螺旋の騎士 ララ
螺旋の騎士、そう呼ばれる者達が居た。
螺旋の王に仕えし者達であり、個々の戦闘能力は優に、危険度Sクラスの怪物とも渡り合えるほど。
現在は螺旋の王に仕えておらず、皆世界中に散らばっている。
人数は定かではないが、中でも特に戦闘能力を持つ者は3名。
一人は、『盾のライアン』
もう一人は、『癒しのスラージョ』
そしてもう一人が、『業火のララ』であった。
「こんな所で螺旋の騎士に逢えるタァ、幸運か災難なのか、分かったもんじゃねぇな」
愚痴のように口にするシュッツ。
目の前の少女との圧倒的な体格差があるというのに、その小柄からは想像もつかぬ程に湧き出る魔力に、冷や汗をかかずには居られなかった。
「しかしまぁ、相手が魔力を消費してから獄化するなんてこと、しなくて正解だだったぜ。
おかげで………騎士様の全力を、味わうことが出来る!」
そう台詞と共に、シュッツは満面の笑みを浮かべた。なんとも嬉しそうに、楽しそうに。
この死地、常人ならばたまらず逃げ出す場面において、なおも色褪せぬ幸福に染まった笑顔は、今までも十分に高めて居た彼の異常性を、最大限まで達しさせた。
「あはっ、流石に引くよー…………」
「引いて結構、蔑みたまえよ。儂には今更関係無い」
「ネガティブなのかポジティブなのか分かんないよー………でも、そうだね。
今さら関係無いよね。この状況じゃ」
「ほほう、小娘にしては話が分かる。さては貴様……いや、別にいいか」
ララに何か尋ねようとした所で、シュッツは自分の問いを伏せた。
「どうせこの問いも、今は関係無い」
「へぇ、そう。だったら終わってから聞くよ………」
ララはシュッツにそう言うと、直後自分の右手に剣を精製した。炎の刀身を持つ、いわば魔力の剣。
闘志と連動するが如く燃え盛るその剣の切っ先を、シャツに向ける。
「私も、おじさんに聞きたいことがあるし」
「ほう、踊り明かそう。ここは今より、悪魔と炎のダンスパーティーだ!」
そのシュッツの言葉は、ケリティカ山ダンジョンにて戦闘の第二ラウンド開始の狼煙となった。
二人は一斉に飛び出し、お互いの間合いに入る。
息一つ、瞬き一つ、癖一つ、全てが鍵となるそれは到底、常人が見切ることの出来る戦い。
片や騎士、片や怪物。
お互いの実力は完全には分からず、よって存在すべき均衡状態。しかしそれは、少なくともこの二人に無用の産物。
所詮両者共に、戦に飢えた怪物だった。
だから結局、始まりとは突然起こった。
『螺旋の騎士』VS『地獄族』
開戦だ。
「ふん!」
「ぬっ!?」
先手はララ。シャツの顎を蹴り飛ばし、視線を外す。よって今のシュッツには全てが死角。絶好の的となったその胴体に、振り絞った一撃を放つ。
直後、ララの腕までに衝撃が伝わる。
ビリビリとした衝撃の元に、奴は居た。
シュッツはララの一撃を予測してか、刀身を両腕で掴む。
「馬鹿だとでも、思ったか?」
剣を受け止めたシュッツが、ララにそう、煽るように問いかける。
直後、シュッツの振りかぶった頭から放たれる頭突き。
ララは瞬時に剣から手を離してシュッツから距離を取った。シュッツの頭突きは空を切り、それと同時にシュッツの手に取り残された剣が火花となって消え去る。
「ほほう、手から離れれば消えるのか。それともそちらの意思で消えるのか………おもしろい!」
シュッツはララに距離を詰め、右手より殴打を放つ。
ララは再び剣を作る。先ほど同様に、魔力によって作られた炎の剣。そしてララは剣を縦に構えると、そのままシュッツの殴打を受け流し、そのまま柄でシュッツの胴体に一撃を加える。
「グフッ!?」
シュッツの身体に響く、想像を超えるほどに重たい衝撃。それはララの小さな身体からは考えられぬもので、まるで強大な怪物に殴り飛ばされたようだった。
