スマホを一年間手放してみたwww
2017年9月7日追記
いつのまにか多くの方が目を通してくださっていたみたいで本当に感謝しかないです。
ありがとうございます。
私は高校3年生の一年間、スマートフォンというものから離れてみました。最近ではネットにつながる時間を減らして、現実で友人と会うことが正しいことだ。そんな風な論説をテレビのワイドショーなんかで見かける事があります。なので、それを極端な形ではありますが実際にやってみたのです。
そこで、起こったことを文字にしてみようと思います。
まず、なんでそんなことをやったのかを説明しましょう。私という人間は内気な性格です。なので、友人は少なく、友人を誘って遊びに繰り出すことも友人に誘われ遊びに行くこともめったにないそんな人間でした。私の高校時代にはスマートフォン、ならびにLINEが普及していました。ですが、私のスマホに連絡が入ることは電話、メール、LINEどれもあまりありませんでした。スマホでやることと言えば当時もう廃れ始めていたmobageでアイドルの育成をするぐらいなものでした。
そこで、高校二年生の冬のことです。親からこんなことを言われました。
「来年はお前も大学受験を控えているのだからケータイを解約して勉強に集中したらどうだ?」
まぁ、これは建前でスマホ代を払うのが正直苦しかったからですが。後から本当の事を聞かされました。
他の人であれば、すぐさま、「何言ってんだ! ケータイを取り上げられるなんてとんでもない」と叫んでいたかもしれません。ですが、私はスマホを友人との連絡で使うことは稀だったのです。正直、当時の自分にはケータイを持つ意味がありませんでした。…そんな風に思っていたのです。よって答えは決まっています。
「ええよ。今度お店に行って解約してこようや」
私はそんな風に返事をしました。ただ、メアドと電話番号だけは残したい。その旨は両親に伝えました。それは、ケータイを新しくした時に高校時代の友人と連絡をとりやすくするためではなく、mobageに復帰しやすくするためでした。この時の私は既にネットの仲間たちとのヴァーチャルな会話の方が学校の数少ない友人とのリアルな会話よりも大事になっていたのです。
そんな訳でケータイの番号とメールアドレスだけ保存してもらってその他の機能が使えないようにしました。その他の機能とは電話、メール、SMS、ネットへの接続などです。
このころの私の家にはwifiはなかったですし、住んでいる町も田舎だったこともあって一番近い公衆wifiは自転車で40分先の電化製品店でした。つまり、ほぼすべてのネットワークから離れたことになります。
そして、スマホを断ってみて良かったことはスマホ代が浮いたことです。それと、親からあの時、生活費が大分浮いたと未だに感謝され続けることです。
他に?他、ですか。特にありません。スマホが使えなくなることで今まで以上に学校生活が豊かな物、具体的には今までよりも友人と充実した時間を共有したり、勉強に熱心に打ち込んだり、スポーツをして汗を流したり、そんなことはありませんでした。
そもそも、高校へ2年間通っていたら学校でのキャラクターというかどんな行動をするのが自然な行動と思ってもらえるのかを把握します。それが、スマホが無くなったからと言っていきなり変わることはありません。ただ、スマホでの連絡ができなくなったことを数少ない友人に伝えたところ「不便だなぁ」と言われました。
これが大方の私がスマホを手放した経緯とほんの少しの良かったことです。ここからはデメリットです。というより、私の黒歴史ですかね。
スマホを手放しての真っ先の変化は私に起こりました。他人の言葉が気になって仕方なくなったのです。昔はLINEをしていましたからいくら稀にしか連絡がなかったとはいえ、一応なんかあったら連絡が来ていましたから気にしていなかったのですが、他人の言葉に敏感になってしまいました。なぜかあそこで笑っているのは自分のことなのではと疑うようになったのです。きっと、自分でもスマホを手放すことが変なことという認識があったのでしょう。変なことをしたのだから笑われると怯えていたように思います。
次に少ない友人たちと話が合わなくなりました。スマホでググれば一発で様々な情報が知れますが情報源を断たれてしまいました。テレビを見ていようものなら両親から叱責されます。結果、オタクっぽいアニメの話もその時の流行りのドラマも、しまいには芸能ニュースなんかもわからなくって会話量が減りました。みんなの会話を止めないように黙り込んでいるようになり、徐々に会話に加わらずに本を読んで暇な時間をごまかすことが増えてきました。
その次はクラスの状況がわからなくなりました。あいつとあいつが付き合っている。喧嘩している。その他の身近な人間の話題です。その極め付きはクラスLINEの存在を卒業1週間前まで知らなかったことでしょうか。あの時は、自分の席に座って隣の席の優しい奴と会話していました。そしたら突然、クラスで中心人物の人から声をかけられました。「昨日出た話は知っとるやろ?お金お願いするわ」私はなんのことだかさっぱりわかりません。ですが、一緒に喋ってた奴は財布の準備をし始めました。その時なんとなく嫌な予感がして「え~っと、何円やったっけ」とあたかも知っていたけど金額をド忘れしたように振る舞いました。細かい金額は忘れてしまいましたが、払える額だったことに安堵したのを覚えています。
彼にお金を払って、彼が立ち去ったあと雑談していた優しい奴にさっきのお金について尋ねました。そしたら、私がスマホを手放してからクラスLINEが作られて、クラスの思い出としてカレンダー(?)を作ろうという話が出たそうで。
その時に毎日学校へ通っていたはずなのにクラスメイトとの埋められない溝があると気づきました。
そんなこんなでその当時の私の友人関係はぐちゃぐちゃでした。すると人間不思議なもので友人を強く求めるようになります。足場をきちんと固めたくなります。ですが、スマホという連絡手段をなくした私は友人たちにとっては遊びにくい奴ですので誘っても乗ってこなくなります。せっかく今までしなかった、人を誘うなんて高等なことを勇気をもってしたのにうまくいかず、それが連続すると友人関係をうまくやろうとする気力なんてなくなります。それが夏の終わりぐらいだったと思います。つまり、高校3年生という受験生にとって最重要なんていわれる夏を結局棒に振ったのでした。
そんなわけで秋をすっ飛ばして冬。受験に見事に受かりませんでした。秋も正直精神的に不安定でまともに勉強に取り組めなかったのです。友人関係をなんとかうまくできないものかと悩み続けていました。そんなわけで冬は受験に失敗し浪人する運びとなりました。
卒業する前に前述のクラスLINEの件もありなんだか卒業式は精神的にボロボロで臨みました。クラスの皆に一言、なんてまるで全ての生徒が幸せな高校生活を過ごしたかのような前提に成り立っているふざけたことを担任が言い出し、そこで毒を吐きました。「みなさんのご活躍を予備校で楽しみにしています」
幸せいっぱいのクラスで受験に失敗し浪人なんてするのはやっぱり私だけでした。クラスが凍り付いたのをはっきり覚えています。幸せじゃない卒業式を迎えている奴がいるとその時、父兄も含めて初めて気づいたかのようでした。
余談ですが、その後、浪人中にマズローの欲求階層説を勉強し完全に高校時代の自分だと思ったものです。
どうでしたか?これはスマホを手放した人間の一つの例です。人間の選択肢は無限ですので私みたいになるとは限りません。そもそもの私は人付き合いが少なかったのですからこんな末路だったのだろうとも思っています。ですが、人間というものはきさいなきっかけや自分で必要ないと思って捨ててしまったもののせいで精神のバランスを崩してしまうものようです。ここまで読んで下さりありがとうございました。
これを読んで高校での友人の大切さが伝われば……無理かな。