第六話 誕生日パーティーⅡ
モルドバーグとメルウィン、レティーシャの会話が終わり、モルドバーグがニヤニヤした顔つきで去った後。入れ替わりでフローラとリオンは、クリステルやセシルと共に第一王子たちのもとへ向かった。
「レティーシャ様、メルウィン様」
「あ……フローラさん。リオン様たちも……」
フローラが名を呼ぶと挨拶を返してくれるが、どことなく覇気が無い。モルドバーグとの会話で何かあったと考えるのが自然か。
しかし主役様はそうでもない、もしくは感情の整理が素晴らしいのか――いや何かあっても理解していない可能性もあるが――普段の調子を維持したままだ。
「リオン、セシル、フローラ嬢、クリステル嬢。今日は僕の誕生日パーティーに来てくれてありがとう」
にっこりといった副詞がぴったりな笑みを浮かべる王子様。すわこれが王子スマイルというやつかッ! などとどうでも良い事を頭の片隅で考えつつ、フローラはクリステルと共にカーテシーをする。リオンとセシルも礼を取っていた。
顔を上げると、フローラは既に遠くに行ってしまったモルドバーグへと視線を移した。その言外の問いかけに気づいたレティーシャが僅かに顔に影を落とし、声を若干潜めて言う。
「……別に、何か特別な事があった訳ではございません。――ただ、少し視線が気になったというか……いえ、その程度でしたら、貴族社会にはつきものですわね」
「……ええ、そうですね」
まだフローラと同じ十三歳とは言え、レティーシャは育った環境の影響でそこら辺の機微には敏い。その彼女が違和感を感じたというのだから、少し警戒を上げても良いだろう。
だが、生来の気質からか第一王子という立場で守られ続けていた所為か、メルウィンはそういった害意というものにはまだ疎いようだ。王子様はレティーシャとフローラの会話に首を傾げて、
「うん? ベルクリム伯爵がどうかしたのかい?」
「えっと……いえ、何でもありませんわ」
レティーシャが笑顔を取り繕い、誤魔化す。まだ彼に伝えるほどの危険度でもないと判断したのもあるだろうが、どちらかと言うと――彼には言っても分からない可能性が高いと思ったのだろう。恐らく無意識下だろうが、フローラにはそう思えた。
「(国の将来が不安になりますね、この王子様を見ていると)」
小声で囁くようにリオンへ話しかけると、愛しの婚約者様は僅かにこちらへ体を寄せつつ、同じく小声で返してくれる。ただしその顔は王子たちに向けたまま、だが。
「(まだ十三……地球だと中学に上がった程度だろう? それで優しくしてくれる周りの人間に疑ってかかれって言っても、無理がある。特に、大事に大事に育てられてきた国王の第一子のあの人には、な)」
「(もう十三、ですよ。わたしの前世だと、全世界の難関大学の過去問で遊びつつ、魔術学会に提出する論文を熟考しながら、数々の魔術師どもとナイフ片手に殺し合いをしていた頃です)」
「(いやどんな十三歳だよ⁉)」
「(……? 紛争地帯では六歳の子供が拳銃を握る時代ですよ? むしろ十代になるまでじっくり肉体強化と技術向上の時間を与えて貰えたんですから、恵まれた方です)」
何を当たり前の事を……という表情で言っても、リオンにはピンとこないらしい。前世の幼少期に過ごした国や環境がまるっきり違うと、同じ元・日本人でも価値観がなかなか合わないようだ。
と、二人が周囲に聞こえない程度の声量で話している間に、メルウィン達の会話は盛り上がっていたようで、レティーシャも先ほどまで懐いていた僅かな違和感を忘れて会話に没頭していた。フローラとリオンは一旦そこで話を打ち切り、子供らしく――けれどもこの国の貴族らしく、高爵位の子息子女が集まる会話グループへ溶け込む事にする。
◆ ◆ ◆
この年頃の少年少女には話題の種が尽きないようで、気付かぬうちにかなりの時間が過ぎてしまった。
「ふふふ、レティーシャ様は本当にメルウィン様をお慕いしているのですね」
「仲はとても良好と聞き及んでおりますわ! 私とセシル様との仲にも勝るとも劣らないものだとか」
