第十三話 住宅街。おおきなお寺
外は蒸し暑く、体中からじわじわと汗が出てくる。
「一番近いコンビニって……」
住宅街ということもあって、あたりの家の明かりがあるので暗いとは思わない。
「おっ。マ~コくん!」
突然後ろから聞こえてきたユーさんの声。
「ユーさん。何してるんですか」
俺は振り返った。
「コンビニにアイスを買いにきたんだよ」
ほらほら〜。と、持っているビニール袋を俺に見せる。
その時、ケータイが鳴った。叶先輩からの電話だ。
「もしもし。なぜかユーさんが居るんですけど……」
『よし。成功だな。友華に案内をさせる』
ブチッ。
電話を切られる。
「あ、そうだった! マコくんを案内しないとだったよ!」
と、ユーさんはビニール袋を振り回す。
「どこに案内されるんですか?」
「あたしの家だよ。朝まで、あたしとマコくんとかなちゃんでガールズトークでエンジョイしちゃおうよ」
俺は男なんだが。
「ごめんね。アイス二人分しかないや」
「そんなの気にしませんよ」
「そっか。マコくんはカナちゃんにプロポーズするんだね」
なぜそうなるんだ。
「違いますよ」
「そんな隠さなくたっていいよ」
「本当に違うんですけど」
「そんなデレデレしなくていいから」
もういい。
叶先輩にちゃんと説明すれば、わかってくれるだろう。そのくらいの常識とかはあるはずだ。
「ほらほら。早く行こうよ! アイスがなくなっちゃう」
「アイスは無くなるんじゃなくて、溶けるんですよ」
「なるほど。さすが小説家だね」
関係ないだろ。
「あたしの家はこっちだよ!」
「ちょ、引っ張らないでくださいよ」
ビニール袋を持っていない方の手で、がっちりと腕を掴まれる。
「にょくにょくにょ〜く」
訳のわからない歌を歌いながら、俺を案内というよりは、スキップしながら引っ張って行く。
――寺の階段を。
階段でスキップって。どんだけ器用なんだ? それよりも、危険だ。
「危ないですって!」
「なにがかな」
「おわっ!」
急にスキップをユーさんがやめるので、落ちそうになる。
「人の腕をつかんだままスキップして階段を登るのがです」
「で、どうして欲しいのかな。マコくんや」
「一人で歩くんで、手を離してください」
「よし。いいだろう」
ぱっと俺から手を離すと、またスキップして階段を上がっていく。
「にょくにょく、にょくにょく」
「さっきから気になってたんですけど、その曲何ですか?」
「う〜ん。タイトル忘れた」
てっきり、ユーさんが自分で作った曲かと思っていた。
「パソコンで調べたら、出てくるんじゃないかな」
「早瀬が作った曲じゃないんですか」
「そんなわけないよ。ハヤくんのは、もっと桁違いにすごいもん」
そういえば、早瀬の曲を聞いたことがないな。家に帰ったら調べてみるか。
なんて考えているうちに足がそろそろ限界になった頃、やっと階段が終わった。
「ユーさんがの家って、お寺だったんですね」
「そーだよー」
「広いですね」
ぐるりと、辺りを見渡す。
茂みの奥にあるガレージからは、高級車が見えた。
「ベンツ!」
「そだよ。パパの車だね。あ、あたしの家はこっちだよ」
本殿らしい大きい建物の裏へまわり、さらにくねくねと奥へ向かって行く。
「ここですか」
「ここだよ」
平屋にしてはかなり大きい。というか、大きすぎる。
「友華、遅かったな」
叶先輩が中からでできた。
高そうな服を着ている。
「カナちゃん! 言ってた通り、マコ君を連れてきたよ」
「よく来たな」
自分の家のように言う。
「あのねあのね。マコ君はカナちゃんにプロポーズしに来たんだって」
「そうなのか? ふっ。告白もしていないというのにプロポーズとは、なかなか面白い頭脳を持っているな」
「いやいや。違いますから」
「照れなくてもいいぞ。私は、椎名からの愛をすべて受け止めよう」
「だから違うって!」
俺は、人の家の玄関に膝をつき、がくんと四つん這いになる。
「叶先輩だけは……」
ちゃんとわかってくれると思っていたんだが。
ちょっとした絶望の渦にのみこまれていく。
「あああああ~」
一方二人は立っているだけ。
「マコくんって面白いね」
「そうだな」
「面白いから、動画にとっていいかな」
俺には見えないが、ユーさんの目はきっと輝いているだろう。
「私のケータイを使うといい。最近画質のいいものに変えたからな」
ぴっこん。という音が聞こえたので、撮影を開始したらしい。
「って、何してるんですか? 叶先輩のケータイと思われるもののレンズが、俺の方を向いているような気がするんですけど」
「そうだね」
「すぐ止めて、消してください」
ユーさんは、叶先輩にケータイを返した。
「おっとお」
わざとらしく、叶先輩が言う。
「すまないな椎名。今の動画を間違えて閏に送ってしまった」
