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白百合の姫は紅薔薇の庭で舞う  作者: 月代麻夜
第二章 憎悪の使徒と煉獄の茶会
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第四話 金髪の魔術師



「あぁそうだ」

 自身の屋敷に帰るため馬車に乗り込む直前、リオンがふと思い出したように振り向いた。

「モルドバーグを警戒しておけ。奴は、近々動き出すぞ」

「モルドバーグ……って、ベルクリム伯爵ですか?」

 ゲーム未登場の人物だ。ゲームに出てこない以上大きなことをやらかすとは思い辛かったが、絶対とは言えない。ゲームの情報が全てという訳でもないのだから。

 それを理解しつつもあくまでシナリオを辿ろうとするという矛盾を抱えたフローラが首をかしげると、リオンは頷いた。

「ああ。具体的に何をやらかすのかは調査中だが、不審な点が多い。警戒しておくに越したことはないだろう」

「……分かりました」

 リオンの情報だ、真偽のほどはひとまず置いておくとしても、言われた通り警戒しておくに越したことはない。そう考え、フローラは頷いておく。

 それを見たリオンは満足げな微笑みを見せ、それから一瞬、何か言おうとして口を開きかけたが……しかし従者に促され、今度こそ帰るために馬車へ乗り込んだ。

 準備を整え終えた御者によって、馬が石畳を蹴り出す。

 去っていく馬車を眺めながら、フローラは紫苑色の瞳に影を落とし、呟いた。

「……勘が良いのも、考えものですか。いえ、五年もあってようやくそこまで辿り着いたのですから、遅すぎると言いますか……」

「……? どうかなさいましたか、お嬢様?」

 半歩後ろに控えていたミナヅキが怪訝な表情で訊いてくるが、しかし銀髪の少女は微笑んで見せる。年季の入った、張り付いた仮面の笑みを。

「いいえ、何でもないですよ。ただ……」

「……ただ?」

 オウム返しに訊き返すミナヅキに、フローラはあくまで笑ったまま語る。

「優柔不断な人って、損ですよね。で、大概取り返しのつかない失敗をしないと治らないっていう」

「……それが?」

 誰の事を指して言っているのか気づかないほどミナヅキは鈍くない。けれど立場上、口に出すのは躊躇われた。

 代わりに先を促すと、返ってきた言葉には、いつもの彼女らしくない……けれどまぎれもなく彼女の本質を表した、黒く汚泥にまみれた感情がまとわりついていた。


「まぁ今回の場合、色々と複雑なんですけど。ミナヅキならどうします? ぐずぐずしていて大切なものを失うか、()()()()()()()()()()()()()……そんな選択を迫られたなら」


 答えは、返ってこなかった。

「ま、そうですよねぇ」

 答えられない、それが正しい。むしろ今この場で即答できるほどの決断力がある人間は、表の世界ではまともに生きていくことのできない思考回路の持ち主だろう。少なくとも己の従者がそうでないことを知っていたから、フローラは問い掛けてみたのだが。

 くるりと艶やかな銀髪を風になびかせつつ身を翻し、フローラは屋敷に戻っていく。

 その後姿を眺めつつ、黒髪茶眼の従者は小さな声で零した。

「……それが、大切な何かを守るため、大切な誰かを救うためならば、喜んで全てを捨てましょう。けれどそうでないのならば、大切なものを失わないように奮闘する……そういうものではないでしょうか」

 ミナヅキという人間は、そういうものらしい。

 けれど、それがフローラ=エーデルワイス――そしてはなぞのつきという人間にも同じことかと言えば、必ずしもそうではない。

 むしろ月葉フローラは、全てを失った人間なのだから。


   ◆ ◆ ◆


 第一王子の誕生日パーティーと言えば、王国貴族は端から端までこぞって集まるものだ。派閥の強化をするにしても貴族同士で貶め合うにしても便利だし、新鮮な情報を入手するのにも役立つ絶好の機会なのだから。

 勿論、表の目的は第一王子のお祝いである。それだけが目的の者など一握りすらいないだろうが。

 そして、そんな重鎮から末端までせいぞろいな状況は、反社会的な者達にとっては実に美味しい状況である。

「……まぁ、分かり切っちゃいたけれど」

 ぐるりと、一・五メートル近くある物干し竿のような長棒で空気を掻き混ぜ、『彼女』は忌々しそうに吐き捨てた。

 王都の貧民街、その一端にる、とある建物。

 薄暗闇に包まれる部屋の中、しょくだいに立つ蝋燭のともしだけが明るさと暖かさを放っている。

 足下、ぐちゅりぶちゅりと気味の悪い音を立てて捕食行動を行っていた異形のナニカが、ぬめりとした体表を灯火に照らされて鬱陶しそうに体を震わせた。それによって伝わる空気の振動に、次は彼女が煩わしそうな態度を見せる。

