少女の名前は
皆とはぐれたウェーガンが見つけたのは、子供が通れる程度の穴の先で横になっていた、可愛らしい少女だった。
「………何故?」
ウェーガンの頭に渦巻く疑問。
目の前に居る少女が何者なのか、そもそも何故こんな所で寝て居るのか、考えれば余計に疑問は深くなる。
ふと、ウェーガンは少女の横に無造作に置かれた、大きめのリュックに目をつけた。
(このリュック、旅人か何かなのか………いやでも、こんな女の子がダンジョンに居るのはおかしいだろ。ララとかのパターンはあるけど………)
ウェーガンは予想を立てる。
そんなこんなで居ると、
「……ん、んん〜………」
少女が声を漏らした。
そしてその身体を起こして、手の甲で開ききっていない瞼を擦った。
「………あれ………?」
少女の眠気に包まれた目が、ウェーガンを捉えた。
「………ニワトリ……?」
「……あっ、どもこんにちわ………」
「………喋った………」
ウェーガンが挨拶をすると、少女はウェーガンの不思議な姿をジト目で凝視して、
「………こんにちわ」
と、律儀に挨拶し返した。
「おっ、おう………」
「なんでここにいるんですか?」
自分から挨拶しておいて動揺するウェーガンに、少女は丁寧に尋ねた。
「えっ、いや俺は仲間とはぐれたからだけど………そういう君は、なんでこんな所に?」
そう聞き返すと、少女は少し黙ってから
「………追われてるの」
「追われてる?」
「そう、追われてる。それで逃げてたら、ここに居ました」
「はっ、はあ………なるほど………」
少女の口から出た事の経緯に、ウェーガンは訳も分からず呆気に取られるしかなかった。
「………どんくらい前から居るんだ?」
「分かりません。今が何時なんのかも………でも、多分三日くらいだと思います………」
(三日………調査隊が行方不明になったのと重ってるけど、何か関係でもあんのかな………)
ウェーガンがそんなことを考えて居ると、唐突に少女の両手がウェーガンへと伸びてきた。
「えっ………?」
「モフモフです…………」
少女は動揺し固まるウェーガンの身体を、ぬいぐるみのように触り始めた。
「えっ、なに………?」
「気持ち良さそうだったから………ダメですか?」
「いや、別に良いけど………」
「それじゃあ………」
申し訳なさそうに聞く少女にウェーガンが触れる許可を出すと、少女はウェーガンを両手で持ち、自分の懐まで寄せて優しく抱き締めた。
その光景は、周りから見ればぬいぐるみを抱く女の子そのものなのだろう。
(何で俺って、こんなに抱き締められんだろう………この身体って、そんなに良い物なのかね………でもなんか、悪くないな)
ウェーガン自身抱き締められているその感覚は、ララに抱き締められているのとはまた違った、心地良いものだった。
少女は目を瞑りながら、ウェーガンのフカフカな感触を堪能している。
「………あっ、そういえば、君の名前は何て言うんだ?」
借りてきた猫のように大人しくなって抱かられて居たウェーガンが、思い出したかのように少女にそう尋ねた。
ウェーガンに尋ねられると少女は、
「私は、『リリィ』って言います………」
そう応えた。
すると今度はリリィが、
「ニワトリさんは、何ていう名前ですか?」
そうウェーガンの顔を覗き込みながら聞き返してきた。
ウェーガンはリリィの顔を見返して、
「……俺はウェーガンだ」
「ウェーガン………それじゃあ、ウェーガンさん?」
ウェーガンの名前を知ると、リリィは呼び方に迷ったのかそう聞いてきた。
「呼び易い呼び方で良いよ」
「じゃあ、ニワトリさん」
リリィからのウェーガンの呼び名が、ニワトリさんに決定した瞬間であった。