エピローグ
今回は少し長めです。
エピローグなのになぁ…………エピローグだからか?
『――それで、月葉はどうするの?』
ふと、何の脈絡もなく少女は切り出した。
『……なんの事ですか?』
話が分からず首を傾げる金髪の少女に、蒼銀色の髪を揺らす少女が溜息混じりに答える。
『決まってるでしょ、八重里の件よ』
『あぁ、それの事ですか。すっかり忘れていました』
『忘れちゃ駄目でしょ。……それで、どうする? もしかしたら大智君に会えるかも知れないけど』
懐かしい名前が出てきて、しかし感慨深く思い出話を語るでもなく、少しだけ少女の表情に影が落ちる。
だが二人ともそれを忘れ去るように意識から追いやって、努めて明るく話を続けた。
『あれ? 大智さんって、八重里に逃げてたのですか?』
『そうらしいわよ。拾ってもらった魔術師に上手く隠してもらってるって』
『流石の強運ですね……大智さんらしいというか、なんというか……』
『素直に狡いって言いなさい』
『あ、あははは……佳夜ちゃんははっきりと言いすぎですよ』
件の少年は、昔から運が良かった。
いや、別に御神籤がいつも大吉とか、商店街の福引で一等や特賞ばかり引くとか、宝くじが当たりまくるとか、ラッキースケベ連発とか、そう言った俗物的な話ではない。命に関わるような事はいつもギリギリで回避して、仲間の危機にタイミング良く鉢合わせて颯爽と助けてしまって、今の話もそう。彼はどんな不幸に会おうとも、必ず最後は生と一握りの幸せを掴み取っていた。
その一握りすらも取り溢して結局諦めてしまった金髪の少女に、何度失っても決して諦めず今も形無き幸福を追い続けている少女が言う。
『ま、それは良いのよ。――で、行くの? 私は行くつもりだけど』
『うーん……どうしましょうか』
『あまり悩んでいる暇は無いわよ』
『そうですけど……でも、そもそも私、上から他の任務を入れられたら行けませんし』
申し訳なさそうに、しかし明らかな諦めを滲ませる少女に微かに苛立ちを覚える蒼銀髪の少女。だが顔色には出さず、「もうっ」と手のかかる妹の世話を焼く姉のように溜息を吐きながら言う。
『そんなの気にしないで、本心を言いなさい』
『うぅ…………行きたい、です』
『素直で宜しい。……それじゃあ、四月の入学式で会いましょう』
『はいっ!』
ふわりと少女が微笑むと、長い金糸がさらさらと風に揺れて零れた。
釣られて蒼銀色の髪の少女も笑い、穏やかな時が過ぎていく。
――それは、いつかの記憶。
忘れ去られてしまった、暗くも優しい時間。
殺戮兵器として育てられた少年少女が、それぞれの人生を勝ち取った後の物語。
或いは血濡れた過去に怯え、或いは『家族』の死を忘れ、或いは自ら犠牲となって、或いは全てを乗り越えて。それでもなお憑りつくように離れない『あの日』の記憶を胸に生を歩む者達の、緩やかで薄暗い、けれど仄かに暖かな一時。
あの世界は穢れていた。
幸せなど無かった。
優しさは壊れていた。
愛なんて崩れ去った。
だから全て、忘れようとした。
――けれど。
ほんの少しだけ、『幸福』を感じていた事も、有ったのかも知れない。
◆ ◆ ◆
ガタリ、ゴトリ、と地面の起伏に揺れる馬車の音が耳朶を叩く。
地面は現代地球のようにアスファルトで舗装されてなどいないから、ただ人や馬車が踏み均した比較的平らなだけの道だ。だから所々散らばる石や盛り上がった地面を車輪が踏んでしまう事が多く、科学水準の低いこの世界の馬車は乗客にその衝撃を直接伝えてしまう。とてもではないが、乗り心地が良いとは言えない。
サスペンションを取り付けたいなぁ、などと考えつつ、フローラは己の膝上に頭を乗せる少年の夜闇色の髪を優しく撫でた。
「……すぅ…………ん……」
