ヒントの在り処
ウェーガン達がエドネに到着してから、実に二日が経った。この期間を知りたければ、後に投稿する番外編や、小話を見てほしい。
この期間、ウェーガンは当然何もしていなかった訳でなく、一人町を歩き回り、呪いを解く方法、ウェーガンという名前を知らないかを聞き回っていた。しかし返ってくる反応の多くは、『知らない』『聞いたこともない』『ニワトリが喋った!?』というものばかりで、手掛かりとなる情報を仕入れるに至らなかった。
この日ウェーガンは、何も持たずに一人エドネの道を歩いていた。けれども向かう道は分かっているようで、迷わずに真っ直ぐ進む。何故そんなことをしているのか?それは数分前のやり取りに遡る。
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ウェーガンはララと二人、ギルド一階の酒場で朝食を摂っていた。マグカップに注がれたホットミルクと、皿にはソーセージやスクランブルエッグなどと、これまた珍しくも何ともない見た目の朝食だ。
鶏肉が無いためウェーガンの文句の一つも言わずに、その手に似合わぬフォークを使って朝食を口に運んでいく。すると、
「よお。ちょっと頼みたいんだが………」
二人の前から届く声。
二人が目線を上げると、そこには店長の顔がある。
「てんちょー、どしたの?」
「いやぁ、ちょっとお使いを頼みたくてね」
店長は頭をポリポリと掻きながら、申し訳なさそうに二人の目を見てそう言う。
「鍛冶屋に剣を作ってもらっていたんだけど、ちょっと今忙しくてね、出来れば取りに行ってほしいんだけど…………」
「あー、だったらニワトリさん行ってきなよ」
店長から頼まれると、ララはウェーガンに話を振る。
「えっ?俺?」
何故自分なのかと、ウェーガンは不思議そうな表情を浮かべる。するとララは、その理由を話し出す。
「だってニワトリさん、今日も外に行くんでしょ?」
「ああ、まあそうだが………」
「だったら、ついでに行ってきなよぉ〜。私は用事があるし、お使いは無理だもん」
「………まあ、それなら仕方ないか…………」
渋々と、ウェーガンはお使いに行くことを了承した。すると店長は嬉しそうな表情を浮かべて、
「助かるよ。鍛冶屋の場所は…………」
ウェーガンは店長から鍛冶屋の場所を聞いて、一人鍛冶屋へと向かった。
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「とは言ったが、そもそもこんなふざけた見た目の奴に普通お使いなんて頼むかね」
数分前のやり取りを思い出し、一人愚痴を溢す。
気がつくと、ウェーガンは鍛冶屋の前まで辿り着いていた。鍛冶屋は古臭い内装で、木材や鉱石、素材であろう物が雑多に転がっている。お世辞にも、綺麗とは呼べないだろう。
「散らかってんなぁ…………」
「悪かったな」
思ったことを素直に口に出したウェーガンに、突然と野太い声が届く。そちらの方に振り向くと、そこには一人の人物が座って居た。しかしウェーガンは、その人物が置物なのではないかと一瞬思う。
ウェーガンの視線の先に居た人物は、とても小柄な男性だった。1メートルあるか無いか位の小柄な身体。それに似合わぬ、たくましい髭。服は汚れて小汚いが、不思議とたくましく思えるその姿を見たウェーガンは一言、
「…………ドワーフ………」
そう呟いた。彼が生前読んだ本の中には、ドワーフやエルフは当然の如く登場していた。だからこそ、初めて男を目にしたウェーガンはその単語を呟いたのだ。
ドワーフの男は、ウェーガンの姿を視界に入れる。しかし、他の人達のようにあまり驚く様子は見せず、落ち着いた様子でパイプを吹かしている。
「………驚ろかねのか?ニワトリが喋ったんだぞ?」
ドワーフの男に近寄りウェーガンがそう問いかけると、ドワーフの男はウェーガンに見向きもせず、
「オメェのこたぁ、他の奴らが話してるの聞いた。だから知ってた。それだけの話だ」
「ああ、そう言うことな」
ウェーガンは納得した。
「ギルドのお使いで、剣を取りに来たんだが………」
「オメェがか?こんな奴に頼むタァ、あそこの店長は馬鹿なのか?」
「ははっ、やっぱそう思うよなぁ………」
ドワーフの男の当然の疑問に、ウェーガンは苦笑して答える。
ドワーフの男はパイプを咥えたまま椅子から立ち上がると、壁に立てかけてある剣を手にかかる持ち上げる。
「ほらよ。持てるか?」
「あっ、ああ。多分…………」
今になって心配になりながらも、ウェーガンは男から差し出された剣を両手で受け取る。
「うっ、ちょっと重い………」
流石に重いようで、意図せずそんな声が漏れる。しかしそれでも持たない程ではなく、問題はあまり無い。
「代金は既に受け取ってっから、さっさとそれ持って帰んな」
男は素っ気ない態度でそう告げる。
「あいよ。…………あっ、そうだ。一応聞いておきたいんだが」
鍛冶屋を去ろうとしたウェーガンは一歩立ち止まり、再び男の方を見てそう言う。
「なんだ?」
「ウェーガンって名前に、心当たりないか?」
「…………」
今までこの町に来て何人にも聞いた質問。どうせ情報など得られないと若干思いつつも、駄目元で聞いてみた。すると男の反応は、
「…………オメェ、ウェーガンって名前なのか?」
「えっ、まあそうなんだよ。記憶が無いっぽくてな、俺のことを知る奴は居ないかなーって…………」
「…………」
黙り込む男。そして、しばらくしてその口が再び開く。
「………ケリティカ山へ行け」
「ああーやっぱり知らないかー…………なに?」
返ってきた言葉は、今までのとは明らかに異質なものだった。
「六、七年くらい前か。ここに来た奴が、自分をウェーガンと名乗る奴が来たら、そう言ってくれって伝言を残していきやがった。今の今まで忘れてたぜ………」
「それで、そいつはどんな奴なんだ!?」
初めてまともな情報だからか、ウェーガンは食いつく。
「焦んな焦んな。確か、全身真っ黒い鎧に包まれてたっけな」
(真っ黒い見た目………!)
真っ黒いという単語で真っ先に思い浮かんだのは、度々夢の中に現れる胡散臭い『黒服』と言う名の人物である。
「性別は何だった!?種族は!?」
「だから焦るなって。鎧で隠れてたから種族は流石に分かんねえが、身長はまあまあ有ったし、男じゃねえかな。声も男っぽかったが、声までは流石に覚えてねえ」
男の口からは、今までのが何だったのかと思える程に大量の情報が語られていく。
「俺が覚えてんのはそれぐらいだ。一応ドワーフは長寿ではあるが、六、七年前のことの一分くらいのやり取りを昨日のことのようには覚えてねぇよ。ケリティカ山のことは、ギルドの奴らにでも聞け。あっちの方が詳しいだろ」
「ああ、ありがとう!このご恩は一生忘れねぇ」
「やめろやめろ、そう言うのは苦手なんだ。お礼を払うってなら、魔石なりなんなり持ってこい。ケリティカ山は魔石の群生地帯だからな」
どうやら男は、お礼を言われることがあまり好きではないようだ。素っ気ないとまでは言わなくとも、居心地を悪くしている。
「分かった。んじゃあお礼は後にしっかりとするよ」
「ああ」
「そうだ、アンタの名前まだ聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「…………ゲルダだ」
男は自分をゲルダと名乗り、再び椅子へと戻り、パイプを吹かす。
ウェーガンは片手で剣を持ちながらもう片手を振り、鍛冶屋を去って行った。




