。トリガーに指をかけたリオンは、一秒後の一閃で解き放つ。
「解放」
ズガンッッッ!! と空間が割れる。
地面がリオンの正面から真っ直ぐに抉れ、なにがしかの御霊が降りていた紙切れは、圧倒的な衝撃波によって御霊ごと現世から消滅した。
「超過剰な威力、流石です」
「うるせっ」
軽口を叩き合い、魔術師と騎士は王女らの姿をレグナントから隠すように立つ。
その頼もしい背中を眺めて、
「アレの相手は任せて大丈夫。で、逃げる方も……ま、問題ないわね」
逃亡組の主戦力であるクリステルが、その両掌に小規模の嵐を手乗りサイズに押し込めたような風球を浮かべながら言う。
「私がアクションを起こしたら一斉に門へ走るわよ。メンバーはフローラ様とリオン様以外。騎士達は……」
「連れて行ってください。邪魔です」
「ん。じゃ、そういうことで」
「ちょっ、待ちなさい!」
二人で立ち向かうと宣言したフローラとそれをあっさり了承したクリステルに、アイリーンが待ったをかける。けれど悠長に説得している暇はない。だから、
「ほら、いくわよ! 王子様はその双獅子も護衛に連れてきなさい!」
ボンッ!! という破裂音が、フローラ達とレグナントの間を割るように炸裂した。
爆発的に発生する旋風。それによって巻き上げられた砂塵が黄土色のカーテンとなり、一時的にレグナントの視界を遮る。
「ええ、えぇぇぇえええええ――っ!?」
悲鳴の主はアイリーン。メルウィンやレティーシャも声を上げかけたが、ヴァネッサに誘導され、すぐさま逃げていく。
「ほらアイリーン様も早く行くわよ!」
「貴女、なんか急に雰囲気? が変わってるし、フローラちゃんもリオンちゃんも戦うとか言うし騎士は邪魔とか流石に酷いし!! ああもうっ! 後でちゃんと聞かせてもらうからねっ!!」
いろいろ吹っ切れたアイリーンがビシッとフローラ達に人差指を突きつけ、すぐにレティーシャ達の後を追った。騎士達はどうするか迷っていたようだが、クリステルが殺気混じりに「王女様と王子様をお守りしないでどうするのよ」と言ったことでようやく動き出す。
「……これで準備万端、ですか」
「だな。見事に味方がいない」
自分達で追い払っておきながら、そんな風に茶化すリオン。フローラはクスリと微笑み返す。
と、
「はっ! 奴らを逃がしたところで何になるってんだ。どちらにせよこのことは誰にも話せねぇだろうに」
新たに三十を超える式神を補充したレグナントが、吐き捨てるように言った。
それに反応したのはフローラでもリオンでもなく、レグナントの後方で、立ち上がれないままのモルドバーグ。意識を刈られたときに強打されたところが痛むのだろう、苦しげに腹部を押さえている。
「いいや大問題だレグナントッ! 貴様の呪いは『レティーシャの誘拐について』しか制限は掛かっていないだろう。なら『フローラ=エーデルワイスが危ない』とでも言っておけばその制限には引っかからない!」
「……あ?」
「だからッ! あの小娘どもを逃がすなと言っている!!」
「…………お前さ」
額に血管を浮かべ、真っ赤になって怒鳴るモルドバーグと対照的に、レグナントの声は冷え切っていた。
せっかくの高揚に水を差され、ついに我慢の限界が来た。そんな調子で、レグナントは協力者の男に告げる。
「そんなに気になるんだったら自分で行けば? ……あぁ、そういえばちょうど良いモンがあるんだった」
懐に右手を差し込み、レグナントが取り出したのは注射器。硝子製のソレに溜まる液体の色は赤黒く、異常なほどに高濃度の魔力が込められていた。
それだけではない。呪、或いは邪。およそ人体には毒でしかない数多の霊的成分を魔女の煮込む薬鍋のように大量に混ぜて濃縮させ、様々な魔術・呪術的効果を盛り付けていった最悪の劇薬。
「賢者の石を作ろうとした時に偶然できた失敗作なんだが、なかなか良い出来だろ?」
「おっ、おい、馬鹿、貴様なにをするつもりだっ?」
「馬鹿とは心外だ。俺様は希代の天才陰陽師だぞ。その俺様が作ったモンを無償で使えるんだ、感謝こそすれ罵倒するこたねぇだろうに」
