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少女漫画

作者: 藤村たかお

「わたしのしょうらいのゆめは、おひめさまになることです!」


そう言っていたあの頃の私におしえてあげたいのは、お姫様になれるのは美人の人だけってことと、私はお姫様なんかには到底なれっこないってこと…




おはようがこだまする学校。

衣替えを済ませた生徒たちの夏服が、太陽を浴びて眩しく光る。

そんな初夏の頃。



私はいつも通り友達におはよう、と挨拶をして席に着く。

すると担任が教室に入ってきて、朝のSHRが始まる。

それを聞き流しながら私はある男の子を見ていた。

笹野ぱんだ君。

顔良し器量好しでクラスでも人気の高い笹野ぱんだ君だ。

私がずっと前から密かに思いを寄せている人。



そして今日は初めての席替えの日だった。

席替えと言えば生徒のテンションが否応なしに上がるイベントだ。

仲のいい子、可愛い子、気になる子の隣になれるか。


でも私は席替えが嫌いだった。

私の隣になった子がどんな顔をするのかが怖いのだ。


がっかりした顔はされないだろうか

嫌な顔はしないだろうか


怯えながらクジを引く私をあざ笑うかのように、8番の番号が出た。


私が一番引きたくなかった番号だ。

昔からクジ運が良くない私はここでも最悪のクジを引いてしまった。


8番は、笹野君の隣なのだ。

クラスの女子たちがお目当てにしている席に私が決まってしまったのだ。


私が恐る恐る席に着くと、案の定女子たちからは羨望の視線を向けられる。

居づらくなり、顔を伏せる。

すると隣の笹野君が声をかけてきたのだ。

「暗井、よろしくね。」


顔を上げると、笑顔でこちらを向く笹野君がいて、その一瞬で居辛さや、自分の不運が嘘のように吹き飛んでいった。


「う、うん、よろしくね。」

私がそう返すと笹野君は満足げに頷く。


「そういや、暗井って俺と中学一緒だったよな?」

笹野君がさらに話しかけてくる。

まさか話しかけてこられるとは思わず、少し戸惑ってしまう。

「そ、そう、二中だよね。」

どもってしまった。


「俺と暗井、3年間クラス一緒だったんだけど、知ってた?」


もちろん私は知っていた。

中学の頃から目立つ人だったし、あの頃からかっこよかったから、嫌でも目にとまる。


「そうだったっけ?」


でも私は、知っていたら気持ち悪がられるかもしれないと思って、嘘をついた。

必死に笑顔を作って。


「やっぱ知らなかったかー…あんま話したことなかったもんなあ。」

笹野君が口を尖らせる。

行動一つ一つに目がいってしまう。

綺麗な顔立ちで子どもっぽい行動をする笹野君は、まるで童話の中の王子様のように輝いて見えてしまう。


「暗井さ。」

不意に笹野くんに声をかけられ、ヒョケッと、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「お前、ヒョケッて、なんだよ。」

