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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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第十五話 煉獄の茶会Ⅲ -呪-



 リオンとヴァネッサはともかく、フローラとクリステルの格好は王城へ入るには適さないので、正攻法で入る訳にはいかない。だから必然的に不法侵入する事になった。……その考えがまず一番に思い浮かんだこの面子メンツは、色々と不味いかも知れない。

 リオンとヴァネッサは騎士団に関わる事が多いので、騎士の巡回経路をある程度把握している。その情報とフローラの隠密系の魔術を駆使する事で、侵入開始から一時間と経たずにメルウィンの私室に辿り着く事ができた。

「(……というか、なんで誰も不法侵入に忌避感がないんですかね?)」

 ヴァネッサの今更な呟きが聞こえてきたが、誰も返答する事はなかった。各々貴族らしくない事は自覚しているので。

「……中には、メルウィン様の他にも数人居ますね」

 扉にはり付いて室内の気配を読んだフローラがそう口にする。クリステルを除いてここに居るメンバーは皆戦闘技術を叩き込まれた人間なので言われずとも分かっているが、確認のために口に出したのだ。

「普通に入れてもらうか?」

 リオンの問いに対し、フローラは首を横に振る。

「この格好で、ですか? 使用人に追い返されるでしょう」

「なら、王城に居ても問題ない格好の俺とヴァネッサ嬢が応対して、フローラとクリステルは魔術で姿を隠して後ろから付いて来るってのは?」

「それなら……まぁ、大丈夫です」

「よし。じゃあやろう」

 王城に入る時にその手を使わなかったのは、いくらフローラが天才的な魔術の腕――本人はそこそこ得意程度にしか思っていないが――を持つとしても、堂々と衆目に晒される状況で見つからずにいられるのは二、三分程度が限界だからだ。その手のスペシャリストならば霊視にけた魔術師に凝視されても一時間隠密状態を保たせられるかも知れないが、箱庭時代に『必須技能だから叩き込まれた』程度のフローラでは、一般人相手でも完璧に見つからないという確信はない。

 それでもまぁ、少しの間ならば問題ないだろう。ただ、第一王子殿下の近くに侍る使用人は護衛も兼ねているため、皆何かしらの戦闘技術を会得している。熟練の魔術師がいなければ即行で看破される事はないだろうが、そう長くはたせられまい。

(Mon )が身(apparence)は影( est une)なり( ombre.)

 他者にも掛けるのでしっかり呪文を唱える。大抵の魔術において呪文とは自己暗示のようなものなので絶対必要という訳でもないのだが、失敗できない時や威力を底上げしたい時、効力を安定させたい時、初めて使う時などにはよく用いる。魔術は本来『儀式』なので、伝統を重んじる古典的な魔術師は呪文を用いらない魔術を邪法としてけなす場合も多いが、まぁ今は関係のない話だ。

 僅かに、フローラとクリステルの周囲に流れる『空気』が変わる。このような奇妙な感覚は初めて味わうのか、クリステルは落ち着かない様子で体を揺すった。

「行くぞ」

 合図し、リオンが扉をノックする。

 王宮勤めの使用人は仕事が速い。すぐに扉が開かれ、見た目二十代のメイド服の美女が出てきた。

「こちらは第一王子殿下の私室で御座います。何か御用でしょうか?」

「あー、俺はスプリンディア公爵が第一子、リオンだ。少しメルウィン殿下に報告する事があるんだが、入れて貰えないだろうか?」

 将来の王であるメルウィン――厳密にはまだ王太子ではないので王になるとは言い切れないのだが、今のところほぼ確定で間違いない――と次期スプリンディア公爵であるリオンは幼少時より深い交流があり、友人関係でもある。だからこうして前触れもなく私室を訪れても、融通がく程度には信頼されていた。

 今はヴァネッサも後ろに連れているので何か言われるかと思ったリオンだったが、その予想に反してすんなりと通される。しかし順調なのは良い事なので、何も余計な事は言わず先導する侍女に続いて入室した。魔術で認識阻害と気配遮断の効果が掛かっているフローラとクリステルもなるべく静かに追いかける。

 事態は茶でも飲んでゆっくりできるほど穏やかではない。だけれど急いでも何も益はない。それを理解して、はやる心を落ち着かせるために密かに深呼吸するリオンを、フローラは考え事をしながら眺める。

