町の名はエドネ 初日②
「おっ、ララちゃんそれ新しいぬいぐるみか何かか?」
ウェーガンを抱き締めながら腰に乗せているララにそう尋ねて来たのは、中年の冒険者だった。人の良さそうな、柔らかい表情をする男だ。
ララは男に尋ねられると笑みを向けて、
「違うよ、ニワトリさんだよ。可愛いでしょ?」
ララは、男の質問に質問で返す。
「ぬいぐるみじゃないのか?」
「しっかりと生きてるわ!」
再び男が質問をしてくると、今度はウェーガンがその質問に答える。
ウェーガンが質問を返すと、男は完全にウェーガンのことをぬいぐるみと思い込んで居たからか、驚きのあまり一歩後退り、
「うおお!ニワトリが喋った!」
「喋って悪いのか?」
声を挙げる男。それにウェーガンは、少々イラついた態度で問いかける。
「いやいや、そうじゃないんだが、いやぁ不思議だなぁ、喋るニワトリたぁ………」
「でしょでしょ」
男がウェーガンをイラつかせたことを訂正しようとしていると、珍しい物を見せびらかす子供のようにララは言う。
男とそんなやり取りをしていると、ウェーガンはあることを思い出す。
「あっ、そういえばアンタ、呪いの治し方って知らないか?」
「呪いの治し方?」
「ああ。この身体も呪いの所為らしくてな………」
ウェーガンは男に訳を話すと、男は難しい顔をしながら首を傾げ、
「ちょっと俺には分かんねーなー…………んだが、冒険者には色々といるし、聞いてみるか」
男はそう言って、辺りに居る他の冒険者に声を掛ける。そしてウェーガンの方を指差し、『呪いの治し方を知らないか』と代わりに聞いてくれた。しかし返ってきたほとんどは、『知らない』『それは呪いなのか?』『高度過ぎる』『ニワトリが喋った!?』『晩飯は鶏肉使おう』という声ばかりだった。
「すまねぇな、力になれなくて………」
「いやいや、協力してくれただけありがたい」
収穫が無く申し訳なさそうな男に、ウェーガンはお礼としてそう言う。
「…………そういえば、二人ともこの町にまだ居るんだろ?」
「そうだけど………?」
「だったら、他の奴に呼びかけて呪いの解き方探しといてやるよ。人手は多い方が良いだろ?」
男の言葉に、ウェーガンは驚いた。
「いいのか?」
「ああ。ただし、見つかった時にはしっかりと報酬も頂くぜ。冒険者はそうでなきゃやってられんからな」
男はそう言うと、ウェーガンのお礼を聞くまでもなくその場を去って行った。
「………良い人だったな」
「ここに居る人は皆んな良い人だよ。ちょっと素直じゃないところもあるけど…………」
「あー、ツンデレなんだな」
座ったままの二人がそんな他愛のない会話をして居ると、
「おーいララちゃーん!」
ララを呼ぶ声が大きく二人に届いた。
二人が声のする方に振り向くと、店長がこちらを向いて居る。
「お風呂沸かしといたから、さっさと入っておいで」
「はーい」
店長のララへの要件は、まるで父親と娘の会話みたいなやり取りを生んだ。
お風呂と聞いてご機嫌なご様子のララ。頭上にハートマークが見える気がする。
「お風呂だって。入ってこよ」
「ああ、行ってこい。俺は飯でも食いながら――」
「何言ってるの?ニワトリさんも一緒に入るんだよ?」
「………へっ?」
ララの思いがけぬ言葉に、ウェーガンは分かり易く動揺し、一瞬その身体を固まる。
ウェーガンが何かを言おうとするが、ララはそうはさせないとでも言うかのように立ち上がり、風呂があるであろう方へと駆けていく。
「いやいや、流石にまずいんじゃ………」
「なんで?」
「なんでって、俺一応男な訳だし………」
見た目十歳くらいのララと一緒に風呂に入るのはマズイ。そう理性をフルスロットルさせて、ウェーガンは一緒に入ることを拒もうとする。
しかし、ララが浮かべた表情は一緒に入ることを拒否されションボリとしたものではなく、ニヤリとした何とも意地悪なものだった。そうして気がつけば、ウェーガンはより強い力でギュッとララに抱き締められている。まるで、逃さないとでも言うかのように。
「だーめ。ニワトリさんは私と一緒に入るの。だいじよーぶ、隅々まで洗って、あ・げ・る♡」
「助けてくれぇぇぇ!ララにイタズラされるぅぅぅ!」
ウェーガンの助けを呼ぶ声が、ギルド内に響いた。だが助けなどあらず、ウェーガンはララに抱き抱えられて店の奥へと消えて行った。