そう言って笹野君は大笑いしてしまう。

恥ずかしくて目を伏せる。


「いきなり、声かけるから…」

私の言い訳も聞かずに笹野君はまだ笑っている。

「ははは…あ…暗井…ごめんって…」

膨れる私の顔を見て、笹野君は本当に申し訳なさそうに謝ってくる。

そんな顔で謝られたら、許せないわけがない。


「別にいい…けど…」

私がそう言うと、笹野君はまた、満面の笑みで笑った。




放課後ーーー


私が帰りの支度をしていると、隣の笹野君の周りにクラスの中でも派手な女子が群がっていた。


「つーかうち、笹野の隣がよかったっしょ。」

「まーじでそれな!笹野と遠いの寂しい系女子〜!」


笹野君は困った顔で笑っている。


「まじ、笹野も暗井よりうちらが隣の方がよかったっしょ?」


私がそばにいるのによくそんなことが言えるものだ。

その無神経さにはスタンディングオベーションを捧げたい。


「暗井の隣は楽しいよ。」

笹野君が険しい顔で派手女子たちを睨む。 が


「冗談だよ〜!本気にしないでよ〜!」

キャハハ、と派手女子が笑う。


私はそれに聞き耳を立てながら密かに顔を赤らめていた。


そんなこと言われたら私でも期待してしまう。

そんなこと言われたら憧れてしまう。

笹野君の隣に立つことに。

笹野君のお姫様になることに。


でもおひめさまにはなれないんだよ。

そう自分に言い聞かせる。


あれはただの笹野君の優しさなんだ。

期待なんてしちゃいけない。

傷つくのはもう、嫌なんだ。

辛い思いなんてしたくない。


だからこの気持ちは無かったことにしよう。

大丈夫、大丈夫。

まだ本気じゃない。

きっと一過性のものだ。

にわか雨のように、すぐに止む。

こんな動悸、止まってしまえ。

ただ、願った。




あれはずいぶん昔のことだ。

小学校の学芸会で、私はくじ引きでお姫様役をやることになってしまった。

引っ込み思案だった私は当然やりたくなかった。

私のクラスには学校でも人気のかわいい子がいるのに、でも先生やクラスのみんなにやりたくない、役を代わってほしいなんてことも言えなかった。

だからせめてちゃんとこの役をやり通そうと思っていた。

練習はなんとか順調に進んでいて、私でも頑張ればお姫様役ができるんだ、なんて少し調子づいていた。


本番の日、劇は大成功とは言えないけれど、無事に終わった。


でも、私は聞いてしまった。


「小人役の子の方がお姫様みたいに可愛かったわね。」

「ほんとにね、お姫様役の子よりよっぽどお姫様みたいだったわ。」

「あの子のお姫様役が見たかったわ。」


劇を見に来ていた保護者たちが話していたのを偶然聞いてしまったのだ。

その言葉にきっと悪気はなくて、純粋な気持ちだったんだろう。

だから余計に辛かった。

私なんかお姫様にはなれない。

私なんかがお姫様役をやってごめんなさい。

私みたいなブスが調子に乗ってしまってごめんなさい。

私なんか、私なんか、そうやってトイレの隅っこで泣いていた。




もう、随分昔のことなのに、今でも引きずってしまっている。

そんな馬鹿な自分が嫌いだった。

もっと可愛い子に生まれてきたかった。

お姫様みたいな子に、生まれたかった。




「おはよー!」

朝、私が席で本を読んでいると、笹野君が声をかけてきた。


「お、はよう。」

私は本を閉じて挨拶を返す。


「あ、ごめんごめん、読んでていいよ。」

笹野君が言う。


「その、今、ちょうどキリがいいところだから、大丈夫。」

私はもうちょっと話していたくて、急いで笹野君の方を向き、本を机に入れる。

何が大丈夫なのかよくわからないし、勢いで笹野君の方を向いてしまったけれど、話題なんてない。


「暗井、焦りすぎ。」

そう言って笹野君ははにかむ。

その笑顔が眩しくて、やっぱり好きなんだって、思ってしまう。


「どした?」

笹野君が私の顔を覗き込む。

目がバッチリあってしまって、私は恥ずかしくて、顔を伏せる。


「な、なんでもない!ほら、先生来たよ!」

私はなるべく笹野君の方を見ないようにする。

笹野君、絶対変に思っただろうな。