(レティーシャ様がメルウィン様のところに居る可能性は考えなくても良いです。けれどレティーシャ様がいつ城を出たのかは知っておきたい。いえ、それ以前に、()()()()()()()()()()()()()()()()()のですが……)

 メルウィンの私室に入ったのは初めてだ。まぁ婚約者か家族でもない限り、王子の私室に入る事など普通は有り得ないのだろうが。……それをゲームでは――寮だったとはいえ――数度(おこな)ったのだから、主人公ヒロインにはある種の尊敬の念をいだく。

 王子だからか本人の趣味なのかは知らないが、豪奢な装飾がそこかしこで輝く部屋。前世は勿論、今世での自室と比べてもぎ込まれた金額が違いすぎるために落ち着かないが、何度も訪れて慣れているリオンは特におくさず、高級ソファに腰を沈める友人に向かって声をかけた。

「メルウィン。突然すまない。少し話があるんだが――」

「あら、あら? リオンちゃんにヴァネッサちゃんじゃない」

 ――と、何故か部屋の主であるメルウィンではなく、第一王女アイリーンが話しかけてきた。

「……何故アイリーン様がここに?」

 予想外の事態に口の端を引き攣らせるリオン。対してアイリーンはくすくすと口元に手を当てて笑いながら、

「ちょっとメルウィンに訊きたい事があったのよ。昨日の事に関して、ね」

「昨日の……って、あぁ、なるほど」

 彼女の性格的に、恐らく――というか確実にレティーシャを呼び出した件についてだろう。アイリーンは恋愛話については目が無いので、婚約者を呼び出した後どんな話をしたのか、レティーシャはどんな反応をしたのか、弟に問いたださずにはいられなかったようだ。学園が休みの期間で暇だからといって、はた迷惑な王女様である。

 しかしこの場合はちょうど良い。自分達もその事について訊きに来たのだから。

「それなら俺も興味あります」

「でしょう? ねっ、だからメルウィン、言っちゃいなさいよっ! 昨日レティーシャちゃんとどんな事をしたのかしら?」

「それとメルウィン。お前、いつ頃レティーシャ嬢を家に帰したんだ?」

 リオンはアイリーンに同調して訊ねる。アイリーンの質問よりリオンのものの方が答え易いだろうから、先に答えて貰えると思ったのだろう。――通常であれば、その判断は間違っていなかった。

 ――だが。


「……えっと。まず、姉上もリオンも、何の話をしているんだい?」


「…………は?」

「…………、んもう、恥ずかしがっちゃってっ」

 どういう事だと訊き返すリオン。アイリーンは一瞬呆然としたが、すぐに弟は恥ずかしがっているだけと判断したようだ。

 けれどメルウィンは、羞恥で答えられない訳でもなく、本気で何の事か分からないと眉をひそめる。

「いや、待ってほしい。君たちは何の話をしているんだい?」

「なに、って……昨日、お前がレティーシャ嬢を呼び出した時の事を聞いているんだが?」

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 メルウィンの切り返しに、リオンは言葉を呑んだ。

 この様子は、とてもリオン達を意図して騙しているようには見えない。そもそも王に向かないポヤポヤ緩い雰囲気の第一王子に、そのような演技ができるはずがないのだが。

「えぇ? でもレティーシャちゃん言っていたわよね、『メルウィン様にお呼ばれした』って」

 確かに言っていた。だからレティーシャは、急いでメルウィンのもとへ参上するために、お茶会を早々に切り上げて馬車に乗ったのだ。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()

(……まさか、呼び出し自体が罠?)

