第十話 眼鏡少女。新たに
翌日。その放課後、俺は星屑クラブの部室の前に来ていた。
腹をくくっていくしかない。
「よし!」
「何が?」
後ろから、声がした。
ふり返ると……天乃がいた。先ほど、教室にいるのを見たが、驚いてしまう。
「月見里!」
声が、裏返ってしまう。
「友達だから、天乃って呼んでって言った」
「あ、そうだったな。悪い、天乃」
「これからは、ちゃんとそう呼んでね」
少し、首を左に傾げた。
「わ、わかった」
天乃のその仕草を見た自分の顔が、熱くなっていくのを感じた。
「入ろ。もう、部員なんでしょ?」
ドアノブを握ろうとする。
「俺が開ける」
さっと、ドアノブを握り、ドアを開いた。
「ありがと」
「気にするな」
天乃を先に入れ、続いて俺も入る。
「そうだ。真のデスク決まったよ」
天乃が、自分のデスクにカバンを置きながら言った。
「どこになったんだ?」
「そこ、デスク全体に布がかかってるところ」
次郎のドアのすぐ横のデスクを指さした。
「これか」
「そう。それ」
少し誇りの積もった布を取る。
「な、なんだこれ」
「そこの前の席の持ち主、今休学中なんだけど、その子なかなか使わないから」
「本人に、申し訳ないな」
「今度学校に来た時に、お礼しとけばいいよ」
「そ、そうか」
改めてデスクを見てみると、上にはマンガ雑誌にアニメ情報雑誌、ラノベに同人誌……などなど、山のように積まれていた。
「前のこのデスクの持ち主は、一体どんな人だったんだ」
「演技力と、表現力がすごい人」
「仕事、何かしてるのか」
「うん。このクラブの中で、一番有名な人」
ほお。
「この雑誌類、全部どこかに置いといた方がいいよな」
「うん。まとめて次郎に入れておこ」
同じ種類や大きさに天乃は分けていく。
「手伝わなくていいぞ。疲れるだろう」
「大丈夫だよ」
天乃は、俺に微笑む。
「体力は、自信あるから。何日か寝ずにずっと望遠鏡で星を見たりとかってしてるもん」
「そ、そうか。じゃあ、天乃、分別頼んでいいか? 俺がそれを次郎のほうへ持っていく。……で、いいか」
「うん。いいよ」
コクリ。とうなずいた。
ふと、まだ入ったことの無い次郎のドアの向こう側が気になる。興味がわいてくる。それと共に不安も。
運びやすいように、先にドアを開けておく。
「なっ!」
部屋の大きさは大体部室の半分といったところか。
一番奥には、布団(六人分)。小型のシステムキッチン、グラスなどが並ぶ棚。そして冷蔵庫。壁には、フライパンなどがつりさげられている。
どこかで、見たことのあるような風景。
どこか。
どこかで……
その時、ピコーン! と、思い出した。
「井口さんかあああ!」
どさっと、後ろで何かが落ちる音がした。
天乃が、驚いて雑誌類を落としてしまったらしい。
「びっくりした」
「悪い。この部屋って、いつからこんなことになってるんだ?」
「いつだろ?」
天乃も知らないのか。
俺は、天乃がまとめてくれた雑誌類を、字次郎の開いているスペースに置いていく。かなり量が多い。運んでいる途中で、何度も息が上がってしまい、何回も天乃に大丈夫かと聞かれながら運んでいく。
「お、がんばてんな」
織田さん登場!
