小さき少女と大きなトカゲ
辺りの動物たちが、先程まで静かだったのが嘘のように騒ぎ出す。突如として発生する巨大地震に混乱する、人々のようだ。
動物たちが広がるように逃げるその中心には、緑色の鱗をその身に纏う巨体を持ったトカゲと、青がかった髪を腰辺りまで伸ばした、一人の少女が向かい合っていた。体格差は明確、もしも戦えば、少女がトカゲの餌となってしまうことは確定だった。しかし、
(今、トカゲの顔蹴っ飛ばしたよな………この娘………)
ニワトリはそのマスコット顔で唖然とし、目の前に立つ少女に向けていた。
幼げな体格でありながらも堂々とした佇まいの少女、その姿を目視し、蹴りの所為か怒りを露わにしているトカゲは、グルルルと獣じみた唸り声を挙げる。
「うわー、激おこだねぇ…………」
「グキャァァァァ!!!」
緊張感の無い少女の言葉、対しトカゲは殺意を帯びた目をギョロリと動かし、少女を舐め回すように睨み、甲高い雄叫びを挙げる。それが引き金となったのだろう、トカゲはその重そうな身体を無理矢理に動かし、ワニのような口を大きく開き、少女めがけて噛みかかる。
人一人軽々と入りそうな大きな口は、平静を保てない程の悪臭を放っている。少女はそれを見るや否や咄嗟に背後に一歩下がり、地べたに転がるニワトリを抱き抱える。
「んなっ!?」
「大人しくしてっ!」
イキナリ抱き抱えられ驚くニワトリに少女はそう言い放つと、地べたを一蹴りする。咄嗟の行動、丸みを帯びているため少し大きいニワトリを抱き抱えているというのに、少女はそれを感じさせない程軽々とした動きでトカゲの口よりも高く跳び、トカゲの噛みつきを避ける。
「グガッッッ!?」
「残念でした」
大きく開いた口を力強く閉じ、それを少女が避けたことに気がつくトカゲ。対し少女は長い青髪をマントのようにたなびかせ、トカゲの頭上を舞う。
ぬいぐるみの様に抱かれ、何がなんだか分からず苦い顔をして身動き一つとらないニワトリ。少女はそれをより強く抱き締めると、
「振り落とされないでね」
そう呟くと、トカゲの頭上で小さなその身体をクルリと回転させ、勢いつけてトカゲの後頭部に回し蹴りを放つ。ブーツのヒール部分での一撃は槍の様に鋭く、直撃した瞬間トカゲの脳にまで衝撃が行き渡る。
「グキャァァァァ!?!?!?」
悶絶するトカゲ。見るからに痛々しい光景は、ジェットコースターにでも乗っている感覚のニワトリをゾッとさせる。
クルリと回転し、地べたに着地する少女。四つの足をおぼつかせて少女の方へと振り向くトカゲ。より怒りを露わにし、口から目視出来るほどの悪臭とヨダレを放つ。しかしまだ動けるようだ。
「あらら、浅かったかな………」
(マジ怖い…………)
意外という表情を浮かべる少女と、ガクブルなご様子のニワトリ。トカゲは自らが覚える怒りに身を任せているのか、今まで以上に足元に力を込め、全力を振り絞った噛みつきを繰り出す。ニワトリにとってそれは、暴走トラックの目の前に立っているようなものだったのだろう。完全にその身体を固める。
少女はトカゲの動きを冷静に読み取ると、
「………ニワトリさん、ちょっと我慢してね」
「………へ?」
少女の言葉に訳が分からないという反応をニワトリが見せた次の瞬間、少女はニワトリを自分の背後に放り投げる。
「うおおおおおっ!?!?」
「グガァァァア!!」
少し高めに放り投げられたニワトリをトカゲは凝視すると、攻撃の射線を上へとズラす。狙いはニワトリのようだ。それを見るや少女は口元にニヤリと笑みを浮かべ、姿勢を低くし口を少し上にズラしたトカゲの下へと潜り込む。
トカゲからは完全な死角。そこに潜り込んだ少女は、いわゆるトラースキックをトカゲの何処かよく分からない首元に食らわす。
「グギャッ!?」
「もーらいっと…………」
少女は足に全力を込めて、トカゲをそのまま吹き飛ばす。吹き飛ばすといってもそんな高く跳ぶ訳ではない。しかし、その全身鱗の巨体は重量に逆らっているかと思わせるように、その身体を浮かせていた。
ニワトリは宙を舞いながら、その光景を目撃していた。トカゲが少女の蹴りで浮いたこと。そして、そのトカゲの首元に少女の右手が突き刺さったことを。返り血を被る少女は直後、
「………『フランメ』『エントヴィッケル』」
そう口にした瞬間、トカゲが突然と苦しみ出す。ニワトリにはそのトカゲの身体が、少し赤く色付いていたことが分かった。そしてそれは、トカゲが体内から炎で焼かれているのだと、直ぐに分かってしまった。
「グッ…………ガッ………アァァ………」
口から火の粉を吐き、悶えるトカゲ。咆哮を放つことも出来ずに、トカゲの体内中を炎が駆け巡る。いつしかトカゲの身体中を埋め尽くす鱗と鱗の隙間からは血が溢れ、その血はメラメラとした炎が引火し、トカゲをイルミネーションのように眩しく染め上げていく。そしてニワトリが地面に落ちてから少し経って、トカゲの身体からは力が抜け去り、魂の抜け殻のようになると、炎は止み、少女は手を引き抜いて、トカゲを自分の横へと倒す。
少女の手には、黒ずんだ血がこびり付いていた。その血は炎に焼かれた所為か、生臭さは薄れている。しかし、
「うへぇ、やっぱり臭い………」
そう言いながら右手を払うと、地面に転がるニワトリに駆け寄る。そして膝を曲げ姿勢を低くし、ニワトリの青くなった顔を覗き込む。
「大丈夫だった?ニワトリさん?」
その顔は、まさしく少女であった。命の大切さがまだ分からず、ただただ生きることを楽しむ、少女の可愛らしい笑顔だった。
魔法とかはこんな感じでやらせていただきます。因みに、単語は全てドイツ語が元です。