獄化と呼ばれる外法
「えっ、地獄族?」
「はい。地獄族です」
ウェーガンとリリィは、ランタンの灯りを頼りとした小穴の中で会話をし、誰かが近くに来ることを待って居た。
そこでリリィの口から出たのが、今現在上の階層でララ達が戦闘を繰り広げている、地獄族と呼ばれる種族のことだった。
「彼らは、エルフやドワーフのように他の種族と友好を築くことが無く、寧ろ争いばかり続けて居て、とても嫌われた種族です。知らないんですか?」
「えっ、あっいやーちょっと記憶が無くてねー……」
ウェーガンの回答は絵に描いたような棒読みだ。
リリィはそれを素直に受け取り、
「そうですか……」
「あっ、ああ、そうなんだよ………」
(………でも、そんな種族に追われてるなんて、この子一体何者だ………?)
自分が転生者であることを誤魔化そうとする一方で、ウェーガンの頭にはそんな、素朴な疑問が浮かんで居た。
「………ニワトリさんのお友達は、大丈夫でしょうか………」
リリィはそう口にした。
その言葉の真意を知ろうと、ウェーガンは問いかける。
「………それってどういう意味だ?」
「地獄族は皆、ある共通の能力を保持しています。その効果こそ違えど、等しく脅威となり得る危険なものです。もしも遭遇してしまったら………」
リリィのその口調からは明らかな不安が読み取れ、それはウェーガンの不安を煽る。
仲間への心配は、より大きくなっていた。それと同時にウェーガンは、
(………いや、あいつらが簡単に負けるはずがない。俺はまだ短い間しかあいつらと一緒に居ないが、全員が実力者のはずだ。地獄族とかいう奴だって、きっと………)
というような安心があった。
自身はまだ知らない、仲間の実力の底。それが存在する以上、ウェーガンの思考を不安が埋め尽くすことは無かった。
「……その能力ってのは、どんなんなんだ?」
ウェーガンがリリィに問いかける。
リリィはそれを聞き入れると、少しの間を置き、
「………能力の名前は、『獄化』。人体に溜めた魔力を解放し、悪魔の力を手に入れる、穢れた外法です」
■□■□■□
「ぐっ………う、うぅ………」
「………おいおい、こんなもんか?」
時を同じくして上層では、地に倒れ込む一行の姿。
その一行の中心に屹立する、獄化によって禍々しい姿へと成り果てたシュッツの姿があった。
(くそっ………何が起きた……!?)
退屈そうに呟くシュッツを、倒れ伏せているレリーシアが睨み付けていた。
シュッツに対し思い浮かぶのは、疑問の数々。
(奴の姿が変わったと思っえば、途端に動きが良くなった。これは一体…………!?)
「…………それが、獄化か……?」
レリーシアの疑問に答えるかのように、シュッツに向けてジャラックが問うた。
ジャラックは続ける。
「地獄族の者に伝わるという、悪魔の力を手に入れる外法。噂に聞いていたが…………それがか?」
「………ああ、その通りだ」
ジャラックの問いに、シュッツは余裕そうに回答した。
「かつて魔王により禁じられた外法だが、俺たち地獄族にとってこの能力は宝そのもの。生まれつき保持し、何百もの時を掛けてその効力を伸ばす!
