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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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第十九話 煉獄の茶会Ⅶ -義妹-



 思えば当時、少女の世界はほぼ箱庭だけで完結していた。

 何故なら、名前すら覚えていない母親のまたぐらから生まれてから黒スーツの魔術師どもが持ってきた膨大な金と自分自身とが交換されるまで、たったの四年。そして箱庭にて七年間暮らし、その五年後――十六歳の時に命を落とした。つまり、彼女の人生の半分近くを箱庭で過ごしていたという事になる。

 更に言えば、彼女の人格形成に影響を与え、そして――最も輝いていたと思う時代が箱庭で『家族』と過ごしていた頃だから、余計にそう感じてしまう。

 ――けれど。

『……どういう……事だ、つきッ』

『…………命令、ですから』

『家族』と慕い、七年もの歳月を共に過ごした少年を冷たく見下ろし、はなぞの月葉は刀を握る。

 それは過去の光景。悔やんでも決してやり直す事のできない、彼女の罪。

 転生し、今ではもう殆ど思い出す事はなくなっていたけれど、こうして目を閉じると、ふとたまに脳裏に浮かんでくる事があるのだ。

 まるで、忘れてはならないとでも言うかのように。

『ふざ……けるな。ふざけんじゃねぇ! 俺は……俺らは自由を掴んだんだッ! やっとの事で逃げ切ったんだッ! なのになんで、「家族」に連れ戻されなきゃなんねぇんだよぉッッッ‼』

『……命令ですから』

『テメェはそれしか言えねぇのか⁉ 何が命令だ、何が任務だぁ! 「教会」の奴らの言いなりになんざなってんじゃねぇ‼ テメェも自由になれよッ! テメェにはその力があるだろうがよぉッ‼』

 ――果たして、そうだっただろうか。

 確かに花園月葉は、箱庭の子供達モルモット――大人達は天上を掴む者(シエルス)と呼んでいた――の中ではかなりの好成績を叩き出していた。けれどそれが、箱庭を管理する大人達にも通用したかといえば、首をひねらざるを得ない。

 そもそも月葉達に魔術や戦闘技術を仕込んだのは大人達だ。別に弟子は絶対に師には敵わないと言うつもりはないが、手札の殆どを知られている以上、勝率はかなり低い。子供達は『器』としてかなり良質であり、戦闘能力は高いし頭も良かったので仕込まれた技術以外にも様々な武技や魔術を習得していたが、それでも年齢差を考えると厳しいと言わざるを得ないだろう。

 そして何より――抗おうという気概が既に失せているのが問題だった。

『……、「教会」の命令は絶対ですから』

『ッ⁉ ……クソッタレが。洗脳って訳でもねぇ……お前まさか、「折れちまった奴」か?』

『……そうなのかも、知れませんね』

『…………ちっ』

 血溜まりに沈んで、刀の切っ先をその頭部に当てられてもなお舌打ちが打てる彼は、相当肝が据わっているのだろう。……いや、相手が『家族』だったから、そのような態度が取れたのだろうか。

『……る前に、一つ聞かせろ』

『……なんですか?』

『お前は、なんて名前だ?』

 この質問の意味が、フローラとなった今でも分からない。

 けれど当時、月葉は何も考えず、ただこう答えていた。

『――花園月葉です』

『……そう、か。()()()()()

 満足そうに笑う彼。僅かにその深紅の瞳を揺らした月葉は、一瞬だけ躊躇して――それでも命令に従い、刀を振り下ろした。


 ――何に満足したのか、何が嬉しかったのか。彼の死に際の心情は、全くもって理解不能だ。

 いや、彼だけではない。

 その後も月葉は何人も『家族』を手に掛けてきたが、最初は皆様々な手段で反抗するも、最後の最後――死の間際では必ず、笑っているのだ。

 まるで、月葉に殺されるならば仕方がないとでも言うかのように。

 己の息の根を止めるのが『家族』ならば、許せるとでも言うかのように。

 彼らは少し寂しげだが、どこか嬉しそうな微笑みを浮かべるのだ。

 ――それが、無性に月葉の心を搔き乱す。

 転生してなお、棘を残す。


   ◆ ◆ ◆


「……裏切り者と罵られても、当然だと思っていたんですけどね」

「…………? どうした、フローラ?」

 レティーシャからの手紙に記されていた茶会の会場であるボルグルック子爵邸へ向かうため、はたから見て異常だと思われないギリギリの速度で飛ばす馬車の中。ぽつりと呟いたフローラは、怪訝な表情で顔を覗き込んでくるリオンに「何でもありません」と首を振る。

