第二十二話 煉獄の茶会Ⅹ
以下、『世界を愛で救う為に True Love // World End』のとある攻略サイトより抜粋。
◆ メルウィン=フォン=ワイズレット
・詳細
ワイズレット王国第一王子。王位継承権第一位。
攻略対象、優しい王子系。通称、蜂蜜王子。
優しい王子様だが、最初の頃は少々なよなよしたところが見え隠れしている。でも最後には……。
なお、婚約者であるレティーシャ=セルディオンには、無意識のうちに少しだけ劣等感を抱いているようである。婚約を結んだ幼少期から、あまり良い印象を抱いていなかったらしい。
身長:百七十八センチ。少し長めの蜂蜜色の髪に碧眼。オープニング時(四月)十五歳。
・エンディング数:4(TRUE・Ⅰ、TRUE・Ⅱ、GOOD、BAD)
※ DEAD ENDはここに含まない
・TRUE END・Ⅰ
最良にて最高のエンド。『セカアイ』の真実の終わりと言える結末。ある意味、このルートだけは『皆』救われたという意見もある。各章でチョイ出しされていた五権紋章も、ここでようやく出揃う。通称、真相解明エンド。
なお、このエンドに至る物語は、結末だけでなく途中の物語も他のエンドとかなり違ったものになる。
条件:全攻略キャラの全ルートをクリアで解禁
・TRUE END・Ⅱ
一番最初にやるならオススメのエンド。通称、王道エンド。
条件:最初から解禁
・GOOD END
ちょっと悔しいエンド。通称、友達エンド。
条件:最初から解禁
・BAD END
人によってはトラウマになる恐れがあるので、残酷な描写、精神的に追い込まれる展開の苦手な方はスキップを多用する事を推奨。通称、世界救済エンド(通称に騙されてはいけません)。
条件:最初から解禁
※ なお、DEAD ENDはトラウマ展開もあるので、スキップボタンはすぐ押せるように準備をしておきましょう。(設定でお助けモードもあるので、そちらを利用すると良いかも知れません)
※ 詳しい選択肢については、『攻略・メルウィン』のページをご覧ください。
◆ ◆ ◆
以下、前述の攻略サイトの他にもいくつか攻略サイトは存在したが、そのどこにも記載されなかった情報を、シナリオ担当である間宮ツムリのPCに保存されたデータファイルより抜粋。
◆ 【全てを喰らう獅子王】について
五権紋章の一つで、ワイズレット王家の紋章でもある頂点の一番星・『獅紋』に、王家の血が流れる者が魔力を注ぐ事で発動。ただし、他に四つある紋章の魔術と同様に国の最終兵器なので、王の許可が無ければ使用できない。
それに加え、『獅紋』の起動条件が『王家の血が流れる者が魔力を籠める』『発動者が「救いたい」という強い想いを抱く』『国のためにしか使えない』の三つなので、主人公のためだけに使用したノベル版では、ギルガメシュの使徒を抹殺した後に守るべき国を滅ぼしてしまった。
しかし建前でも『国のため』としておけば多少融通は利くので、乙女ゲーム版(Ⅰ)では大丈夫だった。
◆ ◆ ◆
「へぶっ⁉」
突如発生した魔力の嵐に吹き飛ばされ、女の子として出してはいけない潰れた声を漏らすフローラ。顔面着地はかなり痛いのである。けれども魔術師として身に付けた技術が良く沁み込んでいるこの体は、何よりも先に不測の事態の確認へと移った。
そして銀髪の少女の目に映ったのは、蜂蜜王子の強い瞳。
その傍らに侍る、火炎の如く波打つ金糸を纏った対の獅子。
(これは……っ!)
