冒険者
トカゲの身体は内側から焦げ、少女の背後の地面に力無く横たわっている。それに見向きもせず、少女は先程投げ飛ばしたニワトリに駆け寄り、屈み込んでニワトリを興味津々な目で見ていた。
少女のキラつく眼差しに、ニワトリはタジタジのご様子。無理はないだろう。何せ今自分を見つめている青髪の少女は、先程まで何倍もの大きさを誇る巨大トカゲを相手にし、体内から焼くというなんとも残酷な方法で仕留めたのだ。なのに少女が顔に浮かべる表情は“笑顔”なのである。
(ヤベェ…………超怖えぇぇ…………)
先程まで別の世界に居たニワトリにはその光景が慣れず、恐れるあまり動くことを忘れその場に固まる。
ニワトリがブルブルと身を震わせていることに気がつくと、自分が怖がられていることに気がついたのか少女は頰を膨らませて少々不機嫌なご様子になる。
「………私、怖い?」
「えっ?いやいやそんな…………」
ジト目になってニワトリを見つめる少女の質問に、ニワトリは咄嗟に誤魔化そうとそう答える。しかし、自分の言葉が通じるのだろうか?不安に思いながらだった。すると意外にも少女は不機嫌そうな表情を緩めた。
「わっ、やっぱり喋れるんだ………!」
驚きと喜びが混ざり合ったような少女の反応。思いがけない反応を見せられて、当然ながらニワトリは余計に困惑する。
二人がそんなやり取りをしていると、
「――――おっ、こんな所に居たのか………」
横から男の声が届く。少女とニワトリはスッとそちらに振り向くと、二人の男性が歩いてきて居た。片方は、緑色の小さめなマントを羽織り、左腰に剣を携えた男。もう片方は、片方に比べ薄着の上から小さめの鞄が付いたベルトを掛けた盗賊風は男。
二人とも一直線に、少女とニワトリの元に歩いてくる。すると近くまで来て、少女と向かい合っているなんともふざけた見た目のニワトリが視界に入った。
「………ん?ララちゃん、そのニワトリ?はなんだ?」
盗賊風の男が少女に問いかける。するとララは嬉しそうな笑みをそちらに向けると、突然とニワトリをぬいぐるみのように抱き抱える。
「ふふっ、可愛いでしょ?」
「おっ、おう…………」
「なんか凄え柔らかそうだなぁ…………俺にも触らせくれ!」
二人にララと呼ばれる少女の笑顔になんとも言えぬ表情を浮かべるマントを羽織った男とは対照的に、盗賊風の男はニワトリに興味津々といった態度で、ニワトリに片手を伸ばす。
片手を少し押し込むと、ニワトリのモフッとした感触が盗賊風の男の手を包み込む。
「おお、コイツはすげぇ!」
「でしょー」
まるで子犬を可愛がるかのようなテンションで弄ばれるニワトリ。なんとも不服そうな評価を浮かべながら、触れられることを受け入れていた。
(ペットとかって、こんな気分なのか…………)
異世界に来てそんなことを察する。
ニワトリが不服そうな表情を浮かべていることに気がつくと、少女はニワトリの顔を覗き込む。
「あれ、もしかして嫌だった?」
「出来ることなら止めてほしい………」
「ありゃりゃ、ごめんごめん。ギュッとしてるの気持ちよくて…………」
申し訳なく言いながらも、少女はニワトリをギュッと抱き抱えたまま立ち上がり、
「それじゃ、戻ろっか」
「ん、もう良いのか?」
「うん。もう大丈夫だから…………」
マントの男にそう言うと、盗賊風の男と共に来た方向へとゆっくりと歩を進め始めた。少女はその背後を、テクテクと付いて行く。
すると歩きながらマントの男は首を少女へと向け、
「そのニワトリ、連れてくのか?」
「うん!もたろんだよ!」
元気の良い返事で返す。
「それは良いんだが…………さっき突っ込まなかったけど、そのニワトリ喋ったよな…………」
「普通に話せますが何か?」
冷めた言い草だ返すニワトリに、男二人はらしくなく素直に驚きの表情を表す。
「スゲエな、喋るニワトリなんて初めて見たぜ………」
「俺もだ。まさかこんなふざけた見た目のニワトリがこの世界に居たなんて…………」
「おい。ふざけた見た目は余計だ」
足取りを止めず歩いたまま話す二人。ニワトリのことを疑問に思うのとは対照的で、少女には何かが分かっていた。それを踏まえた上で、ニワトリに質問をする。
「………ニワトリさんは、なんで自分が話せるのか分かる?」
「いや………記憶が無いんだ………」
(何でニワトリなのかなんて分からねえからな………記憶が無いと答えとくのが妥当だろ………)
当然ニワトリには、何故自分の身体がニワトリなのか分かっていなかった。黒服には詳しいことも語られておらず、この世界での知識も無い。暗闇の中を歩いているようなこの状況では、そう言うしか無かった。
少女はニワトリを見ながら何か考えており、そして…………
「…………ニワトリさんは………」
「………ん?」
「ああそうだ!」
少女が何かを言おうとすると、思い出したかのように盗賊風の男が声を上げた。そして足取りを止めて、身体そのものを少女とニワトリに向ける。
「連れてくんだったら、そのニワトリに自己紹介しといた方がいいだろ」
「おっ、確かにそうだな。お前稀に良いことを言うな。稀に」
「………そうだね。稀にね」
「おお二人とも言葉が鋭い………」
男の提案にマントと少女は容赦無く口にする。
ニワトリは少女が何かを言おうとしていたのが中断されて心残りがあったが、また後で聞けば良いかと判断する。
「んじゃ、先ずは提案した俺からだな………俺はジャラック。そんでもって俺の横に居るコイツがガンダル、リーダーって呼んでやれ」
「何でだよ………」
ジャラックの紹介にガンダルが冷静に突っ込む。
「何でって………リーダーっぽいからだよ」
「ああ、なるほど………」
「納得するな!」
ジャラックの大雑把な回答にニワトリが案外納得していると、またまたガンダルが突っ込む。
「はあ………俺もコイツも冒険者だ。そんでもって、お前を抱き抱えてるソイツもな」
ツッコミに疲れたのか、軽くため息を吐いてからガンダルは紹介に付け足しを加え、少女へと促す。ニワトリはあるか無いかも分からぬ自分の首で少女を見上げると、
「私の自己紹介だね。私はララ、この二人と一緒にパーティーを組んでるんだぁ。ところで、ニワトリさんのお名前は?」
「えっ?俺か………?」
自分の自己紹介から流れ的にニワトリへと質問するも、当然ニワトリは困り果てる。つい先ほどこの世界に来たばかりで、まさかの変なニワトリの身体。当然名前に覚えは無い…………と、思われた。
(………あれ、何かが………)
その時ニワトリの脳内は、不思議な感覚に襲われていた。まるで誰かが耳元で囁いてくるように、頭の中に言葉が浮かび上がる。そしてニワトリは、口からその言葉を促されるようにして口にする。
「………俺の名前は、ウェーガン」
それが、この身体の名前である。