 何故、このタイミングであの時の事を思い出すのか。もしかしたら少しだけ、おかしな予感を感じたからかも知れない。

『裏切り』――妙に、この言葉が引っかかる。

 魔術師の勘は馬鹿にできないというが、信用しすぎるのも考えものだ。せいぜい心の片隅に留めて置く程度で良いだろう。――そう理性では判断できても、心が忘れるなと邪魔をする。

(……今考えても、仕方がありませんね)

 意識して頭を切り替える。少し強引なくらいがちょうど良い。前世――〝せいせい教会〟で神罰者(パニシュメンター)をやっていた頃、高頻度で使っていた方法だ。肉体が変わった今でも、流れるように使える。

 過去の思い出にひたっていた脳がようやっと動き出したので、ひとまず現状整理に取り掛かる事にした。

 ――現在、フローラ、リオン、ヴァネッサ、クリステル、アイリーンの五人は、アイリーンが用意した王家所有の馬車でボルグルック子爵邸に向かっている。

 エルシーのもたらした情報では、彼女の言う『あのお方』とモルドバーグ、そして〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟というモルドバーグが雇った傭兵団がレティーシャの誘拐及びメルウィンの()()に関わっているらしい。あと場所指定がボルグルック子爵邸な事から、ボルグルック子爵も協力しているか、もしくは後でモルドバーグが罪をなすり付けるために利用している事が推測できる。

『あのお方』とやらは気になるし、〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟とか言う思春期の少年が付けるような名前の傭兵団の事も気に掛かるが……しかし問題は、たびの件にギルガメシュの使徒が関わっていないという可能性が出てきた事だ。

 スラム街のボロ屋敷でギルガメシュの使徒どもを蹂躙した時、確かにギルガメシュの使徒は「公爵家の姫を誘拐する」と言っていた。けれどエルシーは、ギルガメシュの使徒など関わっていないと言う。

(でも……モルドバーグ=ベルクリム伯爵がギルガメシュの使徒と繋がっている事は間違いないんですよね)

 そちらはリオンが調べ、実際に黒と判断した情報だ。フローラがグラハムを探って辿り着いた場がリオンがモルドバーグから辿った場と同じだったので、確実だろう。

(となると……エルシーが嘘をついているのでしょうか? 十分に有り得る事ですが……)

 もしくは、単に彼女が知らなかっただけか。あるいは『あのお方』とやらがギルガメシュの使徒の関係者で、それを下には隠しているという可能性もある。

(……まだ確定できませんね。何か、見落としがある気がします)

 それが何なのかは分からない。けれど彼女の――前世を合わせた――経験上、そう結論付けるのが妥当であった。

 と、思考を続けていると、不意に馬車が急停止した。ボルグルック子爵邸に到着したのだろう。かなり急だったため慣性力によって体が倒れかけるが、鍛えているフローラやリオン、ヴァネッサは微動だにしない。意外にもクリステルは倒れず、アイリーンだけ転がりそうになっていた。

 どうやら門が閉まっていたようで、御者が門番に開けるように交渉している間、馬車内で待機する。

 しばし無言で待っていたが……なにやら揉めているようで、外からは怒声にも近い言葉の応酬が聞こえてきた。

「誰も入れられない、だとさ」

 窓から顔を出して聞き取ったリオンが、車内の令嬢達に怒声の内容を伝える。リオンの向かいに座るアイリーンは、眉をひそめ首を捻った。

「……この馬車は王家のものなのだけれど?」

「それでも、だそうです。ま、やっている事を考えれば当然でしょうが」

 肩をすくめるリオン。

 ボルグルック子爵邸内では恐らく――というか確実に、犯罪行為が行われているだろう。レティーシャを餌にして釣り出したメルウィンを脅すか、捕らえて他国にでも売り飛ばすか、あるいは殺害してしまうか。何にせよ、うっかり誰かに現場を見られては破滅してしまうのだし、誰であろうと屋敷にれないのは正しい対策だ。その追い払い方が下手なのは問題であるが。