「『獅紋』の魔術? 国家最終兵器だぞッ⁉」
誰よりも大きな叫びを上げたのは、にやにや顔を一瞬で消し飛ばしたモルドバーグであった。
そこに先ほどまであった余裕はとうに無い。目の前で起きた現象に、ただただ驚愕し、有り得ないと頭を抱えて嘆くばかりだ。
しかし、現実に起きているのだ。
この国を守る、最後の手段が。
建国時より守護者として祀られてきた、御伽噺の双獅子が。
「対なる獅子王よ、この炎の巨人を喰らって! レティーシャを、僕の愛しい人を救ってくれっ‼」
『了解した、若き盟約者よ』
『我らは其の血脈に従い、国を救うのみ。汝が彼奴を国賊と定めたならば、我らは牙を剥き、爪を振るわん』
王子の願いに応じる双獅子。そこに善悪好悪によって左右される人の心は存在せず、ただただ盟約者の血族の命令を遂行するために必要な機械的な思考だけが詰め込まれていた。
『その願いは条約に反さず』
『即ち我らが遂行すべき任務である』
直後であった。
ズドッ‼ と地面を陥没させる勢いで飛び出した双獅子が、炎の巨人の軍勢を喰らった。
『これは不味いな』
『魔力の「味」が薄い。術者が碌な力を持っておらん証拠だ』
一瞬で、八体が消えた。
『だが術式は良い』
『彼奴らには不相応なものだがな』
次の陥没音が聞こえ、双獅子の姿が掻き消えた時には、更に十二体が中空で霧散した。
「なんだ、こりゃ……」
呆然と呟くリオンの声が、地面の陥没音と炎が霧散する空しい音の中に混じって消える。
――圧倒的。そう表現する他無い、常識の埒外の力による蹂躙であった。
「ま、て。まだ、まだだ。この程度で終わってなど堪るかッ! ――レッジ、結界の出力を上げろ! この目障りな猫どもを掃討するのだッ‼」
ぶわっと噴き出す脂汗を乱暴に拭ったモルドバーグの絶叫。絶望的に不利な状況へ一瞬で叩き落された事を頭より先に本能で悟った彼の声は、哀れなほどに裏返っている。
「無理です無理無理だってこれ無理だろ……こんなの聞いてないですよぉ」
「なぁにを情けない事をほざいている、レッジ! 貴様、魔術師であろう⁉ この程度の危機、何とかしてみせろ!」
「できる訳がないでしょう⁉ というか魔術師だからこそ無理だって分かるんですよ! アレは次元が違う‼ 私達は【昏き業炎の監獄】すら術式に秘められた力を完全には引き出せられないんです。それなのに【昏き業炎の監獄】と同等……いやそれ以上のものに敵う訳がないッッッ‼」
「なぁっ……⁉」
レッジと呼ばれた魔術師の怒声が、現実から目を逸らしていたモルドバーグを完全に絶望へと叩き落とす。
そして彼らがもたもたしている間にも、双獅子の蹂躙は続いていた。
『なるほど、やはり未完成であったか』
『それもそうだ。我らと同等の「格」を持つ輩が跋扈する世界を一部とはいえ顕現するのだ、この程度の魔術師では手に余る事は確実であろう』
『つまり彼奴らは身の程知らずだと?』
『そういう事だ』
人外から見た魔術師達の能力を世間話のノリで話しながら、対の金獅子は炎の巨人どもを容易く喰らい尽くす。炎の巨人どもも当然抵抗したが、その黄金の体毛一本焦げ付かせる事すらできずに終わった。
文字通り、格が違う。
魔術を扱う技量は確実にメルウィンが下だ。けれど、【全てを喰らう獅子王】は召喚術寄りの魔術。術者の技量に左右される個所はそれほど無く、召喚したモノの能力が直接関係する。
代償は上質、術式も最良。であれば、呼び出されるソレの力が制限される事もなく、魔術を初めて扱うメルウィンでも最大限に力を引き出せた。
王家の血が流れているならば、魔術を使うのが初めてでも確実に大軍隊を壊滅させられる――だからこその、国家最終兵器。