精神的な疲労が、じりじりと積もり始めた。
「どうも」
「こんにちは」
「おう」
織田さんは、自分のデスクにカバンを置くと、その中から財布を出した。そして、ドアへ向かう。
「どこかに行くの?」
天乃が聞いた。
「ちょっとな。必要なものがあるから買ってくる」
最後、ドアの隙間から口パクで「うまくやっとけよ」と、俺に言い残していった。
「早く終わらせよっか」
「そうだな」
がさがさと、作業の続きを始める。
「……」
「……」
お互いに、沈黙。かなり気まずい。
「ねえ、この前まで、この部に入るのを結構嫌がってたのに、何で入ってくれたの?」
作業する手を止め、天乃は俺に尋ねた。
「え……小説の方の仕事が、遅れてしまうんじゃないかと思ってな。だが、大丈夫そうだったので入った」
本当は違うが、そういうことにしておこう。
「よかった。その方が楽しいもんね」
笑顔。
顔が熱くなるのを感じたので、天乃から顔をそむけた。
「真。それで、話があるんだけど」
「何だ?」
初めてだな。天乃からこんな風に話かけられるのは。
「あのね……」
ガチャリ。
丁度、天乃が何かを話そうとした時、誰かが部室に入ってきた。
「ラブラブなところ、失礼しました~」
深々と頭を下げ、その女子生徒は部室から出ていった。
まっすぐな腰まである長い黒髪、賢そうにメガネの少女は、そそくさと出ていく。
言ったとき、かなり独特なイントネーションだった。
「え! ラブラブってどういうことっ」
出ていったと思った少女は、また部室に入ってきた。
「そ、天乃ちゃん……なにしてるんっ?」
ヅカヅカと、俺に近づいてくる。
「何もないよ」
天乃は、少し頬を赤らめて答えた。
おい、変な誤解を招きかねないぞ。
「お前、なにっ?」
「いや……俺はだな」
こいつが一歩近づいてくるたびに、俺は一歩引き下がる。
「何で逃げるっ」
「お前が、近づいてくるからだろう!」
「何か、怪しいことがあったからに違いないっ」
なぜ、決めつけられる。
手刀が振り上げられ、ビュンと俺の頭に向かって振り下ろされる。
「やめ……」
天乃が、そう言った時だった。
パシッと、少女の腕を、誰かの手が掴んだ。
「綾芽。ストップ」
早瀬だった。
「綾芽のやってる仕事的に、こんなことをするのは、問題だと思うけど」
「あ、ごめんっ」
そう謝ったところで、早瀬は綾芽とかいう少女の腕を離した。
「よかった~」
安心したように天乃が。
「びっくりした……」
と、俺がいう。
「マコ、大丈夫」
「大丈夫だ。悪いな」
「それは、こちらこそって感じだね。ごめんね。うちの綾芽がいろいろ迷惑かけたみたいで」
「綾芽?」
少女を見る。
「わいの名前。東雲綾芽。高一のB組。お前、もしかして新入り?」
「そうだ」
「椎名か」
「そうだな」
「……」
ぷいっと、無視をする。
「変な奴がきたっ」
お前が言うな。
東雲は、俺と天乃によって掃除された元自分のデスクに近づく。
「……わいの机がっ。雑誌たちがっ!」
その場に、座り込む。
「あやちゃん。雑誌とかは、さっき真と一緒に次郎に運んだだけだよ。捨ててないから、安心して」
天乃は、そっと東雲の肩に手を置いた。
「て、天使っ!」
バターン。と、東雲が天乃に抱きつき、そのまま倒れた。
「もうかわいいっ。天使っ」
「あやちゃん。苦しい」
「ウキャーッ」
床の上で、きゃっきゃと騒ぐ。
「東雲も、特待生なのか。ほかにもいたんだな」
「そうだね。綾芽は、ずっとテレビとかアニメとか雑誌とかで引っ張りだこだから、高校も四月の間しか来れてなかったんだよ。だから、知らなかったのも無理ないね」
「四月の間だけっていう割には、二人とも仲いいな」
「僕にとって綾芽は生まれたときからの付き合いだし、ソラはとは、僕らが この学園に入った中学からの付き合いだからね」
「そうだったのか」
「さらに、綾芽のほうは、家族ぐるみでの付き合いで、同じ家で一緒に生活してるし」
「同居人ってことか」
「そうだよ」
この世界には、そういうところもるんだな。
「綾芽、今休学中だよね。学校に何しに来たの。ご飯とかなら、メールしてくれれば作っておくのに」
「あっ。そうだったっ」
何かを思い出したようで、カバンから大きな封筒を出す。
その時、ボトリとカバンから本が落ちた。
「落としたぞ」
その文庫本を拾う。見たことのある表紙だった。
当然だ。俺の作品だったのだからな。
中学時代では、小説家であることを隠していたから、よくクラスメイトから自分の作品を進められたのを覚えている。高校に入っても、こんなことがあるんだな。
好評なようで、何よりだ。
「これ、面白いっ。何回も読んだから、貸してやるっ」
なんで上から目線。
「いや。実は、俺も読んだことがあるんだ」
天乃、早瀬……俺が隠したいということを、察してくれ!
