第二話 己を殺す者
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花園月葉は一般人ではない。
地球という惑星の日本という国がある世界。そこではオカルトはもはや完全に存在せず、科学が人々の生活に普及していた。
――そう一般人に思われているだけで、実際は魔術や呪術などの神秘は完全に消えてしまった訳ではない。
ロンドンに本拠地を持つ魔術結社〝黄金の夜明け団〟。
バチカンを拠点とする〝聖星教会〟。
そして日本から支配を広げる〝天道三大家〟。
この三つの大組織を中心として、魔術師達は夜闇に紛れ人知れず魔術を、神理を研究していた。
月葉はその三組織のうち、〝聖星教会〟に身を置く魔術師だった。
◆ ◆ ◆
「い、嫌ですよ、まだ死にたくありません。せっかくリオン様の婚約者になれるのに……わたしはイチャイチャしたいのですよっ!」
願望駄々漏れの言葉で喚くフローラ。動機が滅茶苦茶不純だが、彼女は前世で男性経験が殆ど無い為、余計にこれから送れた――かも知れない――桃色の生活が失われてしまう事に、酷く憤慨していた。
しかし、これは恐らく強制イベント。物語上、フローラは死んでいなければならないのであろう。
何故なら、幼い頃に婚約者を亡くした、というのが、リオンの『闇の部分』なのだから。
そこを刺激し、上手く癒やす事でヒロインはリオンを攻略するのである。
「今考えると、それってかなり酷いですよね……」
言ってしまえば、ヒロインの攻略方法はリオンの傷口を抉る事なのだ。大分、いや、かなりえげつない。
ゲームだったならともかく、それをリアルで行うのは絶対に阻止しようと決めるフローラ。
だが、
「……というかそもそも、わたしが死ななければ問題ないですよね?」
そう、リオンの心の傷は婚約者が死んでしまった事。ならば、婚約者が死ななければ良いのではないだろうか。
その結論に至り、フローラは気合を入れるようにぐっと拳を握り締めた。
「よし……絶対に、わたし、死にません!」
強く決意を固めた――、その時だった。
「それはそれは、困りますねぇ」
「ッ!?」
突如降りかかった声に、反射的に振り向き視線を鋭くするフローラ。無意識のうちに腰に手をやり、そこに何もない事に一瞬戸惑いを見せる。
が、すぐに思い出す。今は花園月葉ではなく、フローラ=エーデルワイスだという事に。
小さく舌打ちをしそうになって、それは令嬢としてどうなんだ、と公爵令嬢教育を受けているフローラの経験から押し留めた。
酷く歪な感覚。自分は自分なのに、違う人物のように感じてしまう。
「……、どうかしたんですか?」
訝しげな声をフローラに投げ掛けたのは、黒いフード付きマントに上半身全てを隠した男。髪色はおろか目鼻立ちも確認出来ないのは、恐らく彼のフードマントに魔術的細工が施されているからだろう。僅かに魔力が宿っている事が感じられる。
明らかに怪しい存在。嫌な気配を感じ、フローラは無意識のうちに後退る。
「おやおや、怖がらせてしまいましたかねぇ」
顔は見えないのに、にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているのが分かる。酷く不快だが、それを表情に出すようでは貴族としては落第点だ。表情筋を強張らせ、決して目を逸らさず睨み付けた。
そのフローラの状態に、フードマントの男は少し驚いたように肩を揺らした。
「ほぅ……なるほどなるほど。どうやら貴女は、少しイレギュラーなようだ」
「……、それはどういう事ですか?」
意味が分からず、眉を顰めるフローラ。
それに対し、フードマントの男はさも愉快そうに笑い声を漏らす。
「いぇいぇ、こちらの話ですよ。……さて」
フッ、と。フードマントの男の纏う雰囲気が、一瞬で切り替わった。
何が起こるのか――警戒を強めたフローラを前に、フードマントの男は胸元に手を寄せる。そこで何かを探るように動かし、やがて緊張が膨らむ中、彼が取り出したのは一枚のカードだった。
「トランプ……?」
「はてはて、八歳の貴女がトランプを知っている事に私は驚きですが、これは……言うなれば、アルカナに近いでしょうかねぇ」
ぴらっ、と音を立てて指に挟んだカードがこちらに向けられると、そこに描かれた絵柄がフローラの目に映る。
古風な、どこか奇妙で目を引くタッチで描かれていたのは、一振りの剣だった。
そしてカードの縁を豪華に装飾するように刻まれていたのは――魔術式。
「そ、れは……ッ!」
気づいた瞬間、フローラは身を横に投げ出していた。
刹那――ガギンッ! という金属音を鳴らして、フローラが一瞬前まで居た場所に長剣が突き刺さった。