 だとしたら、メルウィンが呼んでいるという嘘をレティーシャに伝えた侍女は、ギルガメシュの使徒の息が掛かった間者だったという事になる。

 四大公爵家に間者がもぐり込むほどギルガメシュの使徒の魔の手が国の深くまで伸びている事は、一応予想の範囲内ではあるのでそこまで強い驚きはないが、しかしこれでセルディオン家は信用できなくなった。そしてそこまで根が深いのならば、万が一という事も考えて王国騎士団や宮廷魔術師団にも救援を求め難い。……もとよりレティーシャの誘拐が確定し説得力のある証拠が見つかるまで救援を求めようもないのだが。

 そこまで判断し、フローラは隠密の魔術を解いた。フローラとクリステルが魔術で隠れている事を知らなかったアイリーンやメルウィンには突然二人が現れたように感じられただろうが、その驚きを踏み倒す勢いでフローラは確認のための問いを投げ掛ける。

「メルウィン様。昨日、わたしの屋敷で開いた……というか開かされたお茶会に参加していたレティーシャ様は、メルウィン様にお呼ばれしたと言って馬車で王城に向かいました。けれどメルウィン様は呼び出した覚えはない……と、そういう事ですね?」

「え? う、うん、そうだけど……ってちょっと待って、今君達どこから来たの? というか、もしかして最初から居たの⁉」

「リオン様やヴァネッサが入室した時に共に入室したのですが……挨拶が遅れて申し訳御座いません」

 認識阻害を掛けていたのだから気付けないのは仕方がない事なのだが、そこは当然黙っておく。

 しかしこれで、レティーシャ誘拐の可能性は濃くなった。というかここまで揃っていれば、ほぼ確定したようなものだろう。

(……問題は、監禁場所が分からない事ですね)

 ――と、そんな時だった。

 よく訓練されているため物音一つ立てず入室した宮廷勤めの侍女が、特大の爆弾を落としたのは。


「失礼致します、メルウィン様。()()()()()()()()()(ふみ)が届きました」


「――ッ⁉」

 馬鹿な、有り得ない――そんな言葉が脳内で溢れかえる。

 いや、むしろこう思うべきだろう。

「……タイミングが良すぎる」

 横で呟いたリオンが、フローラの気持ちを代弁してくれた。頷き、同意を示す。クリステルやヴァネッサも目を細め、想定外の事態に急いで脳を回しているようだった。

「え、レティーシャからなのかい? ふふっ、どんな内容かなぁ」

 婚約者からの手紙に砂糖菓子のように甘ったるい微笑みを浮かべるメルウィン。アイリーンも今の状況に眉をひそめて思考しているようなので、この場で緩い雰囲気を保っているのは彼だけであった。

 彼にとっては婚約者の事が最も優先すべき事なのか、ピリピリとした雰囲気の客人達を放って手紙の封を切った。中から薄桃色に染色された一枚の紙を取り出し、彼はうきうきといった調子で広げる。

「……あれ?」

 読み始めて一秒で、メルウィンは首を傾げた。

「……どうしたんだ?」

「それが……これ、見てよ」

 リオンが訝しげに訊ねると、メルウィンは婚約者からの手紙の内容をリオンに見せた。フローラはそれを横から覗き見し――そこに書かれていたものに、思わず小さくうなる。


『お茶会へのご招待。ボルグルック子爵邸にてお待ちしております。貴方の愛しい人より』


 明らかにレティーシャ――というか、貴族らしくない文章。平民の誕生日パーティーのお誘いでももう少しった文を書くだろうに、これはたった数行で終わってしまっている。誰が見ても、レティーシャ本人が書いたとは思えないものだ。使用人に代筆させたとしても、これほど酷くはならないだろう。

(……いえ)

 フローラが引っかかったのは、そこだけではない。

 静かにリオンに近付き、小声で問い掛ける。

「(ボルグルック子爵って、確かモルドバーグ=ベルクリムと同じ派閥でしたよね?)」

「(あぁ。しかも、かなりモルドバーグに従順だったはずだ)」

 そう。モルドバーグ――リオンが調べてギルガメシュの使徒との関係がほぼ確定していたベルクリム伯爵と、ボルグルック子爵は深い繋がりがある。今ここでその名が出るという事は、無関係とは流石に思えない。