少し頬に触れてみても、目覚める気配はない。暫くはこの存外に可愛らしい寝顔を堪能する事に決めて、フローラは目を細めながらリオンの頭を優しく撫で続けた。
字面だけ見れば甘く柔らかな雰囲気。だがしかし、現実は非常に奇妙なものだ。
フローラのドレスは返り血で布地の元の色など全く見えないほどに真っ赤に染まり、その紅い液体を流した本人であるリオンは全身これでもかというほどにボロボロ。美しい髪にもべっとりと赤黒い血液が付着してしまい、質感も砂埃でかなり悪くなっている。
特にリオンは肌に無数の傷跡が痛々しく残っており、更に膝枕の体勢なので、見方によっては死体を愛でる女の図だ。これにプラスして茜色の陽や赤い月でも後ろに背負えば狂愛的なスチルの完成だが、リオンはきちんと生きているしフローラも死体愛好家ではないので、そんな悲劇的な状況ではないのだが。
いや、実際、危ない状況ではあった。
サイラスを氷像に変えて肉体ごと砕いた後、フローラはすぐさまリオンの手当てを開始したが、その時すでに虫の息。三途の川に片足突っ込んでいる状態だった。
幸いフローラの魔術で致命傷を塞ぐ事は出来たので三途の川を渡り切る前に引き戻す事は成功したが、フローラの魔力と体調などの問題で治癒は完璧とはいかず、そして切断された腕をくっつけるのに力を注いだ事で魔力の殆どを持っていかれてしまい、細かな傷は残ってしまっている。後はリオン自身の生命力に任せるしかなく、包帯代わりにドレスの裾を千切って傷口を覆うくらいしか出来ていない。
傷の消毒は消毒液が――この世界、この時代に果たして消毒液なる物が存在するかは知らないが――無かったので、水と酒を混ぜた液体に魔術を施した疑似霊薬で代用して洗ってある。至る所に大小様々な傷が刻まれていたので疑似霊薬が強烈に沁みてリオンは意識を飛ばしていたが、感染症に罹る可能性は幾らか抑えられただろう。無いよりマシ、程度であるが。
それから自分の傷の手当ても軽くやり、気を失ったリオンを背負って屋敷を出た。
スプリンディア公爵邸の敷地は広い。サイラスの魔術結界が張られていた範囲の外に出ても、そこからかなりの距離を歩かなければならなかった。
目指す場所は、とにかく休める場所。傷を治せる場所。血や汚れを洗い流せる場所。それらを満たす、道具がある場所。
まずは人の目のある場所へ向かう。今回の事件がサイラス一人の犯行だったとしても、近くに彼の仲間が潜んでいないとは限らないのだから、人目の付く所に行って大胆な行動を取れないようにするのが最善だ。
そう思って歩いていたが、運良く――本当にタイミング良く、遅れてきたフローラの母・ルクレーシャの馬車に遭遇し、助けてもらえた。
そういった経緯で、今二人は馬車に乗っているのである。
「……お母様が遅れてきて、本当に良かったです」
因みに、ルクレーシャが遅れた理由は、馬車酔いが酷かったからだ。普段そこまで酷くはならないのだが、今日は本当に拙い状態だった。結果、それで屋敷の殺戮から免れたのだから、運が良かったと言うべきだろう。
公爵夫人を乗せる馬車なので、使用人や護衛の移動の為に何台も追走している。フローラ達はルクレーシャが乗る馬車に乗せてもらう予定だったのだが、フローラが暫くリオンと二人きりにしてほしいと頼んだので、今この馬車に乗っているのはフローラとリオンだけだ。
別に二人きりになってイチャイチャしたかったからではない。リオンが目を覚ました時、彼への説明を人に聞かれていない状態でしたかったからだ。
「……ぅん……ぁ?」
「あ、リオン様。目が覚めましたか?」
リオンの意識が浮上してきた事に気付くと、フローラは自分を起点にして、即座に小規模の魔術結界を展開する。消音の効果の魔術結界だ。これで、中から叫び声を上げても馬車内の声は外に漏れ出ないし、馬車の中に入らない限り、例え馬車に張り付いて聞き耳を立てようとも二人の会話は聞こえない。