「うぅぅ……恥ずかしいのでそれ以上は止めてくださいまし」
羞恥で顔を真っ赤に染めるレティーシャ。恋する娘は可愛いなぁ……とフローラとクリステルは微笑ましげな視線で見つめる。
政略的なものが多い貴族社会において、クリステルやレティーシャのように好意を寄せている者と婚約を結べる事は珍しい。大抵は利益のためと割り切るか、結んだ後に歩み寄って何とか愛を芽生えさせるのだから。
ただ、リオンやフローラは政略かと言われれば微妙だ。騎士のスプリンディアと魔術のエーデルワイスが結びつきを強くするなら国の防御面は安泰だーなどと思うかもしれないが、戦力が集中している二家が繋がりを強く関係性を深くすると、反乱を起こされた場合にすぐさま国が落ちる可能性が高くなる。それは、かなり拙い事態だ。
だから、アイリーンが動いている。
王宮で開かれるお茶会に何度もフローラやレティーシャ達が招待されるのは、言ってしまえばそれが理由なのだ。頻繁に有力家の妻となる者達を集め、仲を良いものにし、敵対し難くする。あわよくば親友などと呼び合う関係まで発展させ、もし夫が謀反を起こそうとした場合、止めるように動いてもらう――。
この世界の時代背景的に、妻の話など聞かない当主も多いと思われるが、実のところ妻の存在は大きい。その気になれば、最も当主を殺せる立場に居るのだから。
あと、男の心を動かすのはいつだって女――というのもあるが。いや、むしろこれが一番期待されているのかも知れない。
まぁ、黒い話は今は良いとして。
これは初めて参加するとはいえ、社交界の一種である。ずっと主役とその婚約者を独占し続ける訳にもいかない。
六人は再び別れ、各々婚約者と共に別の友人たちに話しかけに行った。
といっても、レティーシャやクリステルを除くとフローラには殆ど友人と呼べる人間がいないので、リオンと二人で食事が集められたテーブルの方に行く事になる。
「また葡萄ジュース……いっそ蜜柑ジュースも作ればいいのに」
「酸味よか甘味の方が重宝されるからな。この世界の蜜柑酸っぱいし、貴族のパーティーで出すのは無理がある」
子供向けなのか小さめに作られた菓子を摘むリオン。フローラはその言葉に同意しつつも、何とかできないかと考えていた。……蜜柑が好きなので。
(生産チート……軌道に乗れば商業チート? どちらにせよ、専門で勉強していないとできませんが……)
基礎知識程度なら箱庭時代に詰め込まれたので問題ないが、流石に異世界の地で地球の参考書もレポートも無い状態で手探りに作り上げられるとは思えない。わざわざ時間と労力をかけるほどの事でもないのですっぱり諦める。
と、そんな時、
「おや……エーデルワイス家の美姫と、スプリンディア家の神童じゃないですか」
声を掛けられ、振り向くフローラとリオン。そこには、リオンより若干低い程度の身長の少年がいた。
艶のある緑髪に宝石を嵌め込んだが如き翡翠の瞳。子供特有の幼い可愛らしさが抜け切らない――けれどもどこか角ばったモノを芯に宿した雰囲気が独特で、自分以外の全てを信じずに何もかもを一歩引いた眼で冷たく見据えているような印象を懐く少年。
「――グラハム=ラルディオ様」
乙女ゲーム版の隠し攻略対象でありながらラスボスキャラでもある少年が、二人を冷たい色の瞳で見つめていた。
ゴクリ、と隣から唾を飲む音が聞こえる。ラスボスとの不意の遭遇に、リオンが緊張しているのだろう。もっとも、緊張しているのはフローラも同じ事だが。
(妾の子で疎まれているはずの彼が、何故このパーティーに? ……いえ、愚問ですね)
デビュタントだから。――理由はそれだけだ。
いくら妾の子で家の誰からも疎まれているといっても、国で貴族の子息として書類上に存在する以上、デビュタントには出なければならない。他のどんなパーティーを断ったとしても、それだけは国が定めた義務なのだから、家庭の意志だけで勝手に放棄する訳にはいかないのだ。
