第十話 王都に潜む影Ⅳ -茶会-
王都に潜んでいたギルガメシュの使徒達を軽く掃除した翌日の、昼過ぎ。王都の貴族街にあるエーデルワイス邸に、突然の来訪者があった。
「来ちゃった☆」
何故そのネタを、と突っ込みたいのを何とか堪えて、フローラは表情筋を総動員して笑顔を浮かべる。
「お引き取り下さいませ、アイリーン様」
「あら、あら。そんなに拒否しなくても良いじゃない」
せっかくお友達の家に遊びに来たのにー、などと唇を尖らせて可愛らしく反抗する第一王女殿下。しかし同性であるフローラはそんな仕草には騙されない。
「せめてアポとって下さいよ。突然やってこられても困ります」
「あら、あら? 一応貴女のお父様には伝えておいたのだけれど……」
「……聞いてないんですが」
ちらりと後ろに控える侍女――ミナヅキに視線を向けて問う。父に通達が行っていたのなら、フローラに伝える役割も請け負う彼女は知っていたはずだ。
すると、彼女はいつもの無表情を保持したまま答えてくる。
「まぁ言っていませんでしたから」
「いや言って下さいよ⁉ ねぇわたし主人ですよね? 貴女の仕えるご主人様ですよね⁉」
「はい」
「なら報連相はしっかりしましょうよ……」
「野菜はあまり好みではないんです」
そんなボケは期待していなかったのでスルー。……なんか自分の侍女への信頼がどんどん無くなっているが、そのうちリストラしても良いのだろうか。むしろすぐ交代させた方が良い気がする。まぁ長年一緒に居る彼女のままの方が都合が良いのでしないが。
ともあれ、玄関前で王女様を立たせている訳にもいかない。屋敷でお茶会を開く際にいつも使っている庭へ案内する。
咲き乱れる白と青の花に彩られた庭園。植物も椅子も丸机も全て寒色寄りの色合いで構成された、美しくもどこか冷たい風景がそこに広がっていた。
これはフローラの趣味というより、家族全員の意が揃った結果である。脳筋メンツな男性陣(ただし次男は除く)はその筋肉質な体に似合わず青色系が好みなようで、白や緑などの落ち着く色合いが好きな女性陣と意見を合わせた結果このような庭になった。鎮静作用があるらしい寒色系に偏ったのは恐らく頭脳労働が多い魔術師が家族の過半数なためだろう。
「あら……?」
と、既にもてなす用意がされていた庭を見て、アイリーンは首を傾げた。
「やっぱり聞いていたのかしら?」
「いえ知りませんでしたよ」
「でも……って、ああ、なるほど。そういう事なのね」
庭全体が見渡せる位置まで来ると、アイリーンは、フローラの言葉のわりに完璧に準備が為されていた理由を悟った。
それは、アイリーンが来ると知っていたエーデルワイス家当主が用意した訳ではなく――。
「あ、王女殿下。やはりいらっしゃいましたか」
「ご機嫌よう、アイリーン様」
既に、彼女の他に客が訪れていたからである。
赤髪銀瞳の美少女騎士ヴァネッサに、金髪縦ロールが強烈な印象を与える悪役令嬢(予定)レティーシャ。いつものお茶会メンバーが勢揃いしていた。
予想外の光景にアイリーンは二、三度目をぱちくり瞬かせると、少し拗ねた様子でフローラに言ってくる。
「……皆揃ってるなら、追い返さなくても良いじゃない」
「面倒事は避けたい性分なんです」
暗にアイリーンの事を面倒な人物と言っているようなものだが、言われた本人は少し文句を言うだけで矛を収めた。元々彼女は、友人と認めた人間に対して強く当たらない性格なのである。だからこそフローラもこのような態度なのだが。
「ふふっ、まぁ良いわ。――そうだ、ラフリアーセから取り寄せたケーキを持ってきたの。食べましょう?」
先ほどまでの拗ねた雰囲気をすっかり消し去ったアイリーンは、魔術製クーラーボックスを持った使用人を呼び寄せ、テーブルにひんやりとした菓子を並べた。なんと嗜好品の聖地ラフリアーセの物らしい。流石王族、手土産のレベルが凄まじい。
「うわぁ……ぅん?」
「これは……凄いですね」
「というか、一体いくつ出てくるんですの?」