 罠だ。レティーシャを餌に、メルウィンを釣ろうとしているのだろう。あまりに分かり易すぎるが――けれどこのぽわぽわ王子ならば、引っかからないとも限らない。

 そう考え、どうにかして誘いに乗らないようメルウィンを説得しようと思い立ったフローラだったが――。

「……って、あれ? メルウィン様は?」

 第一王子の姿は既に見えない。まさか、もう向かう準備を始めたのか――と思い焦るフローラに、きっちりとどめを刺したのはアイリーンだった。

「もう城も出ちゃったかもね。あの子、レティーシャちゃんから呼ばれたら一分で行けるように、常時準備済みだったから」

「え、」

 ……なんというか、愛があって宜しいと言えば良いのか、無駄な事をしていないで帝王学でも学んでおけと言えば良いのか、悩みどころである。

 しかし今回の場合、『余計な事してんじゃねぇ馬鹿野郎』が正解である。面と向かって言う気はないが。

「今から連れ戻せますか?」

「無理じゃないかしら。あの子、いつもぽわぽわしているけれど、レティーシャちゃんの事に関しては異常に素早いから」

「…………」

 ぽわぽわするなら全部きっちりぽわぽわしておいてくださいよっ! と思わず心中で悪態を吐くフローラ。ゲームでもメルウィンは主人公ヒロインの事に関してだけは無駄に素早かった覚えがあるので、生来の性格なのであろう。ゲームであれば主人公ヒロインへの愛情が本物である事が分かって悶えたかも知れないが、今この状況では憎たらしい事この上ない。

「……追いかけるか?」

 リオンが問い掛けてくるが、フローラは即答しない。

 ――否。正確には、()()()()()()


 その原因は、メルウィンにレティーシャからの手紙を渡した侍女。

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「まずっ――」

 フローラが危険を悟るも、もう遅い。

 直後、ぷたつに引き裂かれた『契約書』が黒い炎に包まれると、この場に居た全員の左腕に、黒き茨が刻み込まれた。

 ――呪い(カース)

 それも、高位魔術師の抵抗力ですら弾けないほど強力な強制ギアス

「あはっ、あははははははっ、あっはははははっはははははははは――っ!」

 地球ぜんせにおいて数々の高位魔術師をほふってきたフローラすらくだして見せた侍女は、弾かれたように笑い出す。

 意味が分からず呆然とするヴァネッサとアイリーン、歯軋りするリオン、侍女を射殺さんばかりに睨み付けるクリステル、そしてすぐに解呪しようとして、被術者では解呪不可能な事に気付いて唇を噛むフローラ。それぞれの反応を示す少年少女に、侍女は勝利宣言の如く言い放った。

「これは呪いよ。伝達不可ワーニング・キャンセル呪い(カース)……『レティーシャ=セルディオンの誘拐に関する事象』を、他者へ伝える事ができなくなるって効果の、ね」

「なっ――」

 つまり、これで本格的に、他者に頼る事ができなくなった。

「呪いを掛けられた者同士では伝え合えるけど……それじゃ、意味ないし。これで手詰まりでしょ? ふふっ、あはははははっ! ざまぁないわね! お坊ちゃんお嬢ちゃんが誰にも頼れず、友人が攫われるのを知りながら指をくわえてプルプル震えている事しかできないなんて‼ あぁ私、本当に良い役を任されたわっ! ()()()こんな面白い状況に立ち会えるんだからっ‼」

 呪いは本来、掛けた術者が魔術を維持できなくなるか、第三者が魔術式を解析して解呪しない限り、消える事はない。系統によっては聖水を使ったりお祈りしたりで消す事もあるが、今回の場合は正攻法での解呪が一番手っ取り早いだろう。

 だからフローラは、一瞬の迷いもなく目の前の侍女を殺そうとした。術者が死ねば、必然的に呪いの効力は消え失せるのだから。

 けれど。

 だけれども。

「あ、一つ言っておくけど。私は『契約書』を運ぶだけの係りだったから、()()()()()()()()()よ?」

 それだけ言い残し、彼女は隠し持っていたナイフで、自らの喉元を突き刺してしまった。



『補足:呪いについて』

 魔力を籠めたのも、魔術式を刻んだのも別の人で、侍女は『契約書』を千切る――つまりトリガーを引いただけです。

 普通であれば術者は侍女になるはずでしたが、今回の呪いは【契約】の魔術を利用したものだったので、パスが侍女ではなく『本当の術者』の方へ繋がっていた……という事です。なので、侍女が死んでも呪いは消えません。

 因みにフローラが呪いに抵抗できなかったのは、呪いが強力だったのもありますが、この場に自分より強い魔術師がいないと判断してちょっと油断していたからです。油断大敵ですね。


 次回も宜しくお願いします。

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