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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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第二十話 煉獄の茶会Ⅷ



「大体、(ワン)(ツー)だけならともかく、ギャルゲー版まで混ざってるのが問題なのよね。お陰でイベントがごっちゃになって本来の設定からズレてきちゃってるし。……まぁ今のところ原案よりはマシな展開になってるから良いんだけどさぁ」

 くるくると指を回し、その爪の先に渦巻く小規模な風弾を生成しながら、クリステルは愚痴を零す。

 言っている内容は、分かるようで分からない。ただ、彼女が()()()()()()だという事は察せた。

「……転生者、ですか」

「そそっ。ま、そこは後で良いじゃない。今は、目の前の悪党どもをぶっ飛ばすのが先でしょ?」

 言って、金髪の魔術師は風弾を解き放つ。まるでショットガンから放たれる散弾の如く風は分散し、先の狂風ので尻餅をついたままの武装集団の体に小さな穴を無数に穿った。――しかし、メルウィンには一切攻撃が届く事はない。先ほど彼女が言った通り、彼女の使い魔が守っているのだろう。

 ならばフローラ達も、メルウィンへの誤射を考えなくても良い。信用し切る事はないが、ある程度の余波は完全に防げると考えて良いだろう。

「行くぞっ!」

 リオンの号令を合図に、アイリーンではなくフローラ達の護衛をけ負った騎士達、そして少年少女の騎士は一斉に斬り込んだ。剣の腹で頭や防具の付いていない部分を殴打し、次々と武装集団を無力化させていく。応戦する者も当然いたが、人質を気にしなくて良くなった王国騎士と、ゲーム時の高戦闘能力キャラである二人の敵ではない。

(……これが攻略対象達のスペックですか)

 王国騎士はともかく、ゲームのストーリー終盤では戦闘描写もそこそこ出てくるので、リオンとヴァネッサがかなりの戦闘力を有している事は分かっていた。けれど実際に見ると、認識を改めねばならない。

 ゲームが始まるまであと二年あるが、二人ともすでに相当強くなっていた。リオンは五年前のあの事件からずっと必死の努力を続け、ヴァネッサは二年前にフローラに敗れてから守るべき主よりも強くなろうと鍛錬に励む。そこに生来の才能と騎士団長であるリオンの父という偉大な師匠の影響が加わり、十四歳とは思えないほどの戦闘力を手にしてしまった。

 それでも前世のつきやその『家族』よりは弱いのだが……この世界においては、上位に近しい力を有しているだろう。――魔術師という、ある意味で人外の存在を除いた場合、ではあるが。

「くっ……渦巻け、轟け、駆逐せよ! 原初よりゆる生命の火よッ‼」

 武装集団の中にいた魔術師が魔術を起こし、渦巻く火炎をてのひらから放射する。狙いは魔術師と判明したクリステル。凶悪な業火は小柄な少女を一瞬で焼き尽くさんとすさぶが――しかし。

「我がかいなは慈悲なるたてまもるはいやしき我が身なり」

 前へ両手を突き出したクリステル、その面前に風が集結し、渦巻く烈風の盾を形成した。

(アグニ)』は『(ヴァーユ)』に有効。しかしそんな法則も、実力が離れていれば関係ない。

 人ひとり程度なら一瞬で炭化させてしまうほどの熱量を持つ火炎放射は、風でできているとは思えないほど強固な盾によって防がれ、一度たりともクリステルに届く事はない。

 更に、

「我がかいなは冷酷なる銃。放つは疾風はやての弾丸ッ」

 右手でゆびでっぽうを作り、人差し指の先から風弾を発射。防御する間もなく武装集団の中にいた魔術師は眉間を貫かれ、余った着弾の衝撃で数十メートル吹っ飛んだ。

続く二射(もういちど)追撃の三射(まだまだ)尽きぬ四射(さらにいっぱつ)止めの五射(さいごにバン)ッ!」

 バシュッ、シュバンッ、ダダッ、ドシュッ、と連続して放射された風の弾丸は、リオンとヴァネッサが討ち漏らした敵を正確に撃ち抜く。二人と違ってクリステルは確実に殺す気のようで、躊躇なく急所を貫いていった。