 しかし、ここで立ち止まる気は無いし、おとなしく帰るのは論外だ。そしてこの場には城への不法侵入に躊躇いが無かった倫理観が微妙に吹っ飛んでいる人間が三人もいるので、当然取る手段は決まっている。

「説得は時間の無駄ですし、強行突破しましょう」

「はえ⁉ ちょ、フローラ様⁉」

 ヴァネッサが驚愕しているが、フローラに止まる気は無い。リオンもクリステルも――そして意外な事にアイリーンも賛成のようで、止めるメンバーが完全にいなかった。というかヴァネッサも驚愕してはいるが、反対はしていないので、それ以上拘泥しない。

「じゃ、行くか」

 王家の特注のふかふか座席から立ち上がり、リオンを先頭にして馬車から跳び出した。フローラ、クリステル、アイリーンと続き、ヴァネッサは最後。戦闘能力の無いクリステルとアイリーンを守るための配置だ。宮廷勤めの使用人として最低限の護身術を会得しているエルシーを連れてくれば護衛にできたかも知れないが、まだ完全に信用できるとは言い切れないと城の騎士に預けてきたため、今有る戦力でカバーするしかない。

 この並びの場合、主にリオンが敵陣に斬り込み、フローラがアイリーン達を守りつつ魔術でリオンを支援する形になるので、やや火力が足りない。が、子爵程度が雇える門番はさほど質が良い訳ではなく、数秒と掛からずリオン一人で全て無力化してしまった。伯爵の私兵や傭兵団〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟の可能性もあったが、どちらにせよ騎士団長の息子が苦戦する相手ではない。

「流石です、リオン様。そのまま門も壊しちゃって下さい」

「はいはい」

 適当に返事をしたリオンは、鉄柵の門を【破壊】の魔術で吹き飛ばして侵入口を作ると、そのまま敷地内へと侵入した。それに続いてフローラ達も突入する。

 アイリーンの護衛として馬車に付いて来ていた騎士達が困惑していたが、アイリーンの「付いて来なさい!」の一言でひとまず理由を訊かずに追従する事にしたようだ。それで良いのか王国騎士、と思わないでもないが、今は説明で余計な時間を食いたくないので有り難い。

 ふと、屋敷に張られた魔術結界の気配を感じたフローラは、僅かに目を細める。

「これは……空間隔絶の魔術ですか。屋敷を守る結界としては(ぎょう)(ぎょう)しいですね」

 外からは中の様子がいつも同じに見え、中でどれだけ音を立てようとも外には全く伝わらない。まさに隔絶された箱庭を作り出す魔術結界だ。良くも悪くも異常が外へ伝わらなくなるので、王都の建物には使用禁止とされているのだが――。

「……ビンゴって事か」

 リオンの言葉に、フローラは頷いて肯定する。

 結界の他にも、屋敷の周囲に人払いの魔術が掛けられている。系統としては呪術――まじないが近いか。恐らくだが、空間隔絶が破られてもすぐには騎士団などに異常に気付かれないようにするためだろう。

 そう分析しながら、結界内へと侵入して――そこで。


「うわぁぁぁああああああああああああああああああああああああ――ッ⁉」

 メルウィンの悲鳴が、皆の耳朶を叩いた。


「……ッ‼」

「急ぐぞっ!」

 リオンの硬い声に頷き、速度を上げる。アイリーンはやや遅れ気味であったが待ってはいられない。そちらは護衛の騎士達に任せ、四人は悲鳴の方へと疾走した。

 ものの数秒で見えてきたのは、恐らく夫人がお茶会(ティーパーティー)にでも使うのであろう華やかな庭園。しかし庭師によって趣味良く整えられていたそこは今、物騒な得物を装備した集団が気弱な王子様を囲って縄で縛るという異常な事態によって、酷く危険な場へと変貌していた。

