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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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第十七話 煉獄の茶会Ⅴ -状況整理-



「――つまり、レティーシャちゃんは誘拐されたのね?」

 幸いにも第一王女殿下は理解速度が速く、また年齢が一番上な事もあって知識が豊富であり、フローラが持っている情報をある程度纏めて話してもすぐさまそのほとんどを理解してしまった。

 今は時間が惜しいのでその理解力が有り難い。フローラはアイリーンの言葉に頷き、答える。

「はい。その犯人がギルガメシュの使徒だと思っていたのですが……」

「そこの侍女が否定した事により、他の輩の可能性が出てきた、と。……そもそも何故ギルガメシュの使徒だと思ったのかしら?」

「……、ええと。リオン様直属の配下が入手した情報に、ギルガメシュの使徒がレティーシャ様の誘拐を企んでいるというものがあったので……」

 流石にスラム街の件を話す訳にもいかず、そこだけは適当に考えた『それらしい嘘』を口にする。実際にリオンはどこからかその天然(たら)し属性の驚異的な力でもって連れてきた人間(例外なくリオンを崇拝レベルで慕っている)で結成した直属の隠密部隊を持っているので、嘘だと断定できないだろう。

 真実とは違う形で話に出されたリオンは一瞬片眉を上げたが、誰かに見咎められる前に表情を改めた。幸いアイリーンはフローラの方へ意識を集中していたようなので、気付かれる事はない。

「……でも手紙には、ボルグルック子爵邸で待っているって書いてあったわよね?」

「そうですね。確実に罠でしょうが」

「となると、本当にそこで待っているとも限らないという訳ね……厄介だわ」

 アイリーンが厄介だと言ったのは、呪いの事だろう。これがあるおかげで、彼女達は騎士団や魔術師団に頼る事ができない――つまり、分かり易い解決手段である『大人の力』にすがれないのだ。

 最年長のアイリーンでも、まだ十五歳。早熟な子供が多い貴族社会にせいを受けたとはいえ、学園で見聞を広め能力を育てている段階だ。こういった事態に己の力だけで臨むには、あまりに若すぎる。

「……ともあれ、レティーシャちゃんが誘拐されたと分かっているのだし、そしてメルウィンがまんまと釣られてしまった以上、こちらも動かない訳にはいかないわね」

 何かに頼る手段はない。自力で障害を一つ一つ突破するしかないのだ。

「……一応、訊いておきますけど」

 そう前置きをして、フローラは視線をどことなくぼんやりとしている侍女へと向けた。致命傷からの魔術による急激な治癒ので体が付いてきていないのだろう、ふらふらとともすれば倒れてしまいそうな体をリオンに支えて貰っている。貧血が状態としては近いか。

「この呪い……伝達不可ワーニング・キャンセルでしたか。お手軽な解呪方法は有りますか?」

 問いに対し、侍女は顎に手を当て考えるような素振りを見せる。その重く鈍い頭を何とか働かせ、ややあっておもむろに唇を開いた。

「……解呪方法は、一般的な呪い(カース)と同じよ。経路(パス)が繋がった術者の殺害、第三者による術式の破壊、聖水等の強力な聖性による浄化」

「現状だと、一つ目以外にやりようがありませんね……」

 第三者による術式の破壊は、魔術師団長であるフローラの父・アイザックに頼めば恐らくは可能だろう。ただしアイザックはこういった細かい術式解析は苦手だったと記憶しているので、時間はかなりかかってしまう。というかそもそもこの手の呪いは他者へ呪いの存在を告げる事すら禁じているので、この方法は使えない。そして聖水等の強力な聖性を宿した物資などそう簡単に手に入るものではないので、三つ目の方法も難しい。第一この世界では魔術師と教会の仲はそれほど良くないようなので、コップ一杯分の聖水でも手に入れるのに金貨の山を積まねばなるまい。流石に貴族の令息令嬢とはいえ、個人資産では無理があった。そもそも聖水を譲ってもらえるとも限らないのだし。

