第八話 再び。ようこそ星屑クラブへ
悪夢のような土曜日がその後リサの蹴りによって一瞬で終わり、日曜日がいつも通りゆっくりと過ぎた。織田さんとユーさんが俺の家の塀に残していった表札は、どうやっても取れなかったので、仕方ないから、業者を呼ぼうかと思う。
そして、月曜日。天乃は、学校に来ていないようだ。
「あ、椎名君。織田先輩に呼ばれてるよ」
昼休み。それは、大量の食物を次々に口へほおり込んでいく中田とメシを食べているころ。
話しかけてきたのは……名前はなんだっけか、女子が話かけてきた。
「そうか」
教室の、薄いクリーム色のドアを確認する。
織田さんが、こっちに向かって手を振っている。
「ねえ、椎名君って織田先輩とどういう関係?」
「何でそんな話になるんだ。何の関係もないぞ」
「えっ? そ、その、なんでもないんだけどね」
顔を、赤く染める。
そういうことか。さすが、見た目だけはもてるな。本性を知らない人間は、幸せだ。
「ほ、ほら。早くいかないと、先輩が待ってるよ」
「ああ」
渋々席を立ち、織田さんのもとへ向かう。いやな予感しかしないので、あまり会いたくはないのだが。
「よっ。真」
爽やかな笑顔。あたりにいた女子が、それを見て癒されている。
が、そんなことは、どうでもいい。
「結構です」
入部届とペンを持っているので、要件はわかる。
教室の中に戻ろうとした時、後ろから織田さんが言った。
「天乃。お前が入部しないって聞いて悲しんでたぞ。半泣きだった」
「場所、変えましょう」
すぐに、返事を返した俺を見て、織田さんは一瞬笑ったように見えた。
昼食時ということもあり、食堂か教室で食べている生徒が多いので人通りの少ない階段に移動する。
「さっきの、本当ですか?」
「そうだ。だとしたら、お前はどうするんだ。好きな女を悲しませるような男は、最低だと思うぞ」
その言葉を聞いて、すぐに織田さんから入部届とペンを奪い、名前をかく。
「天乃、今日休んでるのって……」
「今日来てるぞ。部室にいる。最後に聞くが、本当にいいんだな?」
何で今更そんなことを聞くんだ。らしくない。
「好きな女を悲しませるような男は、最低だと思うぞ。って言ったじゃないですか。それに入れたがってたし」
「行ってやれ、朝からずっといる」
「はい!」
廊下をひたすら走る。途中、教師に注意されても、気にしない。
俺は、やがて部室の前に着いた。
ユーさんの達筆な『星屑クラブ』の文字。もう、見慣れた。
中に入ると、『月見里』と書かれたプレートの貼ってあるデスクに、天乃は座っていた。
「月見里!」
声をかけても、返事がない。ただ、カタカタという音が聞こえてくる。
「悪かったな。織田さんに聞いてここに来た。俺もさっきこの部活に入った」
「……」
天乃から、何の反応もない。
「お、おい。天乃」
ドアの前から、天乃のデスクの横に行く。様子を見ると、レポートを書いていた。カタカタというのは、キーボードを打っている音だった。
すべて英語で書かれているので内容はわからないが、壁に今日の日付と絶対完成の文字が書かれたメモが張られている。
「すごいな」
びくっと、天乃の体が震えた。ようやく気が付いたらしい。
「真、いつから居たの?」
かなり驚いている。
「いや……そのだな。俺も、ここに入部したぞ」
「ほんと? 閏さんが、入部しないかもって言ってたから、心配してた」
天乃の顔が、パッと明るくなる。
「そうだったのか。レポート書いてたんだろ。なんか悪いな、邪魔したみたいで」
「大丈夫。もうすぐ終わるし」
「じゃあ、がんばれよ」
「うん!」
可憐な笑顔。俺にとっては、かなりの殺傷能力のあるものだ。
笑顔が見れたことだし、入ってよかった……はずだ。
集中力を切らさせないように、静かに部室を出た。