術式魔法の対処法
術式タイプの術者は、腕に呪文や魔法陣を書き、それに魔力を注いで魔法を発動する。何故腕に書くのかと言えば、それが最も魔法の威力の調節や向きの切り替えが出来るからだ。
しかし、術式タイプの術者は腕に呪文や魔法陣が描かれていなければ、魔法を扱うことが出来ない。
なによりも重要なこととして、魔法を一度使うと、その魔法の術式が腕から消えてしまう。要は、一つの魔法を使うと、もう一度その魔法を扱うには新たに術式を書かなければならないのだ。そしてそこには、どんなベテラン術者であっても必ず、隙が生じる。
当然ガンダルはそのことを知っていて、何より熟知していた。
(奴は両手一回ずつで『一点爆破』を唱えた………奴が定石に則っているのなら、アレは残り一つか二つ、それと第二階位の魔法がちらほらってところか…………)
男の行動から見積もりを立てるガンダル。
ガンダルは既に、勝ちの可能性を見ていた。だからこそ、まともな武器はあまりなくとも、こうまで諦めずに出来ているのだ。
こっそりと、男の方を覗き込む。特に何かをしている様子はない。だが、敵も強者か隙は見受けられない。恐らく、素人には隙だらけにしか見えないだろうが。
(もしも後一発で品切れなら、チャンスは次の一発を誘発してから。二発有った場合は………いや、違うな)
アレコレと算段していく中で、ガンダルは突然と気がつく。いや、思い出した。
(迷う隙は無いだろ俺。何でここに来た?奴らをぶっ潰す為だろ?だったら、こんな隅で縮こまってんじゃねぇ!)
その時、ガンダルは決心がついたのか思考がイカれたのか、再び角から飛び出して、男へと全力で駆け出した。
「またか………」
呆れた声を漏らす男。
左手を突き出して、腕の術式を光らせる。
「いい加減に学べよ………」
そう呟き、男の手元から三度目の爆発が起きる――その瞬間だった。男の目の前から、ガンダルが消え去った。
ドゴォォォォォオンと、轟音が轟く。
男がそのことに気がついた時には既に魔法は発動ししていた。しかしそれは、ガンダルには当たらない。それどころか、明後日の方向に向かって発動してしまい、通路の壁を吹き飛ばす。
男の右手は、いつの間にか懐に潜り込んでいたガンダルの右手に手首を掴まれて、射線をそらされていたのだった。
「なっ!?」
「学んでるさ。手首が光ってから発動するまでの時間、その威力と範囲、良ーく学ばせてもらった。これはその詫びだ。さっさとくたばれ馬鹿野郎」
衝撃を受け言葉を失う男に対して、ガンダルは淡々とそう告げて、左手に持ち替えてあった剣を振りかざす。
剣が男の首を叩き斬ろうとしたその時、男のもう片手、右手元から僅かに届くそよ風があった。
「………っ!?」
偶然か必然か、ガンダルはそれに勘づき、男の右手と自分の身体の間に剣を割り込ませながら、男の手首から手を離して背後に後退った。
直後、ガンダル目掛けて男の手元から放たれた風の弾丸。
風はガンダルが咄嗟に盾とした剣の刃を軽く砕くと、その風は消えた。
砕けた刃の破片の一つがガンダルの頰を掠め、タラリと赤い血を垂らさせる。
「馬鹿野郎?それは貴様の方だろう?自分の弱点をさらけ出し続けているほど、こちらは馬鹿ではないぞ」
「………ああ、そのようだな…………」
(クソッ、『風纏し弾丸』か!風魔法っつうことは、コイツは複数の属性持ちか………)
焦り出すガンダル。
そもそも、魔法の属性は多くても三つまでしか使えない。そしてそのほとんどが属性を一つまでしか使えない。
「それと、もしも術式を書く隙を待つのなら無駄だぞ」
「ああそうかい!」
男の警告を無視し突っ走り出すガンダル。
距離があまり無いために男は今まで以上に機敏な動作で、右手を広げる。
直後男の手元は光り出し、
「!?」
怒号と共に爆発がガンダルを襲う。
爆煙が包み込み、熱波が肌をジリジリと焼いていく。
………少しして爆風が晴れると、ガンダルはそこに壁の瓦礫を盾として立ち尽くしていた。服の所々が焼け焦げており、大ダメージにはならなかったものの、熱波のせいでダラダラと汗を垂らしている。
