ケリティカ山の激闘
立ちはだかるのはシュッツと名乗る不気味な男性。
「私がアイツを殺る。アンタは援護よろしく」
「了解……!」
レリーシアとジャラックが呼吸を合わせている。
目の前の男の所為か、額から垂れる大量の汗。このダンジョンの温度は大して高くはないのに、まるでこの場だけ他と隔離されたかのようだ。
レリーシアは一歩、剣を構えながら踏み出すと、
「いくよ………!」
そう口にした瞬間、シュッツに向けて放たれる渾身の一閃。先ほどシュッツに向けて放ったのとは明らかに違う初速の速度だ。
シュッツはナイフを取り出した。
ナイフを逆手に持ち、
「はあっ!!」
「甘いっ!」
レリーシアは声を込めて放った一閃を、シュッツはナイフで軽くいなした。流石に、調査隊を全滅させたと言うだけはあるようだ。
レリーシアは自分の攻撃が無力化されたと悟ると、
「ふんっ!!」
即座に剣を再び振りかぶって、シュッツ目掛け斬撃を放つ。威力で言えば、先程の一閃以上だろう。
しかし、シュッツはそれすら無効化した。
正確に言えば、避けたのだ。まるでそこに斬撃が飛んでくることが分かっていたかのような、無駄の無い動きで。
「おや、こんなもので?」
「舐めるんじゃないよ………!」
煽り気味のシュッツを、レリーシアは鋭い眼光で睨みつける。それはまるで、獲物を狩る猛獣が如くだ。
「はあぁぁぁぁ!!」
そこからレリーシアは幾度となく斬撃を放った。
重い一撃、素早い一閃、上下左右から縦横無尽に飛ぶ斬撃達を、シュッツはナイフでいなし、見て避け、無効化していった。
実力差を感じさせるシュッツの不気味な笑顔は絶えない。しかし、
スパッ
「むっ……?」
突然と、シュッツの動きが鈍くなった。
シュッツは何かに気がついて、一度バックステップしてレリーシアから距離を取った。
レリーシアの剣の射程外に入った所で、シュッツは自分の顔に触れてみる。
触れるその手には、血がべったりと付いてた。
「これは………」
シュッツは気がつく。自分の片耳が斬り落とされていた。先程の斬撃の中で、いつの間にか切られていたのだろう。
シュッツは自分の手からレリーシアへと再び視線を戻して、
「ははっ、なるほどね。伊達にも彼等の隊長か……」
そう、笑ってみせた。
「オーケーオーケー、そんじゃこっちも本気出すよ。負けちゃったら元も子もない――――」
「悪いけど、アンタの出番はもう無いわよ」
シュッツの言葉をレリーシアが遮った直後、レリーシアが身体を横にそらしたのと同時に、後方から放たれた一発の弾丸。
弾丸を撃った主はジャラックだ。
弾丸は真っ直ぐにシュッツへと向かい、そしてそのままシュッツの右肩を貫いた。
「グオッ!?」
「それと、アンタを生かすつもりも無いよ」
よろめくシュッツの耳に、レリーシアの低い声が届いた。
シュッツがレリーシアへと再び視線を戻した時、レリーシアは既に攻撃範囲に入っていた。
(狙うのは左腕!さっきの狙撃で右腕の動きは鈍くなっているはず。だったらここでもう片腕を奪って、攻撃の手段を絶たす!)
「なんて、思ってんだろ?」
「!?」
レリーシアが脳内で組み立てていた作戦を、シュッツは予測していた。
飛び込むレリーシアに向けて、シュッツは左脚からの回し蹴りを放つ。
(さぁて、先ずは一人目………)
シュッツは間違いなくレリーシアを倒した。そう思われかけた時だった。
グサッ
「痛っ!?」
突如シュッツの左脚に轟く激痛。
シュッツの足には、一本の剣が刺さり、シュッツの身動きを奪っている。
剣はレリーシアのものではない。その剣は、仲間達の死に身体を震わせていた調査隊の隊員だった。レリーシアがシュッツに辿り着くギリギリの所で、間に合っていた。
(………ははっ、こいつは一本取られたなぁ……)
と、シュッツが思ったのと同時に、レリーシアの振った剣がシュッツの左腕を叩き切った。
辺りに撒き散らされる鮮血。そこに、シュッツはクタッと膝を付いた。
「いやぁ……見事だよ。いくら儂が本気でないとはいえ、こうまで綺麗に倒されてしまうとわね」
「私だって驚いているよ。あんたみたいなのにうちの隊員が殺られたなんて、ひょっとして冗談かい?」
「いやいや、冗談なものか。嘘なんて必要ない。ただ彼らは、弱かったってだけで――」
「ああ、もういいよ」
レリーシアはそう言い捨てて、スパッとシュッツの首を切り落とした。
シュッツは頭はゴロリと転がり、残された胴体はそのまま動かなくなった。
「………けっ、反吐が出るよ。こんな奴に、うちの隊員が負ける筈が無いよ」
「それは俺も知ってる………もしかして、他に味方でも居るのか?」
ジャラックはシュッツについての予想を立てている。
「だとすると、はぐれた皆んなの方も危ないかもな」
「なら、さっさと向かった方が良いね。皆んな、ここから移動するよ」
「「「はい!!」」」
一行は、その場から移動することを決めた。
隊員達はレリーシアの横で、レリーシアの掛け声にたくましく応える。
「いやぁ、まだ移動しないでほしいんだけどなぁ〜」
突然と、背後から声が聞こえた。
声は正しく、シュッツのもの。それに全員が目を向けると、そこには腹部を背後から手刀で貫かれた隊員が、口から血を零して立っていた。
「グッ、グフォ………」
「なに!?」
驚く一行。
隊員の腹部から腕が抜かれると、隊員は腹部から多量の血を吹き出してうつ伏せに倒れ込み、背後に立っていたシュッツが姿を現した。
シュッツの身体に、一行は目を奪われる。シュッツの両腕は何事も無かったのように生えており、切られた筈の首もまた何事も無く生え、あの不気味な笑顔があった。
「なんで………首はしっかりと………」
「落ち着けレリーシア!首も両手も、さっき切ったはずだろ。それでもあるってことは、再生したってことだろ!」
狼狽するレリーシアをジャラックの怒号が静した。
言っているジャラックも、目の前のシュッツに訳が分からずいた。
(なんだ………こいつ、何者なんだ………!?)
ジャラックはそう思いながら、シュッツを睨みつける。
「………ふっ、そう慌てるな。しっかりと後で殺してやるよ。こっちの本気、『獄化』でな!!」
シュッツが口調を変えてそう言い放つと、辺りの空気が変わる。
重くのしかかる重圧の中で、戦闘は続くのだった。