第一話 男は禁忌を嗤う
長くなり過ぎたので、切れるところで分割しました。
……これ、プロローグに入れておけば良かったかなぁ。
「『反霊樹の王』計画をご存じで?」
どこかの世界のどこかの地で。
「それは、〝聖星教会〟が主動する魔術実験の名称です」
一人の男が口を開いた。
「第一次実験は、一九九五年のフランスでした」
その場に居るのはこの男だけ。けれども、誰かに聞かせるように彼は続ける。
「結果は失敗。まぁ分かり切った事ではありましたが、魔王たちを降ろすには何もかもが準備不足だったんでしょうね。子供達から三十二人、研究者たちから百六十五人の死者を出してしまい、計画は完全に頓挫した――かのように、一時は思われました」
バチンッ、と電灯が火花を散らすような音が鳴ると、無機質な部屋に無数の空間映像が映し出された。
男がその一つに指を滑らせると、一際大きく投影された写真が浮かび上がる。そこに映っていたのは、くすんだ金髪の男だった。
「しかし十年後。『教会』の位階・天である魔術師、ベルトナー=オスマン=イェイツの猛烈な執念により、計画は再び始動しました」
次に男が出現させた空間映像には、集合写真のように大勢の人間が映っている。五歳ほどの少年から七十を超えているように見える老年の女性、白色人種に黄色人種に黒色人種まで、全く共通点のなさそうなメンバーだ。
しかし特徴を上げるならば、子供の数が異常に多い事だろう。そこだけ見れば孤児院か何かだと思われるが――。
「子供達の数は三十人。前回の反省を生かして、魂の質が良く、強靭で、更に高い霊格へと至る資質を秘めた特別な子たち――便宜上、天上を掴む者と呼ぶ人間を集めました。研究員の方も、位階を重視するのではなく実力の高い信を置ける者たちで臨めるようベルトナー氏は動いていたようです」
男が指を空間に滑らせれば、次々に空間映像が出現する。天上を掴む者の能力成績、研究員の略歴、理論化された降魔王の魔術式――秘匿された筈の禁忌を、いとも容易く彼は暴いていく。
「さて、二〇〇五年より〝聖星教会〟の本土であるバチカンにて動き始めた第二次実験。結果から言えば、成功しました」
さして嬉しそうでもなく、けれど可笑しな小説の内容でも語るように、彼は続けた。
「反霊樹を司りし十の魔王――絶対なる神の敵対者、気高く愚鈍な蝿の王、光を拒絶せし者、堕天する審問官、残酷なる色欲の王、醜悪なる怠惰の王、怒れる雷嵐の主、狡猾なる太陽の王、情欲喰らう夜の魔女、忌まわしき姦淫者。それらを、十人の天上を掴む者に宿す事に成功しました」
しかし、と男は言う。
「魔王を宿した十人の天上を掴む者――霊魔界の使者となった者達のうち、半数近くが強大な力に耐え切れず、魔王を暴走させて命を落としてしまいました。これが後に、『終末の天使が降りた日』と呼ばれる出来事です」
次に映し出された映像の中で、爆発が起こる。建物が吹き飛び、人間が消し飛び――膨大な力の本流は、物質界の全てを薙ぎ払わんと荒れ狂った。
その中で、一際目を引くのは、ソレだった。
漆黒の翼を持つ人影が一体。純白の翼を持つ人影が一体。手を繋ぎ、下界を無感情に睥睨する天使は、自由な片手を振るうだけでそこに破壊を齎す。子供達の防御も、研究員たちの反撃も、何もかもを粉砕し、ただただ終わりを顕現させる理不尽な存在。
「それだけでも研究員たちにとっては予想外の事態だったというのに、更に不幸は続きます」
男が指を動かすと映像が消え、代わりに数十名の子供の顔写真が映し出される。
「数十名の子供達の脱走。しかも、生き残った霊魔界の使者を含んだ、優秀な天上を掴む者たちが逃げ出しました」
人種、言語、魔術形態、戦闘嗜好――箱庭で過ごしたということ以外何一つ一致しない彼らは、互いに協力して自分達を飼い殺す檻から脱出した。皮肉にも、箱庭で培った技術を駆使して。
「けれどもやはり、まだ子供。全員は不可能でしたが、数人の天上を掴む者の捕獲に成功しました」
もっとも、『教会』側の被害は甚大でしたが――と面白そうにクスクス笑って付け足す男。その被害のうち、殆どが終末の天使の仕業であるが、一部は子供達がやってのけた。彼らの才能と、施した英才教育が仇となったのである。
「そして、ここからが悲劇の始まりでした」
子供達、だけではない。
世界の、悲劇である。
「『反霊樹の王』計画を主動していたベルトナー氏はこの事件で既に亡い……けれども、生き残った数名の研究者たちが、終末の天使に魅せられてしまいました」
その破壊は美しく、残酷で、神理を求め魔道を歩む魔術師たちには、酷く尊いものに見えた。
だからそれを、研究した。
触れてはならない禁忌に、手を付けてしまったのだ。
「『終末の対天使』計画。第一禁戒に抵触する最悪の実験が、クロイツ=レヴィ主動のもと、始まってしまいました」
それが、全ての始まりで。
それが、全ての終わりだった。
次回も宜しくお願いします。