でもどうせ、私なんかどうも思ってないんだろうけど。


「なんだよ暗井ー、こっち向けよー。」

笹野君が拗ねたような声で呼んでくる。


「な、なんで?」

だめなのに、ドキドキしてしまう。


「ほい、席についてー」

すると先生が教壇に立った。


「おいー暗井ー。」

笹野君はまだ私のことを呼んでくる。


「おい、笹野。暗井が好きなのはわかったから前向けー。」


クラスにドッと笑いが起きる。

「朝からアツいね〜!」

「ヒューヒュー!!」

男子が煽ってくる。



「ちょ、やめろよー!」

笹野君も笑ってる。


でも私は恥ずかしくて、恥ずかしくて、ただ俯いていた。


「はいはい、静かにしろー、授業はじめるぞー。」

先生がみんなを鎮めようとするが、一度ざわついたクラスはなかなか静まらなかった。


「暗井、ごめんな?」

笹野君がひそひそ声で私に謝ってくる。


「別に…いいよ…」

私は素直になれなくて、そっぽを向いてしまう。


「ありがとな。」

そう呟く笹野君の声が耳の中でこだまする。

蕩けてしまいそうな甘い声。

嫌になる程、夢中になってしまう。

笹野君の隣はどうしてもやっぱり、嬉しく思ってしまう。

恋って、魔法みたい。

悪い感情が全部、飛んで行っちゃう。

このまま笹野君と2人でどこまでも飛んでいけたら、いいのにな。


そんな風に私は、浮かれていた。


派手女子たちが私に冷たい目線を送ってることに気付かずに…




帰りのSHRが終わり、学校が一気に騒がしくなる。


「暗井ちゃん、帰ろー!」


私が帰り支度を終え、友達と教室から出ようとすると、派手女子3人組が私の前に立ちはだかった。


「ちょ、話あんだけどいい?」

「とりま来いよ。」

「ほら、早くしろよー。」


戸惑う私に有無を言わさず、体育館裏まで連れて行く。


「なんで呼ばれたか、わかってる?」

派手Aが私に詰め寄ってくる。


「え…その…」

私は理由がわからなくて、戸惑う。


「そういう態度ムカつくんだよ!!」

派手Aが壁を蹴る。

ビクッと私は跳ねる。


「あんたみたいなブスが馴れ馴れしく笹野君と仲良くすんなって言ってんの!!」


派手Aがそう言うと、派手B&Cが、そうよそうよ、図に乗らないでよね、と合いの手を入れる。


「そう…だよね…」

忘れていた。

笹野君は私みたいなブスが馴れ馴れしくしてはいけない人だった。


「まじ今日の朝とか一丁前に顔赤らめやがって…」

派手Aが私を睨みつける。


「ごめん…なさい…」

私は泣きそうになるのを必死に堪えて声を絞り出した。


「あ?聞こえねーよ!」

私は、ぐっと唇を噛みしめる。

馬鹿だった。

身の程知らずなことをするんじゃなかった。


「私みたいな…ブスが…笹野君と仲良くして…すいませんでした…」

私がそう言うと、派手女子たちはニヤニヤ笑いながら言った。


「わかりゃいーのよ!」

「よく言えましたー!!」

「金輪際笹野君と仲良くすんじゃねーぞ!」


私はもう堪えきれず、涙をこぼしてしまう。

私の馬鹿。

浮かれていた自分を心底憎む。


「え、泣いてんのー??」

派手Aが私の顔を覗き込んでくる。


「ち、ちがっ…」

私は急いで顔をそらす。

でも、溢れ出した涙は止まることなく流れ出てしまう。


「うっわ、私たち悪者みたいじゃん…」

派手Aが、行こ行こ、と帰って行く。


「実際あんた悪者だけどねー」

「それなー!」

派手女子たちは笑いながら、帰ろうとしていた。


その時だった。



「帰る前に、することあんだろ。」


笹野君だった。

息を切らした笹野君は、派手女子たちに言った。


「暗井に、謝れよ。」


笹野君に真っ直ぐ見据えられた派手女子たちは、慌てふためいている。


「べ、別にあたしたち…なんもし、してないし!?」

「勝手に泣いてただけだし!?」

「あーしら知りマセーン!!」

そう言って派手女子たちは走って逃げていった。

笹野君はそれを大きなため息で見送る。


「暗井、大丈夫か…?」

笹野君はそう言って私に駆け寄ってくる。


「笹野…君…」