俺の獄化は、およそ三百年の熟成を経て出来上がったものでな、凄いぞ。再生速度は飛躍的に上昇!身体能力の強化!神経はより研ぎ澄まされ、先程とは比べ物にならぬ程の戦闘力!」
呂律を回し、テンションを高めて語るシュッツ。
ジャラックは苦笑しながら身体を持ち上げ立ち上がる。
「そうベラベラと語るってことは、自分が負ける事なんざこれっぽっちも思っていないようだな」
「ああ、あいにく死なない身なんでね。それにそっちにはもう、まともに動ける奴は居ないみたいだ。さっきのララとかいうガキだって、そこで転がってる」
シュッツが指差した先には、皆と同様地べたに転がるララの姿があった。
「それでもまだ勝機があるってんなら、教えて欲しいなぁ」
「………レリーシア、立て」
ジャラックは自分の横にうつ伏せで転がるレリーシアに声を掛けた。
反応するレリーシア。
ジャラックは続ける。
「他の隊員達をさっさと避難させろ。できるだけ距離を取る」
「………無茶難題だな。アタシもあんたも大分消耗している。隊の奴らはまだ動けるだろうが、コイツから逃げるのは不可能だ………」
「大丈夫、隙は出来る。もっとも、その隙が俺らにとっての命の危機だけどな………」
「…………?」
ジャラックの冷や汗を垂らしながらの地震に満ちた言葉に、レリーシアは首を傾げた。
ジャラックの言葉の真意は不明だが、レリーシアには長年の付き合いか、それとも単純に直感なのか、その考えに賛成し、首を縦に振ってから立ち上がる。
「おっ、何だまだやるのか。いいぞ。儂が満足するまでなら付き合ってやるさ」
「そうかい。そいつはどうも………だがなぁ、戦うのは俺らじゃねぇよ」
「………なに?」
ジャラックの言葉に疑問を抱くシュッツ。
同時に、ジャラックとレリーシアはシュッツの居る方へと駆け出した。
構えもせず、突っ立ったままのシュッツ。死なない自信があるのだろう。
しかしここで、シュッツの想定が外れた。
二人はシュッツを無視して通り過ぎ、倒れ込む隊員達の方へと向かう。
「あぁ?どういうつもりで――」
シュッツの視線が、背後へと駆けて行った二人に釘付けになった直後、前触れ無くシュッツの身体を業火が包み込んだ。
「!?」
炎はどんどんと勢いを増していき、シュッツ変貌した肌を焼いていく。
(この炎は………さっきのガキのか!?だが、込められた魔力が段違いだぞ!?)
シュッツの予想通り、炎の主人はララだった。
しかしその業火の火力は、まるでシュッツの記憶に無い、殺意の乗った灼熱の業火。
内臓すらも焼き、呼吸を封じるその炎は収まることを知らないのか、いつまでもシュッツの身体にまとわりつく。しかしそれも、長くは続かなかった。
「………いい加減に………しろ!!」
その怒鳴り声と共に、シュッツは自分にまとわりつく炎を勢いよく引き剥がした。
炎が止み、辺りが再び見えるようになった時、既にこの場にジャラックやレリーシア達の姿は無かった。あの炎がシュッツを足止めしている間に、逃げ出したようだ。
しかし、その場には誰も居ないわけじゃない。皆が居なくなった代わりに、そこにはただ一人、背丈の低い少女が、青髪をたなびかせたララが立っていた。
「………ああ、なるほど」
シュッツは何かを察したのか、ララに視線を移す。
「その魔力、どうやら先程のは本気ではなかったようだが………なら、お前は何者だ?」
「あはは、何者だなんて強く言わないでよ。私はただの魔法使いだよ」
ララが適当にシュッツの問いをあしらう。
シュッツは口元に笑みを浮かべた。耐え切れずに出てしまったような、自然な笑いだ。
「ほざけよ。その魔力はただの魔法使いの物ではないだろ。歴戦の猛者すら泣いて逃げ出す、特殊な物だ。もう一度聞く。お前は何者だ?」
今度のシュッツの問いは、今までよりも低く、真剣なのだとうかがえるものとなっている。
ララはその真剣さに答えるかのように、自分の体内の魔力を、より強くしていく。それはもう、地獄の業火のように、熱く、強く、強大なものへと。
そして幼さが残る真剣な目つきで、口を開いたのだった。
「『螺旋の騎士』が一人、《業火のララ》。推して参ります」
『螺旋の騎士』……….その単語を聞いたシュッツは笑った。今までになく、ご満悦な笑みだった。