次々取り出される超高級ケーキに感嘆の声を漏らすとともに、微妙に顔を引き攣らせるフローラ、ヴァネッサ、レティーシャ。実家が伯爵家であるヴァネッサは言わずもがな、公爵家であるフローラやレティーシャでもそうホイホイと購入できないものをただの友人同士のお茶会にこんなにも大量に持ってくるとは、アイリーンの懐……というか国庫の潤沢さが窺える。……聡明な彼女がしている事なので国庫が圧迫されていないのは理解できるが、流石にこの量は半端ではない。
しかし嬉しい事に変わりはない。どこの世界もどの階級でも、女の子は甘いものに目がないのだ。多少の散財と体重計の数字に目を瞑る程度には。
「じゃ、頂きましょうか♪」
にっこりと素敵な笑顔の王女様。ふと視界に映った彼女の従者が顔を微妙に引き攣らせていたので、今回の菓子は想定外の出費だったと察せられる。……不味いかも知れない、国庫。
まぁ知った事ではないので、見なかった事にして笑顔でケーキに舌鼓を打つ。
と、マナーを守りつつ上に乗った苺を最後に食べるにはどうすれば良いか悪戦苦闘するヴァネッサを横目に、フローラは気になっていた事を口にした。
「……ところで、どうして皆様我が家へ?」
わりと頻繁に訪ねてくるメンツなのでこれといった用が無い事も多いが、何か重要な事情を抱えていた事も決して少なくはない。
けれど今日は全員前者だったようで、
「私はフローラ様の騎士なので、特別な用でもない限りここに居ます」
「わたくしは……その、ヴァネッサさんに呼ばれましたので」
「あら、あら。用が無ければ友人の家に遊びに行ってはいけないのかしら?」
別に駄目ではないのだが、立場というものを考えてほしい。ヴァネッサは二年前の決闘騒動の影響で色々大丈夫なように伯爵家側と協力しているが、レティーシャとアイリーンはそう簡単に遊びに飛び出せるような立場ではないのだ。頻繁に屋敷や城を出て、移動中を物騒な輩に狙われたら……というような問題を良く考えてもらいたい。
まぁ言っても笑って流されるのは経験済みなので心の中に留めておくが。
と、フローラが追い返すのをすっかり諦めた――というか本当に追い返す気があったかは微妙だが――のを悟ると、アイリーンはにこりと微笑んで、彼女らしい話題を振ってきた。
「そういえば、一度聞きたかったのだけれど……フローラちゃんって、リオンちゃんといつどこでどんな出会い方をしたのかしら?」
「リオン様との出会い……ですか?」
突然の問いかけにキョトンとするフローラ。興味をそそられたレティーシャとヴァネッサが催促してくるのを聞き流しながら、顎に手を当てて記憶を掘り返す。
リオンとの初邂逅と言えば、五年前のあの事件の日――前世の記憶が戻った後のはずだ。花園月葉の記憶を取り戻すより前の記憶も一応残っているが、そこで自分がリオンと遭遇したという思い出はない……はずである。
しかしそうなると、どうしてリオンがフローラに婚約を申し込んできたのかが謎だが――と、悩んでいるところで、それを解決してくれる存在が半ば唐突に現れた。
「うわ……婚約者がなんか異常に豪華なメンバーで女子会してる」
第一王女、公爵令嬢×2、伯爵令嬢という高位貴族の少女達が集まっている茶会に驚きと呆れを見せながら参入してきたのは、話題に上がっていた人物の一人であるリオン。恐らく婚約者との定期的な逢瀬という名目のもと、昨日の話の続きと今後の動きの確認をしに来たのだろう。
フローラの愛しい婚約者様は第一王女、公爵令嬢、伯爵令嬢の順に略式礼をすると、エーデルワイス家の使用人の手によって当然のようにフローラの横に用意された椅子に腰を掛けた。
「ふふふ、良いところに来たわねリオンちゃん」
「……いい加減、リオンちゃん呼ばわりは止めてください」
「あら、あら。そういう反応が可愛らしくて止められないよの?」
ゲームのクール系リオンには君付けだったが、こちらのリオンには出会った時からずっとちゃん付けらしい。弟のように可愛がるアイリーンの性格だと、こちらの方が合っているように思えるが……しかし、原作から変わっているところが小さいものも含めると思ったよりも多く、きちんと原作通りのエンディングを迎えられるか少し心配だ。
