孤独アグリー
少女が少女に片想いしているシーンがあります
語り部:美浦伊織
――あっ、やだ、ごめんなさい、あたしったら! うっかり電源を切るのを忘れてちゃってて……驚かせたわね、ごめんなさい。電源を落として鞄にしまったので、ええ、もう大丈夫。 着信よ。いえ、いいのいいの。知らない番号だし……最近、妙に多いんのよねえ、こういうの。ま、害はないから放っておいているんだけど。あはは、確かにこれもなかなかホラーな感じだけどね。
今日お話しようと思っているのは、これとは違う話なのよ。
これは一ヶ月くらい前のことなんだけれど、カフェでゆったり休日を満喫していたら今みたいに突然携帯電話が鳴り出して。――そうよ、紫ちゃん、あなた。相変わらずあたしの家に来るのが突然よね、前もって連絡してほしいわ、本当に。
ともかく、そういうわけで紫ちゃんを迎えに行かなければならなくなったわけ。カフェが地下鉄の駅付近にあったもので、あたしはそのまま地下鉄を利用することにしたの。家まで車を取りに行くより早かったのよ。 微妙な時間帯だったからかしら、あまり駅の利用者の姿は見えなくて、あたしが乗り込んだ車両にはあたしと女の子の二人しかいなかったの。
……この女の子が、えらく奇妙だったわけなのだけど。見た目はごく普通の女の子なんだけどね。黒と緑のセーラー服に身を包んだ、どこでも見かけるような。問題は行動よ。鞄の上にレポート用紙を乗せて、そこに一心不乱に何か書き込んでいるの。表情なんか鬼気迫る感じで――向かい合わせに座ったものだから、どうやっても目についちゃうのよね。
車両を変えた方がいいかしらとか思っていたら、彼女、次の駅でぱって降りちゃった。ああ、ならいいかしらぁって。ただ……そこで、一つ気になることが出来ちゃったのね。レポート用紙よ。彼女が何かを全力で書き込んでいたレポート用紙。あの白いのが、座席にぽつんと忘れてあったの。重ねて言うけど、この車両にはあたし以外誰もいなかった。
あたしはささっと周りを見渡して――ええ、こっそりと読んでしまった。ああうん…モラル的にどうかと気が咎めたりもしたんだけど、やっぱり気になるものは気になるじゃない。あんなに夢中になって、一体何を書いていたのか。その問題のレポート用紙なんだけど、書き出しから妙な感じなのよね。女の子らしい綺麗な筆記で、【反省文】って書いてあるのよね。
反省文? 一体何の? あたしは首を傾げながら読み進めたわけなんだけど……ごめんなさい、読んでみると結構長かったものだから大体しか覚えてないのよ。ちょっとこれ見ながら読み上げさせてもらうわね。ええ本物よ。ついうっかり、持ち帰ってしまって。……そんなに引かないでよ、当然だけど好きで持ち帰ったわけじゃないんだから――もういいかしら? それじゃ、読み上げるわね――。
『反省文』
「本日×月×日、私ことCはBさんにとんでもない迷惑をかけてしまいました。 全ては私の責任であって、Aさん、そしてCさんには何の責任もありません。今日をもって、私は二度とあなた方に接触しないと約束します」
「それでも、一つだけ理解してほしいことがあります。私はAさんに何の悪意も抱いていなかったということです。むしろ好意すら抱いていました。Aさんの優しさに触れるうちに、私もAさんに特別の感情を抱いていたのです。今もAさんに変わらない好意を抱いていて、だからこそCさんのことについて不安で仕方ないのです」
「私はCさんがいい人とは思えません。これは心配をかけてしまうと思い今まで黙っていたのですが、彼は以前私の持ち物に勝手に触れ、しかもそれを私の知らぬうちに処分したことがあるのです」
「人様の持ち物を勝手に探り、捨てる行為。それが、あまりにも利己的で常識から逸した行動なのは明らかでしょう。私とAさんとの絆に嫉妬したからだろうとはうすす感付いていましたが、彼女の思考に行き過ぎのきらいがあり、私は以前からそれが危険な傾向だと危惧していたのです」
「彼にそのような一面があることを、Aさんも実はもう分かっているのではないでしょうか? あの男の権力、いえ、あの男のバックの権力に屈していたことは知っているのです。Aさんの好みは知っていますが、相手の目と気を引くためにあからさまなプレゼントを押付けるような男ではないはずです。Aさんが言わずとも全て分かっているのです。もちろん、私への微笑みに込められた、Aさんからの甘くこそばゆい想いも」
「私とAさんの間には、余計な言葉が必要ない絆がありましたね。こうも全てを分かっていながらAさんをあの男から救えない私を、無力な私をどうか許して下さい。私は二度とAさんの前には現れません。もちろん、学校にも自宅にも現れません。薬も処分します。約束します」
「その代わり、Aさんを待っています。寂しくはありません、あの男に捨てられかけたカセットがあります。吹き込まれたAさんの優しい声を聞きながら旅立てたなら、私は迷わずに正しい場所へ還れるでしょう。Aさんがその天寿を全うされ、全てのしがらみから解き放たれて私の元へとやってくる時を、永遠の楽園でお待ちしております」
「何故、このようなことになってしまったのでしょう。私とAさんは、ただ平凡な幸せを望んでいただけだったのに。私達は清らかで美しい精神を共有していただけであり、汚れた罪など何一つ犯してはいないのに」
「そうでしょう? そこのお兄さんもそう思うでしょう?」
目が、合った。見ていたのよ。いや、見られてたのよね、ずっと。隣接車両のドアの窓から。そこからはもう大慌てで、次の駅につくなり鞄も忘れて電車を転がり降りて……そう、それでこれを握り締めたまま下車してしまったわけだけど。 一度ホームに降りた後、わざわざ隣の車両に乗り換えたのかしら。あれが幽霊にせよ人間にせよ、地味にゾッとくる体験だったわ。
え? ええ、それはまあ、見られていたのには驚いたけど……本気で同意を得られると思ってたところの方が、あたし的には。それでも、みんなの体験された恐怖には遠く及ばないけどねえ。
――え? 番号を変えた方がいいって、それはまたどうして?