幾人もの婦女子を落としてきた甘い微笑みを浮かべ、注射針を光らせながらモルドバーグに迫るレグナント。モルドバーグのやや肉厚の腕を掴み、激しく抵抗される前に体をねじ伏せ、その項の辺りに銀針を当てる。
「ぎざま、私に何を入れる気だ……ッ!」
「王子どもを追いたいんだろ? その手伝いをしてやるんだよ」
にこりと、悪魔のような微笑みを浮かべて――そして、モルドバーグの肉体に、赤黒い液体が注入される。
(……まさか)
似たようなものを、昔、聞いたことがある。
血のような色をした禍々しい液体。そこには凝縮された幾千万の呪と邪が込められていて、一滴でも浴びればたちまち肉体が溶けるとまで云われた魔術毒。
製法は詳しくは知らないが、初めて作り出し魔術学会に提出した魔術師は、『賢者の石を作ろうとしていたら偶然できた』と言い残している。
一千倍に薄めてようやっと魔力増幅薬として使える、強すぎた一品。
名称は、死を司る天使からとって――最期の嘆き。
「止めないと……ッ!」
「もう遅ぇよ」
変化は劇的だった。
「が、あ、ァ、ああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!?」
獣の如き雄叫び。背中を反り、口を限界まで開いて、血を吐かんばかりに絶叫する。
いや、血はいたる所から噴出し始めた。充血した瞳孔から、表面が不気味に粟立つ鼻から、少しずつ尖るように変形し始めた耳の穴から、内臓がズタズタなのか喉から、赤いぬめりとした液体は噴出する。
しかし、フローラとリオンが何よりも目を見張ったのは、彼の全身に巡る魔力だった。
(二倍……三倍……それどころではないですね。二十乗三十乗の世界……ッ!)
生物の持つ魔力の溜まり場、現代魔術師の間では霊器と呼ばれる器官がある。物理的に在る訳ではないので腹を開いても見つけられないが、空気中から吸収した純魔力を個々人に合った体内魔力に変換し、溜め込むという特性を持つので、魔術師はおろかどんな人間でも有している。
しかし器である以上限界はあり、上限を超えれば当然零れる。逆に底もあるから、保有する以上の魔力を引き出すことはできない。
だから異常なまでに魔力を吸収すれば酩酊に近い現象が起こって意識が落ちるし、少なくなれば活動できなくなり最悪死に至る。
けれど目の前で咆哮する男は、その常識を一蹴していた。
「賢者の石の紛い物……なんつったっけ? あぁ、最期の嘆き? アレの……まぁ、劣化版ってとこだ。俺様が飲んだやつと違って、抑制機能が無い危ねぇやつだけど」
ケラケラと笑いながら語るレグナント。しかしその内容は凄まじく残酷だ。
ただでさえ危険な魔力増幅薬を、安全装置を取り外して使う。しかも薄めることさえしていない原液。その命は、まず助からないだろう。
「……屑が」
リオンの押し殺した声は、モルドバーグの上げる絶叫によって塗り潰された。
あれほど苦しそうな声を上げるくらいなら、いっそのことその命を今刈り取ってしまった方が幸せだろうか。そんな考えが浮かぶほどに、モルドバーグの悲痛な咆哮は心を抉る。
――けれど。
「さぁ行ってこい、モルドバーグ=ベルクリム。今のお前は無敵だ。俺様と同じようにな」
「がぁぁぁぁあああああ――む、でぎ? わだじはむでぎなのがぁぁあああああッ!?」
「そうだ。誰にも負けねぇ。魔術は無理だが、それだけ魔力がありゃ、ある程度固めて放出すりゃ大砲並みの威力は出るだろうさ」
「むでぎ……今なら、わだじのぢがらでもこむずめどもを殺せるのがぁッ!?」
「できる。できるぜ。俺様が保証してやる。つぅかできなきゃちょっと不味い」
「殺す……そうだ、わだじのぢがらでぇぇえええッ! こむずめどもをぶっ殺してやるぅぅぅうううううッッッ!!」
ボンッ!! と爆発的に膨れ上がる魔力。モルドバーグの身に流れる異常なほど大量の魔力は、彼の持つ『全て』を代償にして、より大量の魔力を生み出そうと暴走する。
