黒い姿のアイツ
眠気に襲われながら、ウェーガンは目を覚ます。しかし、気づけば眠気は失せ、不思議な感覚が襲う。夢か現かも分からぬ、身体への違和感。そしてなにより、今彼が横たわっているその場所。
(………ここは………)
心の中で、そう呟く。
彼にとってこの場所は、とても印象的な場所だ。何か建造物がある訳でもなく、動物がいる訳でもなく、星々がある訳でもなく、風が吹いている訳でもなく、匂いがする訳でもない。ただ単に、真っ白い空間がどこまでもどこまでも続いているのだ。
(間違いない。ここは黒服の………)
そう思いながら立ち上がると、彼はあることに気がつく。目線が高い。そしてなにより、服を見に纏っている。自分の手に視線を移すと、その手はニワトリの手ではなく、人間の手になっていた。とても馴染みのある、人間の身体となっていた。
(この身体は………まさか――――)
「そのまさか、その身体は前の世界での君の身体だよ」
突然と背後から聞こえる、靄のかかったような、性別年齢が判別出来ない声。そこに振り向くと、ヤツはいた。
「………やっぱり、お前か」
「ああ、私だよ」
声の主は、一見して真っ黒いシルエットにしか見えぬ者だ。足元に影はあり、身長は同じくらいの、黒服だ。最初に会った時と変わらない、このだだっ広い空間にポツンと佇んでいる。
「本当なら君の夢に現れるのは、もう少し後にしようと思ったんだけど…………まぁ、異世界転生初日ってことだし、特別サービスさ」
「……………」
「その表情、何か言いたげだね…………」
黒服は心や表情を読んでくるようだ。とてもイラつくことだろう。しかしウェーガン………いや、青年はそのイラつきを抑えて、
「そりゃあ、詳しい説明も無しに異世界に放り出されりゃ、言いたいことの一つや二つあるだろ?」
「ははは、まあ説明不足だったのは謝るよ。しかし百聞は一見にしかずという言葉もあるように、口頭で説明するよりも実際に体験してもらった方が良いと思ったんだ。実際、理解してくれたみたいだしね」
訳を話す黒服の言葉からは、まるで青年のことを知り尽くしているかのような感覚を覚える。
「確かに、この世界がどういう世界かは何となくだが分かった。剣に魔法に魔物、そして冒険者、俺が良く知る異世界という定義に基づいている。だが、それでも分からねえことだって当然ある」
「だろうね…………いいよ。答えれる範囲なら、その疑問に答えてやってもいい」
「…………意外だな。こういうのは、自分で考えろとか言うのかと思ったんだが…………」
「まさか。私は神様でもなければ賢者でもない。そんな奴に、君は自分の意志など関係なく異世界に送り込まれたんだ。だからせめて、出来る限り親切にならなきゃね」
見た目の信用出来なさとは反して、妙に流暢に話す黒服に若干の気持ち悪さを感じながらも、
「………なら、お前が何者なのかを教えてくれ」
最初の質問を投げかける。対して、黒服の答えは、
「それは出来ない」
「…………は?」
何の迷いも無く、断られてしまった。
「いや、出来る限り教えてくれるって言ったろ?」
「だから、その質問は出来る限りの範囲に入らないだけのことさ。そもそも、こんなに見た目の怪しい奴がその質問に素直に答えてくれると思ったかい?」
「うっ、言われてみれば…………」
アニメや漫画などで出てくるこういうキャラは、大抵素直に物事を教えてくれない。そういう常識的なことを青年は思い出し、何も言い返すことが出来ない。しかし、
「………でも、そうだな………私のことを詳しく知るためには、君は多くの人と出会わなければならない。そしてそれは、君が後々聞いてくるであろう『ウェーガンとは何者なのか?』という質問の答えともなる」
「おい。何地味に心読んでんだこのヤロー…………」
心を読まれイラっとする。しかし青年は、黒服の言葉に気になる節があった。
「………答えが同じってのは、どういうことだ?」
「そのままの意味だよ。私の正体も、ニワトリの呪いをかけられているあの身体が何者なのかも、全てはそれを知る者にしか分からない」
「………つまり、俺は今後この世界で、ウェーガンという男を知る者を探さなきゃならないと?」
「察しが良い。簡単ではないが、正解だよ」
黒服は、その到底誰かを特定することの出来な声で丁寧に受け答えた。しかしここで黒服は、
「さて、君の質問に答えられるのは今回はこれでラストかな」
「はっ、ラスト!?」
「ああ。この空間で私が君と話すには時間制限があるからね。安心しな、次回ならまた質問に答えられるから」
「そんなログインボーナスみたいな…………なら、最後に一つ良いか?」
青年は無駄な質問をしなくて良かったという安堵と、面倒なことへの呆れに同時に襲われながらも、その口を開く。それも、今まで以上に神妙な趣で。
「ああ、聞こう」
「ララは、俺のニワトリの姿を呪いだと言ったが、実際はどうなんだ?そして、それは治るのか?」
「ああ、治るとも。だが今ではない。今はしばらくは、その姿に馴染んでもらうしかない」
変わらず、黒服は青年の問いに受け答える。そしてそれを終えると、青年の身体は薄くなっていく。世界から存在を消されるようなこの感覚は、彼が最初に異世界に送り込まれた際のものと酷似している。
「慣れねぇもんだなこれも。…………あっ、今から言うのは質問じゃないけどよぉ?」
「ん?なんだね?」
「これ、異世界転生とは違うだろ。転生っつうのは普通、赤ん坊から新たな人生を始めるもんだが、これじゃあ転生と言うよりも召喚の方が正しい」
「…………ふっ、確かにその通りだな」
そのやり取りを終えると、青年の姿は消え、真っ白くだだっ広い空間に真っ黒い影一つだけが残った。
「…………おっと、伝え忘れたことがあった。結構重要なことなんだが…………まっ、次回で良いか」