「おやおや、避けたのですか?」
酷く神経を逆撫でる声色。調子外れなその声で、フードマントの男は手をぱらぱらと振っていた。
その手に先ほどまであったカードは無い。バラバラの紙屑となって宙に舞っている。
「魔術、ですか」
「あれあれ、驚かないんですねぇ」
茶化すように言って笑うフードマントの男は、既に胸元から新たなカードを二枚取り出していた。
そして一瞬の間を置き、第二射がフローラの肉体を切り裂かんと飛来する。
「っ、」
再び地を蹴って回避。転がるようにして体勢を整え、フローラは荒くなる呼吸を抑えながらフードマントの男を睨み付ける。
「【剣】……【刻印】……いえ、【具現】の魔術でしょうか? 魔術式を刻んだ小アルカナの絵柄を象徴として、現実世界へ投影したって事ですね」
フローラは月葉だった頃の知識を引き出し、先ほどの現象を分析する。
魔術――それは神が創った世界の理法、『神理』を一時的に改変し、超常の現象を引き起こす術の事。
詳しい理論は置いておくが、フードマントの男がやったのは、魔術式を刻んだカードに魔力を流す事で、その魔術式に組み込まれた命令文に従ってカードの絵柄――即ち剣を現実世界に生み出して撃ち出すというものだ。要は、絵柄のモノを現実に出現させ、攻撃したのである。それが【具現】の魔術。
「ほぅほぅ、貴女はどうやらこちら側だったようだ。……いや、彼の魔術師の名門エーデルワイス家の令嬢なら、魔術の知識も豊富とみるべきか……さてさて、どちらでしょうかねぇ?」
「…………」
「無視ですか。まぁ良いですけど」
フードマントの男が話している間、フローラは自身の状況に驚いていた。
フローラの記憶だけの頃であれば、先ほどまでの攻撃で確実に身を裂かれていただろう。月葉の頃の記憶が合わさったからこそ、魔術についての深い知識が手に入り、その対処法と歳不相応の冷静な判断力を得る事が出来たのだ。
しかし身体スペックはフローラのものだ。月葉の頃のような鍛えたものではなく、まだ八歳の、それもペンより重いものなど持たない箱入り令嬢の体。家系の問題で多少魔術の知識はあれど、体作りは女だからという理由でやらせてもらえていないのだ。いずれ嫁ぐ者の肌に傷をつけてはいけないというのはフローラの感性では理解出来るのだが、前世でバリバリ動いていた月葉の感性だと悔しく感じてしまう。
そんなひ弱な肉体では、今の動きだけでもかなりキツイものがある。恐らく、次の攻撃を躱すのは厳しいだろう。
(武器も無いですし、この体だと魔術も使えるか分かりません。……であれば、逃げるのが一番ですが……)
そうはいっても、そう簡単に目の前の男が逃がしてくれるとは思えない。
彼は確実にフローラを殺そうとしている。言っている意味は分からないが、彼にとってフローラはこの場で死んでいなければならないらしい。ゲームのシナリオ的にもそれが正しいのだろう。
だがしかし、予定通りに死んでやる気など毛頭無い。
新たな人生。前世は随分と殺伐としていたのだから、今世こそはゆったりまったりいちゃいちゃの桃色生活を送ってやるのだ。愛しいリオン様と一緒に。
――その為に。
「ここを、切り抜けないといけませんね……」
吐き出すように零した言葉。だが、気合は入った。
フローラの呟きに、フードマントの男は耳聡く言葉を返してくる。
「おやおや、生き残るつもりですか? それはいけませんよ」
「わたしの人生なのですから、生き残って何が悪いのでしょうか」
他人に勝手に生死を決めつけられるなど腹立たしい。この世界では権力者の采配で命など簡単に消し飛んでしまうが、目の前の男にフローラの人生を否定されるいわれはなかった。
目を細め、威嚇するように声を低くする――とは言っても、八歳の少女の声では怖くもなんともないのだが――と、フードマントの男は「おぅおぅ怖い怖い」とふざけたように言って続ける。
「そうですねぇ、今後の為にも是非死んでもらいたいんですよねぇ」
そこで言葉を切り、フードマントの男は再び胸元からカードを取り出しながら、まるで死刑宣告をする死神の如く、言い放った。
「貴女が死ねば、邪魔者が一人、トラウマを負ってくれるのですから」
そして。
カードから飛び出した剣が、フローラの肉体を斬り裂いた。
魔術の設定については、私の書いている他の小説と同じ設定を使用しています。
詳しい説明は後程……。
『補足:トランプについて』
フードマントの男が「八歳の貴女がトランプを知っている事に私は驚きですが」と言っているのは、この世界ではトランプは賭け事に使うのが主流だったからです。一般的に普及され、カードゲームとして遊ばれるのはもう数十年かかるでしょう。製紙技術の問題も有るので。
次回も宜しくお願いします。