――そして。
「がぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ――ッッッ!!」
ズドッッッ!! と。
その力を無意識に操り、自らの意思によって指向性を持たせたモルドバーグは、一瞬にしてこの場から掻き消えた。
「――早すぎる!?」
驚愕に目を剥くリオン、その視界に映るのは、モルドバーグが踏み込んだ際に残したのであろう地面の陥没だけであった。
「不味い、メルウィン達が危ない!」
そう言って、門の方へ走り出そうとしたリオンを、しかしフローラは手で制す。
「……あちらは任せておきましょう」
「だが!」
「クリステル=スプリンディアがいます。……彼女には強力な使い魔がいます。ですから、アレが相手でも恐らく問題ないでしょう」
クリステルの使い魔は、精霊か、或いは神霊レベル。たとえ本来の最期の嘆きが使われたとしても、負けることはないだろう。それほどまで、極端に強大な力を有しているのだ。
フローラの言い分に、リオンは押し黙る。それから心配げな表情のまま「……死なないでくれよ、くそッ」と吐き捨てた。
と、そこで、超人と化したモルドバーグを見送ったレグナントが、愉しげに口を開く。
「はははっ。なかなか愉快に踊るな、あいつも」
「……?」
眉を顰めるフローラに、レグナントは邪悪な笑みを貼り付けて、
「言っただろ? あの薬は失敗作。最期の嘆きでさえリミッターが無いだの制御が効かないだの問題点だらけだってのに、アレはそれ以上の問題しか無い」
「…………」
「要は劇薬だ。んでもって、猛毒。霊器に掛けられてる制限を一時的に解放したうえで魔力回路を過剰に熾し、刹那の間に超常的な力を発生させる。最期の最後の煌めき、ってな」
それは、最期の嘆きも変わらない。
しかしそれ以上の欠陥が、あの薬にはあるのだ。
外道の呪術師は、醜悪な顔で笑って語る。
「アレは最期の嘆きみてぇに空気中の純魔力を吸い取る力を増幅させることはできねぇが、代わりにぶっ壊れ性能のブースターが搭載されてんのさ。具体的には生命力を燃料にする、とびっきりの切り札がなぁ!!」
――コイツは、下種だ。
感想はそれだけで十分だった。
「……つまりあの薬を使ったら、」
「あぁ、お前の思ってる通りだ。生命力を使い切ったら死ぬ! だからどうした? 死ぬのは餓鬼どもを殺し終わってからだろ。ならあいつは自分の望みを叶えられたんだ。満足だろ?」
「……ふざけるな」
鬼神の如き気迫を纏うリオンの声は、赫怒で塗り潰されていた。
彼は血が滲むほど強く長剣の柄を握り締め、憤怒の表情で言い放つ。
「ふざけるなよ、お前。人の命は玩具じゃない。お前が好き勝手に遊んで良いものじゃないんだよッ!!」
ズンッ、と。リオンの全身から重苦しい、激情を孕んだ魔力が漏れ出す。
その怒りが、その理由が、少し不謹慎かもしれないけれど、フローラには少しだけ嬉しかった。
(人の命は玩具じゃない、ですか。……前世のうちに、聞きたかったです)
実験体だった少女は、少し寂しげに微笑んだ。
けれどすぐに冷酷な表情に切り替え、リオンの隣に並び立つ。
「……お前は絶対許さない」
「あ? ついでに消してやるよ、餓鬼が」
少年騎士と外道呪術師の言葉が交わり、そして。
――第二ラウンドが、始まる。
以前(第一章のエピローグの時)『この物語は全三章構成(予定)なので』とかなんとかほざいていましたが、すみません。プロットを見直したところ、三章じゃ終わらないようです。つまり『この物語は全三章構成だと言ったな、アレは嘘だ!!』って感じです申し訳ありません本当に。
今のところ、第二章の後半でやる部分を変えたり変えなかったり(曖昧)して第三章を作るつもりなので、全四章か……もしくは全五章になるかもしれません。
私の管理不足が招いた結果ですが、しかしこの物語をより良くするためには必要なことだと判断致しましたので、長くする形となりました。ご理解頂けると幸いです。
次回も宜しくお願いします。