ガンダルは瓦礫の影から僅かに瞼を閉じたその目で男を睨みつけて、
「テメェ………まだ『一点爆破』が残ってたのか………?」
「いいや、残っていないとも。今の爆発は炎魔法と風魔法の複合魔法さ。威力も範囲も本家には劣るが、人を殺すには十分な火力を引き出す!」
自慢気に語る男から放たれる、絶対的なまでの優越感。それは、男が自分の勝利を確信していたことを意味していた。
男の余裕さから、ガンダルは呆れてか口元に笑みを浮かべてみせる。
「随分とまあ、余裕そうだな?」
「当たり前だろ?そもそも、ここから貴様の勝ち筋は皆無に等しい筈だ」
「………確かに、その通りだ。だがお前のお陰で、こっちにも切り札があるってこと思い出したぜ」
ガンダルのその発言に、男は眉をひそめる。
「切り札だと?はっ、ハッタリだな」
「試してみるか?」
ガンダルはそう言って盾として使った瓦礫を放り捨てると、一気に駆け出して男と距離を詰める。
男は既に左手の腹を光らしており、ガンダルが駆け出したのと同時に左手を突き出す。
「結局はゴリ押しか………」
そう吐き捨てて、再び手元から爆発を引き起こした。
男の前方を爆煙が包み込む。
「死んだか…………」
男はガンダルが死んだと思い、肩の力を抜く。
――直後、爆煙の中から、土や瓦礫の破片を纏わせた右腕で爆煙を振り払うガンダルが現れた。
「よお、何安心してんだ?」
「なっ、馬鹿な!?」
男は驚きつつも、右手を光らせてガンダルに向けようとした――――その時、男の掌をガンダルの隠し持っていたナイフが突き刺し、壁に貼り付け固定する。
男の手から壁に沿って垂れる、壁の汚れ混じりの鮮血に男が一瞬目を奪われている中、ガンダルは爆煙を振り払った右腕の拳を握りしめ振りかぶる。
土や瓦礫が纏わり付き、通常よりも重量感と威圧感を感じさせるガンダルの右手。男がそちらに目線を移した時には既に、男の顔面はガンダルの握り拳によって壮大に殴り飛ばされていた。
「グホォォア!?」
声を口から漏らしながら男は転がり、背後の壁に自らの身体を叩きつけた。
ピクピクと身体を二、三度痙攣させると、男は意識を落としたのか首を下に向けてその場から動かなくなった。
動かなくなった男にガンダルが近寄ると、
「『部位硬化』、第二階位の土魔法だ。元々俺は魔法の才能が皆無だな、ほとんど使えないんだが、その際でこの魔法の存在をいつも忘れちまう」
と、歪に土や瓦礫の纏わり付いた右腕の説明を淡々とこなしていく。気がつけば、既に右腕に纏わり付いていた物は粉々に砕けていき、ガンダルの腕が見えるようになっていた。
「こんな魔法でも、アレぐらいの威力の爆発なら防げるって訳だ。もっとも、既に気絶してるお前に言っても意味は無いが、まあ………アレだ………」
ガンダルは男にかける言葉に一瞬迷うも、
「………俺の勝ちだよ、馬鹿野郎」
そう吐き捨てた。
二人の戦いの激しさを、辺りの崩れた壁や天井が物語っている。
「………アイツらの方は、どうなった………?」
思い浮かべるのは、自分とは別方向に進んだライアとウェーガンの顔だ。
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場面は変わり、少女達が囚われていた室内。
風を切りながら刀を振るう男に対して、ライアは攻撃するまでもなく、刀の刀身を避け続けていた。
突きを放たれれば横に避け、薙ぎ払いがくれば一歩後退り、下からの一閃には身体をそらす。全てを紙一重で避けていくライアに男が感じるのは、底知れぬ恐怖だった。
「………おや?」
ライアが後退ったところで、男は腕を止める。
冷や汗を垂らしながら、その強面の顔を青ざめさせて、ライアに問いかけるのだった。
「貴様、いったい何者だ………!?」
「………ああ、そういえば名乗っていませんでしたね」
男の問いに対してライアはそう口にすると、頭を下げて丁寧に言うのだ。
「私はライア。自らが信じる方にこの名を授かった、ただのピエロでございます」
そう丁寧な口調で言うライアの表情は、不気味を絵に描いたような、奇怪な笑みだった。