宿での出会い ②
ウェーガンを両手で持ちながら、ライアは一階へと階段を下る。ライアは足元を見ることなく木製の階段をタッタッと音立ててゆっくりと下っていく。
階段を下ると、ウェーガンはジャラックの姿が目に映る。
宿一階の隅に置かれた椅子に座る、フードを被った、男性と思われる体格をした不気味な人物。部屋に行く前にウェーガンが怪しく思っていたその人物と、ジャラックは椅子に座り向かい合って会話をしていた。
(何やってんだ、あの二人………)
「おお、何やってんだ?」
ウェーガンがジャラックを見て何をやっているのかと思ったほぼ同時に、ソファーに座り片手にグラスを持ったガンダルが、振り返って声掛けてくる。
ソファーは一つのテーブルを隔てて向かい合って置かれており、ガンダルの向かい手には、茶髪にタレ目の細身の男性が腰を掛けている。
「………何だ?そのピエロは?」
ガンダルのウェーガンへの視線は、ウェーガンを持つピエロに持っていかれていた。そしてそのピエロを瞠目し、不思議な光景を見たような表情を見せてウェーガンに問いかけていた。
ウェーガンはその問いに言葉に悩むが、少ししてから、
「………ああ、ピエロの人だよ。ここに泊まってるみたいで、俺が下に下りるのを手伝ってくれたんだよ………」
「ああ………そうか………」
ウェーガンの説明を受けても、ガンダルはピエロから目を離そうとせず、瞠目し続けている。
「そんなにジロジロと見られますと、流石に照れますね〜」
「あっ、ああ、すまない。あまりピエロとかは見慣れてないものでな………」
「いえいえ、構いませんよ。見慣れないなら仕方のないことです」
「そっ、そうか………」
やっと目線を逸らしてピエロに軽く謝罪をするガンダルに、ライアはウェーガンへの対応同様に親切そうな態度で受け答えをした。
外見と中身のギャップもあって、ガンダルは余計に混乱し、両目を瞑って目頭を押さえた。これはもしかしたら夢ではないのか、そういう反応だ。
「さて、ウェーガン君。行きましょうか」
「おっ、おう………」
ウェーガンに笑顔を向けてそう言い、ライアはその場から再び歩き出す。
「………この宿屋は、変なのが多いんだな」
「はははっ、そうですねー…………」
去り際に、ソファーに座り向かい合う二人の声が聞こえた。特にガンダルは、やり取りに疲れているような声で聞こえたような気がした。
(………あっ、ジャラックが何話してたのか聞こうと思ってたんだが………まあ、後でいいか)
ウェーガンは聞き忘れたことを思い出したが、それほど気にすることではないと割り切り、後回しにすることにした。
宿屋のカウンター前まで来ると、ライアは立ち止まった。するとウェーガンへと視線を落として、
「わざわざ呼ぶのもアレですし、奥に行ってしまいますか」
ライアは呼び出しのベルを鳴らすまでもなく、ウェーガンにそんなことを提案する。するとウェーガンは眉をひそめ、
「えっ、良いのか?許可なく入るのって………」
「大丈夫ですよ。宿の方の手間も省けますしね」
「はぁ………まあ、良いなら行けば良いけど………」
ウェーガンの持つ常識では、宿泊施設の奥に勝手に入るのは当然の禁止行為だが、ライアに適当に言い負かされてしまい、二人は宿屋の奥へと入って行く。
宿屋の奥へと進んでみると、そこには普通の家のような光景が広がっていた。短い廊下を挟んでドアが二つ、そして廊下の奥には調理場と思われる空間が広がる。そして何より、足元には物が雑多に転がっていた。一言で言えば、散らかっている。
「結構散らかってんな………」
「こらこら、そういうこと言うもんじゃないよ」
どこまでも礼儀正しいのか常識人なのか、ライアは見た目からは想定出来ぬ言葉を、ウェーガンに言い聞かせる。
想定外の相手に想定外のことを言われショボくれるウェーガンを尻目に、ライアは調理場へと進む。
調理場に、一つの人影があった。小太りの男性で、ウェーガンも見覚えのあるそれは、この宿屋に訪れた時にカウンターに来た店主であろう人物だった。
なにやら困っているようで、調理場の前をウロウロとしている。
「んん………ん!おやおやお客様、どうなされましたか?」
こちらに気づいた店主が、そう声掛けてきた。
ライアは店主の目の前まで行くと立ち止まり、
「いえ、ウェーガン君がお水を必要としていたので、貰おうかと思いましてね」
「ああ、そういうことですか。ベルで呼んでくだされば良いのにわざわざ………少々お待ちを」
店主はそう言うと、慌ててコップを一つ取り出し、ポットで水を注ぎ出す。
「はい、どうぞ」
「あっ、どうも」
店主はコップに水を注ぎ切ると、すれをウェーガンへと差し出す。
ウェーガンは差し出されたコップを両手で受け取ると、それを口へと運び、水をゴクゴクと飲む。今頃だが、この身体でも飲食は普通に出来るようだ。
「ところで、先程何か困っていたようですが、如何なされたのですか?」
ウェーガンが水を飲んでいるその間、ライアは先程の店主の行動について問いかける。
店主は問いかけられると、少々不安気味な表情を浮かべて、
「実は、買い物に行った娘が帰ってこないのです。いつもはとっくに帰ってくるというのに、既に外は夕焼け、少々心配でしてね…………」
「娘さんというのは、貴方の他にもう一人居たあの少女ですか?」
「はい、そうです」
「ああ、なるほど」
店主は自分の行動の意図を語り出した。
ライアは顎に片手を当てて、考える様子を見せる。そして少し悩むと、
「でしたら、私たちで様子を見て来ましょうか?」
「「えっ?」」
思いがけぬライアからの言葉に、店主だけでなく、飲み終わったコップを店主に差し出しているウェーガンすらもがそんな声を出した。
「よろしいんですか?」
「ええ。せっかく泊めて下さっているのですから、それぐらいは致しますよ」
聞き間違いかと思いながら問いかける店主に、ライアは仏のような親切さでそう告げる。
店主は目を見開いた。それは、喜びを意味するものなのだろう。店主はウェーガンから差し出されたコップを受け取り、それを適当な場所に置いてからライアに向かって頭を下げる。
「是非、お願い致します!」
「任されました。では、娘さんが買い物に行った場所を教えて下さい」
そこからは、店主はライアに自分の娘の買い物の経緯を事細かに説明していった。店の場所、何時間前に買い物に向かったかなどから、彼女の服装などをだ。