第九話 王都に潜む影Ⅲ
九人分の死体が転がる部屋は大きな穴ができて外から丸見えだったので、無事な隣の部屋に場所を移す事にする。
尋問用に殺さず拘束した三人をリオンが運び、その間にフローラは家が崩れないよう破砕した壁を凍らせて一時的に補強した。一時凌ぎ程度の効果だが、まぁ少なくともフローラ達がこのボロ屋敷の中に居る間に崩れる事はないだろう。
手足を凍らせて動きを奪った三人の前に立ち、フローラは努めて天使のような笑顔を浮かべた。
「さて。それじゃ、情報収集といきましょうか♪」
「なんでそんな嬉しそうな顔を……」
「これが一番効果的なんです。……別に拷問が嬉しいとか楽しいとか、そんな狂気じみた趣味はありませんよ」
リオンが若干引いていたので弁明しておくが、彼はまだ信じていないようで微妙な表情をしていた。
しかし嬉しくてしている訳ではないと信じさせるのは後でもできるので、今はこちらを優先する。
「まずは……そうですね、誘拐計画とやらの詳細を……」
言いかけて、フローラは異常に気付いた。
拘束したギルガメシュの使徒達の胸――心臓の辺りで、何かが光っている事に。
「――、まさか……っ!」
最悪の予想が脳裏に過ぎって、フローラは表情に焦燥を滲ませながら使徒の服を破った。
傷だらけなうえ長期間洗っていないのか小汚い上半身が顕わになり、リオンが何をしているのかと眉を顰める。が、次の瞬間にソレを目に映し、息を呑んだ。
薄暗い光を放つ魔法陣。赤というにはあまり穢れたその色は、まるで血肉を煮たような禍々しさと狂虐性を孕んでいる。
しかしリオンが驚いたのは見た目ではない。描かれた魔法陣と、そこに仕組まれた魔術式の効力に気付いたからだ。
彼の思考を代弁するように、フローラは呟く。
「……魂寄せの、魔術」
同時――まるで彼女の言葉に合わせるようにして、使徒達が体をビクッと不自然に震わせた。それから何かに抗うように幾度か喘いだが、しかし長くは保たず、やがて全身から力が抜けてピクリとも動かなくなる。
瞳に光はなく、脈もない。死に至るような外傷は無いにも関わらず、彼らは息絶えていた。
奇怪で胸糞悪い現象を目にして、リオンが唸るように声を絞り出す。
「……魂寄せ、って……それ、禁忌だよな?」
「はい、第三禁戒に抵触しています。……まさかこの世界の魔術師に、これを使えるほどの者がいるとは思いませんでした」
魔術の禁忌に触れるほど凶悪な魔術。それをやってのけるとは、並大抵の実力ではない。
【魂寄せ】――魔法陣が刻まれた者がある条件下に陥った場合、その魂を特定の魔石や宝石に引き寄せるという冒涜の術式。難易度が非常に高い上に地球で失われた魔術の一つだった【魂】の魔術のため、魔術学会や三大組織が封印した特級指定魔道器物の魔道書がなければ使えない術のはず。
魔術が地球より発展しているとは言い難いこの世界で使い手が存在するとは思えないが――。
「実際に魂は持っていかれた、と。……考えられるのは、ギルガメシュの使徒の現ボスか、グラハムか、ですね」
実は、グラハムがボスになるまでギルガメシュの使徒のボスを務めていた人物の情報は、ゲームでは全く出てこない。その他のアニメやノベルでも一切登場しなかったし、ファンブックにも載っていなかったので、もしかすると『セカアイ』シリーズのシナリオ担当である間宮ツムリも考えていなかったのかも知れない。
「……魂なんて奪って、どうするつもりなんだ?」
「さぁ? 用途はたっぷりあるので特定できませんよ。なんせ魂魄というものは、魔力の塊であり超上質な魔術触媒でもあるんですから」
苦々しい表情のリオンに、フローラは冷たく応じる。――まるで、この程度の非道は良くある事だとでも言うかのように。
ともあれ、死んでしまったものは仕方がない。フローラは溜息を一つ零すと、気を改めて死体の持ち物を探る事にする。
その切り替えの早さにリオンは顔を引き攣らせ、けれども咎める事はなく自身も同じく死体を探り始めた。