 以上の事より、フローラ達は一つ目の方法以外に取れる手段がなかった。

「……このメンバーで敵陣に斬り込むって事か」

 リオンが皆を見渡して呟く。

 この場に居る呪いが掛かった面子メンツ――フローラ、リオン、ヴァネッサ、クリステル、アイリーン、そして敵ではあるが、リオンが丸め込めば引き込めるかも知れない侍女。圧倒的に戦力が足りていない。

「でも救援を要求できない以上、このメンバーで行くしかないのか……」

「待って下さい。ヴァネッサはともかく、アイリーン様やクリスちゃんまで連れて行くつもりですか?」

 眉をひそめて訴えるフローラ。戦力外をわざわざ守りながら連れて行く必要などないと主張する。けれどリオンはフローラの言いたい事を理解して、それでも連れて行くと言う。

「ああ。……まぁ俺も、他人を守っている余裕がない事は分かっているさ」

「なら、」

「でもな」

 言葉を遮り、リオンは続ける。彼の視線はフローラではなく、侍女へと向いていた。

「メルウィンが手紙を読む時に俺達が居る事まで敵さんが想定していたのは明らかだろう。この侍女が呪いを発動させたタイミングなんて特に、上手くできすぎているからな」

「……つまり、呪いを掛けられたメンバーは、狙われていると判断した方が良いという事ですか?」

「ああ。流石、魔術師サマは理解が速い」

 リオンの軽口を聞き流し、フローラは先の話を少しばかり思考する。

 確かに、彼の言う通りだ。皆が集まったタイミングで届いた手紙、メルウィンが出て行ったところで発動された呪い――それらを引き起こした侍女をリオンが助けるところまで敵のてのひらの上だとは思いたくないが、明らかに上手く流れを()()()()()()()()()。ここまで全て相手の想定通りだと考えるのが自然だ。

 相手が呪いをかけた理由は恐らく、というか確実に口封じのため。殺した方が確実だろうが、リオンかフローラの戦闘力を知る者がいて、それを警戒したためという線もあり得る。もしくは殺すと不利益だから、あえて生かしたまま誘拐の件だけ話せなくしたか。どちらにせよ、呪いを掛けられた面子メンツは安全とは程遠い位置に居る。

 ならばまとまって敵地へ挑む方がまだ安全か。戦えるフローラやリオン、ヴァネッサの負担は大きいが、助けを求められない以上今ある戦力だけで考えるしかない。

「……では、全員でボルグルック子爵邸へ向かいましょう」

「大至急、かしら?」

「勿論です」

 了解、とアイリーンが頷き、馬車を用意しに部屋の外へ飛び出した。ボルグルック子爵邸へ馬車を出す名目は彼女らしく『恋バナをしていたら逃げたメルウィンを追うため』とかそんなところだろう。レティーシャの名前はかつに出せないのでお茶会の件は隠すだろうが、メルウィンの事ならとことん話にできるので、メルウィンの外聞が悪くなる事でも平気でネタにしそうだ。

 状況説明の間に大分調子が戻った――というか意地で戻したのだろう――アイリーンのしたたかな様子に淡く微笑んで、それからフローラは視線をヴァネッサとクリステルへと向けた。