流れるように自然な魔術の発動で密着しているリオンにも気づかれないように結界を張り終えると、まだ意識が夢現の境を彷徨っている少年の顔を覗き込んだ。リオン側からすれば、眼が覚めた途端に美少女の顔が目の前に、という状態である。
顔が近いという事に気付かないままフローラは、意識が覚醒し始めたばかりでぼんやりとしているリオンの瞳を見つめ続けた。
暫しの時間をかけて、リオンの意識がはっきりとしてくる。
――やがて、
「うわぁぁぁあああああッ⁉ ふ、ふふふフローラ⁉ ――ぐあッ」
「きゃっ⁉」
予想通りというべきか、『目覚めた途端に目の前に美少女の顔が』状態に驚いたリオンは、悲鳴混じりの叫びを上げて反射的に顔を弾き上げて――すぐにフローラの頭と頭をぶつけてしまう。
暫く二人で痛みに悶え苦しむ時間が続く。が、やがて、最初に復帰したのはフローラだった。
「痛い……うぅ、リオン様、大丈夫ですか?」
赤くなった額を押さえつつ、涙目で膝上の少年に訊くフローラ。
対してリオンは、同じく赤くなった額を撫で付けつつ答えようとして――後頭部に感じる柔らかな感触と、寝転がっている体勢から見上げた先にある少女の顔に現在の状況をやっと悟ったのか、顔を急激に上気させた。
「なっ……まっ……え、ちょ、どういう事だよこれ⁉」
「え? どういう事って……膝枕?」
「ヒ・ザ・マ・ク・ラだと⁉ そんな……俺もう死んでも良い……」
「え、ええ?」
いきなり感動気味に眼を擦り死んでも良いなどと宣うリオンに、フローラは頭上に目一杯疑問符を浮かべる。
更に何故か拝み始めたリオンに「もしかしたら頭打ってヤバい状態なのでしょうか……」とまで思い始めたフローラ。若干引き気味になったフローラの状態に気づいてハッとしたリオンは、取り繕うように慌てて起き上がる。……少し膝が名残惜しそうだったが。
「えっと……その、」
まだ火照っている頬をポリポリと掻きつつ、言葉を探すリオン。
いきなり起き上がっても大丈夫なのかとフローラは心配したが、今のリオンは痛みよりも恥ずかしさの方が勝っているようだ。話の途中でぶっ倒れるような事は起こりそうにない。……ここで倒れれば再びフローラの膝枕を堪能出来るのだが、恥ずかしさ故にそこまで考えが及ばなかったようである。
混乱気味の頭で何度も迷いつつ、ようやっと見つけた言葉をリオンは投げ掛ける。
「ここ、どこだ? つか、サイラスはどうなったんだ?」
当然の疑問だろう。彼の意識は屋敷で途切れていて、目を覚ましたらいきなりフローラの膝の上。記憶に残っている最後の瞬間は廊下に倒れていたところなので、庭で行われたフローラとサイラスの決着すら見届ける事は叶わなず、脅威を退けた事を知らないのだから。
分からないものだらけの中で、しかし的確な状況把握に努める彼の問いに、フローラは一つ一つ正確な答えを返す。
「ここは、わたしのお母様の馬車の中です。今は、お母様の行きつけの宿を目指しているそうですよ。それから、サイラスは――……わたしが、殺しました」
一瞬だけ言葉に詰まりかけたが、何とか言い切る。その不自然な間には気付かないふりをして、リオンは次なる問いを放った。
「そう、か。……お前は、大丈夫か?」
「ええと、怪我は殆ど魔術で治してありますので、特に問題はありません」
「違う。そっちじゃねぇ」
ガシガシと頭を掻き、それから溜息を一つ。
その理由が分からないフローラは、こてん、と首を傾げる。
対してリオンは、「気づいてないのかよ……」と苦い表情で呟いてから、真剣な顔でフローラの瞳を見つめ、続く言葉を放った。
「――お前、泣いてるじゃねぇか」
「…………え?」
何を、言うのか。