切ってはならない切り札、なのである。
『終わりだな』
『ああ、終わりだ』
双獅子が、心象結界を維持していた四人の魔術師を一瞬で伸した。ほぼ同時に意識を刈り取られた魔術師達はその場で頽れ、結界との霊的パスが切れる。ズッ……という時空間がズレる奇妙な感覚とともに、この場は灼熱の国からボルグルック子爵邸の華やかな庭へと戻る。
「レティーシャ!」
そんな変化を気に留めず、蜂蜜王子は駆け出した。獄炎の所為で炭化した死体を飛び越え、双獅子に挟まれてへたり込んでしまったモルドバーグの横を通り過ぎる。彼の目に映るのは、愛しい婚約者の少女だけだ。
「さぁて、っと。手伝いますかね」
うんっ……と色っぽい声を漏らしながら腕を頭上に伸ばして体を解したクリステルが呟く。横に並んだフローラは僅かに目を細めながら、
「ラブシーンの、ですか?」
「私、そういうのが大好物だから」
ニヤッと微笑んだ金髪の魔術師は、その指先を、レティーシャを戒める鎖へと向けた。そして何事か呟くと、極小の風弾を爪の先に形成。さながら子供が指鉄砲で遊ぶように「バンッ!」と発砲音を口にすると、一瞬後にはレティーシャの腕を封じていた鉄製の鎖が罅割れ、砕けるように戒めが解かれた。
「さっすが私、ナイスショット」
自画自賛するクリステルを無視して、フローラは視線を王子とその婚約者へと向ける。
そこではちょうど、自身を拘束するものが無くなったレティーシャが、メルウィンのやや強めの抱擁を受け入れているところだった。
「レティーシャ……っ! 無事かい……? 何か酷い事はされていないかい?」
「大丈夫ですわ、メルウィン様。貴方が……皆様が、助けて下さったから」
最初は身を固くしていたレティーシャだったが、まるで絶対に逃がさないとばかりに抱き締めてくるメルウィンの腕の中で彼の心音を聞いているうちに、おずおずといった調子ではあったが自分から腕を彼の背中に回した。そして、堰を切ったように溢れ出した涙をメルウィンの胸に顔を埋める事で隠し、徐々に全身から力を抜いていく。体重を掛けられたメルウィンは、レティーシャの体をしっかりと支え、優しく……けれども強く、腕の中に抱くのであった。
「……召喚獣って、きちんと空気を読むんですね」
「乙女ゲームの世界だからじゃない?」
フローラの呟きを拾ったクリステルが返してくれる。
双獅子はモルドバーグの意識を手早く刈り取った後、レティーシャの腕を縛る鎖を引いていたメイド服の女性を悲鳴を上げる間もなく倒し、抱き合う二人の傍らで静かに伏せていた。まるで邪魔してはいけない雰囲気を理解しているかのような行動に、ただただ命令を遂行するだけの機械的な思考以外のものを感じる。……まぁ、ただ次の命令を待っているだけな気もするが。
ともあれ、これでメルウィンもレティーシャも無事に助けられた。
(思っていたより、この世界の魔術は厄介かも知れないですね)
モルドバーグらの【昏き業炎の監獄】はともかく、【全てを喰らう獅子王】はゲーム時代から存在した魔術だ。というかゲームに登場する派手な魔術はこれと、他の四つの紋章で発動できるものしかない。切り札として登場し、トゥルーエンドを目指すならば必須の技である。
魔術式は全て理解できたが、【全てを喰らう獅子王】……そしてそれと同程度の威力を持つ、他の四家の紋章で発動する魔術も、個人で対抗できるようなものではないだろう。
一つはエーデルワイス家の紋章――通称『華紋』で発動する魔術であり、自身の血脈の魔術なのでどのような効果があるか、どれほどの規模なのかは知っている。そしてスプリンディア家のものも、セルディオン家のものも、アルヴェント家のものも全てゲームに登場したので知っている。知っているからこそ、フローラは恐れた。