「ギュギ、ギュルル」

「あぁもう、ウザいなぁ」

 甲高い鳴き声を上げる、ちっとも可愛くない異形に舌打ちした彼女は、その手に握る棒を足元のソイツ目掛けて振り下ろした。

 ブオンッ、という重苦しい風切り音。次いで、グチャッ! という水気を含んだ破壊音。

 頭部と思わしき部分を強打された異形は、まるでれた果実のように易々と圧砕され、周囲に緑色の体液を撒き散らす。ぞうまで出てくることは無かったが、捕食したモノが細切れになって消化液と共に流れ出てきた。

「相変わらず気持ち悪いわね」

 異形の死体と、捕食された生物の肉片という汚物から漂う悪臭にりゅうを顰める。軽く風の魔術を起こして臭気を払いつつ、彼女は部屋の中をゆっくりと歩く。

「まったく、なんでこんなのにしたんだか、私。……いや、デザインは私の仕事じゃなかったか」

 独り言を零しつつ、彼女は視界に入ってきた物体に対して棒を振るう。物体――先ほどの異形と同じ、カマキリのような二つの鎌と無数の棘が生えた尾とかにのような八本脚を持つソレは、魔術によって時速三十キロの軽自動車のタックル並みに威力が増した棒によって薙ぎ払われ、原型を留めないほどぐちゃぐちゃにされ壁の染みとなった。

「んー、ちょっとオーバーキルかな? あと三つ下げても問題ないか」

 明らかに過剰な力で粉砕された異形を眺めつつ、彼女はぼやく。

 威力調節はあまり得意ではない、というよりまだ慣れていないためやり難いのだ。

 トンを超えた力を鋼鉄より柔らかい生物にぶつけるメリットはせいぜい一撃必殺になる事くらいで、あとは片付けが面倒とか魔力消費効率が悪いとかはずした時に周囲に被害が大きいとか自分に威力が跳ね返ってきた時に跡形もないとか、デメリットが目立ち過ぎる。しかし弱め過ぎて仕留め損なってもまずいので、今は少し弱めるだけに留めておくことにした。

 彼女や()()()()()()()()()を喰らおうと寄ってくる異形を魔術を掛けた棒で適当に粉砕しながら、彼女は溜息混じりに呟く。

「レクイエスって、この段階でこんなに作られていたのね。……まぁ当然か、(ツー)()()()()()()()()()()()()()()()()

 彼女の言葉を理解する脳を持ち合わせた生物は、今この場には居ない。当然、異形に人間の言葉は伝わらないし、異形に指示を出している筈の人間は既に建物内から脱出している。――もっとも、仮にこの場に他の人間が居ても、彼女の言葉の意味を理解する事はできないだろうが。

「ま、これでパーティーに手出しする戦力も無くなったでしょ。奴らが第一座・二位マスター・オブ・セカンドに協力を要請する可能性は低いし……いや、そもそも奴はもう死んでいるんだっけ? じゃあ別の奴が席についてる筈か。うーん、となると読み難いな」

 異形の襲撃が落ち着くと、辺りに散乱する赤と緑が入り混じった液体と肉片を避けつつ、彼女は再び歩き出す。

 緑は異形。対して赤は、人間のモノだ。

 無論、彼女のモノではない。この部屋、ひいては建物を隠れ家として利用していたやから、ギルガメシュの使徒のモノだ。彼らが物言わぬむくろとなり、部屋中に散らばっている。

 この惨状を作り出したのは、彼女。

 第一王子の誕生日パーティーを襲撃する計画のために集まっていたギルガメシュの使徒たちを一掃し、数で押してくる異形レクイエスを薙ぎ払い、計画書やら魔道書やらを切り刻む。それらを全て、彼女一人でやってのけた。