「ほっ、本当にっ?」
「あ、あぁ……」
「わい、これがアニメ化とかしたら、声やってみたいっ」
「どういう意味だ。声をやってみたいというのは」
東雲は、何か言ってはいけなかったことを言ってしまったらしく、どうしようどうしよう。と、いろいろ考えてから答える。
「もし、声優のオーディションがあって、それが一般の人でも参加できるのだったら、応募してみたいな~ってっ」
作者の前で言うのか。
「で、この話……」
ピロリンピロリン。と、その時ケータイが鳴った。
誰かわからんが、ナイスタイミング。東雲が語りだすところだった。
ケータイをポケットから出す。
井口さんからだった。
「はい、もしもし」
『よかったな! おまえ』
「なんのことですか?」
『お前のおかげで、俺の給料が少しあがる』
「そうですか」
いったい、何の話だ。
『お前のあれが、あれになるんだよ!』
「さっぱりわからないんですけど」
『えっとだな。お前の作品が、またアニメ化することになった、深夜枠だが二クールできるようになった』
「わかりました。連絡ありがとうございます」
とだけ言い、電話を切る。
このこと、東雲に言えば喜ぶだろうが、まだ正式には発表されていないので、やめておこう。
「誰からだったの?」
天乃が、俺に聞いてきた。
「いや。何でもない」
「誰から。ねえ」
好奇心という物は、本当に恐ろしいものだ。
「ちょっと、耳を貸してくれ」
「わかった」
少し茶色がかったセミロングの髪で隠されていた耳を出す。
「はい」
俺は、天乃以外に聞こえないように小声で井口さんから聞いたことを話した。
「すごいね。真は」
「わいにも教えろ!」
東雲の声が、部室中に響いた。
「綾芽、うるさいよ」
いつの間にか、ヘッドフォンをつけてパソコンで作業を始めていた早瀬が、東雲の大きい声に少し苛立ったらしく、言った。
「ごめん。で、わいにも教えろ」
一言だけ早瀬に謝ると、また言ってきた。
「……知り合いが言ってきたんだが、お前が今持っている本、アニメ化するらしい」
「やった~っ」
また大声。
「真は、寿太一っていう小説家なの」
「え! 本当にっ?」
……ややこしいことに。
「そうだ。さっきの電話は、担当者からだった。声優のほうは全然わからないが、多分オーディションでもするんじゃないか」
それを聞いた東雲は、すぐにケータイをだし、誰かに連絡を始めた。
「もしもし。前に声してみたいって言ってた作品。うん。そうそう――」
今までの行動からは考えられないほど真剣な顔で電話をする。
「あやちゃん、仕事モードだね」
「じゃあ、俺たちも仕事を始めるか」
寝不足だったからか、大きなあくびをして、俺は東雲から横取りしたデスクに座る。そして、カバンから端末をだし、作業を始める。
ちらっと天乃を見ると、いったい何を考えてるのか一ミリも動かず、自分のデスクに座って天井を見ている。