(『切り札』を持つ人間を敵に回すべきではないですね。素人が使用して、心象結界を打倒する威力なんですから)
もし、魔術の知識を持つ者が使用したなら。……そう考えると、背筋に冷たいものを感じる。
けれど悪用される事はないはずだ。なにせこれらの魔術には条件があり、紋章に対応する血脈の者――それも血の濃い者、即ち正系にしか使用できないのだから、使用者はごく限られている。更に今代の婚約で結束を強めた四大公爵家が王家に反旗を翻すとは考え難いので、『切り札』が王国に向かって放たれる事はないだろう。
(……そういえば、『華紋』は上お兄様が受け継いでいましたっけ)
エーデルワイス家では現当主と、十五歳になった次期当主が『華紋』を所持するため、現当主アイザックと長男であるダリウスの手に魔術師の名門家の最終兵器が委ねられている。
アレは相当強力な魔術だ。五つの『切り札』の中で、最も魔術師を殺すのに特化した凶悪かつ破滅的に美しい大魔術。
恐らく魔術師の家系だからこそ、そのようなものになったのだろう。魔術戦闘で優位に立つため、道徳を捨て、必殺に重きを置いた。
(というかエーデルワイス家って魔術師の家系ですから、『切り札』を使わせたら一番強いのではないですかね?)
素人で、心象結界を打ち破る威力。であれば、高度な教育を受けたサラブレッドの魔術師が『切り札』を使ったのならば、一体どれほどの威力が出るのだろうか。
――と、想像して悪寒を感じていたフローラの耳に、耳障りな音が届いた。
「……は、くはっ。くけけけけはははははは――っ!」
奇妙な笑い声。ケタケタと不快な笑みを零すのは、仰向けに地面に転がるモルドバーグ=ベルクリム伯爵であった。
「……まだ、何かあるのか?」
不審な目付きでモルドバーグを見るリオン。一度収めていた腰の長剣に手を置き、抜刀体勢を取る。
けれど殺気を滲ませる少年騎士の事などお構いなしに、モルドバーグは嗤いながら告げた。
「これで終わりだと思っているのなら、貴様らの脳内はよほどお花畑なようだな」
「……なに?」
柳眉を寄せるリオン、けれどモルドバーグは奇怪な嘲弄を狂ったように続ける。
しかし彼の言葉に対する反応は、リオンのような怪訝な表情を浮かべるのが殆どであったが、違う者も幾人かいた。
その中の一人、銀髪紫瞳のフローラは、己とほぼ同じ髪色を持つ兄の事を思い浮かべながら、こう呟いていた。
「悪役を気取るのであれば、今が最適な出番ですよ――下お兄様」
そして、言い切ったと同時。
「皆、予定通り集まってくれたようで何よりだよ。何人か余分なのが居るようだけど……ま、ちょちょいっと記憶を弄れば問題無いよね」
仄かな赤色を纏った麗しい銀糸を風に揺らす青年――レグナント=エーデルワイスが、前世で見覚えのある……けれどこの世界では滅多に見られない着物に身を包んで、屋敷から登場した。
その手には和弓。びっしりと真言が刻まれたソレは、東洋呪術系を用いる魔術師に重宝されたシリーズの霊装だろう。
「第三種祓魔聖弓〈的場邪穿〉――二〇〇三年に日本の魔術師……いえ、陰陽師が考案した、対悪霊・悪魔用の霊装ですね」
刹那の間にそこまで分析し、フローラは思わず舌打ちをしそうになる。
つまりこの兄は、どこからか異界の知識を仕入れたか、或いは――。
そんなフローラの思考を他所に、異彩を放つ和装のレグナントは、妙に愉しげにこう告げた。
「じゃ、そろそろ答え合わせと行こうか。果たして満点回答は出るかな?」
兄は兄でもこっちの兄でした。
次回も宜しくお願いします。