シュッツの身体は背後に吹き飛ばされた。
しかしシュッツは即座に体勢を立て直す。反撃の準備を整え、ララを凝視する。
しかし、彼女が居ると思われていた場所には誰も居ない。それにシュッツが驚きを顔に表す暇も無く、
ドンッ
と、シュッツの脳にまで届く鈍い音。
シュッツの後頭部に、ララのかかと落としが炸裂していた。どうやらララは高く跳んで、彼の視界から消えていたようだ。
そして加えることの出来た、絶好の一撃。
すかさずララは曲芸師のような身のこなしで彼の背後に回り込み、手元の剣を
シュッツのうなじに勢い良く突き刺す。
「グガッ!!?」
「まず一撃………」
ララは剣から手を離して、シュッツの背後へと再び距離を取った。先ほど同様、シュッツの首元の剣は消え去る。
同時に、背後のララへと振り返ったシュッツの傷は、何事も無かったように治っていた。
「残念、俺の方が有利だな」
「そうだね。でも所詮は有利ってだけで、勝てるわけじゃないでしょ?」
「ハハッ、言ってろ!」
死闘の最中だというのにそんなやり取りを交えると、二人は再びぶつかり合う。
シュッツの肉体は正しく異常だ。攻撃を受けたと同時に再生が始まり、攻撃が終わった時には完治している。今は『獄化』の影響で、更に早いだろう。
視覚化が可能となる傷を作るには、彼の再生速度を超えなければならない。
故にララは思考する。
どうすれば彼の再生を超えられる?
ララは強い。少なくともSクラスの魔物と渡り合えるほどにはだ。
しかし目の前の壁は、あまりにも強大で、何より強固だった。乗り越えようにも手すら届かず、砕こうものならこの世の全ての物質よりも硬いその硬度に阻まれる。
正攻法では超えられない。邪道に身を踏み込んだ所で、どうなるか。無論、やってみなければ分からない。
だから、ララは続けた。
止め処無くシュッツに向けて降り注ぐ、炎を纏いし幾多もの剣撃。
一撃加える度に気が遠くなる。
切っては治り、切っては治り、それを続けて、ララの前に立ち塞がる。
「どうする………アレ………」
遠目で二人の様子を観察していたレリーシアが、横で同様に二人を覗くジャラックに尋ねる。
「俺に分かるわけないだろ。ララちゃんは間違いなく強いが、それと同様に相手も強敵だ。ハッキリ言ってきついな」
「なら、さっさと手助けに――」
「馬鹿か。俺らが行っても足手まといになるだけさ」
「うっ………」
自分の無力さを痛感するレリーシア。歯ぎしりをしながら、ただただ奮闘するララを応援することが出来る自分の姿に、怒りを抱かずには居られない。
しかし彼女の横に居るジャラックは、何処となく余裕そうだった。まだ隠し球がある、そんな顔をしている。
「………だが、ララちゃんは勝つさ」
そう呟くジャラックに、レリーシアは自然と意識を持っていかれる。
「明白な実力差だろうがなんだろうが、ララちゃんは心じゃ負けやしねぇ」
「心………?」
「ああ。あの子は、あんだけ小さい身体なのに、色んなモノ持ってるんだよ。まるで既にあらゆる辛さ苦しみを味わったような、そんなものを」
そう語るジャラックのララを見る目は、自信と確信で一杯だ。少なくとも今この場で、ララが負けるはずはないと。
「確かにこの状況じゃ、ララちゃんは不利だろうよ。でも、よく見てろよ。ここから必ずララちゃんは見つけるさ。奴を、あの圧倒的な壁をも打ち砕く、一筋の光を!」
ジャラックがそう口にしたのと、ほぼ同じタイミングだった。ララがシュッツの脇腹に攻撃したところで、ララは再び距離を取る。
しかしだ、そのララの表情は、シュッツが乗り移ったようだった。冷や汗を垂らしながらも浮かぶその笑顔は、楽しく、嬉しい、そんな表情。
「見つけた。攻略法……!」
ララはそう呟く。この場での勝利を確信して。