 ただし、人間以外なら、協力者はいるが。

「これで終わりか? 他愛無いな」

 突然背後から発せられた声に反射的に振り向くが、しかしその声の主が良く知る存在だったので、安堵と若干の苛立ちを含んだ溜息を彼女は漏らした。

「……いきなり後ろから話しかけないでって言ったでしょ、タンムズ」

 長めの灰髪に、何もかもを見通すような純黒の瞳を持つ美青年。おおよそ人間の美貌とは思えないソレを持つ彼は、人型ではあるが『人間』ではなかった。

 一般的に、神と呼ばれる存在。

 人間の物差しを超えた強大な力を身に秘め、時に善となり時に悪となり、理不尽を振り撒く超越者。

 その圧倒的高位存在が、矮小な人間に語り掛ける。

「ふん、我がいつどこで貴様に話しかけようが自由だろう」

「それでも心臓に悪いから」

「それで死ぬほど脆弱ならば、早々に消えてしまえば良い」

「……あっそう」

 相変わらずの口の悪さに辟易する。けれど、真っ向から彼に意見するほど、彼女は強くはなかった。

 いつもの通りに自身の意見を通すのを諦め、代わりに彼女は計画書やら魔道書やらを魔術で発生させた風の刃で切り裂くことでストレスを発散させる。

 少し溜飲が下がったところで、だるげにタンムズが声をかけてきた。

「おい、その計画書とやらは捨てても良いのか? それがあれば、奴らの行動が分かるだろうに」

「ここに書いてあるのは全部覚えているから良いのよ。それに、どうせもう意味が無くなるから」

 最後に彼女は、燭台に立てられていた蝋燭を紙の山に落とした。火が移り、機密情報を焼き尽くしていく。魔術で風を操って部屋全体に広がるようにしてから、彼女は部屋を出た。

「……しまった。油が無いから焼き尽くすのは無理があったか」

 羊皮紙だけで死体も全部焼き尽くすなど、流石に難しい。幾ら風を操作して燃え広がり易くしたとしても、その程度の可燃材料だけではせいぜい焦げ付かせられる程度だろう。部屋が木製であれば可能だっただろうが、生憎と石壁だ。

 方法は思いつかないが、どうにかしようと彼女は部屋に戻ろうとして――しかし。

「やれやれ、世話が焼ける」


 直後、彼女の目の前で、部屋が吹き飛んだ。


「――んな、馬鹿な」

 あまりの轟音が全身を襲い、思わず顔を庇いながら呟く。鼓膜がおかしくなりそうだ。

 衝撃が建物全体を揺らし、爆風が全てを吹き飛ばさんと荒れ狂う。やがて粉塵や煙が晴れた時には、先ほどまで確かにあった目の前の部屋は、月の浮かぶ王都の夜景が目に映るほど跡形も無く消し飛んでいた。

「……これ、無関係な所に被害出してないでしょうね」

「安心しろ。訴えられるとしても騒音被害くらいだ。もっとも、ここら辺で爆発騒ぎなど日常茶飯事だろう」

「んな訳ないでしょ。幾ら貧民街でも、ダイナマイト一ダース分起爆させたような爆発なんてそうそう起きないわよ。紛争地帯じゃあるまいし」

 驚きやら呆れやら様々な感情が入り混じった声で言いながら、すぐさま彼女は走り出していた。

 理由は至って単純で、建物が崩れ始めているからである。

 当たり前だが、ダイナマイト一ダース分の爆発が起こった建物など、普通は冗談抜きに吹き飛んでいる。事実、まだこの建物が原型を――一部を除いて――保っていられるのは、爆発を起こした張本人であるタンムズが魔術で抑え込んでいるからであった。

 二階の窓から飛び降り、風の魔術で何とか無事に着地する。

 その直後、まるで図ったようなタイミングで、建物が轟音を撒き散らしながら倒壊した。

 もうもうと粉塵を巻き上げる光景を眺めながら、彼女は平然と横に並び立つ神に問い掛ける。

「……あんた、何したのよ?」

「【風】……というより【空気】の魔術だな。あの部屋の酸素の配分を弄ってやった」

「うわおぅそりゃ吹っ飛ぶわ」


 ……何はともあれ、こうして火種の一つは消えた。

 代わりに、新たな火種が生まれている事に気付くのは、彼女が先か、それとも別に動く転生者達か――それは、もう少し先の話。


   ◆ ◆ ◆


 余談だが。

「そういえば貴様、何故今日は髪を後ろで一つ結びにしている?」

「何故って、流石に戦闘するのにぴょこぴょこ跳ねるツインテールは邪魔でしょ」

「…………そう、か」

「え、なに、あんたツインテール好きなの? 私、子供っぽいから好きじゃないんだけど」

「ならば何故いつもツインテールにしている? 変えればよかろう」

「いやだって、それが私のアイデンティティだし? 変えたら私じゃなくなっちゃうし?」

「……なんだそれは」

「それが『私』が『私』であるための記号だからさ。変えちゃまずいでしょ」

「……良く分からんな」

「でしょうね。でも、そういうものだから」

「ふん。それほど言うのならば、今日も変えなければ良かっただろうに」

「んー、ソレは駄目」

「何故だ?」

「だって、『魔術を使ってギルガメシュの使徒の隠れ家を襲撃する私』は、『いつもの私』じゃないから」

「……そういうものか?」

「うん、そういうもの」

 彼女の月より明るい金髪が、夜闇の中で輝いていた。



 今回で誕生日パーティーまで行くつもりだったのに、思ったより『彼女』の話が長くなってしまいました。

 次こそは誕生日パーティーに入ります。

 次回も宜しくお願いします。

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