宿での出会い ①
ウェーガンはララの腕の中で、ふと目が醒める。
辺りを見渡すと、当然そこは宿屋の一室だが、窓から射し込む光は元々無いようなものなので、時刻が何時かは良く分からない。
「…………」
つい先程、黒服の世界での出来事が彼の脳裏に鮮明にこびり付いている。その所為なのかそうでないのか、不思議と軽い頭痛が彼を襲う。
頭痛に気がつき、デコにモフモフの羽をヒタリとかざすが、当然そんなことで痛みが取れる訳ではない。
(………水、貰ってくるか………)
軽い頭痛には飲み物を摂るべきと思ったようで、ウェーガンはその小さな身体でララの腕の中から抜けて、ベッドから降りる。
(とっ…………なんか、いつもと違うなぁ………)
眠くはない。寧ろ目は冴えている。今まで何度か黒服の世界から目覚めたが、何故だか彼は違和感を抱いていた。頭痛の原因は、恐らくそれだろう。
(『黒服の使い』だとか、“すべき事”だとか、そんなこと言われたからかなぁ…………妙にグラグラする………)
覚束ない足取りで、ウェーガンは部屋のドアへと向かう。ドアは室内の方に引くタイプなので、ウェーガンの体格では閉まったドアは開けにくい。しかし、ここでウェーガンはあることに気がつく。
「……あれ、開いてる?」
そう、ドアが若干ながら開いていた。
開いていると言っても、それは微々たるものだ。閉まっていないというだけで、そこから微かに風が漏れる程度に開いていた。
「閉め忘れたっけか?」
過去の行動、睡眠をとる前の出来事を思い返す。しかし思い返すにしても、鍵を閉めたかどうかなどという外出先で気にする程度のことを、ウェーガンは一々覚えていない。
結局、ウェーガンは閉め忘れたという妥協的な考えで納得し、開き易くなったドアを内側に開く。
「………ん?」
「おや?」
ドアを開くと、廊下を挟んだ真正面のドアから、丁度一人の奇怪な男性が現れる。
奇怪というのは、比喩でもなんでもない。見た目そのままの意味だ。なんせウェーガンの目に飛び込んできたその人物は、顔を白い染料で染め、口元や目元などを赤い染料で塗られた、赤や緑の色でカラフルな髪をした、見た目ピエロそのものだったのだ。
「…………あっ、どうも」
一瞬言葉に詰まりながらも、ウェーガンは即座に状況を整理して目の前のピエロの男性に挨拶をする。するとピエロは、
「おやおや、ニワトリが喋りなさるとは、何とも珍しい」
と、ウェーガンと目を合わせながら興味深そうにそう口にする。
ピエロは、ウェーガンから目線を離さないまま、視線を近づけようと膝を曲げて、姿勢を低くする。
「お名前、教えていただきますか?」
「………へ?」
「お名前ですよ。普通に考えてニワトリは喋りませんし、その格好は呪いの類で、貴方は元は人間とかでしょう?」
ピエロは得意げに、スラスラと話し出して、ウェーガンの名乗りを求める。
(何だこのピエロ………律儀っぽいし、話し方も流暢だし、何より呪いだと一目で気づく察しの良さ………」
ウェーガンはただ、目の前に居るピエロのギャップに困惑すると同時に、人を見た目で判断してはいけないと感心していた。
目の前の人物への疑心感が無いと言えば、それは嘘になる。実際、ここまで怪しい見た目の人物などそうそう居ないだろう。そう思いながらもウェーガンは、ピエロの礼儀正しさに自然と心を許し、自らの名を名乗る。
「………俺の名前はウェーガンだ。アンタの察し通り、訳の分からない呪いの所為でこんな格好になってる」
「成る程、やはりでしたか」
ウェーガンは自分が何者かについて口にすると、ピエロは自分の予想が当たったことが嬉しいのか、それとも平常なのか、陽気な声で返す。
「………アンタは、何者だ?俺が名乗ったなら、アンタも名乗ってくれるだろ?」
当然の事のような流れで、ウェーガンはピエロに質問をし返す。するとピエロはニッと笑い返して、
「良いですよ。私は、そうですねぇ………私はしがない大道芸人ですよ。様々な芸を披露して、人様から金をせしめる、そんな仕事をしております」
ピエロは自分の手元にイキナリ赤い花を出現させて、そう話してくれた。しかしそんなこと、話さなくてもウェーガンには何となく分かっていた。
「ああ、まあそれは大体分かってたんだが…………名前は、何ていうんだ?」
ウェーガンは、先程よりも踏み込んだ質問をする。するとピエロは再び笑みを浮かべて、
「お生憎、本名は教えられませんよ。大道芸人やピエロを、私は人々に夢を売る仕事だと思っています。夢を売る者というのに、素性を知られるのはあまり本意ではありません。ですので、私が通している名前で名乗らせて頂きます」
ピエロはそう自分の考えを語った後、左手を胸に当てて、
「私は、『ライア』という名で通しております。以後、お見知り置きを」
「おっ、おう…………」
自分の名をライアという通し名で言うピエロ。
自己紹介を終えたライアが、ウェーガンを見ていてあることに気がついた。そしてそれを口に出す。
「ところでウェーガン君、よく見れば君少しクラクラとしているようだが、どうしたんだい」
「ん、ああ忘れてた。ちょっと頭痛くてな、水貰ってこようと思ってたんだ」
「ああ、成る程。では………」
ウェーガンが訳を話すと、ライアはその様子に納得してから両手でウェーガン持ち上げる。彼は何も持っておらず、両手は白い手袋をはめているだけで空いている。
ララにはしょっちゅう持ち上げられているが、男に持ち上げることはあまり無いため少し驚く。
「歩くのも大変でしょう。下まで運んで差し上げますよ」
「えっ、ああ、ありがと…………」
「いえいえ、当然の事です」
どこまでも親切なライアに戸惑いながらも、ウェーガンは持ち運ばれることを了承した。
結局そのまま、ウェーガンはライアに両手で持たれたまま、階段を下り一階へと向かう。