口から直接情報を得る事はできなかった。ならばせめて、道具くらいは調べておきたい。
特にフローラが気になるのは、先ほどの小太陽を生み出した錫杖と、彼らの会話にあった〈安らぎを喰らう自鳴琴〉という霊装。ゲームには登場しなかったそれらを詳しく調べ、対策を講じておきたい。
錫杖の方はリオンが薙ぎ払った際に粉々のぐちゃぐちゃになってしまったのでどうしようもないが、〈安らぎを喰らう自鳴琴〉は有るはずだ。――いや、有ったなら戦闘中に使っていたはずなので、無い可能性が高いか。
「……駄目ですね」
案の定〈安らぎを喰らう自鳴琴〉は見つからず、その他の霊装も量産型の弱いものばかり。これといった注目品は無い。むしろスクラップ状態の錫杖の方が価値があるくらいだ。
いずれ王国を墜としにかかる反逆者団体の装備がこんなにも貧弱だという事実に、リオンは眉を顰める。
「まさかこいつら、捨て駒か?」
「その可能性が高そうですね。……やはり一回目から正解が引ける訳がありませんか」
恐らくフローラ達のようなギルガメシュの使徒との関係を探りに来る者達にわざと追わせるための囮だったのだろう。子供だと思っていたが、グラハムも甘くはないようだ。……いや、こうなるように仕掛けたのはモルドバーグの可能性もあるか。
「……泳がせた方が良かったか?」
「デコイから有力な情報が得られるとは思えませんけど」
「そうだよなー……はぁ」
リオンは溜息を吐くとともに肩を落としているが、しかしフローラはそこまで落ち込んではいなかった。
尋問できなかったのは残念だが、いくつかの情報は手に入った。それに元々の目的であるグラハムのギルガメシュの使徒との関係も知れたのだし、全てが失敗だという訳でもない。だから、今回の行動は無駄ではないのだ。
「さて、と」
これ以上ここに居ても意味はない。そう判断して、フローラはリオンに提案する。
「帰りましょうか。まだ時間もありますし、どっかのカフェで情報交換でもします?」
「む……それはあれか、デートのお誘いか?」
「エスコート、よろしくお願いしますね?」
「はいはい」
婚約者生活ももう五年。すっかり慣れた調子で差し出されたフローラの手を取るリオンであった。……少しだけ頬が赤く見えたのは、自分も同じ事だったので、スルーしておく。
◆ ◆ ◆
――銀髪の魔術師と黒髪の魔術師が仲良さげにボロ屋敷を出て行くのを、金髪ポニーテールの魔術師は三軒離れた家から覗いていた。
「うーん、流石フローラ様。マジ強すぎでしょあの人……」
遠見の魔術を施した双眼鏡(らしきもの)で二人の姿を追いつつ、息を吐く少女。
彼女の隣に立つ灰髪の青年――タンムズが、少女と同じ風景を肉眼で眺めながら呟く。
「……というか貴様、またポニーテールなのだな」
「当然でしょ。今は魔術師モードなんだから」
「ふん。一丁前に何を言うか。貴様程度の実力ではせいぜい見習い魔術使いだ。まったく……この我が教えてやったというのに情けない」
「はいはい悪かったわねー魔術が下手で」
頻繁に言われる嫌味なので適当に受け流して、双眼鏡の奥の景色に意識を集中する金髪の魔術師。それに対し面白くなさそうにタンムズが鼻を鳴らしたが、無視していると、やがて会話の主題は彼女達に戻る。
「しっかし……フローラ様ってホント、イレギュラーなのよねぇ」
「貴様の言っていた……乙女ゲーム、だったか? そこには登場しないと言っていたが」
「ええ、出ないわよ。だって五年前に死んでいるはずだし」
けれどフローラ=エーデルワイスは死なず、リオン=スプリンディアと婚約を結んだ。家同士では予定通りであり、世界から見れば大間違いな異常事態。しかしこれがおかしいと思えるのは、金髪の魔術師と同じ境遇の者だけだろう。
彼女は遥か昔の記憶でも掘り出すかのように思考を深く巡らせながら、
「そもそもね。まず、姿が違うのよ」
「と、言うと?」
タンムズの促しに、少女は僅かに目を細めて、告げる。