完全に棒読みだ。
「今の、完全にうっかりじゃないですよね。どう考えても、わざとですよね」
「そっかー。マコくん残念だったねー」
「ユーさんまでわざとらしく言わないでください」
そんな時だというのに、知らない番号から電話がかかってきた。
『ぎゃははは! お前面白いな。カナさんも、たまにはいいもんを送ってきてくれんな』
相手は誰かわかった。ブチリと電話を切る。
「……なんだったんだ。今のは」
ブーブーと、再び同じ番号から電話がかかってくる。
「何ですか。織田さん。俺の電話番号は、リサから聞いたんですか」
『お、わかってんじゃねーか。そうそう。今度から、かってに電話切るなよ』
「はいはい」
『あと、登録しとけよ』
「連絡の時、便利ですからね」
『じゃあな』
「はい、さようなら」
やっと、電話が切れた。
「いつまでもここに立っておらずに、友華の部屋へ向かおう。暑いからな」
「そうだね。あたしはお茶とお菓子を持っていくから、先にマコくんとカナちゃんは先に行っておいてよ」
「わかった。では、先にアイスをもって行っておこう」
どうやら叶先輩はユーさんの家に詳しいらしく、迷わずにさっさと歩いていく。俺は、それについていく。
長い廊下をわたり、一つのドアの前で叶先輩は止まった。
「ここがユーさんの部屋ですか」
「そうだ」
ドアに『友華の部屋』と書かれているのだから、一瞬で分かった。
「早く中に入るぞ」
ドアを開けると、中からツンとしたにおいがしてきた。
「墨のにおいだから安心しろ。何も害はない」
叶先輩が中に入るので、俺もついて中に入る。
「ウ……」
中に入ると、においは余計にきつくなる。
「少し空気を入れ替えよう。蒸し暑いかもしれないが、我慢してくれ」
電気のついていないくらい部屋の奥へ行き、カーテンを開け、窓を開ける。
風が部屋の中に入ってくると、パラパラと紙がめくれるような音。
「あれれ? 電気もつけずに何をしているのかな」
「部屋の中のにおいがひどかったんで、叶先輩に換気してもらってたんですよ。部屋が暗いのは、スイッチの場所がわからなかったからです」
「この部屋、スイッチないよ」
どうやって明かりをつけるんだ。
「今からあたしが電気をつけるから、よ~く見ておいてね。開けごま!」
それ、扉を開ける呪文だろう。
パッと、電気が付いた。
部屋の姿が明らかになる。
「……」
変わっているとか、面白いとか、もうそんなものじゃない。そういう物なんかじゃなく。どちらかというと、恐怖。お化け屋敷とか、そういうのが苦手な人だったらすぐに悲鳴を上げるだろう。
「ようこそ! あたしの部屋へ!」
自分の部屋の中心で、ユーさんはゆるりと回った。壁一面に札が張られた部屋で。
「オカルトの方に興味でもあるんですか」
「ないよ」
ならば何で札がこんなに。
「椎名。諦めてくれ。少し不気味な気もするが、こんなものだ」
「あたしの部屋は、ずっとこんなのだよ。あ……アイス溶けちゃうよ。急がないと」
俺は部屋のドアを閉めた。
ユーさんは、お盆を叶先輩に渡すと、ふすまを開けて中から折り畳み式の机を出す。
「ユーさんの部屋って、書道道具以外はほとんど何もないんですね」
「そうだね。昔から、それ以外に興味がなかったからね」
叶先輩がどこからか持ってきた座布団に座る。
溶けかけのアイスを、二人は食べ始める。ユーさんはかなり急いで食べているのだが、叶先輩は溶けかけでもゆっくり食べている。ソフトクリームなのだから、余計に急いだ方がいいのだと思うなだが。
「あ、でも、バラエティグッズならいっぱいあるよ」
そういうのもあるのか。
ユーさんは、アイスの食べきるとふすまを開けてファンシーな柄の箱を出す。
その一つで終わりなのかと思いきや、次々といろいろな大きさのこれまたファンシーな柄の箱が出てくる。最終的には、サンタクロース屋良魔女やらのコスプレ衣装らしき物のクリーニング済みだと分かるビニールのカバーがかかったものもでできた。
「……大量ですね」
「毎年買ってるからかな」
「そうだろうな。毎年買っては、部室で祭り騒ぎをしているからな」
なんとなくその光景を思い浮かべることができるような気がする。
「って、そんなのんきに話してる場合じゃないんですよ」
「そうだったね。マコくんはカナちゃんにプロポーズしに来たんだもんね」
「だから、違いますって」
「そうだな。プロポーズをするんだったら、花束くらいは持ってきてもらわないとな」
「はいはい。本題に入りますよ。重要な話何でちゃんと聞いてください」
座りなおす。
俺のその行動を見てか、叶先輩の表情は引き締まる。
「実はですね――」
親父が帰ってきて起こったことをすべて話した。
ユーさんはものすごく驚いていたが、すぐにおとなしく話を聞くようになった。