安眠と疑心
一同は食事を終え、気がつけばかなりの眠気が襲ってくる時間帯となっていた。その為テントで就寝を取ろうとしていたのだが、
「えっ、二人は寝ないのか?」
「寝ない訳じゃねぇよ。交代交代で外を見張るんだ」
ララがウェーガンを引き連れてテントの中で寝ようとしている中、ジャラックとガンダルは外で見張ると言い張っていた。
「別におかしいことじゃねえし、何よりテントも狭いからよぉ。女の子も居るってのに、俺らオッサンがテントで寝んのも無粋だろうよ」
「そりゃそうだろうけどよぉ…………何か悪いなぁ………」
「遠慮すんなって。お前ら二人は仲良く寝てな」
申し訳なさそうなウェーガンにジャラックは男らしくそう言う。ウェーガンとララはそれ以上は言うまいと、言われた通りにテントの中へと入っていった。考えてみればテントはそれ程大きくないため、大人二人が入るのはギリギリといったところだろう。
テントの中には、数枚の毛布で作られた布団が置かれており、ララはウェーガンを抱いたままその布団に潜り込む。
「いやぁ〜今日は疲れたね〜」
「まあ、俺はほとんど歩いてないけどな…………」
布団に入ったララは、ウェーガンをギュッと抱き枕のように抱き締めている。まだまだ体力が有り余っているようにも見えるが、実際はだいぶ眠たいご様子だ。
「明日も早いし、早く寝ようて寝ようねぇ…………」
「ああ、そうだな」
その言葉を最後に、ララは子供らしい見た目通りにさっさと眠りにつく。布団に潜り込んで直ぐのことだ。有り余る体力を抑え、グッスリと眠りについている。
気持ち良さげに眠るララの顔を見ながらウェーガンは、
(………やっぱり、まだ子供なんだな。あれだけ強くて、あれだけ元気でも、やっぱり、ただの女の子なんだな…………)
この世界に来て最初に出会った存在であるララの子供らしい一面。それを見て、ウェーガンは今日一日の出来事を思い返す。
(思えば今日一日だけで、いろんなことが起きた。まず最初に、デカイトカゲが出て来た。あれがこの世界のヤバさを決定付けたな。なにより、そんな奴を難なく倒した、ララもかなりヤバイけどなぁ………)
ララの顔を見ながら、そう思う。
(そういえば、魔法とか使ってたな。この世界では誰でも使えるものなのだろうか…………?明日聞いてみるか。
しかし、今日特に驚いたものってったら、間違いなくバジリスクだなぁ。ああゆう『ザッ化け物』って感じの奴、ゲームの中でとかしか見たことなかったからなぁ〜。て言うか、ララで霞んで忘れてたが、あの二人も結構ヤバイよなぁ…………)
テントの外へと目線を移してそう思う。テントの入り口は軽く閉まっている為外を覗くことは出来ないが、それでも二人の存在は感じることが出来た。
(冒険者とか言ってたけど、二人とも多分その中でも結構強い方なんだろうな…………)
実力者に守られている。そう考えていると、安心感が身体を包み込む。
(………つーか、この状況ってどうなんだろ?一応俺中身オッサンだぞ。オッサンと女の子がテントの中で二人って、前の世界でなら逮捕だな)
現状を改めてみれば、確かに危うい状況だ。想像してみてほしい。女の子がオッサンを抱き枕にして寝ている光景を。親子や親戚ならまだしも、これが今日知り合った二人なら大分マズイ。
(…………でもあれだな。なんだか知らんが、とっても落ち着く…………)
まるで母親に抱かれる赤ん坊だ。
少女の身体よりも小さな身体に溜まった疲れが、外へと漏れていく感覚。軽くなり、心は落ち着き、そしてしばらくして、ウェーガンは眠りについた。ララと同じく、子供のように。
■□■□■□
「二人とも、もう寝たかね」
「寝ただろ。ウェーガンはどうか知らないが、ララちゃんは子供だぞ」
外では、火も消え月と無数の星々だけが灯りとなった夜空の下で、ジャラックとガンダルがテントの前に座っていた。
お互い肩の力を抜いて落ち着いているが、それでも目を凝らすことは辞めてはいない。しっかりと、見張りの役目を全うしているようだ。
「…………なあ、いいか?」
唐突に、ガンダルが聞いてくる。
「なんだ?」
「俺たちがバジリスクに襲われた時、一番にあの二人を襲ってきただろ?」
「おお、そうだな」
「偶然だと思うか?」
深妙な趣で、ガンダルは問いかける。
「どうだろうな。ララちゃんが狙われるのは分からないでもないが………」
「そういえば俺たちは、ララちゃんの用事を詳しく聞いてなかったな」
「…………ウェーガンが怪しいってのか?」
僅かなやり取りで、ジャラックはガンダルの思う所を察する。
「確かにアイツは良く分かんねえな。記憶は無いし、何より高度な呪いもかけられてる」
「もしかしたらバジリスクは、アイツを狙ったのかもしれない。そしてそれは、アイツに何かぎあることを意味している」
「かもな。でもま、別にいいだろ」
少し重要そうに話すガンダルに対して、ジャラックは軽い気持ちで返す。
「ララちゃんの用事ってのがウェーガンで、ウェーガンは魔物を呼び寄せるのかもしれない。そしてそれは、何か危険な香りがする。でも、俺ら冒険者風情にはそれまでの話さ。危険な出来事にはなってから対象すれば良いだけのこと。それまであの二人は、ただの仲間ってことだよ」
「………ああ、その通りだな。なるようになれってことで、俺たちには十分か」
「でもまあ、魔物を呼び寄せるってのは確定かもな」
そう口にするジャラックの目線には、夜の平原に蠢く、赤い瞳たち。その数は十数体ほど居て、明らかにテントへと進路を取っている。
「ゴブリンの群れ、恐らくウェーガンに導かれたんだろ。そうでないと、俺らみたいな実力者の前に顔出さねよ」
「まったくだな。だがまあ、丁度何もなくて暇してたところだ」
二人はそう口にしながら、ガンダルは剣を、ジャラックら銃を手に取り、ゴブリンの群れと向かい合う。
「子供とニワトリには、安らかな眠りを。むさいオッサン二人は、その眠りを脅かす悪い人らにお叱りを」
「さあ、仕事開始だ」
そう口にして二人は、襲いかかる群れに立ち向かう。少女とニワトリの安眠を護る為に。