「ヴァネッサとクリスちゃんはアイリーン様に付いて行って下さい」

「いえしかし、私はフローラ様の護衛なので……」

 渋るヴァネッサに、しかしフローラは譲らない。

「わたしにはリオン様がいますので大丈夫ですよ。それよりも、今は呪いが掛かっているアイリーン様の方が心配です」

「それは……、いえ、分かりました。しかし何故、クリステル様も私と一緒に――、っと、いえ何でもありません。了解しました、我が主」

 途中でフローラが侍女の方へ視線を向けた事に気付いたのだろう。ヴァネッサは話を切り上げ、早々にクリステルを連れて退室し、アイリーンを追いかける。

 しばしの沈黙。意図的に人払いした所為でこの場には三人しかおらず、防音性に優れた第一王子の私室は外界の音を完全に遮断している。各々の息遣いだけが、耳に届いた。

 ――やがて、

「……それで、わざわざあの人達を追い出してまで、何の話がしたかったの?」

 侍女がおもむろに唇を開き、そう訊いてきた。その質問を予想していたフローラは、しかし少々場違いに思われる質問を口にする。

「貴女、名前は?」

「……は?」

「ですから、貴女の名は何だと訊いているんです。ファミリーネームは言わなくて良いですよ」

 何故そんな事を問うのか分からないと眉をひそめながらも、侍女は名乗る。

「……エルシーよ。姓は無いわ」

「そうですか。では、エルシーさん」

 くるりと身を翻して背中を見せると、フローラは顔だけ振り返って侍女を見詰めた。そしてその紫紺の瞳に妖しげな色を浮かべ、彼女は獲物を捕らえた魔女の如く微笑んでみせる。

は、信頼できない魔術師には明かさない方が良いですよ。魂レベルで縛られますから」

「――え?」

 ぎょっと目を見開く侍女、エルシー。

 気付けば、頭が重い。鼓動が嫌に速い。鉛でも詰まっているかのように喉の通りが悪く、呼吸がだんだんと荒く変化していく。異様な雰囲気を纏う目の前の少女の瞳に自身の姿が映ると、全身があわってどっと汗が吹き出し、思わずじりっとあと退すさっていた。

 ――そんな彼女たちの姿を見て、溜息を吐くのはリオン。彼はわざと意地の悪い笑みを浮かべる婚約者に呆れた視線を向け、

「カーバンクルを使うになった腹いせにエルシーを弄るのはめろ。怨むなら相手は俺だろうに……」

「……別に、気にしていたのはそっちではないんですけどね」

 ぼそっと呟いた言葉は、天然(たら)し野郎には届かなかったようだ。まぁ聞かせる気も無かったが。

 ともあれ、もう一度くるりと回って再度エルシーと相対した時には、すっかり先ほどの異様な雰囲気は消え去っていた。代わりに、いつものどこか冷たい空気が纏わりついていたが、それが彼女の平素であり特徴でもあるので誰も気にしない。……エルシーはまだ顔が引き攣っていたが。

 フローラは薄く微笑みを浮かべ、エルシーに囁くように問い掛ける。

「何の話がしたかったのか……と貴女は言いますけど、むしろ言いたい事があったのは貴女でしょう?」

「――――」

 まるでひょうが咲くが如き冷たい微笑に、無意識でエルシーは唾を飲み込んでいた。カラカラに乾いた喉にピリッと痛みが走り、それがやけに酷く残る。

「……私、貴女を好きになれそうにないわ」

「そうですか」

 さして気にしたふうでもなく答えるフローラ。本当にどうでも良いのだ。先ほどまで敵だった――フローラの中ではまだ敵という認識だが――相手にどう思われていようと、興味が湧かないので。

 しかしその様子が気にさわるのか、エルシーは僅かに眉をひそめて苛立ちを表す。

 それでもなおフローラが視線で話を促してくるので、やがて折れた彼女は睨む目を一度閉じ、再び開いてから唇を動かした。

「……まだ、私の中で整理がついていないから、あのお方の事は言えないけれど……一つだけ、情報を教えさせて」

「…………」

 無言で先を促すフローラ、リオン。

 リオンがき落としたおかげで、かなり気持ちが『あのお方』からリオンの方へ傾いているようだ。この調子で甘い言葉を囁き続ければすぐに彼女は寝返るだろう。信頼はできないが、彼女の持つ情報が得られるなら引き込んでおくメリットは大きい。

 二人からしっかりとした視線を感じているエルシーは、しばらしゅんじゅんするように唇を開閉していたが、やがて決心したかのような表情を見せ、告げた。


「今回の件……レティーシャ=セルディオンの誘拐及びメルウィン=フォン=ワイズレットの()()に関わっているのは、あのお方と、モルドバーグ=ベルクリム伯爵……そして、伯爵が雇った傭兵団〝赤き夜の騎士(レッドナイト)〟よ」


 また余計な集団が出てきやがりましたか、とフローラは舌打ちしたい気分になった。



 因みに、エルシーにも呪いは掛かっているので、レティーシャの誘拐に関してフローラ達と情報共有が可能です。

 次回も宜しくお願いします。

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