私は嬉しくて嬉しくて、でも必死に自分を抑える。

「だめだよ、私なんかに優しくしちゃ…勘違い…させちゃうよ…」

止まりかけていた涙がまた溢れ出してくる。


「なんで…私なんかに優しくしてくれるの…?」



「っ…暗井…馬鹿野郎…!!」

笹野君はそう言って私を抱き締める。


「えっ…」

私の心臓が一気に跳ね上がる。


「暗井、私なんか、なんて言わないでくれよ。」

笹野君は私の耳元で、辛そうに呟く。

その優しさが、私には有り余る。


「俺の好きな人を、悪く言わないでくれよ…」


笹野君はそう言って、抱きしめていた腕を解いて、私の顔を真っ直ぐ見つめてくる。


「笹野…くん…?」

私は言われていることの意味を理解するのに、少し時間がかかってしまった。


「えっ、それって、あの…」

意味を理解して、焦っていると、笹野君はクス、と笑う。


「焦りすぎだよ、暗井。」

そう言って笹野君はまた、真剣な眼差しを私に向ける。


「好きだよ、暗井。ずっと前から。」


その言葉はあまりにも現実味が無くて、私は呆気に取られてしまう。


「中学の頃から好きだったんだ。」

笹野君はそう言って、笑った。


「う、嘘…でしょ…?私なんか可愛くないのに…可愛い子…他にいっぱいいるよ…」

私は信じられなくて、信じられないほど嬉しくて、笹野君の顔を見る。


「暗井は可愛いよ!!」

笹野君が叫ぶ。


「そんな…うそ…ばっかり…」

私は嬉しさと戸惑いで、どうにかなってしまいそうになる。


「ほんとだよ。ずっと、見てきたんだ…中学の頃から暗井のこと、目で追ってた。だから…隣の席になった時嬉しくて、つい話しかけすぎちゃったんだ…迷惑、かけちゃったよな…」

ごめんな、と笹野君は言う。


「そんな…ことない…!私だって…!嬉しかった!!」

私は溢れ出す思いを止めることができずに、知らず知らずのうちに叫んでしまっていた。

「私だって…ずっと…好きだった…!!」


言ってしまった…


「暗井…それ…ほんと…?」

笹野君が、驚いた顔で聞いてくる。

そんな顔、反則だよ。

もう、止まらないよ、想いも、鼓動も。


私は恥ずかしくて、顔を背けながら頷く。


「じゃあ、俺たち、両思いってこと…?」


私はまた、頷く。


「いやったぁあ!!やった!!やったぁ!!」

笹野君は何度もガッツポーズをする。


そんな中私は色んな気持ちがごちゃごちゃになって、へたりこんでいた。


「暗井、立てる…?」


笹野君が手を差し伸べてくれる。


「あはは、立てないや…」

私はさながら生まれたての子鹿のようで、立てないでいた。

すると、いきなり私の体が宙に浮いた。


「えっ…!?」

笹野君が、私をお姫様抱っこしたのだ。


「さ、笹野君!?」


「これなら、立たなくても大丈夫だろ?」

そう言う笹野君の顔は、とても照れ臭そうにしていた。


「で、でも私、重いよっ!?」


「そんなことないって!」


私はもう何が何だかわからなくなるくらい恥ずかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、嬉しくて。

こんな私でもお姫様みたいになれるんだって、夢みたいだって思った。



「というか、これ、夢じゃ、ないよな…?」

笹野君が私と同じことを考えてた。

それがなんだか可笑しくて、私は笑う。


「その笑顔は、反則だろ。」

笹野君が私に顔を近づけてくる。

唇が、触れそうになる。


「あっ。」

すると笹野君は慌てて顔を離して、言った。


「暗井、好きだよ。俺の、彼女になってください。」


笹野君は頬を赤く染めて照れ臭そうに言う。


「はい。」


私が頷く。


笹野君は、にへ、と笑い、私にキスをした。



唇が離れ、見つめ合う。


「笹野君、大好きだよ。」

私がそう言うと、笹野君は顔を真っ赤にして、言った。


「だからその顔、可愛すぎるって。」



そしてまた私たちは、キスをした。



ー 完 ー


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