泣いている? そんな馬鹿な、何故泣く必要がある。リオンが死ななくて嬉しいから? 二人で屋敷から生還して安心したから? 否、違うだろう。
そんな理由ではない。もっと複雑で、彼には理解出来ない、フローラの奥底から来る感情だ。
「――――」
言葉が出ない。唇を何度も何度も開いては閉じ、その間にも涙は止まる事無く零れ落ちてゆく。
殺した、――殺した。この手で、命を奪った。魔術で、人殺しの業で、血肉を粉砕した。腕を、脚を、腹を、胸を、首を、頭を、凍らせて、砕いて、潰して、穿って、壊して――殺した。生命を、魂を、刈り取ってしまった――。
これでは、同じだ。前世と、何も変わらない。
「ぁ、ぁあ、あぁぁああ」
一度魔術を使えば、決して命を奪う事からは逃れられない。それは必然の理である。
分かっていた。理解していたのだ、そんな事は。
それでもなお、フローラは魔術を使った。他者の命を奪って、自分達が生き延びる為に。――リオンを、死なせない為に。
「――――ぁ」
――突然、温もりに包まれた。
温かい。その中に居るだけで、不思議な事にぐちゃぐちゃに混ぜっ返された心が落ち着いてくる。幸せに包まれ、荒ぶ精神も、狂乱する頭も――自己を責め苛む存在全てが、砂糖菓子のように甘く溶かされ静寂していく。
抱き締められたのだと気づくのに、数秒の時間を要した。
「リオン、さま……?」
「…………」
呼びかけるが、彼は無言のまま、フローラを腕の中に抱き続ける。
それが、何も言わなくて良いというメッセージだと気づき、フローラは少しだけ笑った。――涙は、流れ続けているけれど。
幸せに浸って、良いだろうか。
――今だけは、良いだろう。
おずおずと遠慮がちにリオンの背中へ腕を回し、弱めの力で抱き返す。少しだけリオンは吃驚したように身動ぎしたが、拒絶されていない事を悟ると、深く深く少女を抱き締めた。
フローラは彼の胸板に顔を埋め、いつの間にか抑え切れなくなっていた嗚咽を繰り返す。
彼の腕の中が温かい。
彼に包まれて心が安らぐ。
同時に、少しだけドキドキしたけれど、とても幸せな気分だった。
嗚呼、嗚呼。
ずっとずっと、彼がこうして、心を温めてくれるのなら。
――わたしは、彼だけの為に、魔術を使おう。
◆ ◆ ◆
高名な庭師達によって整えられた美しき庭園はもはや跡形もなく、代わりに神秘的な銀世界が広がるスプリンディア公爵邸の庭で。
「――やれやれ、今回は本当に危なかったですねぇ」
サイラス=オルドナスは、いつものにやにや顔で嗤っていた。
一歩踏み出すごとに氷の欠片が砕ける。そのリズミカルな音を楽しみながら、サイラスは誰に聞かせるでもなく独り言ちる。
「まさかまさか、観賞用のお姫様だと思ってた華が、とんだ毒を持っていたとは……白百合の姫というより、鈴蘭の姫とか彼岸花の姫とかの方が良いんじゃないでしょうかねぇ」
どちらの花も綺麗な見た目をして、毒性を持つ植物だ。確かに美しさの陰に残酷さを秘めた彼女には、お似合いの花かも知れない。
本人に聞かれたら殺戮系魔術の猛攻撃を喰らう事間違いなしな言葉を零しつつ、氷片を蹴って歩くサイラスの脚は、酷く歪に脈動していた。布の上からでも分かるほどに膨れ上がり、そして空気を抜いたように萎み、時に長く伸びて、また短くなる。どう見てもそれは、人間のものではない。
にゅるり、にゅるり、と。激戦の余韻でほぼ半裸状態を形成する衣服の間から、蛇のようにうねるモノが顔を出す。深い緑色をしたソレは、うぞうぞと蠢いてはまた服の中へと戻っていき、再び出てくるを繰り返している。
大蛇でもなければ、巨大寄生生物でもない。
――ソレは、植物の蔓だった。
「それにしても、核を破壊されなくて良かったですよ」
体を這いずり回る、否、体を形作る植物が、動物のように意志を持って動き回る。