だがゲームシナリオがまだスタートしていない今考えても答えは出ない。フローラがズレた思考を切り替えていると、「あっ」と何かを思いついたように声を漏らしたレティーシャが、リオンにずずいっと迫って問いただす。
「リオン様。フローラさんとの出会いはどのようなものでしたの? どういう経緯で婚約を? 随分と他家から反対があったようですが、それらを押し退けてでも婚約を結んだのはやはり愛ですの⁉」
「え、えっと……じゅ、順に答えるのでひとまず落ち着いて下さいレティーシャ嬢」
恋バナに興味津々なレティーシャを苦笑しつつ宥めるリオン。レティーシャがはしたない姿を晒してしまったため羞恥で顔を赤くしながら座り直したのを見届けると、リオンはフローラを時折ちらちら見ながら話し始める。
「ええと……フローラとの出会いは、ですね。七歳……の、頃でした」
――七歳? というと、フローラは六歳の時だ。あのスプリンディア公爵邸襲撃事件の、二年前。その頃に出会っていたなど、フローラの記憶には存在しないのだが。
「リオン様が七歳……その頃だと、何かありましたっけ?」
首を捻るヴァネッサに、素早く記憶を探ったアイリーンが答える。
「幼少組でも参加できるパーティーは、まぁいくつかあるにはあったかしら。その頃に私もリオンちゃんと出会ったのだけれど……同じくらいにフローラちゃんとも会っていたのね」
「まぁ会ったというか見かけたというか……あれは確か、第二王子の四歳の誕生日パーティーでした。その時……その、何と言うか、ちらっと眼にしたフローラが……」
心なしか顔を赤くして、ちらちら忙しなくフローラを見ては、なかなか次の言葉が出せず口籠もるリオン。思わず乙女か貴様と言いたくなるが、黙っておく。
と、そんなもじもじした女々しい態度に腹が立ったのか、騎士魂溢れるヴァネッサがバンッ! と唐突にテーブルを叩いて、
「ええいシャキッとしないか! 何をもじもじだらだらしているのだ‼」
「いや、その」
「そんなはっきりしない態度で、フローラ様を任せられると思うな!」
「え、ええー……」
口調が完全に崩れて素が出ているヴァネッサ、彼女の勢いにリオンはすっかり気圧されていた。
「ヴァネッサって、そんなキャラでしたっけ……」
お前は何様だと突っ込みたい台詞だったが、フローラが一番気になったのはそこだった。
ゲームでのヴァネッサは正義感に溢れ曲がった事が大嫌いな面倒くさ……もとい真っ直ぐな娘だったが、リオンにこれほどまでに怒声を浴びせる事は殆どなかったはずである。一体どうしてこうなってしまったのか……まぁ原因の大部分は、本来関わらないはずなのに生き残って物語に干渉してしまっているフローラにあるのだろうが。
レティーシャとアイリーンは面白いものを見るように、微笑みを浮かべて傍観している。
ふとケーキが次々減っている事に気付き、フローラはこっそりと新たなケーキを確保した。ヴァネッサの勢いに負ける己の婚約者様をぼんやりと眺めながら、菓子の甘い味に幸せそうに頬を緩ませる。
そんなフローラの様子にリオンは見捨てられた事を悟ったが、彼女が浮かべている表情を目にして硬直。顔を赤くし、鼻の辺りを押さえて「ヤバい……天使……」と呟いていたが、正直フローラには意味不明である。レティーシャとアイリーンはしっかり理解したようで、にやにやしていたが。
と、それがリオンの隙だと思ったのか、ここでヴァネッサが思いもよらぬ行動を取った。
椅子に立て掛けていた剣を取り、鞘から抜き放つと――その切っ先をリオンに突き付ける。そして、その銀瞳で鋭く睨み付け、
「決闘だ! 貴様がフローラ様に相応しい男かどうか、私が確かめてやるッ‼」
……嘗ての自分と同じ状況に、フローラは「またヴァネッサの暴走ですか……」としみじみ呟いていた。
因みにゲームでのヴァネッサは、二度と大切なものを零さないために剣を取るリオンの姿に尊敬の念を懐いていました。……今は完全にフローラを慕っていますが。
次回も宜しくお願いします。




