ケリティカ山攻略前夜
ライアと再会し、レリーシア達と別れたウェーガン、ガンダル、ライアは宿屋の娘を連れて、暗くなった空の下宿屋に帰還した。
宿屋の入り口の前には、店主がハチ公のように娘の帰りを待ち望んでいるのが見えた。
店主が一行の姿を目に捉えると、磁力で吸い寄せられるように真っ直ぐと一行の元に駆けていく。
「サラァァァァ!!」
「お父さん!」
店主がそう叫ぶと、サラと呼ばれた娘は涙ぐんだ声で返して、一行の元を離れ店主の方に駆けていく。
店主は娘を抱きしめた。ふっくらとしたその両腕で、自分の娘を力強く抱きしめたのだ。
「心配したぞ!心配したんだぞぉ!」
「ごめんなさい………お父さん、ごめんなさい!」
お互いが滝のように涙を流している。
抱きしめ合う二人を中心に広がる二人だけの空間。その光景を間近に見ていた三人は、それぞれ違った反応を示す。
二人に対し安堵の笑みをこぼすガンダル、あいも変わらずニヤついているライア、そして、
「グスッ………うぅ………」
「………泣いてんのか?」
ガンダルの腕の中で涙ぐむウェーガンが居た。
「俺、こういうの弱いんだよぉ………」
「………まあ、別に良いけどよ………」
その後、三人は何が起きたかを店主に説明していった。
訳を聞いた店主は、これでもかというくらいに三人にお礼の言葉をかける。ガンダルがもう良いですと言うまでそれは止まらなかった。
三人が宿内に帰還すると、
「よぉ。遅かったな」
ソファーから首を出したジャラックがそう声をかけてきた。
「おう。色々あってな………」
ガンダルはジャラックにそう返す。
「いやぁ、ほんと疲れたわぁ………」
「貴方疲れてないでしょ」
ウェーガンとライアがそんなやり取りをしていることなどどうでも良く、ガンダルはジャラックから視線を動かす。
視線を動かした先には、ジャラックの向かい側に腰をかけるフードの男と、宿屋を出る前ガンダルと会話していた細身の男性の姿があった。
「………ララちゃん以外、全員居るか。本当なら休みたいところだが、今から始めるとしよう」
「………何を?」
提案するガンダルに、ウェーガンが問いかけた。するとガンダルは、
「ん?何言ってんだ。お前が頼んできたことだろ」
「…………あっ、そういうことね」
ガンダルにそう言われてウェーガンは察したようだ。
ガンダルは二つのソファーを隔てたテーブルの前まで移動する。
「ジャラック、地図」
「あいよ」
ガンダルがジャラックにそう言うと、ジャラックは待ってましたと言わんばかりの勢いで、テーブルの上に一枚の大きめの紙を広げた。
紙は縦長の長方形で、下に向かって蟻の巣のようなものが伸びているのが分かる。
初めてその絵を見るウェーガンにも、これがなんなのかがあっという間に理解できてしまった。
「さて、これより『ケリティカ山攻略会議』を行う。意見のある奴は直ぐに言え」
ガンダルのその言葉を皮切りに、宿屋の隅で会議が開始された。
ライアにテーブルの上に置いてもらい、会議に参加する姿勢を見せるウェーガン。しかしウェーガンは他を見渡すと、言葉を出そうとは思えなくなる。
ライアを除いた、ガンダル、ジャラック、そして名も知らぬ二人からは、底知れぬ緊張感が発せられている。
(こりゃあ、俺場違いだなぁ…………)
辺りの空気を感じ取り小さく縮こまるウェーガン。
「では、私はここで失礼しますよ。あいにくダンジョン攻略は専門ではないのでね」
そう告げたのはライアだった。
ガンダルはライアの方に振り向いて、
「別に勝手にしてくれ。その代わり、ララちゃん起こしてきてくれ。二階の部屋で寝てるはずだから」
「ええ、良いですとも」
ガンダルの頼みをライアは快く受け取り、二階へと上がっていく。
二階から少し喋り声が聞こえてくる。そして少し時間が経つと、一歩一歩ゆっくりと降りてくるララの姿がテーブルを囲む皆の視界に映り込む。
「ふわあぁぁぁ、おはよおぉ………」
ララはとても眠そうで、壁に手を当てながら皆の元に寄ってくる。
「随分と寝てたなぁ」
ジャラックがそう言った。宿屋に到着してから、時間にして七、八時間ほど経っている。
「ごめんごめん………」
「たくっ……ほら、そこ座れ」
「んん〜………」
ガンダルが若干呆れながらララにそう言うと、ララはジャラックの左横にトスッと腰をかける。
「よし、それじゃあ始めるが、先ず最初に言っておくことがある」
「言っておくこと?」
「ああ。今回のケリティカ山攻略、王国の調査隊と合同で行うことになった」
ガンダルがそう告げた途端に、その場に居るウェーガンを除いた皆がざわつく。眠たげだったララも、驚き目を覚ました。
「ちょ、調査隊って………なんでまた………」
そう口にしたのは細身の男性だ。名前はハルムだ。名前の理由など無い。書くの忘れてただけだ。
「調査隊に知り合いが居てな、丁度あちらも潜るってんで、同行させてもらうことにした」
「知り合い………それってレリーシアか?」
ガンダルの知り合いという言葉に、察したジャラックが問うた。
「………そうだ」
「あちゃー………でもなんでこの街に居んだ?」
「ああ、また話すのか………」
ガンダルは、つい先ほど、店主に説明したのと同じことを解説し始めた。
同じことを繰り返し話さねばならないため、戦闘との疲労も相待って余計に疲れるガンダル。
「――という訳だよ………」
「…………お疲れ」
「お疲れ様です」
「お疲れ様〜」
疲労を露わにするガンダルに、皆が慈愛の声をかける。
「………ともかく、俺は疲れてる。だから、さっさと終わらせるとしよう」
「あいよ」
「そうですね」
「はーい」
こうして、長い長いケリティカ山攻略会議が幕を開けた。




