ケリティカ山とは?
ようやく第1章の終わり。次回から遂に新章開幕です。
小さな振動が継続的に続く。だがそれは揺り籠のような役割を果たしており、心地が悪いとは感じられない。実際なだらかな道をゆっくりと進む馬車の中でウェーガン、ララ、ガンダル、ジャラックは振動など気にも留めずに、各々が退屈を紛らわしている。
ジャラックは、口笛を吹きながら毎度どこから取り出したか分からぬ武器や道具の点検をしているようだ。バジリスク戦で使用していた二種類の銃、薬品の入った瓶、何種類もの弾丸など、中には訳の分からぬ物も様々だ。
ガンダルは大剣を磨き、威力を上げているように見える。大きなバッグの中には、ジャラック同様色々と入っているのだろう。
「………お前は何かする事無いのか?」
「ん?ないよー」
男二人が抜かりなのない用意をしている傍で、ララはいつものようにウェーガンをギュッと抱き締め、壁に寄りかかりリラックスしている。
「今から行く場所、一応危険なんだろ?いいのかそんなんで?」
「だいじよーぶだよ。何とかなるって」
「はぁ、さいですか…………」
ウェーガンは緊張感も何もないララに若干の呆れを覚えながら、馬車での目的地への到着を待つ。
そもそも何故一行がこうして馬車に乗っているのか?そして何処を目指しているのか?それは、前日の夜に遡る。
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「ケリティカ山に行きたいだって?」
ギルドから聞こえる、ガンダルの声。
ギルド一階の酒場のとある円形テーブルを、ウェーガン、ララ、ガンダル、ジャラックが椅子に座って囲んでいる。
「いきなり、どうしてそうなったんだ?」
腕を組み首を傾げて、ガンダルがそう尋ねる。
質問の対象は、珍しくララの膝の上に座らずに、少し足の高い椅子に座って向かい合っているウェーガン。
「ウェーガンが誰かを町の人らに聞いて回ってるってのは、もう知ってるだろ?」
「ああ…………」
「それで今日も、どうせ収穫は無いって思いながら聞いたわけだ。すると――――」
「ケリティカ山にその手掛かりがあると?」
ウェーガンが事の経緯を話す途中、ガンダルは察したようで、ウェーガンが言おうとした言葉を口にして遮る。
「その通り。流石はリーダー、察しが良い」
「………まぁ、呼び方はどうでも良いが………その情報は何処の誰からの何だ?」
「えっと…………鍛冶屋の、ゲルダって人だよ」
誰かと聞かれその名を出すと、途端ガンダルとジャラックが脱力し、姿勢を曲げる。
「あんの爺さんかぁ…………」
額に手を当て、苦い顔をするガンダル。その光景にウェーガンは何事かと思うと、それを言う前にジャラックが、
「ゲルダ爺さん、なんか持って来いとか言ってなかったか?」
そう、ガンダル同様、あまりよろしくない顔をしてウェーガンに問う。するとウェーガンはゲルダとの会話を思い出して、
「あっ、そういえば魔石をどうとかって…………」
「「はあぁ…………」」
ウェーガンの言葉を聞いた途端、二人はこれでもかと言う程に大きなため息を吐く。
「まあ、ケリティカ山って時点で何となくは察してたが……………」
「実際にそうなると、かなり困り事だよなぁ…………」
ガンダルとジャラックは、まるで大晦日の大掃除を直前にした時のようなダルさを感じさせる声でそう呟く。
ウェーガンがふとララの方に視線を逸らすと、いつものように明るい笑みを浮かべているが、どこかぎこちなさも感じる。
一人だけ何も分からず蚊帳の外のウェーガン。ついに堪らなくなったのか、その口を開く。
「………なあ、ケリティカ山って、いったいどんな山なんだ?」
その問いかけに、ガンダルとジャラックは意外そうな顔を浮かべる。
(ああ、これ知ってる方が普通か…………)
二人の反応からそんなことを察していると、ガンダル、ジャラック、ララは丁寧に順に説明していく。
「ケリティカ山ってのは、一言で言えば迷宮だ。入り口となる洞窟から地下深くに伸びていて、出現する魔物も多い。その危険度は、B以上とされている」
