第二十七話 家族ごっこ。夢の中
ピピピッ。と、間覚まし時計が俺を叩き起こそうと必死に鳴っている。
「あ~はいはい」
枕元に置かれているスイッチ―を切り、ベットから起き上がる。
「……どういうことだ」
なぜか、自分の部屋にいる。
昨日の寝る瞬間まで、織田さんと早瀬に挟まれ、次郎で寝ていたはずなのに。
一階の方からは、とてもいい匂いがしてくる。
気になり、一階へ降りる。ダイニングの方は、明かりがついている。
「誰かいるのか」
ドアを開け、中に入る。
「おっはよ~。マコくん」
ユーさんが、エプロン姿で料理している。
「真。起きてきたのかよ」
ダイニングでは、織田さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
「……ユーさん、織田さん。これ、どういうことですか」
「ユーさんじゃなくて、ママでしょ~」
「織田さんじゃなくて、パパだろ」
二人ともニヤニヤしながら言う。
これ、夢だな。夢確定だ。
「ふふ。二人は今日も元気だな」
と、叶先輩はリビングでソファーに座り、くつろいでいる。
「か、叶先輩?」
「先輩じゃないぞ。私は閏んの姉だぞ? どうしたんだ」
「いえ。何もないです。すいません」
ガチャッと、ダイニングのドアが開いた。次は誰だ。
「おはよー」
「おはよう」
早瀬と東雲か。
「おはよー。……マコお兄さん」
「前から思ってたけどっ、あの世に行っちまえっ」
「兄に向かって言うことか」
こういう流れだったら、東雲も俺の妹だろう。
「今日も我が家の双子は元気がな」
織田さんは、うれしそうに言う。
「ハヤくん、シノメン。トースト焼けたよ!」
「「はーい。いつもみたいに、墨はやめてよ」」
ハモっている。って、ここでも墨をかけている設定なのか。
「え~。やな匂い消すのにさ」
「「それはスミはスミでも違うスミ」」
二人並び、ダイニングの椅子に座る。
ユーさんが、その二人の前にキッチンから持ってきたトーストを置く。
天乃がいない。
一体、どのポジションなんだ。
「ユーさ、じゃなくて、母さん。天乃は?」
はたして、この呼び方であっているのだろうか。
「さっすが愛妻家。気にするね~」
あっ、愛妻家?
「今は、お庭のお花に水やりしてくれてるよ」
開いている席にトーストを置き、俺に座るように言った。
とりあえず座り、ただ焼いただけのトーストを一口かじる。よかった。普通の味だ。
「よし。私はそろそろ行ってこよう」
叶先輩はソファーから立つと、スーツを着てカバンを持った。
「数学者は大変だね~。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
スーツがすごく似合っていて、キャリアウーマンといった感じだ。
ダイニングからでて、もう家からも出たかと思えば声が聞こえてきた。
「天乃か。驚かせないでくれ」
「叶さん。もう行くの?」
「今日はいろいろあるからな」
玄関に鍵のかかる音がし、天乃がダイニングに入ってきた。
「おはよう、真」
「……」
しばし停止。
いつもは結んでいない髪は、ゆったりとした三つ編みにされ、桜色のワンピースの上からは淡いオレンジのカーディガンを着ている。似合いすぎている。天乃のためにあるとしか思えない。
「どうしたの?」
「な、何もない」
炎が出ているのではないかと思うほど、顔が熱い。
「ひゅーひゅー」
織田さんが、冷かしてくる。
「顔、赤いよ。熱でもあるんじゃ」
一歩、近づいてきた。
「大丈夫だ」
俺は、一歩下がる。
「心配」
天乃は、また一歩近づいてくる。
「だ、か、ら、大丈夫だ」
俺もまた後ろに一歩下がった。その時に何かにつまずき、そのまま後ろにしりもちをついた。
今がチャンスだと思ったのだろう。天乃が、俺の上に乗ってきた。
「じっとして」
天乃は、右手で肩をつかんできた。
ぐっと天乃の顔が近づき、彼女の左手が俺の額に当てる。
「熱、無いだろ」
「ん~。よくわからない」
「よし、だったら大丈夫だな」
頼むから早く降りてくれ。いくら夢の中だったとしても!
「理性なくすなよ」
織田さんが、のんきにコーヒーを飲みながら俺に言ってくる。
「な、何言ってるんですか!」
「いっけいけ~早く孫の顔がみたいよ~」
「話を変えるな!」
「仕方ない。おでこをくっつけるという昔ながらの方法を使うしか」
「天乃、大丈夫だ。俺から降りてくれ」
「妻として心配してるのに、ひどい……」
「そこまで言ってないだろ」
「いっけいけ~」
「母さんは黙って!」
天乃が前髪をあげた。
ただ額を合わせるだけのはずなのに、顔がものすごいスピードで近づいてくる。
それじゃあ、ただの頭突きだ。
「うあぁぁ!」