第六話 休日。突然の来客
まぶしい……
カーテンの隙間から入ってくる日光が俺の顔に直撃し、それで目が覚めた。
服は、寝汗で濡れていて気持ち悪い。なので、眠いのを我慢し、起き上がって服を着替えた。
「真。お友達が来てるわよ~」
一階から、母さんの声が聞こえた。
今日は土曜日。休日のはずだ。友人とは、誰だ? 前まで行っていた学校からは、とても遠いので誰もこんな時期には来ないだろうし、今行っているところでは、誰も住所など知らないはずだ。
「はーい」
「玄関の外で、待ってくれてるから~」
さてと、カーテンを開けていったい誰なのか確認する。
ありえないが、ちょっとだけ天乃じゃないかと期待する。
「……!」
玄関の前には、ユーさんと織田さん。
すぐにこちらに気が付き、二人は元気よく手を振ってくる。
と、言うよりも、ユーさんは小さなキャリーバックを。織田さんはペンと入部届を振り回している。と、言ったほうが正解だろう。
「何で、住所知ってるんだ」
とりあえず、追い返そう。先輩だからといって、あの二人なら気を遣うことはないだろう。
急いで階段を降りると、リサが話しかけてきた。
「兄貴! あのかっこいい人誰だよ! あのかわいい人は!」
「はいはい。わかった分かった」
話がかみ合っていないのはわかっている。が、今はそんなことを気にしている時間はない。
スリッパをはくことを忘れ、はだしのまま外に出る。
玄関の外には、二人が。満面の笑顔で立っている。
「やっほ~!」
「開けるの遅いな。シカトされたんじゃないかと思って、泣きそうだったぞ」
どの口が言う? どの口が。
「いらっしゃ~い。待たせちゃってごめんなさいね。どうぞ、あがってあがって」
「「お邪魔します!」」
なんの問題も起こさずに帰ってくれるとうれしいんだが。
「ちょ、ユーさんキャリーバックは、タイヤ拭いてから持って行ってくださいよ。床が汚れるの嫌なんで」
「大丈夫だよ」
「何で」
「地面につけてないもん!」
タイヤの意味がなくなっている。
そのまま、ユーさんはルンルンと家の奥――ダイニングに向かって行く。
「おねーさん、いきなりすいません」
織田さんが、母さんに頭を少し下げる。
「え? 私、真の母です。学校では、いつもお世話になってます」
「お母さんですか! 若いですね」
「そんなことないわよ~」
母さんは、上機嫌だ。
そのまま、ニコニコと織田さんは母さんとダイニングへ向かっていった。
「なあ、兄貴」
突然後ろからリサが声をかけてくる。さっきいたのに、どこに行ってたんだ。
「なんだ。驚かせるな」
リサの服装に驚かされる。普段着ているボーイッシュな服から着替えていた。
いかにも、年頃の女の子。という感じだ。初めて見た。
「お前、そんな服持ってたんだな。母さんのおさがりか」
そういうと、ドスッと重いパンチが、俺の腹部を襲った。
「ち、違うし。最近有名なブランドの店が、近所にできたから行っただけだ」
「にしても、高そうなものよく買ってもらえたな」
ドスッと再び重いパンチがきた。
「高くねえよ。中学生が、おこずかいで買えるくらいの値段だ。これは、確か二千円くらい」
それは、安い。花柄で、フリルやらリボンやらがついているのにな。
「お前、まだ小学生だろ」
「小学生でも貯めれば買えるんだよ。アルファベットの『O』と『Z』で『オズ』ってとこだよ」
なぜだろうか。いやな予感しかしない。気にしないのが一番だが、それは無理だ。
その、『OZ』という言葉が頭でずっと引っかかっている。
「ま、とりあえず向こうに行くぞ。お前は母さんの手伝いでもしとけ」
「はーい。あの人たち、いい人たちっぽいな」
お前は、あの人たちの変人っぷりを知らないからそんなことが言えるんだ。
さっき、妹に殴られたところが、少し痛む。さすが、格闘家。さっきのは二階とも、半分も力を出していないな。
ダイニングに行くと、普段俺が食事の時に座っている席にユーさんが座り、フォークをぶんぶんと振り回している。
「マコくんおそーい」
母さんが、紅茶と織田さんが持ってきたのであろうケーキを二人の前に出す。
「はいはい。ユーさんはフォークおいてください。危ないですから。で、織田さんは、何してるんですか」
ここから見ている限りは、色紙に何かを書いているように見えるのだが。
「ん? オレか。お前のおかーさんに頼まれてサインしてた。後ろにいるの、妹か? かわいいな」
なにをさらりと言っているんだ。
「かわいいって……ぐふふ」
俺に隠れるようにして立っているリサが、変な声で笑ってる。
「挨拶しろよ。リサ」
いつまでたっても、俺の後ろからはがれないくっつき虫を強引に引っぺがし、前に持ってくる。
「こ……こんにちは。妹のリサです」
恥ずかしそうに挨拶する。
「おおっとお? もしかして、その服はOZのかな」
「はい! かわいいですよね。このブランドの服って。雑誌で読んだんですけど、全部ブランドの名前にもなっているOZさんがデザインしてるんですよね。一度会ってみたいです」
「呼んだか?」
サイン(イラスト入り)を書いていた織田さんが、顔を上げる。
……まさか。
織田閏。Orita Zyun……ってとこか。『Z』が『J』ではないのが謎だが、 もう気にしない。これ以上首をツコムと、抜けなくなる。
