再び出発
テントの入り口の隙間から、朝日が差し込む。その朝日に照らされて、ウェーガンは目を覚まし、丸くプニッとしたその身体を起こした。
「…………朝か………」
漏れる日差しに、今が朝であることを察する。
彼が眠る中で出てきた黒服。それが夢でないことは何故だか確信できて居たのだが、なんとも目覚めが悪い。
(アイツとの会話は………例え眠る中であっても疲れるな…………)
手を頭に当て、ため息を漏らす。
ふと背後を振りまいてみると、ララはまだ寝て居た。子供っぽいと言えば聞こえは良いが、実際の彼女は寝相が悪いようで、眠りに就いた時とは身体の向きが上下逆さまになっている。ついでに言えば、服装も若干解け、手足も広がり大の字になっている。
「やっぱりまだ子供か…………」
そう呟きながら、ウェーガンは毛布の上で立ち上がる。座っている時と、身長に大差が無い。彼は釣られるようにして、朝日が差し込むテントの入り口へと歩き出す。
ウェーガンの鼻に、良い香りが届く。それは昨晩嗅いだのとは違う、だがそれに負けぬぐらいに良い香りだ。
テントの入り口を捲ると、差し込むだけだった朝日が、ウェーガンの全面に浴びせられる。視界には、昨晩月明かりと焚き火のだけが頼りでしっかり見ることの出来なかった、平原の全貌が露わになる。草が程よく生えた、広い平原。しかしウェーガンはそれよりも、目線を奪うものがあった。
「おっ、起きたか。おはよう!」
「んあ?ああおはよう、ニワトリくん………」
テントの前に居るジャラックとガンダルが、ウェーガンに挨拶をかける。ジャラックは元気良く、ガンダルは若干まだ眠そうな声での朝の挨拶だ。
「おっ、おはよう…………って、何したんだ?」
ウェーガンに目線の先には、大きな鉄製の鍋を火にかけているジャラックだった。
「何って………料理。朝ご飯いるだろ?」
「それは良いんだけど…………その鍋、どうやって用意したんだ?」
ジャラックのバッグは、そこまで物が大量に入る程に大きくはない。鍋というスペースを取る物を蔵う隙間など、ない筈なのだ。
「企業秘密だ!」
「えー……………」
その一言で、ウェーガンの質問は軽く一蹴された。
「そんなことより、ララちゃん起こしてきてくれないか?こっち手が離せなくて………」
「ああ、良いけど………」
「ありがとよ」
ジャラックに頼まれ、ウェーガンはララを起こそうと再びテントの中に入ろうとすると、
「………気をつけろよ」
「………え?」
恐らく昨晩みたく辺りを見張っているであろうガンダルが、忠告のようにそう呟いた。
「………何が?」
「そのまんまの意味だ」
「えー…………」
何も教えてもらえず、訳の分からぬままウェーガンはテントの中に入った。
「おーい、朝だぞー」
大の字になって寝るララにそう声掛けるも、ララは起きる様子はない。終始、気持ちの良さそうな顔をしている。
「安眠なようで何よりですよぉ…………」
そう言いながらウェーガンは、ララの横へと移動する。ゆすり起こそうと考えているのだろう。
「おーい、起きろって――――」
ララの肩に触れ、ゆすり起こそうと声掛けたその時、ララは物凄い速度でウェーガンの身体を両腕使ってホールドする。
「ムギュー」
「ブホォわ!?」
突然と力強く抱き締められ、変な声が出るウェーガン。テントの外からは、「捕まったな」「ありゃダメだな」などという声が聞こえてくるが、今のウェーガンには気にする余裕も無い。なんせララは、道中ウェーガンを抱き抱えていた時とは比べ物にならない程力強く、抱き締められた方の身体が歪む程の力でウェーガンを抱き締めていた。
「ぐほぉ!?ララヤバイ!死ぬ!潰れる!痛い痛い痛い!!」
「ニェヘヘェ、お兄しゃあぁん♡」
「寝ぼけてんじゃねぇ!!」
まだ夢の中なのか、なんとも幸せそうな顔をして緩い声を出している。というか間違いなく寝ている。まだまだ力は緩まず、それどころか増しているようだ。
「グキャァァァ!!………あっ、ちょっと胸ある、じゃねぇぇぇ!!!」
「えへへぇぇ………」
プニッとした感触があったが、そんことを意識していたらウェーガンの命は余計に危ない。現に今、かなりヤバイ。少女の抱擁に、命の危険を感じたことはないだろう。そしてそれは、もう少し続いた。
■□■□■□
「……………」
「もー、ゴメンってぇ」
時間が少し進んだテントの外、そこでは木の器に注がれたスープを食す面々。昨晩の食事と同じ位置で食べている訳だが、ララの横に座るウェーガンはプンスカとしている。結局ララの寝ぼけによる抱き締めはガンダルが止めに入るまで続き、朝から無駄に体力を使ったウェーガンはご立腹である。
「今度からはちゃんと寝相良くするからぁ………」
「あの言葉って何度目だっけ?」
「五、六回目くらいじゃなかったか?」
ララの反省の言葉を聞いて、ジャラックとガンダルがコソコソと話し合う。
「もう!そこうるさいよ!」
「「へいへい」」
コソコソと話す二人にララが言った。二人はそれを、軽〜く受け流す。
「………はぁ。まあ、ここに来るまでずっと抱き抱えてきてくれたし、許すけどよぉ…………」
「えっ、ほんと!?」
「その代わり、次やったらタダじゃ済まねえからな」
「うひゃー怖いぃ!」
ウェーガンがララに向けて静かに言うと、ララは申し訳なさそうな顔をして応えた。
ウェーガンがララを許したことで、このやり取りは終わった。するとララは、ここであることに気がつきクンクンと匂いを嗅ぎながら辺りを見渡す。
「クンクン、あれ?ちょっと血生臭いけど、昨日の夜に何かあった?」
スープを食べるガンダルとジャラックにそう聞いた。すると二人は、
「ん?ああ、ちょっと魔物が襲ってきてな」
「倒した時に出た血だろ」
適当に、昨晩の出来事を口にした。
ウェーガンとララは、二人の話を聞いて少し申し訳なくなる。
「………なんか済まねえな」
「ゴメンね。二人に戦わせちゃって…………」
「別にいいさ。子供は寝るのが夜の仕事、大人はその子供を守るのが仕事だろ?ほれ、そんなことより、温かい内にスープ食べな」
謝る二人に、ジャラックは漢らしく答えた。そして二人は、自分の分のスープにありつく。
皆は自分の分のスープを食べ終わると、それぞれ出発の準備を整え始めた。当然ウェーガンは何もすることが無いため、同じく荷物の無いララと一緒に準備が終わるのを待っていた。
ジャラックとガンダルはそれぞれ、テント、食器類の片付けをし始めた。ちなみにウェーガンが気が付いた時には、あの鉄製の鍋と食器類は跡形も無く消えていた。一体何処へ行ったのだろうか?
テントを畳み閉まって、出発の準備は完了した。目指す先は、変わらず【エドネの町】。彼らは平原に別れを告げて、再び町へと歩を進めるのだった。