(強い、ですね。もしやクリスちゃんは……いえ、クリステル=スプリンディアは、スラム街のボロ屋敷ですれ違った魔術師でしょうか。となると、彼女の使い魔は――)

 やっと追い付いてきたアイリーンに余波が行かないよう、第一王女様とその護衛の前に立って簡易の防護結界を張りながら、フローラは視線をメルウィン――その周囲に居ると思われる、クリステルの使い魔へと向けた。

 姿は魔術で隠しているようで、霊視に力をそそいでもぼんやりと『何か霊的な存在がいる』としか分からないが、ふと視線が交わった気がした。

 ――そして。


『――お前は、「何」だ?』


「――――」

 ほんの一瞬。絶対零度の世界に身を堕としたような、身体の芯が凍り付く感覚を味わった。

 氷点下の空気。――それは、優れた魔術師であり良質な『器』でもあるフローラが前世からつちかった危機察知能力による、最大限の警報であった。

(……これが、クリステル=スプリンディアの、使い魔……?)

 使い魔(ファミリア)は、通常ならばねずみからすなど、術者より精神的に劣る存在と霊的パスを結んで使役する。だから術者より強大な力を持つ使い魔というのは、よほど特別な儀式を行うか、特殊な聖遺物でも使わない限り起こり得ない。

 だから、コレは使い魔ではない。

 あるいは精霊、或いは悪魔、或いは天使、或いは――神。

 人間が使役するには強大過ぎる存在だと、フローラの感覚が告げていた。

「…………」

 ――と。

 フローラが思考に没頭している間に、武装集団の一掃が完了したようだ。気絶しているメルウィンはアイリーンの護衛の騎士達が回収し、リオンやヴァネッサがまだ生きている人間を情報収集のために掻き集めている。

「強いわね、二人とも。流石、ゲームでの直接戦闘担当なだけあるわ」

 手伝うのが面倒臭いのか、或いは休んで少しでも魔力を回復させようとしているのか、リオンとヴァネッサの作業を眺めながらクリステルがフローラの横に来た。

 口調が変わり、呼び方まで変えられてすぐに話しかけられても、距離感が分からずフローラはしばし話題に悩んでしまう。

 ――ややあって、

「……妹系ツンデレヒロインのクリステルは、魔術師ではなかったはずですが」

「まぁね。でも、私には力が必要だったから。……というか、それを言うならフローラ=エーデルワイスも本来は生きていないはずよ」

「…………」

 まさかそこだけで、フローラが転生者だと判断したのだろうか。だとしたら、彼女は相当原作に詳しいか、もしくは浅慮なのか、どちらかだろう。

「……その口調がなんですか?」

「えぇ。貴女も砕けて良いのよ?」

「わたしはこれがですよ」

「わお、敬語キャラ」

 言うほど敬語を心掛けている訳でもないので微妙なのだが、言わせておく事にする。

 ――そろそろ良いだろう。そう判断したフローラは、こう切り出した。

「……それで。どうして転生者だと明かしたのですか?」

 あくまで妹系ツンデレヒロイン・クリステルのまま、魔術を使う方法もあったはずだ。むしろ今転生者だと明かして混乱を招くより、『内緒で練習して使えた』ふうよそおった方がまだ彼女にとっては都合が良かったはず。

 横目で静かに睨むフローラに、僅かばかり足を引くクリステル。なんとか持ち直し、緊張感の滲む顔で返す。

「……転生者の味方が欲しかった、って答えじゃ駄目?」

「…………」

 嘘ではないだろう。けれど、本当の事も言っていない。そんな表情だ。

 しかしそれ以上フローラは追及しなかった。

 愛しの婚約者様、リオンがフローラを呼んだからである。

「この話は、また後で」

「はーい」

 ひらひらと手を振るクリステルに背を向け、手招きするリオンのところまで小走りで向かうフローラ。リオンの周囲には捕らえた者達が転がっていて、泡を吹いたり失禁したりと凄惨な事になっていた。

「フローラ。……こいつら、やっぱりエルシーの言っていた通り、ギルガメシュの使徒じゃなくて〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟だった」

 捕らえた者達の尋問――というか拷問――を終えたリオンが、そう伝えてくる。

 フローラは騎士達に縄で縛られている〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟達を眺めながら、

「……体に魔法陣が刻まれていたりは?」

「無い。武器類も全部回収したが、奴らの紋様はどこにも無かった」

 ギルガメシュの使徒の紋様――黄金の剣と弓が交差し、上部分に太陽を飾ったもの。目立つ配色なので見落とす事はないだろうから、彼らは本当に白だったようだ。……いや、レティーシャの誘拐をしている時点で黒ではあるが。

「……他に何か聞き出せましたか?」

「レティーシャは屋敷の地下に居る事、雇い主はモルドバーグ=ベルクリム伯爵である事、〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟のボスは雇い主の近くに居る事、この三つは分かった。ただ、エルシーの言う『あのお方』が誰なのかは分からない。……赤っぽい銀髪の男が近くに居た、って情報はあったが、それだけで人物特定なんか不可能だろう」

「――それなら、心当たりがあるじゃない」

 口を挟んできたのは、盗み聞きしていたクリステル。

 金髪ツインテールの少女は、その視線をフローラへと向けて、

「赤みがかった銀髪を持つ一族。()()()()、母親の髪色が何であろうと一族の色が出るのよ」

「…………?」

「だから、」

 今度は目だけでなく、ビッとその指先をフローラの頭部――その艶やかな銀の髪に突きつけて、

「魔術師の名門エーデルワイス家。の一家の子供は、全員赤っぽいぎんを持っているのよ。表記は基本的に『赤髪』か『銀髪』にされちゃうけど」

 つまり。

 彼女が言いたい事は。

「『あのお方』は……わたしの――」


 と、言い切る直前の事であった。

 ズズ……と、空気が切り替わる気味の悪い感覚が肌を伝った。


「……っ。屋敷の結界が、切り替わった……?」

 フローラが感じたものと同じ感覚を味わったのだろう。肌をさすりながら、眉をひそめてクリステルが呟く。

 しかしその言葉に返答は無い。フローラもリオンも、別の方を向いていた。

 荒れ果てた庭ではなく、子爵邸にしては豪華に装飾された屋敷。庭とは違って理解し難い趣向で飾られたそこから現れる、五つの人影があった。

 その中の一人――ややふくよかな体型の、事前情報が無ければ無害な一般人だと勘違いしそうな人相の男が、貴族らしい堂々としたていで口を開く。

「このような貧相な屋敷にお集まり頂き、恐悦至極で御座います、殿下方」

「――モルドバーグ=ベルクリム、伯爵」

 思わず零すように名を口にしたのは、気絶中のメルウィンを介抱しているアイリーンであった。

 目を見開き驚愕する者、訝しげに眉をひそめる者、事情を知っていて睨み付ける者。自分の登場によって引き起こされた様々な反応を見て、モルドバーグは満足げに一つ頷く。

「どうです? このお茶会(ティーパーティー)は。なかなかしゅに富んでいるでしょう」

「……随分吃驚(ビックリ)させられたわ。趣味が良いじゃない」

 気丈に返したのは、クリステル。口元に挑戦的な笑みを浮かべて伯爵をめつける彼女は、密かに魔術を構築して、伯爵の首を狙っているようだ。

 けれどそれを察知しているのか、或いは何があろうとも対応できるようになのか、モルドバーグと共に登場した残り四人が、対抗魔術カウンタースペルを準備している。魔術師の腕が良いのだろう、静かに魔力を高め魔術を組み上げていく様は、彼らの熟練さを窺えて――しかし。

(……いえ。これは、敵の魔術への対策ではなくて――)

 気づいた時には、もう遅かった。

「それでは場も温まってきたところですし、メインディッシュをお召し上がり下さいませ!」

 ニヤリと笑うモルドバーグ。パチンッと指を鳴らし、――それは起こった。

「「「「さぁ、塗り潰せ。この場は偉大なる黒い巨人(スルト)が門を守りし世界の南端、創始より栄えし灼熱の国(ムスペルヘイム)であるッッッ‼」」」」

 モルドバーグの後ろに控える四人の魔術師が同時に詠唱した、――瞬間。


 ――華やかな庭園は、世界を飲み込む獄炎で覆われた。



 次回も宜しくお願いします。

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