母さんが紅茶を飲む。ユーさんが、ケーキを食べる。俺は椅子に座り。リサは停止している。
「えーと。リサちゃん?」
織田さんが、心配する。
「うっそお! お……おっ、織田さんみたいなイケメンが、こんなふわふわキラキラきゃっきゃうふふな絵を描けるなんて! おかしい! 万能すぎる!」
そうだそうだ。
「ホントーだけど」
ごっちそーさまー! と、ユーさんはケーキを食べきった。
「あ……うああああああ! うううううううううううううう!」
妹が一体何語なのかわけのわからない奇声を放つ。
ここで驚いていたら、部員全員を紹介する前に倒れるぞ。
「こんなってひどいな~。オレ、人間だから、そんなに驚くことないと思うけど?」
「そうだね! 閏くんはちょっと変わってるけど、一応は人間だ!」
「いいから、俺の部屋に来てください。二人とも!」
二人の手を引き、俺の部屋に強引に連れていく。
少しはおとなしくしてもらえればいいんだが。
「オー。ヲタクの男の子の部屋だ」
と、本棚をいじりだす。
「あぁ、ユーさんいじんないでくださいよ」
「あ、そっか。マコくんって、有名な 作家さんだったね」
「そうだったな。真のは面白いぞ。全部読んだから確信してる」
「何で俺の作品何で知ってるんですか」
「お前、自分の知名度知っといたほうがいいぞ」
「はあ」
横で、ユーさんはまるで自分の家であるかのようにくつろぎながら、俺の作品のコミック化をしたものを読んでいる。
時々、くすくすと笑ったりしている。楽しんでいただけて何よりだ。
「小学生で最優秀賞を取ってデビューした奴が、お前以外にいると思うか? ネットで寿太一って検索したら一発だ」
ついさっき見たらマンガを読んでいたユーさんが、次は持ってきたキャリーバックから大きいかまぼこの板のような木の板と黒いフェルト、筆、文鎮、百均で売っているような水が入った入れ物を出し、最後に着ているカーディガンのポケットからは硯が出てくる。
何で、そんなところに入っているんだ。
「ユーさん。俺の部屋で、次は何をするつもりですか」
「え? マコくんの家の表札を書くんだよ」
「そのかまぼこ板みたいなのにですか」
「みたいな。じゃなくて、かまぼこ板だよ」
「そんな大きいかまぼこは売ってるわけないでしょ」
「最近発売されたんだよ!」
誰が買うんだ。
「とりあえず、そんなのやめてくださいよ。恥ずかしいじゃないですか」
床に座って、さっそく書き始めようとしているユーさんを止める。
「友華が書くんだろ? だッたら、ふつう数万はするぞ」
勝手に俺のベットに、織田さんは勝手に座る。
そうか、ユーさんって、そういえば天才(?)書道家だったな。そう見えないから、忘れていた。
「そんな有名な人に書いてもらえるのはいいんですけどね。かまぼこ板ってのがね」
「そんなこと言ったってね ~。もう書いちゃったんだもん」
俺の顔に押し付けるようにして見せてくる。問題なのは……『椎名』ではなく、『マコくんの家』と書かれていることだ。
「こんなもん、表札にできるわけないじゃないですよ。おかしい人と思われる」
「わかりやすいでしょ」
「わかりやすいだろ」
二人そろっていう。
「これ、何のいじめですか」
「「入部届にサインをしない後輩へのささやかないじめ」」
やめてくれ。
「つまり、入部したらいいってことですか」
「「そういうこと」」
この二人は、よくハモるな。
「ま、入部しませんけどね」
予想外の反応だったらしく、目を丸くしている。
「いいの? これ、玄関に貼っちゃうよ」
「いいですよ。後で剥がすんで」
「オレ的にズルだと思うぞ」
「そんなルール知りません」
「ずるいずるい」
「うるさいですよ。ユーさん」
突然、織田さんは立ち上がり、ユーさんの手からかまぼこ板を取ると、部屋の窓を開けた。外を眺めるのかと思いきや、そこから落ちた。
きれいに足から。
「え! 織田さん?」
急いで窓の外を見下ろす。
織田さんが、こっちに向かって手を振っている。すると、家の表札の隣にかまぼこ板をよくわからんノリで貼った。
「これで怪我してないとか、何者なんだ」
「閏くんはカナちゃんとあたしのお友達で、元気いっぱいの男の子だよ」
「元気いっぱいなのは、ユーさんの方でしょ」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
「……」
突然、ユーさんが黙る。
「どうしたんですか」
「何もないんだけどさあ」
「何ですか」
「閏くんは、どうやってここに戻ってくるのかなってちょっと考えただけだよ」
忘れていた。あの人ならば、どんな方法を使うかわからない。
部屋を飛び出し、玄関のドアをあける。
ゴンッ! と、鈍い音が外からした。
「いってぇ……」
ドアの前で、織田さんがしゃがんでいた。
「何してるんですか」
「いつになったらドアを開けてくれるのかな~って、鍵穴覗いてた」
「見えるんですか?」
「普通に見えない」
「じゃあ、普通に待っておいてくださいよ」
「え、何で。さっき、オレがケーサツの人に声かけられたからか?」
「逆に、そんなことがあったんですか」
「いやー。まいちゃうね~。オレって、そんなに目立ってるんだな」
「悪い意味でですよ。人気者だ。みたいなノリで言わないでください」
「わるいわるい。今度からは、壁を登るから」
「普通に立っておいてください」