一秒未満の時間でそこまで理解し、フローラは僅かばかり目を細める。
別に、グラハムは何か仕掛ける気がある訳でもないだろう。だが警戒するなという方が無理な話だ。悟られない程度に注視しつつ、フローラは優雅にカーテシーをする。
「ご機嫌よう、グラハム=ラルディオ様。……初めまして、の方が適切でしょうか」
「そうですね。僕は一方的に貴女方を知っていますが、面識自体はありませんし。……どうやら貴女も僕の事を知っていたようですけど」
「ええ、まぁ……同年代の貴族ですから、名と顔程度は」
嘘は言っていない。事実、学園に通う時に重要になるから、歳の近い有力貴族の顔と名前は一致するように教育を受けている。
が、彼を知っていたのは完全にゲーム情報だ。かなり面影があるので、一目見てすぐに分かった。言っても頭がおかしいと思われるだけなので言わないが。
「それで、何か御用でしょうか?」
「ふふっ、そんなに警戒しないでください。僕は何もしませんよ」
「警戒など……ああ、なるほど」
グラハムの視線を辿れば、横に立つリオンの険しい顔があった。フローラはポーカーフェイスくらいしてくださいよ貴族なんだから……と苦言を心の中で呈しつつ、殆ど唇を動かさない、そしてグラハムには聞こえずリオンにだけ聞こえる声量で言う。
「(そんなあからさまな警戒はしないでください。敵視するには早計です。……警戒するなら、言動を一字一句聞き逃さない程度にしてください)」
フローラの言葉にリオンがハッとし、こくりと小さく頷いたのを確認して、フローラはグラハムへと視線を戻した。相変わらず冷たい微笑を張り付ける少年に内心辟易しつつ、軽く頭を下げる。
「申し訳ございません。不快にさせてしまったでしょうか」
「顔を上げてください、フローラ様。公爵令嬢の貴女が伯爵家の妾の――、……僕程度に頭を下げるなど。僕は大丈夫ですよ。……なにぶん、警戒される心当たりが有り過ぎまして、慣れてしまいましたから」
「……、それはそれは。大変な境遇なのでしょう、心中お察し致します」
何も知らなければ、フローラの言葉は、妾の子であるグラハムに対して無神経な酷いものに聞こえるだろう。しかし大変な境遇が双方に当て嵌まる事――例えば、ギルガメシュの使徒に関しての事だったとしたら。
「――ッ。……、ええ。中に味方はおらず、外も無条件に味方とはいきませんから。なかなか休まりませんよ」
家族は敵で、外で取り入った輩も仲間とは言い難い。いずれ、自分か相手か――どちらも裏切る可能性があるのだから。暗にそうとも取れる言葉だ。――穿ち過ぎだろうか?
普通に聞けば『外』とは貴族の友人の事だろう。事実、彼にとっては表面上の言葉も深読みした意味もどちらも真実なのだが。
「そうですか。では、此度のパーティーで、少しでも気分転換になる事を祈っています」
「有難う御座います。お陰様で、とても気分転換になりましたよ」
良い方に、とは言っていない。
悪化したグラハムの冷酷な笑みと、普段の彼女の柔らかな笑顔しか見た事が無い人なら心臓が止まってしまうほどに冷たさを纏ったフローラの氷の微笑み。
暫し、目を逸らしたら斬られるとでも言うかのように見詰め合って――やがて。
「……では、僕はこの辺で。良い再会を期待しています」
「次は学園で、でしょうか?」
「――、そうですね。そうなれば幸いです」
張り付いたような冷たさを残したまま、けれど射殺すような眼力を引いて、グラハムは言う。フローラはそれに、温度を取り戻した笑みを返した。
去っていくラスボス。その後姿を眺めながら、
「……子供ですね」
そう言って鼻で笑ったフローラの瞳には、若干の失望の色が映っていた。
黒い会話が大好きです。
特にヒロインには、いついかなる時でも真っ黒な笑顔を浮かべながら毒を吐けるようになってほしいと思っています。
(↑ 駄目だこいつ)
それはともかく。
誕生日パーティーはこれで終了です。
短い……けどパーティーってあんまり書く事無いですし……。
次回も宜しくお願いします。