「本来、リオン=スプリンディアと婚約を結ぼうとしてギルガメシュの使徒の手に掛かるのは、フローラ=エーデルワイスという、赤髪紫瞳の美少女なのよ。……あぁ、年齢的に美幼女かしら」
最後に余計な事を付け足しつつも、真剣な表情を崩さずに言い放つ金髪の少女。まるで睨み付けるように双眼鏡の中の銀髪紫瞳の少女を眺めている。
そんな彼女の剣呑な様子に、タンムズは理解できないと眉根を寄せた。
「それのどこがおかしい? 髪色が違うなど、有り得ない話ではないだろう」
「まぁ普通はそうね。あそこは両親の髪色的に銀髪でも赤髪でも問題ないし」
「ならば、」
「でもね」
タンムズの言葉を遮って、少女は続ける。
「ここはゲームの世界なの。……いや、類似した世界、というべきかしら。ともかく基となった世界がある以上、ズレは最小限のはず。髪の色なんて分かり易い所が違うなんておかしいわ」
「…………」
顎に手を当て、押し黙るタンムズ。彼が沈黙する間にも、少女の話は続く。
「それにね、顔も設定と大分違うわ。確かに『リオンの元カノは可愛くね!』とか深夜テンションで原画さんにお願いしてたけど、あそこまで天使じゃなかった。良く言っても妖精、十人中六、七人振り返るレベルだったはずよ。なにせ、ゲームでもファンブックでも載せないお遊びでお願いしたキャラデザだったんだから」
「…………」
タンムズは瞼を閉じたまま答えない。彼女の言葉を吟味し、深く理解しようとしているのだろう。いかにタンムズが人間よりも高位の霊格を有する存在だとしても、異世界の知識の理解には時間がかかる。
ややあって、タンムズは閉じていた目を開けると、
「……何事にもイレギュラーというものはある」
「だから言ってるでしょ。フローラ様はイレギュラーだって」
「む……」
言い負かされた気分になり、柳眉を寄せるタンムズ。別に勝ったとも思っていないが、何となく少女は小さくガッツポーズをキメておいた。
ピクリと額の血管が動いたが、タンムズは何とか苛立ちを押し留める。大体二人はいつもこんな感じなので、いちいち些細な事で爆発していては疲れるだけだと良く知っているのだ。
はぁ、と溜息とともに吐き出して、それからタンムズは小さく呟いた。
「……あの少女は普通ではない」
「フローラ様の事?」
「それ以外にいないであろう。……先ほど貴様が屋敷から出た時、あの少女は、我の存在にも気づいていたようだ」
「…………」
今度は少女が黙りこくる番だった。
意趣返しでやっている訳でもないので、彼はただ事実を淡々と告げていく。
「隠形も見破られていた。恐らく、あの少女の魔術の腕は、我に匹敵する……いや、我以上やも知れん」
「んな、馬鹿な」
「何より我が気になるのは――」
灰髪の青年は銀髪の少女を睨み、告げる。
まるで、正体を暴いてやる、とでも言うように。
「あの少女は、我に近い。何か異常なモノを飼っているのか……もしくは本人が、人から外れた『何か』なのか。其の霊格は、高次元に在ると視た」
得体の知れないイレギュラー。
天使と称されるほどの絶世の美少女を、二人は長らく睨み続けていた。
え、いちゃいちゃが足りないですって? ……そうなんですよねーなんでこう甘々な感じにならないんでしょうねー(そういう状況じゃないからですね分かってますごめんなさい)。
『補足:魔術の禁忌』
三大組織、及び魔術学会から禁忌とされており、研究してはならない事象の事。研究し魔術によって弄くった結果、世界がどうなるか予想できないからです。が、『総ての根源』に触れ、神理の解明を渇望する魔術師ならば、研究せずにはいられない一種の麻薬のようなものなので、大体皆一度は手を出します(そして大抵痛い目にあう)。
禁忌はいくつかありますが、今回ちらっと出てきた第三禁戒は、『魂の運用』です。これは三番目の神理に干渉するので、魔術を使うのも滅茶苦茶難しいし世界への影響も多大です。なお、派手というか有名な辺りで言うなら、【転生】とか【生命創造】とか【死者蘇生】とかがこれにあたります。
次回も宜しくお願いします。