「メルウィン殿下⁉」

 ヴァネッサの悲鳴混じりの呼びかけと同時、フローラは疾走中に脳内で構築していた魔術を起動。空気中の水分が一瞬で凝結し、さいひょうの嵐とって武装集団へと襲い掛かる。

「くっ、襲撃だ!」

「騎士団か⁉」

「子供の魔術師だ! 後ろに騎士もいる! とっとと殺せッ‼」

 武装集団の中にいる魔術師がフローラの攻撃をしのいだようだ。防がれる前提だったので問題はないが。

 いで動揺をすぐさま抑えたリーダー格の人間が短剣を投げ放ってくる。それをフローラの前に躍り出たリオンが長剣で弾き、そのまま敵陣へと斬り込んだ。

 ――が、

「止まれッ! こっちには人質がいる‼」

 縄に縛られ苦しげな呻き声を漏らす第一王子がリーダー格の男の前にかかげられ、リオンは足を止めざるを得ない。付いて来たアイリーンの護衛の騎士達も剣を鞘から抜きかけた体勢で止まっており、場は一瞬で膠着した。

 しかしメルウィンの命を握る側は、止まる必要などない。

「おおっと動くなよ! 王子サマの首に物騒なモン突き入れられたくなきゃなぁ! ――お前ら今のうちにれッ」

 リーダー格から命令が下り、武装集団は一斉に武器を抜いて襲い掛かってくる。けれど抵抗する訳にはいかない。メルウィンの命は、この場に居る誰よりも重いのだから。

 せめてメルウィンを拘束するリーダー格の男をどうにかできれば、状況は僅かでも好転するのだが――。

(魔術であのリーダー格を狙いましょうか……? いえ、メルウィン殿下に当たる可能性がありますし……)

 フローラの魔術は基本的に必殺だ。生かす事など考えず、確実に命を奪うための術。だから誤射した場合、シャにならない結果になる。

 こういう時、強風で薙ぎ払ったり、精神干渉系で無力化させたりと、人質の死の危険が無い魔術が使えれば便利なのだが、生憎とフローラはその系統は習得していない。リオンも扱う魔術が【破壊】なところから分かるように、『安全な倒し方』はできないだろう。

 手詰まりか。もういっその事、リーダー格の狙撃という賭けに出るか――と考えた時。

「仕方ないわね。ちょっとしゃくだけど、タンムズにも少し力を貸して貰うとして。後はぶっぱなせばいっか」

 そう溜息混じりに呟いたのは、金髪ツインテールと猫目が特徴の少女――妹系ツンデレヒロイン、クリステル。

 しかし今、彼女はゲーム本来のキャラに合わない口調で呟きながら頭部の二つのリボンをしゅるりとほどき、トレードマークのツインテールを崩した。

 そして。

 その手を前へと突き出し――少女は、くちずさむ。

「我がかいなきょうあくなるいしゆみ。放つは暴虐なる狂風の砲弾ッ!」


 直後。

 ゴッッッ‼‼ という鈍い打撃音とともに、武装集団が丸ごと吹き飛んだ。

 

「な――っ」

 あまりの威力に絶句するフローラ。

 いや、驚いたのはそこだけではない。

 無事なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あぁ、大丈夫よ、()()()()()。メルウィン様は、私の……使い魔的な奴が守ってるから」

 お様ではなく、フローラ様。そう呼んだクリステルは――いや、()()()()()()は、いつの間にかその髪を一つに結んでいた。

 ポニーテールを揺らし、『妹キャラ』をすっかり消し飛ばしてしまったクリステル=スプリンディアは、愛らしい猫目を妖しく細め、ささやくように言う。


「さぁ、残りを片付けちゃいましょう? ()()()()()()()()()()()なんて、長引かせると面倒臭い事になっちゃいそうだし」



 バレバレでしたかね、彼女の正体。

 次回も宜しくお願いします。

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