中心部は、胸の中央。そこを起点として、サイラス=オルドナスという一人の人間の欠損した部位を、植物が補填しているのだ。
砕け千切れた腕が接着し、凍り粉砕された脚が植物に埋められ、穿たれた腹が緑に満たされる。細かな傷は細い蔓で縫い付けられ、足りない部位は植物が新たに創り出した。
それは、疑似的な肉体の再生。
植物を人肉、人骨、内臓の代わりの機能を果たすようにして、不足した部分を代用したのだ。
氷像に変えられて粉砕され、人体パーツがバラバラの状態だったサイラスが、十分もしないうちに元の青年の姿へと戻った。
しかし、果たして彼は、まだ人間と言えるだろうか。
姿形は確かに人間のシルエットを保っている。だが、その内容物の半分近くが植物なのだ。しかも首を斬られても胸の核さえ残っていれば植物の力で再生し、体中の至る所から人食い花が咲かせられるマジックじみたオプションまでついている、馬鹿げた生物。
だがサイラス本人は、あくまで人間だと信じていた。
実際のところ、多くの魔術師は自身の肉体の改造に一度は乗り出すものなので、彼もそれを突き詰めた結果に過ぎないのかも知れない。それで部位欠損すら再生してしまう超生物と化したのだから、彼の魔術技能は相当なものだ。
「おおっと、忘れていました」
ふとある事に気付いて振り返り、サイラスは地面に血で絵を描き始めた。
別に、いきなり美術に目覚めた訳ではない。その証拠に、書き上がった絵は芸術的な画でもポップなイラストでもなく、人の形を模した簡易的な図のようなものだったのだから。
手に付着した血を拭うと、サイラスは魔術式を構築し、呪文を紡ぐ。
「――我が虚像を成せ、漆黒薔薇」
最後に図の中に黒い種を放り込んで、サイラスは魔術を発動させた。
メリメリギギュギィ、と聞く者に不快感を齎す膨張音を立てながら魔力を吸って異常な速度で成長した黒い花弁の薔薇が、徐々に徐々にその姿を別のモノへと変えてゆく。
蔓が何重にも束ねられ、それが茎を中心軸に大の字を描くようにして四つ形成。大の字の頂点を担当する花弁は閉じて丸くなり、茎は太く成長してある形状になるよう起伏がつく。一度も地中から水分を吸い取る役目を果たせなかった根は枯れて、最後に、真っ黒だった茎も蔓も花弁も、全てが肌色に変わった。
――そう。漆黒の薔薇は、新たなサイラスの肉体を創り出したのだ。
しかし、それだけでは終わらない。
その自分と全く同じ形状の肉体を、サイラス自身の手でバラバラに壊してしまう。
「……これで、良いでしょう」
やがて完成したのは、サイラス=オルドナスとそっくりの顔を持った分解死体だった。
それは正に、フローラが殺したと確認した直後の姿。――つまりこれは、偽物工作という事だ。
最後に適当に千切れた布を散らし、激戦を彷彿させる死体を演出。その完成度に満足げに一つ頷き、それから再びサイラスは歩き出す。
「さてさて、とりあえず一度、身を隠すとしましょうかねぇ」
気楽に言って、植物の肉体を持つ魔術師は、殺戮の屋敷から姿を消した。
◆ ◆ ◆
運命の日が、終わりを告げ。
終焉を刻む時計の針が、カチリ、コチリと、音を鳴らして動き出す。
物語は、始まる前から亀裂が入った。
だから、誰もが勝手に未来を描く。
これは、ゆっくりと崩壊を歩む世界の物語。
ある者は終末を望み、ある者は破壊を拒み、ある者は希望を追う。
そんな終わり逝く世界で、婚約者の少年との幸せを必死に求めた、儚く脆い少女の物語。
これにて第一章終了となります。
この物語は全三章構成(予定)なので、この章は完全に出だし部分です。
申し訳ありませんが、第二章のプロットを整える関係で、一、二週間更新が出来ないかも知れません。
なるべく早めに更新出来るよう努力致しますが、遅れてしまったらすみません。
次章も宜しくお願いします。