「ゲルダ爺さんが魔石を持って来いつってたのは、ケリティカ山には大量の魔石が採取出来るからだ。あの爺さんは魔石を使った剣とかを良く作るからなぁ」
「でもやっぱり危険もあるから、取りに行くのはとっても大変なんだよねー。今までだって王国の調査隊が何度か探索に失敗してるし」
三人がケリティカ山について語る中、ウェーガンは一人、疑問を抱いていた。その疑問を隠すまでも無く、彼は三人に問う。
「でも、危険度がBってなら、そんなに大変じゃないだろ?ましてや、お前らみたいな実力者なら尚更――」
「誰が危険度Bだなんて言った?」
そう言うガンダルの言い草は、ウェーガンの意見を否定するものだった。
「俺が言ったのは、危険度B以上だ。大抵の迷宮やら遺跡やらは、攻略さえすれば推定であった危険度が確定に書き換えられる。だがこの迷宮は、推定値のままだ。後は、言わなくても分かるだろ?」
「…………ああ、そういうことか」
ガンダルから説明を受けるとウェーガンは、ガンダルの言いたいことを察した。
「つまりケリティカ山ってのは、王国の調査隊が出てるにも関わらず、未だ未攻略の迷宮であると?」
「その通りだ。よってその危険度は、ゆうにAを変えるだろう。下手をすればSクラスか、或いは………」
途端、ウェーガンはケリティカ山への印象を不穏なものへと変えた。
自分は目の前で、ガンダル、ジャラック、ララの三人の実力をその目で目撃していた。その三人が、ケリティカ山に対して神妙な面持ちで語っている。この状況が意味することは、流石のウェーガンでも察せられた。
しかし、それでも…………
「それでも、俺はケリティカ山に行かなきゃならねえ気がする。情報が完全に信頼できるかは分かんねえし、危険が伴うことだって理解した。だが、それでも俺は…………」
ウェーガンのその言葉は、周りで酒を飲み飯を食らう他の冒険者達でも、真剣さを伺えるものだった。
三人も、ウェーガンの話を先程以上に耳を傾け、姿勢を正し、笑みを消して、ただただ真剣な面持ちでウェーガンの話を聞いていた。
「…………はあぁ。分かった、行こう。どうせ行かなかったら、あの爺さんに魔石持って来いってどやされるしな」
ウェーガンの真剣さに折れたのか、ガンダルはケリティカ山へ行くことを若干面倒臭がりながらも了承する。
「おっ、さっすがリーダーやっさしいー」
「うるせえよ」
「リーダーったらツンデレなんだからー」
「誰がツンデレだ………」
ガンダルが了承した途端、ジャラックとララはいつものテンションに戻った。
「あっ、俺らも当然行ってやるぜ。そもそも断る理由も無いんでな」
「私も私もー」
二人は最初から了承する気でいたようで、それを聞いてウェーガンもほっと安堵の声を漏らす。
「皆んな、すまねぇな」
「良いってことよ。出発は明日か?」
「そうだな。明日の朝早く、馬車で向かうとしよう。丁度明日の天候も良さそうだしな。そうと決まれば、今日はしっかりと休んどけよ」
「「「はーい」」」
簡潔なやり取りを交わし、彼ら四人は明日の予定を決めたのだった。
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(そして、今に至る訳だが…………)
場面は再び、ケリティカ山へと向かう馬車の中だった。気がつけば寝落ちしているララの腕の中で、ウェーガンは昨日の出来事を思い出していた。
(今になって思えば、この世界で最初の出会いがコイツらで良かったな。そうでなきゃ、多分俺の二度目の人生はとっくに幕を閉じてる。今更だが、感謝だな…………)
「おおい、皆んなそろそろ着くぞぉ」
三人への感謝を思うウェーガンを含めた三人に、馬車の進行方向を覗くガンダルが声をかけた。
ララの腕の抜け出し、ウェーガンはガンダルの方へと駆け寄り、馬車の進行方向へと目線を移す。するとそこには、既に目の前にまで迫っていた大きな山。そしてその山の手前に、壁が見える。その壁は広く、そこの入り口であろう部分まで一本の道が続いている。
「あれがケリティカ山。その探索の拠点となる街、迷宮街ケリティカだ」
辿り着いたケリティカ山。そしてこの山にて大激闘が行われることを、彼らはまだ知らない。